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週刊READING LIFE vol.129

人生において大切なことを教えてくれたのは登山中のある出来事だった《週刊READING LIFE vol.129「人生で一番『生きててよかった』と思った瞬間」》

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2021/05/24/公開
竹内将真(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
皆さんは明確に「死」というものを意識したことがあるだろうか?
 
「これで私は死ぬんだな」と頭によぎったことはあるだろうか?
 
あるという人はどのような場面でそう感じたのだろうか?
 
大病を患った時だろうか?
事故に遭ってしまった時だろうか?
それとも精神的に病んでしまった時だろうか?
 
人が死を実感する場面は様々だと思う。もちろん、死ぬことなんて感じない方が良いに決まっている。死ぬことなんて嫌だと感じる人が大多数だと思う。
 
私はこれまでに一度だけ「死」を明確に意識したことがある。本当にこれで私の人生が終わってしまうのだなと思ってしまった出来事がある。
 
絶望の底に叩き込まれたかのように、生きる希望も何も持てなくなってしまった出来事があった。
 
今となっては笑い話にできるのだが、もう二度と経験したくない出来事だ。「なぜあの時引き返さなかったのだろう。そうすればこんな辛い思いをしなくて済んだのに」と何度も自分を責めた。しかし、その絶望から奇跡的に生還できたことで得たこともあったのだ。今回はその時の話をしようと思う。
 
 
 
「登山行かねぇ?」
 
大学生になって半年ほどたった頃、中学校の時の友人Aから登山の誘いがきた。車を買ったので、ドライブをしながら、ついでに登山へ行こうという魂胆だった。高所恐怖症ということもあって、今までちゃんとした登山などしたこともなかった。少し迷ったのだが、何事も経験だと思い、二つ返事で参加する旨を伝えた(一応、高所恐怖症でも大丈夫かどうかだけは聞いた)。
 
友人A曰く、登る予定の山は、初心者向けの比較的易しい山で、幼い頃何度も訪れたことがあるという山だった。険しい道などもないから安心して登ることができるとのことだった。
 
登山の難易度など初心者の私が知る由もないので、「世界ふしぎ発見!」でミステリーハンターが訪れる山道を想像するくらいしかできなかった。木々の間をひたすらみ、命綱をつけ断崖絶壁を登っていくようなイメージだ。
 
かなり大きな不安を抱きながら当日を迎えた。
 
私と友人A、さらに中学の時の同級生3人を加えた5人で山にアタックすることになった。
 
登山道の近くに車を停め、山に向かう準備をし始める。他の3人のうち、私と同じ初心者は1人だけだった。他の友人たちはマウンテンパーカーにブーツなど完全装備をしていた。まるでハンターランクが高い人たちに混じって素材を集めに行くような感覚だった。
 
登山道の前に立つと、異様な雰囲気を感じた。富士山五合目のように車で行けていた山とは違う。ここからは自分の足で登って帰ってこなければならない。
 
「よし。行こうぜ」
 
 
Aの声に応じて、登山道を進み始めた。
 
Aが言っていた通り、比較的道は難しくなかった。ロープを使わなければ登ることができないようなところ、這いつくばりながら登らなければならない石の斜面など、「これ登れるの?」と思った道はいくつかあったが、初心者でも登れるくらいのレベルだった。
 
山の天気は変わりやすいとの言葉の通り、途中で大雨にやられたりもしたが、それも楽しみつつ、5人で頂上を目指した。
 
初めのうちは、緊張しながら歩みを進めていたが、1時間くらい歩いていると慣れてくるもので、「あれ、余裕じゃん。怖くもないし」と意気揚々と進んでいた。
 
空気も美味しく、普段感じる街の五月蝿さも感じない。耳を澄ますと、川が流れる音や鳥のさえずり、木々のざわめきが聞こえてくる。街にいたら感じられない大自然。今まで感じたことのない体の開放感と心地よさだった。「高所恐怖症だから無理だ」と言って断っていたらこんな素晴らしい体験はできなかった。そう思うと、あの時にちょっとの勇気を出せたことは大正解だった。
 
「登山って楽しいな」
 
自然と感情が口からこぼれた。
 
「そうだろ! 最高だろ! こんな大自然、家や学校にいたら味わえねぇだろ!」
 
久々の登山だったからか、友人Aもとても楽しそうな口ぶりだった。
 
学校のころ、プライベートのこと、将来のことなど、5人で話し合いながら大自然の中を歩いた。皆、テンションが高いからか、話がどんどん弾んだ。
 
登り始めてから2時間半ほど経っただろうか。2時間半も続けて山道を歩く機会など生まれてこの方なかったものだから、さすがに疲れてきた。先程まで弾んでいた会話も、一転して無言になっていた。他の友人たちにも疲れの色が見え始めていた。
 
その時だった。
 
「おい、見ろよ! もう少しで頂上だぞ!」
 
先頭を歩いていたAが指差した先に、「頂上まで1km」と書かれた看板があった。その看板を見た瞬間、今までの疲れが吹っ飛んだ。ゴールまでの距離がわかるのとわからないのでは、心のもちようが全然違う。暗闇の中をただひたすら進んできた我々に光が差し込んだような気がした。
 
今まで重かった足取りが、一転して軽やかになる。先程までお通夜状態だったとは思えないくらいだった。
 
 
「「「「「着いたーーーー!!!!」」」」」
 
着いた。ようやく着いた。長かった。やり切った。今まで感じたことのない達成感が体の奥底から湧き上がっていた。学校でもプライベートでも味わえなかった達成感が。
 
「頑張ったな。ほら、顔を上げてみろよ。最高だぜ」
 
膝に手をついて息を整えていたが、Aにそう言われ、顔を上げて周りを見た。
 
「・・・」
 
自分の想像を超えたものを見て感動すると、人は言葉が出なくなるらしい。
 
「あっ」とも「えっ」とも言えない。
 
言葉が出てこない。
 
頬を涙が伝った。登山道の入口から今までのことが思い起こされる。楽しかった。だが、それ以上に辛かった。話したりして気を紛らわしていたが、はじめての登山はやはり辛い。しかし、そんな辛さなどどこかに消え去った。
 
人はなぜ山に惹かれるのか、その理由が少しわかった気がした。
 
この景色を見るために、達成感を得るために、人は山に登るのだ。
 
何度登っても、どれだけ歳を重ねても、ここから見える景色は、いつまでも変わらず私たちを感動させてくれるだろう。
 
 
 
昼食を取り、下山の支度を始めた。これ以上長居してしまうと下山する前に日が暮れてしまう。日が暮れる前に駐車場に戻っている計画だったので、ライトを持っていなかった。だから、なんとしてでも日暮れ前に降りなければならなかった。
 
下山ルートは2つあった。1つは来た道を戻るルート。もう1つは「下山はこちら」という看板に従って進むルートだった。私は来た道を戻りたかった。一度通っているので、どのようなルートだったか覚えているから精神的に楽だと思ったからだ。また登る途中、下山してくる人に何人も会っていたので、こちらの方がスタンダードなのだと思っていたこともある。
 
しかし、私たちが選んだのは看板に従うルートだった。
 
 
重い腰を上げ、看板に従って、下山を開始した。頂上でしっかり休むことができたので、足取りは軽かった。「頂上からの長め最高だったよな」と各々感想を言い合いながら、再び大自然の中を進んでいった。
 
1時間くらい歩いただろうか、一人がふとつぶやいた。
 
「ところで、俺たちって今、どこらへん歩いてるんだ? 降りれそうな道をとりあえず降りてるけど、これ正しい道なのか? 途中から看板すら見てないんだが」
 
一気に血の気が引いた。最悪の事態が頭をよぎる。順調に下ってきたはずだった。道を逸れることなく、先人たちが歩いてきた道を歩いていたはずだった。だが、今どこにいるのかわからなくなっていたのだ。
 
「もしかしたら電波が届くかもしれない」と持っていたiPhoneをバックパックから取り出して確認してみようとするが圏外で調べることもできず、行きに通った道と同じようなところすら見ていなかったので、現在地を知る手がかりは全くなかった。
 
「遭難」という言葉が頭をチラつく。全国報道なんてされてしまったらとんでもないことになってしまう。必死に私たちは頭を捻ってどうにか下山する算段をつけようとした。
 
考え出したプランは
 
・降りてきた道を戻って頂上へ行き、そこから登ってきた道を戻る
・比較的歩きやすい道を選んで下へ降りていく
 
という2つだった。最も安全なのは1つ目の案だ。しかし、日没までに山から出られるかわからないという懸念があった。頂上からここまで1時間ほどしか経っていなかったが、登るとなると話は別だ。1時間以上かかってしまうだろう。また焦りは人をより疲れさせるので、体力的にも心配だった。
 
となると、我々に残されたのは2つ目の案しかなかった。とりあえず降りてみて、道路を見つけたらそこから出てヒッチハイクでもすればいいと考えた。
 
皆の考えがまとまりそうな時だった、
 
「沢に従って歩けば、下まで行けるんじゃね?」
 
と友人Aが言ったのだ。
 
確かに沢に従って進んでいけば川にぶつかる。そのまま進んでいけば山から出られるかもしれない。
 
「妙案だ」とそこにいた誰もが信じて疑わなかった。もう皆疲労困憊で考える力も残っていなかったからだ。
 
早速、沢を探して下っていく。いつの間にか、先人たちが通った道ではなく、人は通らないような獣道を進んでいっていた。余計に道を外れていたのだ。だが、そんなことに私たちは気づくこともなかった。
 
少し降りて、目当ての沢が見つかった。「これで下山できる」と誰もが思っただろう。皆、顔を見合わせ、安堵の表情を浮かべた。
 
 
 
しかし、そんな表情をかき消すかのような出来事が起きる。
 
「おい! 止まれ! これ以上進めねぇじゃねぇか!」
 
先頭を歩いていた奴が声を張り上げた。うつむきながら歩いていた私は顔を上げて声のする方を見た。
 
滝だ。
 
滝が現れたのだ。
 
しかも、かなり大きな滝が。
 
ポキッと小枝が折れた音がした。
 
私はここで死ぬんだなと実感が湧いた。
 
はじめて味わう死の感覚。
 
頂上からの景色が脳裏に浮かんだ。
 
立つ気力すら湧かず、その場に座り込んでしまった。
 
「もう無理だ。やっぱりあの時引き返すべきだったんだ」とネガティブな言葉が出てきてしまう。
 
誰も悪くないのに。
 
それから沈黙状態が続いた。誰も何も言い出さなかった。
 
疲労困憊の私たちを大自然が絶望の底に叩き込んだのだ。
 
助けを呼びたくても呼べない、場所もわからない。
 
最悪の状況だった。
 
 
「よし、登るか」
 
開き直ったかのように、Aがこう言い放ったのだ。
 
「これ以上は進めないし、登るしかないだろ。ここで座ってても状況は変わらんし。道にぶつかるまで歩き続けるしかないだろ」
 
沈黙を切り裂いた彼の一言で皆腹をくくった様子で、歩く準備をし始めた。私も彼の言葉に背中を押され、歩く決意をした。
 
進めそうな道を進むほかなかった。猟師の人がつけたのだろうか、木々に付けられている目印を頼りに人が歩いていたと思われれる道を進んでいった。いつか道路にぶつかると信じて。
 
少しずつ日も暮れかけ、道が暗く、分かりづらくなってきた。心もとない充電を切らさないようにiPhoneのライトで道を照らし進んだ。
 
「おい! あれって自動車のライトじゃないか??」
 
皆、一斉に指差す方へ顔を向けた。かすかだが人工の光が木々の間から漏れているのが見えた。暗くなってきたことが幸いしたのだ。明るかったら気づかなかったくらいの微かな光だった。
 
一目散に、光に集まる虫のように光の方へ足を進めた。
 
ようやく掴んだチャンス。
 
これを逃したら山で一夜を明かさなければならない。
 
それだけは避けなければならない一心で道なき道を駆け抜けた。
 
足の重さ、痛みなど全てどこかへ消えていた。前へ前へ足を進める。
 
パッと視界が開けた。
 
アスファルトの上に立っていることを感じた時、強烈に生きている実感が湧いた。
 
よかった。助かった。
 
どうにか遭難は免れたようだった。
 
そう思った瞬間、全身の力が抜け、その場に座り込んでしまった。
 
座って足元をよく見てみると、タイツが破れて足から血が出ているではないか。血を見ると痛みが襲ってきた。それと同時に生きてて良かったなぁと心の底から思ったのだ。
 
 
 
はじめての登山でまさか遭難しかけるとは思ってもいなかった。今となっては笑い話なのだが、もう二度と経験したくないと思う。
 
しかし、この経験から学んだこともあった。
 
それは就活でも役に立ったことだった。
 
「進むべき道に分からなくなったら、一度引き返してはじめに戻ってみることも大事。そうすることによって見えることもある」
 
ということだ。就活や受験勉強において、壁にぶつかることもある。これからどう進めばいいのか、何をすればいいのか分からなくなることもある。そういうときこそ、闇雲に前に進むのではなく、一度スタートラインに戻って出発し直してみることも大切だと思う。そうすることで、道から逸れることなく、正しい道を選択し、歩んでいけるようになるのだ。
 
あの時ほど生きていて良かったと思ったことはない。あのまま進んでいなかったら、今こうして笑い話として記事にしていなかったと思う。だから、心が折れた時「進もう」と言ってくれた友人Aには感謝している。あの言葉がなかったら、きっと私たちは時の人となっていただろう。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
竹内将真(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

愛知県在住。宗教、思想、哲学、アート、詩など、目に見えないものや感性を問うものが好き。大学時代は東洋思想を専攻。また祖母の影響で神社/寺社へ10年以上通い続けている。最近は仏教と心理学を学び、それらの学習を通して言葉と他者に対する向き合い方を考え続けている。
将来は目に見えないものや感性を刺激するものを多くの人たちに伝えていきたいと思っている。

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2021-05-24 | Posted in 週刊READING LIFE vol.129

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