週刊READING LIFE Vol,93

恋せよ愛せよ! 今、世界はドラマチックになる頃なの!《週刊READING LIFE Vol,93》


記事:千神 弥生(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
嗚呼、ドラマチックな人生よ!
 
たった1回の人生を、思いっきり楽しむために必要なのは、「ドラマチック」という名のスパイスなので、あ~ります!
 
そして、ドラマチックな出来事が起これば起こるほど、日常の静けさが引き立つもので、総じて「我が人生素晴らしく、幸福なり!」と言えるので、あ~ります!
 
そう、人生はドラマチックであればあるほど、おもしろい。
 
特に、人間にとっての一番の「ドラマチック」は、恋愛、です。
 
恋愛が始まりやすい「吊り橋効果」というものをご存知でしょうか?
 
こちらからあちらに行くために架けられたボロボロで今にも谷底に落ちそうな橋があります。
 
そこを何の恋愛感情も持っていない男女が一緒に渡ります。
 
橋はガタガタと揺れ、命の危険性を感じ、不安と恐怖をともに味わった男女は、恋に落ちやすくなる、というものです。
 
人間は、不安や恐怖に陥れば陥るほどに、子孫を残すという究極の生命力がみなぎるそうで、それで恋愛に発展しやすいそうなんです。
 
ちなみに、80年代に大流行した、『私をスキーに連れてって』という映画は、「ゲレンデ効果」という言葉を生み出しました。
 
特別な環境下では、相手のことがよりステキに見えてしまう効果のことです。
 
雪山では、サングラスや帽子などが顔周りにあるので、その人の顔や全体像は実はハッキリとは分かりにくく、上手に滑れているだけで、何割増しにも見えるのです。
 
それは海でも同じで、日焼けしていたり、水着姿は、本来の姿を割り増しする効果があります。
 
また、滑って転んでしまう雪山でも、歩きにくく波が打ちつける砂浜でも、ちょっとした危険、ドキドキハラハラがつきまとう環境でもあります。
 
恋に落ちやすくなる条件は、「吊り橋効果」と「ゲレンデ効果」が揃っている時だということです。
 
こんな知り合いがいました。
由紀さん(仮名)と言います。
 
由紀さんは、結婚して20年になり、現在48才です。
 
穏やかで優しい旦那さんと、高校生の息子さん、小学6年生の娘さんがいて、ステキな一軒家はローンなしです。
 
旦那さんは真面目に働く人で、由紀さんは地元の食品工場でパートをしていて、絵に描いたような幸せ家族でした。
 
ある日、私にこんな相談をしてきました。
 
パート先の工場で新しい男性マネージャーが移動してきたんだけど、その人がいつも私に言い寄ってくるの。
 
でも、あちらにはちゃんと彼女がいるらしく、私にも家庭があるから、初めは軽い冗談だろうとスルーしていたのだけど、本当にしつこいほど誘ってくるの。
 
「由紀さんって、魅力的だな」
「20代にしか見えない」
「今度デートしませんか?」
 
フロアにくるたびに、必ず私に声をかけてくるの。
 
最初は適当にあしらっていたわよ、私も。
でも、20代の男の子にそうやっていつも言われていたら、私もまんざらではなくなってきちゃってね。
 
マネージャーにそう言われるたびに、段々と嬉しくなっている自分がいたの。
いつも私をえこひいきしてくれるようになって、嬉しいやら困るやらという日々が続いたの。
 
みんな、私たちが付き合っていると疑っていると思うの。
 
そういえば、こないだマネージャーが部長から叱られている現場を見ちゃったんだけど、そこでちょうど私と目が合って……。
あの目は「もう君のことは諦める」そんな目をしていたの。
 
部長から、きっと、「もうこれ以上私のことを追いかけるのをやめなさい」って怒られてたんだと思う。
 
私の方は、別に、マネージャーのこと好きとかそういうんじゃないんだけどね。
 
でも、こないだも、携帯に誰か分からない人から電話があって、出たら、電話の向こうでザワザワした音だけが聴こえて……。
あれは、絶対マネージャーなの!
 
え、ただの間違い電話じゃないかって?
違う、私には、分かるの。
あれは、マネージャーが私を好きすぎて、間違い電話のフリをしてきたのよ!
 
でも、フロアではマネージャーは前みたいに話しかけてこなくなって……。
おかしいなって思う。
だから、マネージャーに一体何があったのかを確かめたいと思ってるの。
 
きっと、私たちのことが彼女にもバレて、部長やフロアのみんなにもバレて、すごく落ち込んでるけど、私には言えずに頑張ってるだけなんだと思う。
 
私は全然彼のこと好きじゃないんだけど、心配だから今、探偵にお願いしてマネージャーがどういう行動をとっているか調べてみようと思うの。
 
どう思う?
 
……
 
数年前に会った由紀さんは、とても元気そうでしたが、目の前の由紀さんはゲッソリと痩せ細っていて、目が虚ろで、今にも死にそうな顔をしていました。
 
どこまで本当でどこまで妄想なのか、私には分かりませんでした。
 
ただ、私は思いました。
 
ああ、恋の病だ、と……。
それも、相当、患ってると……。
 
夫以外の人を好きになってしまった事実を受け止めきれない、真面目な主婦の由紀さん。
そして、この気持ちを認めてしまってもどうにも発展しない恋愛……。
 
由紀さんはきっと無意識に「ドラマチック」を求めていたんだと思います。
「夫はとても穏やかで良い人だけど、子供たちのお父さんでしかない」と言っていたので。
 
これは、コロナ禍真っただ中の3月から6月にかけての出来事でした。
 
この頃は、誰もが「この先どうなるの?」という不安な空気に包まれていた時期です。
 
同時に、「安心したい」「癒されたい」そんな不安定な心が、頼れる場所、拠り所を探していた時だったのです。
 
そして、会社などでは誰もがマスクをしなければならず、目だけが見えている状態でした。
 
相手が一体何才なのか? どんな顔なのか?
まったく全貌が見えず、街を歩けば、「年齢不詳」のイケメン、美女が溢れてかえっていました。
 
そう、立派なゲレンデが出来上がり、日々吊り橋効果に踊らされていたのです!
 
そこの工場でもあっちのデパートでも、大規模かつひそやかなゲレンデ騒ぎが、実はあちこちで起きていたんじゃないかと睨んでいます。
 
というのも、2020年真っ先に大騒ぎになった事件を覚えているでしょうか?
爽やかでお似合いの、有名芸能人夫婦の旦那さん側の不倫騒動です。
 
私は、あの騒動が、全世界がゲレンデ状態になることを示唆していたとしか思えないんです。
 
家庭を持つ男女にとって、安定していればしているほどに、良い奥さん良い旦那さんであればあるほどに、外に「ドラマチック」を求めてしまうことの象徴として。
 
本当は誰もがドラマのように印象的で、劇的な人生を送りたがっているんじゃないか?
人生をもっとドラマチックに、もっと刺激的に生きていきたいと思っているんじゃないか?
そう思いました。
 
そして、良い子で生きてきた人ほど、その反動は強く大きく、誰にも止められないものになるんじゃないか……。
自分で自分を制御できないほどに、ちょっと痛いくらいに、怖いくらいに、ドン引きするほどに……。
 
由紀さんの話を聞いて、そう思ったのです。
 
夫婦の片方が「真面目な人」「良い人」であればあるほど、そのもう片方は「ドラマチックに生きる衝動」を抑え込んでいるかもしれません。
 
改めて、夫婦の在り方を二人で見直す良い機会だと思いました。
 
もうしばらく「ゲレンデ状態」「吊り橋効果」の世界は続きそうですからね。
 
逆に言えば、日常生活をドラマチックにすればするほど、外にそれを求めることが少なくなるので、家族や社会的立場を犠牲にした恋愛を、外でする可能性が少なくなると思います。
 
事実、日常は、「ドラマチック」で溢れていますからね。
 
それを実感するために大切なことは、「感動力」です。
ときめき力、といっても良いかもしれません。
 
感動する力、ときめく力が強いほどに、日常がドラマチックに思えるからです。
 
家の中がドラマチックな人は、常にゲレンデにいることになるので、ちょっとやそっとのことではなびきません。
 
じゃあ、どうやったら「感動力」を身につけられるのか?
 
その源は、「不幸であること」です。
 
不幸であることと幸せであることは、表裏一体なのです。
 
こんなことがありました。
 
うちの夫は、毎朝自分でお弁当を作って持って行っています。
 
以前は私が作っていたのですが、ここ1年程、お弁当を作るのが面倒になったのです。
 
「ごめんね」とは思うのですが、どうしても朝起きてお弁当を作るというのがしんどかったんですよね。
 
子供を起こして学校に行かせるのが、精一杯でした。
 
夫は、昨日の残りを詰めたり、自分でウィンナーを焼いたりと、毎朝がんばっていましたが、ロクなお昼ご飯ではないことは分かっていました。
 
そんなある日、たまにはお弁当でも作ろうかと思い立ち、卵焼きを作っていました。
 
夫がキッチンにやってきて「何してるの?」と聞くので、「卵焼きを作ってる」と答えました。
 
「リカちゃん(娘)遠足じゃないよね?」
と、首をかしげているのです。
 
「は? リカちゃんのお弁当じゃないよ?」
と言うと、
 
「じゃあ、誰の?」
とキョトンとしているのです。
 
「誰って、お弁当必要なのは、あなただけでしょ?」
と言うと、
 
「は!? 今、何て!? オレの弁当!? オレの卵焼き!?」
と、私に何度も問い正すのです……!
 
ごめん……! 私が悪かったね!
私があまりにも主婦をサボりすぎてるから、この事実が受け入れられないんだね……!
 
嗚呼、不幸……!
 
「そうだよ! あなたの卵焼きだよ! 持って行って! どうぞ食べて!」
 
「……。心から驚いた。そうか、オレの卵焼きか……。ありがとう……」
 
え!? 作らない方が良かったの!? そう思うくらい、小さな声でした。
 
「はい、今日もがんばってね」と、ニッコリ笑顔でお弁当を手渡しました。
 
「あ~ビックリした! ナス以来の驚きだったわ~。行ってきます!」
 
夫はゴキゲンで仕事に行きました。
 
ちなみに、「ナス以来」というのは、数年前あまりにも料理をしない私が久々に晩ご飯を作ろうとキッチンに立っていた時に、ちょうど夫が帰ってきたんですよね。
 
私は包丁でナスを切ろうとしていたんですが、その姿を見た夫が驚愕の顔で叫んだんです。
 
「おい! なんでお前はナスを切ってるんだ! 何してるんだ!」
 
両肩を掴んで、グラングランと私を揺さぶるんです。
 
「何してるって……! 見たら分かるじゃん! 晩ご飯作ろうとしてるんじゃん!」
 
「ば、ば、晩ご飯!? お前が!? ナスはそのため!?」
 
この時も、目の前の事実を受け止めきれずにいた夫……。
 
嗚呼、不幸!
 
その後、久々に作った晩ご飯を、夫はゴキゲンで食べていました。
 
不幸であることは、たしかに大変だし辛いことも多いかもしれません。
 
でも、そのお陰で、小さな幸せを大きな幸せに感じることができるんです。
ちょっとしたことでも感動することができるんです。
 
不幸は人生をドラマチックにするスパイスとも言えるのです。
人生は、不幸があるから幸福を感じられる! このパラドックス!
 
夫が私にずっと夢中なのは、私が夫にとって「不幸の種でもあり、幸福の種でもある」からなのです。
 
家の中でいつもドキドキハラハラ、振り回されっぱなしな女がいると、外で少々ゲレンデ現象が起きようと、吊り橋効果があろうと、心が奪われることはないのです。
 
もちろん、それでもなお恋に落ちることがあるとすれば、それは運命だと思うので、仕方ありません。
 
ちなみに、私にとっても夫は、43才のくせにフリーターで、オナラばっかりして、「庭にプール買ってくれー!」と叫ぶので、人生の不安が尽きない毎日です。
吊り橋効果満載です……。
 
外の世界がどうであろうと、わが家にはまったく関係なく、毎日が幸福で素晴らしいのでした。
 
由紀さんもまた、幸か不幸か、突如訪れた恋煩いに揺れていますが、過ぎてみればこれもまた素晴らしい人生。
 
嗚呼、ドラマチックな日々よ!
 
世界中が恋に落ちる頃なの、今。
あなたの「ドラマチック」は、どこに向かいますか?
 
願わくば、家庭の中でドラマチックな恋愛を繰り広げたいわたくしは、引き続き「幸福」のための「不幸」を作り出す所存でございます。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
千神 弥生(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

言葉で人を生(活)かすストーリーテラーとして生まれてきた。
クライアントの過去から「人生のテーマ」を導きだし、親子、男女の絡まった糸を結び直しながら、悩みを根本から解決していく「時空力コンサルタント」として活動中。

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2020-08-24 | Posted in 週刊READING LIFE Vol,93

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