週刊READING LIFE vol.5

私に「40歳になっちゃったね」と言った彼女に、今伝えたいこと《週刊READING LIFE vol.5「年を重ねるということ」》


記事:相澤綾子(ライターズ倶楽部)

「誕生日おめでとう」
職場近くのカフェで、友人とランチを食べていたその日は、ちょうど私の誕生日だった。ありがたいことに、彼女はそのことをちゃんと覚えていてくれて、おめでとう、を言ってくれた。今から2年前のことだ。
「ありがとう」
でも私はその後に続いた一言を聞いて、ちょっとドキっとした。
「40歳になっちゃったね」
そう、確かに私は、40回目の誕生日を迎えていた。人生の折り返し地点だな、という思いはあったけれど、「40歳になっちゃった」というような残念な気持ちは、実は少しもなかった。
その日の朝は、とても爽やかな気持ちで目覚めた。私が産まれたのは午前2時だったので、目が覚めるとすぐに、もう既に40年きっかりは過ぎたのだという考えが浮かんだ。そして、ここまでやってきた、と感慨にふけった。あと後半はどんな風に生きよう、とどちらかといえば、ワクワクするくらいの気持ちだった。

でも、40歳っていうのは、本当に「なっちゃった」、なのか? そう思うのが普通なのか?

本当は、自分が40歳を迎えて、今どんな心境なのか、これからのことが楽しみでたまらないことを説明したい気持ちになった。けれど、やめておいた。
多分、うまく伝わらないだろう。
軽い意味で言ったのに、真面目にとらえて返せば、私より2歳と1カ月若い彼女への負け惜しみみたいに聞こえるかもしれない。いつも、仲良くしてくれているけれど、実は私のことが好きじゃないのかな、と想像したりもした。いや、彼女はサバサバしていて、そんな風に陰湿なタイプじゃないとは信じているけれど……。
それから1か月後の彼女の誕生日、私は「おめでとう」のメールをした。そうすると、彼女からの返事はこんなだった。
「もう38歳になっちゃったよ」
そうか、彼女は、歳をとることが残念なんだ。

確かに歳をとると、色んなものを失っていく。私にも心当たりがある。それは残念なことだ。
例えば記憶力。若い頃は、大してメモをとらなくても、色んなことを同時並行で進められた。仕事でも念のため手帳に書き込んでおいても、その度に開く必要はなくて、頭の中からするりと引き出すことができた。
ところが、今は違う。
特に子育てをするようになってから、完全にキャパオーバーで、色んなことを忘れるようになった。正確には、気を付けなくてはいけないことが急激に多くなり過ぎて、覚えることができなくなったのだ。うっかり何かを忘れてしまうことも少なくなかった。
仕方がないので、とにかくメモを取るようにした。以前だったら、書かなくても大丈夫かなと思うことだって、書いておけば安心なので、忘れないようにしなきゃと頭のどこかに付箋を貼りつけておく必要はない。
ただメモをとること、手帳を頻繁に見ることさえ守れれば、特に不自由は感じなかった。
それどころか、もっと色んなことを考える余裕さえできた。
書くことで、意識し、また後で見直すことで、意識することで、深く考えることができるようになった気がした。

体力も衰えたし、正直なところ、顔にもしわやしみも増えて、ちょっと鏡を見ると残念な気持ちになることが多くなった。
でもその分、夜は早めに寝ようとか、胃腸の調子はどうかなと自分の身体をいたわるようになった。無理をしないで、身体の声をよく聞くようになったから、気付かないうちに太ったりしてしまうことも若い頃ほどではない気がする。
冴えなくなってしまった自分の顔色をよく見せてくれる色は何かな、と考えるようになった。と同時に、流行り廃りを気にする気持ちもなくなった。だから、スタンダードで、自分に似合う上質な服を長く着るようにしたい。洋服選びも、自分に必要なものは何かを考えながら、大事に選ぶようになった。

色んな経験もした。辛いこともあった。あんな経験、もう二度とはしたくはないということもあった。仕事のことで悩んでいて、朝の光が部屋に差し込んで目が覚める度に、ああまた仕事に行かなければいけない、とどんよりとした気持ちになり、なかなか起き上がれないこともあった。子どもが障がいを持っていることが分かって、想像していたような未来にはならないことを最初から突き付けられたこともあった。
でも私は今、いつまでもそのことを引きずって、泣いているわけではない。
じっと耐えていれば状況が変わることもあるということを知ることができた。どんなに辛かったとしても、いつかは順応し、乗り越えられるという実績を手に入れることができた。
もちろんだからといって、単純にあれはいい経験になった、という気持ちになれるわけではない。やっぱりそういう経験をしないで済む人生だったとしたならば、その方が良かった。
ただ、辛い経験をしたことで、見えてくるものがあったような気がするのだ。ああいう経験がなければ、いつまでも強気で、頑張ればやり遂げられるはず、と考えていたかもしれない。頑張れなかった人に表面的には穏やかに接していたとしても、心の底で見下してしまうかもしれなかった。
でも自分自身が本当に辛い経験をすると、他の人に対しても、想像力を働かせることができて、少し寄り添うことができるような気がするのだ。もちろん自分自身に対しても、甘やかすのとは違うつもりだけれど、何かが思うようにならなかったことで自分を必要以上に責めなくてもいいと思えるようになった。
もし何も起きていなかったとしたら、私はこの世の中の多くのことを見落としたまま人生を終えてしまったのではないかと思うのだ。そう考えると、ぞっとしてしまう。
これも年を重ねることで得られたことだと考えている。

若い頃は、人生は山を登るようなものだとイメージしていた。そして、人生の折り返し地点、40歳か50歳くらいで、下り始めるのだろうと思っていた。
陽気に走っていた子どもの頃とは違い、少しずつ登るのがつらくなるのは、登り坂で体力を消耗してしまうからで、頂上に達した後は、下り坂で本当は楽になるはずなのに、それを超えて体力が衰えてきてしまうから、つらいのだろうと想像していた。
でも多分、そうじゃない。人生の頂点は、最初から決まっているわけじゃない。
多分、私たちが歩いている道は平たんな道なのだと思う。多少、登ったり下ったりはあったとしても、山を登っているわけではない。
若い頃は少しずつ色んなものを身につけて、背負うものを増やしていく。肩に重さが食い込んで、つらくなってくる。人生がずっと先まであって、見えない不安と、色んなことができるんじゃないかという希望がごちゃごちゃにあって、登り坂みたいな気分になっていたのだ。
でも40歳くらいになると、あと自分はどれくらい生きるのだろうかという考えが沸き起こってくる。20歳やそこらでは、これまで生きてきた年数の倍以上の寿命が残っているわけで、とても想像ができない。でも40歳くらいになると、なんとなく、今まで生きてきたのと同じくらいかな、短いかな、長いのかな、と目安ができる。そして、残りの人生で、自分はどんなことをしていきたいかということを考えるのだ。そうなってくると、がむしゃらに色んなものを背負おうとするよりは、何が大事なのかを選びながら、場合によっては、今持っているものを手放す。これは決して寂しいことではなくて、大事なものは何かということを見つけられるということなのだと思う。
そうなれば、いつがピークなんて、最初から決められるものではない。それは自分自身が決めることになるのだと思う。

今なら、2歳と1カ月年下の彼女にうまく話せるだろうか。彼女が自分の誕生日に「もう40歳になっちゃったよ」と言ったとしたら、これからもっと楽しいことが待っているんじゃないかな、と感じてもらえるように、話すことができるだろうか。

またこれから、歳を重ねていって、どんな風に感じるようになるのか、今の私には想像できないけれど、少なくとも今は、これからの残りの人生にワクワクしている。毎日を、今を大事に、日々を過ごしていきたい。

❏ライタープロフィール
相澤綾子(Ayako Aizawa)
1976年千葉県市原市生まれ。地方公務員。3児の母。
2017年8月に受講を開始した天狼院ライティングゼミをきっかけにライターを目指す。

この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

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2018-11-05 | Posted in 週刊READING LIFE vol.5

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