大人の格好良さも悪さもジェットマンで知った《週刊READING LIFE Vol.58 「大人」のリアル》
記事:侑芽成太郎(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
「しかしよお、いっそのこと人間なんざ滅んだ方がいいんじゃねえのか? 公害問題に人種差別、確かに人類って愚かなもんだ」
あるヒーロー番組での台詞だ。
この台詞を読んだヒーロー物に詳しくない皆さん、この台詞は誰が言い放ったものだと思います?
悪役? 世の中に絶望して闇落ちした人? 正解は……
戦隊「ヒーロー」のブラック。
そう、誰でも番組の存在くらいは知っているであろう戦隊ヒーロー。平和を乱す悪とそれぞれ違った色のスーツを着た五人(大抵の作品ではそれ以上の数)のヒーローが戦う日本を代表する特撮シリーズだ。
その歴史は既に40年を越え、現在でも必ず一年毎に新作が放送されている。
僕も(今でも見てはいるが)子どもの頃に夢中になって見ていた。
その中で、絶対に死ぬまでその生き様を忘れないヒーローに出会った。
1991年放送「鳥人戦隊ジェットマン」に登場するブラックコンドル・結城凱(ゆうきがい)だ。
メンバーの中で担当する色は黒。冒頭の台詞を言ったのも彼。
簡単にジェットマンの内容を説明すると、突然地球に侵略を開始した「バイラム(本作の悪の組織)」と偶然ジェットマンに選ばれた一般人(最初から戦士だったレッドは除く)の若者達が戦う、といった内容だ。
今思えば、僕に「大人のリアル」を教えてくれたのは結城凱だった。
「幸せや格好良さに憧れながらも、悲しいや格好悪いを繰り返していく」
これが僕が感じる大人のリアルだ。
日々「もっとスマートに仕事ができないのか」とか「もっと格好よく異性と話すことは出来ないのか」とかずっと考えている。自分自身に格好良さを求めている。大人になるとそれは無条件に手に入るものだと心のどこかでは思っていた。少なくとも、社会人になって仕事を始めれば甘えた学生気分は消え次第に格好いい責任感を持った大人になるだろうと軽く考えていた。
恥ずかしい。チョコレートのように甘い考えだ。
「大人」とはそんな格好いい存在ではなかった。逆に毎日が恥ずかしいことの繰り返しだ。
失敗して、自己嫌悪に陥って、遊んで気分を変えようとして、だけど変わらなくてなかなか寝付けずまた仕事に行く。
甘えたい恋人からは今夜も「お疲れ様」の連絡も無い。自分からそれが欲しいと言い出すのは格好悪い。「相手も忙しいのだから」と脳内で補完する。そんな日々に耐えられなくなって喧嘩、お別れ。
大人になって格好のいいことなど何もありはしない、少なくても今の僕は。
だけど元々、大人ってそういうものじゃないのか。最近、結城凱を思い出して密かにそう感じている
この凱という人物、長い戦隊の歴史の中でもかなり際立った個性の人物として知られている。
職業は不詳、飲酒・喫煙は当たり前。ギャンブルをする場面も描かれている。束縛されることを何より嫌い当初は戦隊のメンバーになることを拒んでいた。どうにかメンバーに加入した後もリーダーのレッドと衝突を繰り返す問題児として描かれる。
その衝突の原因も、当初はレッドがそれまで一般人だった凱に「戦士の使命」を押し付けてくることに対しての反発だったが、次第に同じ戦隊の女性メンバーであるホワイトを巡る三角関係からの衝突に発展する。
現代では考えられないが、この時代までのヒーロー番組で飲酒や喫煙のシーンが描かれるのはさほどタブー視されてはいなかった。それでも、ヒーローに変身して戦う人物で繰り返しそうした場面が描かれた凱はかなり異色の人物だ。また、通常なら戦隊メンバー同士の衝突というのは数話限りのこととして描かれることが多い中、凱の場合はレッドとの対立が終わり両者が理解し合うまで半年以上かかっている。
白状すると、子どもの頃の僕は凱が怖かった。自分がそれまで見ていたウルトラマンシリーズにはどちらかというと優等生的な人物が多く、頼もしさを感じる大人の姿が多く描かれていた。
それに比べると口調が荒く喧嘩っ早い凱は怖い存在だった。凱とレッドが対立する場面の緊張感に感じる居心地の悪さ、今思うとそれを画面越しに感じ取っていたのかもしれない。
ホワイトとの三角関係を巡って、凱とレッドはついに殴り合いの喧嘩にまで発展するのだがそのシーンは悪役の出てくる場面より怖かった。
勿論、ヒーローとしてカッコいいと感じる場面もたくさんあった。特にレッドと和解した後のエピソードではサブリーダーとしてこれでもかといわんばかりの活躍を見せてくれ、僕はその姿に憧れた。
何故、凱に「大人のリアル」を感じたのか?
それは凱という人物が「普通の人間」だったからだ。
確かに「ヒーロー」として見た場合には、凱の人物像は一般的なヒーローのイメージからはかけ離れている。だけど
「飲酒喫煙をする」
「同じ職場にいる女性を好きになる」
「相手の立場を考えない物言いに反発する」
こうしたことは少なからず一般人である僕たちもやっていることではないだろうか。
子どもという立場では考えることができなかった。
だけど今ならわかる。一見近寄りがたい人物のように思える凱は、実は一番視聴者に近い側にいる人物だったのだと。
「幸せや格好良さに憧れながらも、悲しいや格好悪いを繰り返していく」
それが大人のリアルだと書いた。
凱はとても格好いい男だ。演じた俳優の若松俊秀さんもハンサムで、魂の込められた演技は素晴らしく、たくさんの名場面が生まれた。
変身後のブラックコンドルのアクションも、特に剣を使った殺陣がスピード感があって格好いい。
だけど、序盤でメンバーの輪を乱す姿や勝手な行動を取る姿はそれが個性だとしても「痛さ」を感じてしまう。
それは僕が大人になり、社会人になり、とっくに凱の年齢を追い越してしまったからかもしれない。
大人になって少なからず色々な経験をした。色々な人にも会った。素晴らしい人もたくさんいたけど、その逆の人も見た。
大人気なく会社の中で喧嘩をしたり、勝手な行動を取る人を見た時に「格好悪いなあ」と思った。
あるいは僕自身がそうだった時もあった。思い返すと情けない。その頃の周囲の人には謝りたい。
格好良さに憧れながらもそうなれない。ブラウン管の向こう側にいた大人の人達はみんな、あんなに格好良かったのに。自分が嫌になる。
それでも、格好悪いを繰り返すうちにいつか必ず、少しだけでも自分を格好いいと認めてあげられる日が来るかもしれない。そう信じてまた今日を生きていく。
結城凱という人物も、格好いいところばかりではなかった。
物語中盤で凱はホワイトと正式に付き合うことになるのだが、終盤になると身分の違いから破局してしまう。最も、それで二人の仲が険悪になるということはなかったのだが。
それでも殴り合いの喧嘩もして、命がけの告白をしてようやく付き合えた恋人と別れる男の姿。
それまでの経緯を知っているだけにその姿にたまらなく悲しいものを感じる自分がいる。
僕たちの現実世界でも同じだ。恋をするには努力が必要だ。自分の格好悪いところも相手にさらけ出して、ようやく恋を手に入れたとしてもそれが上手くいくとは限らない。
でも、そうした経験を繰り返して僕たちは前に進んでいくしかない。
小さい頃はわからなかったが、今ならわかる。凱の姿から全身全霊で恋をしても上手くいかない時もあるという大人のリアルを僕は教えられていた。
結城凱という人物を語るうえで避けては通れないのがジェットマンの最終回だ。
バイラムを倒してから3年、次第に惹かれ合っていたレッドとホワイトが結婚することになり凱も出席しようとしていた。まさにその日、偶然出くわしたひったくり犯を追いかけて叩きのめすも、凱は逆上した犯人に刺されてしまう。
その身体で凱は式場に向かう。穏やかに語り合うレッドと凱。
煙草を吹かしながら幸せに包まれた仲間たちの姿を見つめる内に、静かに凱は瞳を閉じる……
誰でも仕事や勉強で成果を出して認められる時はある。だけど、だからといってその後の人生が順風満帆なわけではない。思いがけないことは常に牙を研いで僕たちの周りに存在している。
ヒーローとして地球を守った凱。彼の命は命がけで守ったはずの人間の手によって奪われた。とても、とても悲しいことだ。本来ならどれだけ賞賛の言葉を受けても足りないくらいだ。
だけど、人生には思いがけないことが確かに存在する。
ある会社に勤めていた時のことだ。新人だった僕は右も左もわからなかった。だけど、親切な上司がいてとても良くして頂いた。
色々と不満も多い会社だったが、この人のためになら頑張りたいと思った。少しずつ頑張りだした。
その矢先、その上司は突然亡くなってしまった。
信じられなかった。悲しかった。
どうしてなのか。どうして素敵な人なのに、頑張ろうと思ったのに……
理不尽だ。だけどそれが大人のリアルだ。
勿論、子ども時代にも理不尽なことは存在する。だけど子どもはまだ親に守ってもらえる。だけど大人は違う。誰もみんな一人で理不尽に向き合っていかなければならない。
凱は刺された後、病院にも行かず結婚式に駆け付けた。普通に考えればここは病院に行くべき状況だっただろう。
それを非難することはできる。だけど、あの身勝手だった凱が仲間の式に駆け付けた。きっと現実に対して、人間に対して思うことはあったに違いない。けれど凱はその理不尽に向かい合った。そして自分の心に従った。
恋に破れ、人間に裏切られ、幸せな仲間たちを見つめながら一人旅立つ凱……
その姿は地上から解き放たれ自由な空へ旅立っていく「鳥」のように感じた。
本当に、リアルは上手くいくことよりいかないことの方が遥かに多い。未来を信じて格好悪い姿を晒しても報われずに終わる時もある。
だけど、一つだけ思うことがある。それは例え一見格好悪く見えても、全力で生きることはとても格好いいということだ。
凱は常に全力だった。全力で反発し、全力で女性を愛し、全力で戦った。その熱が伝わってくるから彼はとても格好いいのだと改めて思う。
ではヒーローでない僕たちにはそれはできないのだろうか?
そんなことはないはずだ。僕たちと同じように普通の人間である凱にそれができたのだから。
僕はこれからも悲しいことや格好悪いことを繰り返して生きていくだろう。
人間である以上、完璧にはなれない。
だから今まで以上に全力で生きていきたいと思う。
いつかはその先にある「格好いい」にたどり着けることを願いながら。
「大人のリアル」を全力で見せてくれたブラックコンドル・結城凱。とても大好きなヒーローです。
◻︎ライタープロフィール
侑芽成太郎(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
ゆうがせいたろう。
サラリーマン生活を送る一方、煮え切らない日々の中で天狼院書店に出会う。だけどやっぱり煮え切らずに悩むこと一年。やっとゼミに通いだす。
三歳から四歳にかけてリアルタイムでジェットマンを見ていました。その中で一番好きだったキャラクターはやはり結城凱でした。今回、書いていく中で単純に言動やアクション以外の自分が凱の「何」に魅力を感じているのか? それを追求できたと思います。
ライティングゼミを経てライターズクラブを受講中。/blockquote>
http://tenro-in.com/zemi/102023