週刊READING LIFE vol.92

充分すぎるほど遠回りして、さらに遠くに行くあなたへ《週刊 READING LIFE Vol,92 もっと、遠くへ》


記事:青野まみこ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「可愛がる子ほど、遠ざかる」
そんな言葉を誰かが言っていたような気がする。
 
私には2人の息子がいる。
2人とも、とっくに成人してしまった。
子どもを育てる上で気をつけてきたことは、「彼らに構いすぎないようにしたい」ことだった。
出来るだけ自分たちで解決させたい、自分で判断できるようにしたい、という想いだ。
他人が見たら、もしかしたら「親子の情が薄いような気がする」と思われるかもしれないが、いつまでも親離れ・子離れができない親子よりはずっといいんじゃないかと割り切っている。
例えば、幼稚園くらいになると親たちがこぞって習わせ始める習い事も、本人たちが「これを習いたい」と言い出すまでは動かなかった。子どもたちが小さかった当時、流行っていた習い事はスイミングだったが、本人たちがさほど興味を示さなかったので習わせてはいない。最も、そのおかげで2人とも水泳は不得意だけど。
それよりもむしろ、学校やコミュニティで人間関係をうまくあしらって行ってくれることの方がよっぽど大事だと私は思っていた。
私自身が若い頃人間関係で散々苦労して、嫌な思い出が多かったため、子どもにはそんなことを繰り返して欲しくなかったし、そんなことで親の私が悩まされることも嫌だったから。
 
ところが「蛙の子は蛙」とはよく言ったもので、長男は小さい時から対人関係ですうっとスムーズに、上手く行くことがほとんどなかったように記憶している。
あれはまだ幼稚園に行く前のことだった。
その頃、「公園デビュー」というワードが生まれた頃だと思う。
幼い子どもというものは、公園にでも集まれば自然と仲良く遊ぶものだと思っていた私が甘かった。
子どもはあくまで「我」の塊でしかない。「平和に遊ぶ」などということは無縁だった。
長男を連れて行った公園では、おもちゃを取った取らないで揉めることがしょっちゅうで、その度に親が仲裁に入らないといけなかった。
 
「お友達がおもちゃ貸して欲しいって言ってるから、貸してあげよう? いいよね? あとで遊べるよね?」
 
まだ長男が使っていたおもちゃを、他の子が欲しがっていきなり取り上げられてしまった時のことだ。
私は、そのおもちゃを長男が本当に使いたがっていたのか、きちんと彼に訊いたことってあっただろうか? と今更ながら思う。もしかしたら、
「よその子にすぐにおもちゃを貸してあげられる子の方が、他人から見て聞き分けの良い子と思われるから」という世間体を優先して、「貸してあげようよ」と言ったのかもしれない。長男の気持ちなどお構いもせずに。
 
長男はそんな時、「嫌だ!」と大声で主張した泣き叫んだりすることはほとんどなかった。
2歳年下の次男と遊んでいる時は、そこは結構主張してはいたと思うが、長男が他の家の子を相手にどうしようもない駄々をこねたようなことは私の記憶にない。
そういう大人しい子だったので、いきなり誰かにおもちゃを取り上げられても、一体何が起きたのか分からずにポカンとしていたことが多かったように思う。
私は私で、「この子は大人しいし、私の言うことをわかってくれるから」と勝手に思い込んでいて、「おもちゃを貸してあげられる、手のかからないいい子」と思っていた。
 
そんな子だったので、長男は幼稚園や小学校でも「言われるがまま」という場面を多く見かけた。
戦隊モノの特撮番組や、ポケモンもほとんど興味がなく、好きなことは電車だった。いわゆる「鉄」だったから、きかんしゃトーマスとか新幹線とかそんなことは夢中になっていたけど、他の子の間で流行っているような遊びは全然分からなかったので、いつもクラスの中心にいるような元気な子たちとは交流がなかった。
 
小学校に上がった長男は、相変わらず大人しく、やんちゃなことはしなかったが、元気な子にいつもいじられたりしていた。住んでいる地域全体の民度が低く、教育に関心のない家が多かったので、例えばサッカーの授業で長男がミスをしたからということだけでお腹を殴ってくるようなとんでもない輩もいた。
「朱に交われば赤くなる」になってほしくなく、地元の中学の評判は最悪だったため、中学受験をした長男は中高一貫の私立校に進んだ。しかしここでも、長男の人付き合いは、側から見ていてもハラハラするくらい不器用なものだった。
元気のいい子たち、クラスカーストの上位の「意識高い子」たちの中にはあまり入らず、長男は自分の世界を持っていた。
多くの友人と顔をつないでコミュニティを広げていく子もいて、そんな子は中学の時からFacebookをしているくらいだったけど、長男はそういう目端の利く子ではない。世渡りがうまくないなあ、こんなんで大丈夫かなといつも思っていた。それでも気の合う子たちと、自分たちなりに遊んだりしているようなので、まあそれでもいいかと思っていた。男の子の付き合いはドライだし、親がそんなに気を揉んでも仕方がないし。
 
そんな日々が続き、長男は高校2年になった。
通っていた学校では6年間毎年クラス替えがある。その度に私はハラハラしてはいたけど、高2の4月、新学期になって最初の日、帰宅した長男の顔は暗かった。
 
「どうしたの?」
「なんか、話せるやつがいない」
 
どうやら、仲のいい子たちはみんな別のクラスになったらしかった。
 
「クラス替えだから仕方ないよ。どうにかなるよ」
 
そう私は言った。
しかし、その頃から彼の様子がおかしくなっていた。
いつまでも鏡を見つめていたり、自分はどうしてこんな顔なのか? 整形した方がいいんじゃないか? と言うようになった。そして、時折「死にたい」「死んだ方がいいんじゃないか」などと口走るようになった。
私たちはその度に、
「一体どうしたの?」
「そんなことを言うもんじゃない」
と言っていたが、一時的なものだろうと思っていた。
そんなことと並行して高2の夏休みになり、いよいよ大学受験のための体制が始まった。彼が通っていた高校は進学校だったため、高2の1学期で高校3年間の内容を全て終わらせて、残りの期間は本格的な受験勉強になるのだった。
そんな流れに、長男はついていけているとは言い難かった。高校では夏期講習が毎日のようにあり、その課題もたっぷり出されていたが、見ているとどれも身が入っていないのがわかった。一応講習には通ったけど、うわの空のような感じの夏が終わり、2学期になった。
そして事件は起こった。
 
「うわーーーーーーっ!」
 
もうとっくに学校に行っているはずの午前9時すぎに、長男が泣き叫びながら帰ってきた。
 
「みんなが俺のことを見ている、俺の顔がおかしいと言っている。俺の悪口を言っている。俺は線路に飛び込んで死のうと思ったけど死ねなかった。だからずっとトイレに籠っていたけど、学校にはもう行けない。行きたくない」
 
帰宅途中に自転車で転んだらしく、かけていたメガネが真っ二つに折れてしまっていた。
とるものもとりあえず、学校には連絡をして、その日から長男は学校を休むことになった。
 
学校からは、「時々、精神のバランスを崩してしまう子がいます。成績のことは心配しなくていいので、まずはゆっくり休んだ方がいい」と言われた。そんな子も多いのだろう。心身のバランスが取れなくて休む子については、留年はさせないという方針だった。
こうして不登校状態になった長男は、ひたすら部屋にこもってゲームをしていた。学校から、心療内科の医師を紹介してもらい、長男を連れて通った。私の方でも医師を探して、別に通った。3件くらい通っただろうか。医師からは、
 
「結局、そばで話を聞いてくれる子がいなくなったから、頼れる人がいなくなって精神のバランスが崩れたのがきっかけですね」
 
と言われた。
私は、こんな時一体どうすればいいのかと考えてみた。一番気になったのは大学受験のことだった。折しもこれから一番大事な時だというのに、ここで不登校だなんて、どこで取り返せばいいのだろうかと。
治療を続ける中で、ある医師に出会った。その医師はこう言った。
 
「君は、まだ若い。治療を続けていてよくなってきているよね。君はまだまだできるよ。大事なことは身体を動かして脳に刺激を与えること。できると思うから頑張ってご覧」
 
本人の自信をつけてくれるようなアドバイスが出てきたことに、私はほっとした。
大学受験も大事だけど、まずは本人の好きなようにさせてあげて、心ゆくまで休んでもいいんじゃないか。小さい頃から苦手な人間関係の中で、無理して頑張ってきたんじゃないかと。成績なんてどうにかなると、私は腹を括った。
 
高2の9月に不登校になって、長男は丸々2学期と3学期を休んだ。幸いにして担任は理解がある人で、毎日のようにメールで相談に乗ってくれた。2月には、その担任と、中3の時の担任が2人で長男に会いに家まできてくれた。忙しいであろう時期に遠方まで足を運んでくれたこと、長男の話を聞いてくれたこともとてもありがたかった。そして仲のいい友達も何人か遊びに来てくれたことも、彼にとっては少し心が動いたことのようだった。
 
「これから高3になるけど、学校はどうするの?」
「うん、なんとかしたいとは思っている」
 
流石に本人も高3になってまで不登校を引きずる訳にも行かないと思ったのだろう。4月から、学校に行くことになった。
そこからは、ゆっくりゆっくりの歩みだったが、長男はなんとか学校生活と、受験勉強に取り組んだ。私は、本人が心ゆくまで休んで充電して、自分の力で学校に行こうという意思を取り戻しただけでいいと思っていた。
 
「絶対に浪人だけはしたくない。学校休んでみて、これ以上浪人とかで家で休むなんて俺には耐えれらないと思ったから」
 
大学はどうにかなる、とにかく今の力で、行けるところに行ったらいい。それがみんなの総意だった。
遅れを取り戻すために家庭教師をつけ、塾に行き、担任にも励まされ、やれることは全てやった。そして、どうにか現役で合格することができた。
 
それから、修士も合わせて6年間、長男は大学生活を送った。
最初の方こそ、全く知らないところに飛び込むことの不安はあったものの、高3の時からどうにか心療内科には行っていない。研究室に入って大学院に進学して、あっという間に時は過ぎ、就活の時期を迎えた。
研究室から企業推薦はもらえる状態だったけど、彼が選んだのは自分が好きだった業界の会社だった。第1志望だったこともあり、内定が出た時は嬉しそうだった。
 
そして彼の配属は、北陸地方になった。
今まで自分の身の回りのことなんて親に任せきりだった子が、いきなり1人で暮らすことになった。
元々「子どもにはあまり構いたくない」主義のはずの私だったのに、振り返ると思いっきり心配もしてしまったし、余計なこともしてしまった気がする。本人も随分色々と、若いなりに無理をして悩んできたんじゃないだろうかと思う。無理をさせてしまったのは、私たち親だったのかもしれないと思うと、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
 
配属が東京ではなく、ここで親から離れなさいというのも、何かのお告げかもしれない。随分遠いと思ったけど、それが自然のことなのだろう。
親がいなくなっても1人で生きていけるように、親も子も離れないといけない。何年そっちで働くかわからないけど、慣れないこともできるようにならないと。
人間、生まれる時と死ぬ時は1人だから。
ここまで来るのに随分遠回りをしてきた人生かもしれないけど、さらに遠くにいても、親も子も互いにちゃんとやっていけると信じていこう。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
青野まみこ(あおの まみこ)(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

天狼院ライターズ倶楽部所属。
東京生まれ東京育ち。3度の飯より映画が好き。
フルタイム勤務、団体職員兼主婦業のかたわら、劇場鑑賞した映画は15年間で2500本。
パン作り歴17年、講師資格を持つ。2020年3月より天狼院ライターズ倶楽部に参加。
好きなことは、街歩き、お花見、お昼寝、80年代洋楽鑑賞、大都市、自由、寛容。

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2020-08-17 | Posted in 週刊READING LIFE vol.92

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