連続テレビ小説「おかえりモネ」あっちの世界とこっちの世界《週刊READING LIFE vol.108「面白いって、何?」》
2020/12/21/公開
記事:石川サチ子(READING LIFE 編集部ライターズ倶楽部)
ビッグニュースが飛び込んできた。
私が生まれ育った町が、2021年NHK朝の連続ドラマ小説の舞台になるという。
「え?」
「まさか」
最寄りの駅から車を飛ばして、およそ40分。
一応「市」には、なっているけれど、元々は郡部だった。人口が減り続けているのに、あるとき突然「市」に昇格した。
バスも1日に数本しか通らないのに。
撮影は、9月下旬から11月下旬くらいまで終えたらしい。
あんな何もない、面白もくない田舎なのに、大丈夫か?
話しが続くのか?
ヒロインのモデルって、そもそも誰なんだろう?
連続ドラマ小説のモデルになるような偉人なんていたの?
調べていくと、実在の人物をモデルにしたストーリーではないようだ。
あんな、つまらない田舎を舞台にして、ドラマを書くなんて、脚本家って凄いな。
もしかしたら、クドカンさんが書くのだろうか?
だったら、「あまちゃん」のような面白いキャラがたくさん出て、インパクトのあるストーリーが期待できる。
冴えない町も活気づくのでは無いのか?
町は、朝の連ドラの舞台になった町を看板にして、10年は、観光で潤うかも知れない。
調べたら、脚本家は、横浜出身の女性作家だった。
衰退する農村の哀愁とか、都会とは違う微妙なニュアンスを表現してくれるだろうか?
万が一外してしまったら、連ドラ史上、歴代ワースト視聴率になる可能性もある。
それでも、連ドラの舞台になった町ということで、観光の目玉になるかもしれない。
田舎で育った私にとって、テレビに映る世界は、あっちの世界だった。
お洒落で、カッコ良い男女が生活する世界は、田舎の生活とは天国と地獄くらいの差があった。
テレビで観る華やかな世界に憧れて、一刻も早く、こっちの世界を脱出したかった。
こっちの世界で、強烈に嫌だったひとつに「イナゴ取り」という学校行事があった。
毎年、稲刈りが行われる11月頃に行われた。
まず、イナゴを入れる袋を親に用意してもらう。
手拭いを半分に畳んで、両橋を塗って、袋状にして竹の筒、またはサランラップなどの筒を包んで、竹の筒などが落ちないように、紐でグルグル巻きにしたものだ、
風呂敷に、おにぎりを包んで、背中に斜めに背負い、長靴を履く。
イナゴを入れる袋を持って、学校には行かずに田んぼに行くのだ。
そして、朝から晩まで田んぼの中に入って、ひたすらイナゴをとり続けた。
イナゴは、田んぼ脇の、堀の縁の草むらにいた。人が近づくと、カサカサ、またはワッサワッサと音を立てて逃げる。近寄って、飛んでいるイナゴを狙う。草に止まって静かになったタイミングで、そうっと手を伸ばして捕まえる。
オンブバッタと言って、二匹一緒にいるイナゴを捕まえると、得した気分だった。しかしそれは後から考えたら、交尾していたのだ。その際中だったイナゴを捕まえて、イナゴの袋に放り込んだ。
昼ご飯は、背中に背負ったおにぎりを食べる。
イナゴを触った手は、醤油と枯れ草の混じった臭いがした。その手でおにぎりを食べるんだけど、汚いとか不衛生とか言っていられない。
3時半くらいまで、イナゴを追いかけて、学校に戻る。
学校に戻って、どれくらいイナゴを捕ってきたのかを測ってもらう。
規定のグラム数採れなければ、別の日に取りに行かなければならない。
当然、イナゴを触れない子もいた。
MちゃんとHちゃんは、イナゴをつかめなくて、袋の中に2匹とか3匹しか居なかった。
彼らは、親が別に採ってくれたみたいだ。
イナゴが嫌いな子にとっては、残酷な行事だった。
これが一週間も続いた。授業はなかった。
お小遣いが欲しい子は、イナゴを捕って、店に売りに行った。
毎年9月下旬くらいになると、国道沿いの小さなお店のガラス戸に「イナゴ1キロ800円」とか書いたのが貼られる。
相場は、時期によって代わり、良くて1キロ1200円くらいに跳ね上がることもある。
イナゴを売って、ゲームを買ったという猛者もいた。
学校は、イナゴを売って、楽器やプロジェクターなどの備品を買っていたようだ。
そんな苦行の象徴的だった、イナゴが、あっちの世界で華々しく活躍していると知ったとき、私は、卒倒しそうになるくらい、驚いた。
仮面ライダーとして、あっちの世界で、大人気だった。
悪いやつが出てくると、主人公が変身して、ヒーローになる。
初代の仮面ライダーの姿は、まさしく、イナゴを反映していた。
垂れ目の大きな目と、頭からニョキッと生えた二本の触覚。イナゴのお化けだ。
石ノ森章太郎は、イナゴを、国民的なヒーローとしてあっちの世界に送り出した。
こっちの世界で、同じものを見ているのに、何がこんなに違ったのだろう。
私は、ただイヤな行事とセットで覚えているけれど、大漫画家になった、石ノ森章太郎は、
荒廃していくこっちの世界の町の姿を、大友克洋は、アキラとしてあっちの世界に蘇らせた。
そんな大先輩の出た高校に入学するも、私は腐っていた。
中学を卒業したら、田舎を出て、あっちの世界に近い女子高に行こうと思っていた。
だから中学三年間は勉強を頑張った。
しかし、中三の時、学区制というのがあったため、それは叶えられないと知った。
三年間、刑期が延びたかのようだった。
唯一、密かに憧れだった男の子も同じ高校に行くのが分かり、気持ちが弾んだ。同じクラスになることを願った。
その願いは叶わなかった。
あれは夏休み前だった。
同じクラスだった女友だちに相談された。
「Nくんから、付き合おうかって言われている」
私は、絶句していた。
Nくんは、私が密かに憧れていた人だった。
心臓がハカハカと震えて、彼女に何を答えたのか覚えていない。彼女も、困って相談したのでは無くて、中学時代のアイドル的な存在だったNくんに告られたことを、誰かに話したかったのだろう。
それが、たまたま、出席番号が一つ違いで、同じ中学出身の私だったというわけだ。
その後、Nくんとその子が一緒に帰る後ろ姿に何度も遭遇した。
こっちの世界は、何もかも思い通りにならない。
友だちもできなかった。勉強も身が入らなかったし、だからといって何か夢中になっていたものがあったわけでも無かった。
何もやる気の無い高校生活だった。
面白くないのは、田舎のせいだと、学校のせいだと環境のせいにして、毎日ブスッとした顔で過ごしていた、高校二年のある日。
幼なじみのひと言に、気持ちがザワつきました。
「夏休み、バイトすることにした」
バイトって、イナゴ取り?
時期が早すぎる。どこでバイトするのだろうか?
マクドナルドとかあるわけないし。
「どこでするの?」
聞いてみると、幼なじみは答えた
「決めていない」
バイトは、テレビの向こう側の世界だった。バイトして貯めたお金で、欲しいものを買ったり、旅行したりできる。素敵な男の子との出会いもあって、人生が変わるかもしれない、こんなつまらない高校生活を脱出するカギになるはずだ。
バイトすると切り出した幼なじみと一緒に居た友だちで、バイトの話しで盛り上がった。
「時給、600円は欲しいよね」
「バイトって青春って感じだよね」
「こんな田舎にいたら、青春どころじゃないよね」
「貴重な10代を、学校と家との往復だけで終わらせたら、絶対に将来、後悔するよね」
「そうだ、バイトしたら、青春楽しめるかもしれない」
とりとめもない話しをして、小学校時代からの女友達4人でバイトすることにした。
バイトすると決めたものの、どこで働くか見当が付かなかった。
コンビニなんかもない。
16歳の高校生を雇ってくれる会社など、田舎にはない。
求人誌なんてあるわけがない。
バイトするなら、4人同じところが良い。
夏休みが始まるまで時間はない。
通学路沿いの、役所の跡地を工場にした門の前に、「パート・アルバイト募集」の看板が出ていたのを見つけた。
私たちは、自転車を止めて、話しを聞いてみることにした。
鼻にねっとりひっつくような油のニオイと、ガチャガチャと規則的に動く機械の音、土埃が玄関から廊下まで覆い被さっていた。
工場長と呼ばれている男性に、バイトしたいという話しをすると、工場長は少し考えて言った。
「どれくらい働きたいの?」
「時給は、使用期間になるから、そんなに良くないよ」
私たちは、「はい」「はい」と頷いて、それぞれの表情を確認して、出直すことにした。
帰り際に、それぞれの気持ちを確認してみると、バイトしたいと最初に切り出した幼なじみは、その工場で働くと決めていた。
私たち三人も、夏休み、そこの工場で働くことにした。
工場での仕事は学校とは別世界だった。
私たちの仕事は、流れてくる部品をひたすら組み立てることだった。
朝8時から夕方5時まで、昼食1時間と10時、15時の中休みを除いて、同じ場所に座って黙々と手を動かした。
油とほこりの臭いが鼻の中にへばりついて脳味噌まで侵食してしまいそうだった。
時間が進むのが恐ろしく遅く感じた。10分置きくらいに時計をチラチラ見て、終わるまでの時間を計算した。
1日の仕事を終えた後、どっと疲れた。
私たちは帰リ道、無口だった。
もう辞めたくなった。
退屈だと文句を言って、時間を持て余しているのがなんて贅沢なんだろうと気づいた。
結局、1週間でその仕事は辞めた。
お給料は、翌月にもらうことになった。
お給料をもらったら、海に行こうという話しになって、盛り上がった。
海、と言ったら、ナンパじゃないか、湘南の海が良いよね、サザンの曲みたいな青春ができるかもよと、気持ちが弾んだ。
お給料は、2万円くらいもらった。
2万円で湘南の海に行くのは、全然足りなかった。仕方なく、隣県の海水浴場に行くことにした。
海に行くのは、ワクワクする。
海の浜辺で、ナンパされたらどうしよう?
日光浴していたら、「オイル塗りましょうか?」と、日焼けした少年に声をかけられたらどうする?
キャー!
気持ちだけが盛り上がった。
スクール水着しかないけど、派手な水着買った方が良いかな?
ビキニって、どうなんだろう???
ローカル列車を乗り継いで3時間くらい。隣県の海水浴場に到着した。
到着してびっくり、海にはほとんど人が居なかった。
ダダ広い海岸は、親子連れの家族が何組かあるだけ。
ナンパされる夢が打ち砕かれた。
それでも、せっかくバイトして稼いだお金だ。海を楽しもう、ここは湘南ビーチだと思い込もう。
「どっから来たの?」
泳いで日焼けしていたら、誰かに声をかけられた。
振り向くと、天然パーマ頭の少年と小太りの少年が水着姿で立っていた。
これって、もしやナンパ?
女子4人、目を合わせた。
適当に話しを合わせて、6人で海で遊んだ。
会話は全然続かないし、訛っているし、全然おしゃれじゃない。
名前も分からない。
男の子がリードしてくれるものだと思っていたけど、子どもと遊んでいるようで、テレビで見たり、サザンの曲で聞いたりしていたような刺激は、全くなかった。
相手も、「イモっぽい女子高生だな」と思っていたに違いない。
お互い、連絡先も聞かず、さよならも言わずに、私たちは帰りの電車に合わせて、海水浴場を立ち去った。
わずか数日の、青春っぽい時間が終わった。
あっちの世界に憧れて、似たようなことをやってみたけど、全く面白くなかった。
あっちの世界はいつもキラキラして刺激的で、ワクワクドキドキする世界が広がっていた。
こっちの世界は、やっぱり何をしても面白くなかった。
私がずっと、こっちの世界だと思っていたところが、あっちの世界として描かれる。
2021年「おかえりモネ」は、どんな世界を見せてくれるんだろうか?
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