週刊READING LIFE vol,108

「最近、何か面白いことあった?」《週刊READING LIFE vol.108「面白いって、何?」》


2020/12/21/公開
記事:伊藤朱子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「ねえ、最近、何か面白いことあった?」
夕方、少し早めに仕事から帰ってくると弟は私の事務所にやってきて、尋ねる。
まるで、面白いことがあったら、「おすそ分けして欲しい」と言っているかのように聞こえた。
初めのうちは聞きたいことの意図がわからなかったので、答えようもなかった。
 
「面白いこと……、特にないよ」
「ふーん、そうなんだ……」
ちょっと残念そうな感じである。
 
そんなにしょっちゅう、話せるほど面白いことなんてあるのだろうか。それとも、笑える話ということで、気楽なテレビ番組のことでも話題にすればいいのだろうか。
でも、おそらく、そういうことでもないのだろう。それにしたって、弟は何を私に聞きたいのか、皆目見当がつかなかった。
 
ある時、
「面白いことって? どういうこと?」
と逆に尋ねてみた。しかし、あまりはっきりしない答えである。
「なんか、楽しそうにしているから……」
と言うのである。弟の目には私が面白いことをして、楽しくしているように見えたということなのだろう。そして、何がそんなに楽しいのか、聞きたかったのかもしれない。

 

 

 

小学3年生、4年生くらいのだったと思う。私は夏休みが嫌いな子供だった。子供なら楽しみのはずのお休みが、苦痛でしかなかった。
私は、地元の学校に通っていなかったので、地元の学校に通う同世代の子たちよりも少し休みが早く始まり、かつ、長かった。でも、そんな長い休みなんて全く必要ない、と思っていた。
 
早々に宿題を終わらせ、残りの休みを、毎日、畳の部屋でゴロゴロと寝そべって、本を読んで過ごしていた。その本も、夢中になって読むというよりは単なる暇つぶしだ。
本当に畳の上をゴロゴロと転がりながら
「つまんない、暇だ」と言っていた。
せっかくの夏休みなのだから、遊びに行けばいい。好きなことをすればいい。しかし、特に何かをしたということもなかった。子供時代に感じることのできる、何に対しても「面白い」と思える気持ちが消えてしまった時期だったのかもしれない。子供のくせに、夏休みを面白く過ごすことができなかった。
 
この頃、2歳年下の弟は夏休みを満喫していた。毎日、毎日、近所にある川に遊びに行き、土手やグランドを走りまわっていた。弟は虫取りに夢中で、カゴいっぱいにバッタやカマキリを取って帰ってきた。それが面白くてたまらなかったのだろう。飽きもせず、毎日、出かけて行った。
何がそんなに面白いのだろう。毎日同じことの繰り返しだと思った。
 
今思えば、その夏休みの私こそ、弟に「何か面白いことをおすそ分けしてもらいたい」くらいだったに違いない。
私は、本当にまったく面白いことを見つけられずに、「つまんなーい」とぼやいていたのだ。

 

 

 

弟が私に「何か面白いこと、あった?」と話しかけるようになった頃、私は、大学院に通いながら、パートナーと設計事務所を立ち上げていた。事務所を立ちあげたと言っても、何の仕事もない事務所だ。実態は父の仕事を手伝わせてもらっているような状況で、そんなことをしながら、建築設計のコンペに参加したりしていた。パートナーと住む小さな部屋の家賃を払うのが精一杯で、事務所はもともと私や兄が使っていた子供部屋を改装したものだった。
仕事らしい仕事がないのに、コンペに応募するのが忙しいし、面白いし、それなりに充実していたように思う。まさに、「貧乏だけど夢がある」という感じある。
 
一方、弟は大学を出て、勤め始めたばかり。実家で暮らしていた。職種は専門性のある分野。誰でも簡単にできるものではない。当然ながら、立派に稼いでいた。貧乏な姉とは大違いである。
端から見れば、弟はやりがいのある仕事、それに見合うお給料、とても充実しているように見えた。
 
ある日、あまりに弟が聞いてくるので、
「面白いこと、あるよー」と、応募しようとしているコンペの内容を話し、いかに今考えている案がいい案なのか、とうとうと語ってみた。
そして最後に、
「ね、この案、面白い考えじゃない?」と聞いてみると、
「ふーん、楽しそうだね」と
弟はちょっとつまらなそうに、興味が持てないな、という感じで言った。どうも、聞きたかったことは私が「面白い」と感じていることではなかったようだ。
 
別の日には、提案の末、やっと仕事になった案件について語ってみた。契約をしてもらうまでの苦労、それまでの道のり、クライアントの突拍子もない発言など、私なりに面白く、「いやー、大変だったんだ」と話した。
 
すると弟は「ふーん、よかったね」と、喜んではくれたものの、その苦労話が面白いという感じでもなかった。私にとっては、とても面白い出来事だったのに。
 
結局、弟の言う「何か面白いこと、あった?」の「面白いこと」を私は弟とは共有できないのだということがわかった。
弟の「面白いこと」とは「面白い考え」なのか「面白い出来事」だったのか、それすらもわからない。
一体、あの時、弟が聞きたかった「面白いこと」ってなんだったのだろう……。

 

 

 

「面白い」は色々な意味を含んでいると思う。だからこそ、他の言葉に互いに置き換えられる場合もある。
例えば、「面白い」と発言している時にその意味が「興味深い」という時もある。研究発表会などのちょっと固い感じの発言が良い時には、「面白い研究結果ですね」ではなく「興味深い研究結果ですね」の方がその場にはあっているだろう。でも、単純に言えば、「面白い」のである。
もう一つ、「滑稽」も「面白い」に置き換えられるのではないだろうか。喜劇のあるシーンで人の動きが「滑稽」だと思っても、それを発言するときは「面白い」の方が柔らかい印象もある。「転んだところ、滑稽だった」では「転んだところ、面白かった」でも十分伝わるだろう。
他にも、「個性的な人」を「面白い人」ということもできるかもしれないし、「変な仕草」は「面白い仕草」と言えるかもしれないし、とにかく「面白い」はその意味の幅が広く、便利な言葉なのだ。
 
そして、「面白い」につきまとう感情は
「ワクワク」
「ドキドキ」
「クスクス」
「ニヤニヤ」
「ヘェー」 などなど。
これらの言葉で表される。もしかしたら「ハラハラ」も面白いにつながっていくかもしれない。つまり、「面白い」を感じている時は平坦な感情ではないはずだ。さらに、もう一つ。この感情が湧きあがっている時、自分の予期せぬことが起きている、自分の想像を超えてきた状態にあるはずだ。つまり、想像の範囲の中であれば、人はそんなに感情を動かさない。

 

 

 

20代の大学の後輩と話していた時のこと。
ご主人の勤め先では社長と同期の人達で半年に1度食事会があるそうだ。先日、その食事会の際に「誰か、面白い話をして」と言われたというのだ。
その「面白い」はどういう「面白い」なのか、どう解釈したらいいものだろう。かなり無茶ぶりのような気もする。
 
結局、同席していた専務が適当な話をして、その他の社員は誰も積極的に話さなかったというのだ。お笑い芸人ではないので、すべらない話、笑いが起こる話をしないといけないということではなかったと思う。社長の真意のほどはわからないが、「なるほど」とか「へえー」という言葉を引き出せる話をすれば十分だったのかもしれない。
まだ、20代の若者が社長の前で何か話さなければならないというだけでも、かなり緊張を強いられる。ましてや「面白い話」という漠然としたお題では、なかなか発言するには勇気がいるのかもしれない。でも、きっと、ほんの少し社長の感情を動かすことができれば、この「面白い話」は成立したに違いない。

 

 

 

よく、「仕事が面白い」と言う人がいる。仕事で成果が出ている時、ウキウキする、ワクワクする。そしてそれで「面白い」と感じることもあるだろう。でも、もしずっとある一定の成果が何も問題もなく繰り返しになれば、それは日常になり、面白味を感じなくなるのではないだろうか。
例えば、ほんの少しだけでも、予期せぬ出来事、想像を超えることが起こった時、ドキドキする。そして、それを解決できるとまた「面白い」と感じる。
 
つまり、毎日繰り返されるルーティーンには「面白い」は存在しないではないか。
歯を磨くことでは、感情は動かず、「面白い」を感じていない。

 

 

 

あの夏休み、弟は沢山のバッタやカマキリが取れることだけに面白さを感じているのではなかった。違う種類を見つけることができることを面白がっていたし、毎日、同じ場所にバッタがいるわけでもない。いろいろな場所を探し回ることが面白かったにちがいない。あの頃の私には毎日、繰り返される虫取りが単なる繰り返しの日々のように思えていたが、本当はそんなことなかったのだろう。弟の中ではほんのすこしだったかもしれないが、「想像を超えること」が起こっていたのかもしれない。

 

 

 

もし、何かに「面白い」を感じたかったら、自分で「繰り返し」の枠を外す。そんなことも必要なのだろう。もしくは、考えや感情の枠を外すことも大切かもしれない。形の決められた中では感情動かない。
 
そして、感情をプラスの方に動かしたら、それはもう、「面白い」につながっている。
エンターテイメントにおいては、マイナスに動かしても「面白い」につながるだろう。フィクションだとわかっていれば、そのマイナスの感情、例えば悲しみをどっぷりと感じることができたら、そのエンターテイメントの評価は「面白い」になる。安全が確保されている「ハラハラ」した感情も、最終的にそれを味わった後、「面白かった」と言わせてしまう。
甘しょっぱいお菓子に似ていて、甘いのか、しょっぱいのかはっきりさせて、と思うけれど、美味しい。「笑えない、悲しい、すご〜く、泣けて、それで面白かった」という感じになる。
 
人は結局、感情をゆらゆらと揺らしてくれるものを探しているのだろう。でも、受け取る側も心構えが必要だ。
感情をゆらゆらと動かすためには、心をバネの上に乗せているような感じで、チョンと刺激を与えられたら、それに反応して、上下に揺れたり、左右に振れたり、360度自由にできる準備も必要だ。
決して、心をしっかりした基礎の上に縛り付けてはいけいと思う。

 

 

 

それから20年あまりが経ったが、いつの間にか弟に「何か面白いこと、あった?」とは聞かなくなった。
やりがいのある仕事があり、自分の家族を持ち、私に聞かなくても、自分自身の人生で面白いことが起こっているのだろう。
 
あの当時の弟は、仕事を始めて多くの緊張もあり、何においても心を揺らすことができなかったのかもしれない。
自分の揺れない心を、私が何に感情を揺らしている日々を過ごしているのか、比較して確認したかったのだろうか。
 
私もあの当時を振り返ってみる。よく、これからどうなるかわからない、お金もない状況の中で「面白い」を感じながら生活していたな、と思う。やっぱり常に感情を揺らしていたからか。
どうやったらコンペに勝てるか考えていたし、一方でお金がなくて不安になることもあったけれど、その分、ささいなことが本当に嬉しくて、いい案が思い浮かぶ、考えることが面白くて仕方がなかった。
 
もう、弟に「最近、何か面白いことあった?」と聞かれることはないと思うけれど、
でも、もし聞かれたら、あの時よりももう少し、弟の心を揺らしてあげる話ができるような気がする。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
伊藤朱子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

建築設計事務所主宰。住宅、店舗デザイン等、様々な分野の建築設計、空間デザインを手がける。書いてみたい、考えていることをもう少しうまく伝えたい、という単純な欲求から天狼院ライティング・ゼミに参加。これからどんなことを書いていくのか、模索中。

この記事は、人生を変える天狼院「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」をご受講の方が書きました。 ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

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2020-12-21 | Posted in 週刊READING LIFE vol,108

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