卒業生に学ぶ笑顔の力《週刊READING LIFE vol.124「〇〇と〇〇の違い」》
2021/04/19/公開
記事:本山 亮音(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
会ったことも、話したこともない卒業生の笑顔の写真。
それを見ただけで、たったそれだけで、さっきまでのイライラは吹き飛び、目の前で笑っている彼を応援したい気持ちになった。
留学を希望する学生(主に18~19歳)のサポートをするため、学校で仕事をしている私は、彼らが帰国した後も、証明書発行の依頼などで卒業生としてつながることがある。
ほとんどパソコンに向かって仕事をしていて学生とのつながりは薄いのだけれど、それでも卒業生の中には、「就職が決まった!」「今は東京に住んでるよ」など、何度か顔を合わせたことがあるだけの私に、近況報告をしに来てくれる子もいる。
知っている若者たちが社会に出て頑張っている姿を、いつもほほえましく見守っていた。
けれど、顔を知っている卒業生ばかりを相手にするわけにはいかない。
卒業して数年後に問い合わせをしてくる場合など、全く会ったこともない人から頼られることも多々ある。
ある日、とある卒業生からメールが届いた。
『シンガポールに在住しており、滞在許可の更新手続きのため学校の助けが必要です』
そんな内容のメールだった。
初めは(シンガポールかー、行ってみたいなー。海外で働き続けるってすごいな)なんて、応援する気持ちでメールを返信していた。
留学のサポートと言う仕事しているだけに、これまでにも海外で活躍している卒業生にはむしろ親近感がわいていたし、出来る限りのサポートをしたいと思っている。
ただ、その後の彼とのやり取りの中で、正直私はかなりイライラした。
それまでにも海外に住んでいる卒業生とメールでやりとりすることはあった。でも、彼の場合は少し様相が違っていた。
会ったことがない卒業生ということもあるけれど、それ以上にメールでのやり取りに苦慮した。何度メールのやり取りをしても要領を得ないのだ。
『このままだとシンガポールに滞在できなくなる。急いで対応して欲しい』
その主張ばかりが受信ボックスに積みあがっていく。
(だから……何を手伝ってほしいのかを言ってくれないと、分からないよ!!)
そんなイライラを募らせていた。
その後もメールの文面にイライラが伝わらないよう配慮しながら、根気強く返信を続けてみるが、やっぱり前へ進まない。
応援したいけれど、どう手助けすればいいのか、分からない。
彼にもそのことを伝えているのだが、具体性のない返事が返ってくるばかりだった。
部内でも相談しながら返信メールを考える。彼から手助けに必要な情報を聞き出そうとするのだが、それでも、こちらが意図した情報をあえて避けているかのような返信がくる。
彼の必死な様子が逆に、他の意図があるのだろうか? と思わせるほどだった。
イライラもするけれど、手助けができない不甲斐なさも積もっていく。
他の仕事も同時にこなしながら、彼のことが気になって仕方なかった。
時差もあってメールが途絶えた頃に、思い立って彼の名前をネットで検索してみた。
少し珍しい名前だったこともあり、一番初めに彼のブログが出てきた。
思わず「えっ……」と小さな声を上げてしまった。
そこに映ったのは満面の笑みの若者
ブログの文字も読まず、たったそのプロフィール画像を見ただけで、私の感情が変化していくことを、自分でもひしひしと感じた。
彼は今、この笑顔でいられているだろうか?
困り顔に変わっていないだろうか?
再度彼のメールを読み返し、彼の焦りを感じ取り、その焦りと過去の自分が交差していく。
30歳になる直前、私はワーキングホリデーで1年間フランスに滞在するため、日本を飛び出した。そんな私を待ち受けていたのは想像を絶する苦労だった。
仕事が見つからない、住むところが見つからない、お金がない。
自分でもよく1年間、最後までやり切ったと思う。けれど、私1人では決してやり遂げることなんてできなかった。そう断言できる程、周りの人に助けられた1年だった。
家に滞在することを1カ月伸ばしてくれたフランス人のホストファミリー、パリのアルバイト先でいじめられているのを見つけて助けてくれた同僚、ニースで家を借りる手続きを手伝ってくれた優しい日本人仲間たちの顔を思い浮かべる。
彼らの助けがあって、1年の滞在を最後までやり遂げることが出来たのだと、改めて思いにふける。
もし彼らの助けがなければ……もしかすると、たった1カ月で日本に帰ってきていたかもしれない。
言葉も通じない、知らない土地で困難に立ち向かい、それを乗り越えた時の達成感は計り知れないことをよく知っている。けれど、その過程での、くじけそうになる辛さも、痛いほど知っていた。
画面に笑顔で映っている彼も、辛い思いをして、海外で頑張ってきたのかもしれない。滞在を延長したいということは、今のところ仕事がうまくいっているということだろう。
でも、助けがなければその道を閉ざすことになってしまうのかもしれない。そんなことはさせたくない。
今度は私が助けになりたい!
何ができるだろう。考えた。どうすれば助けられるのだろう。
重い歯車が動き始めるように、初めはゆっくり、それから少しずつスピードを上げ、頭の中が回転し始める。
今のまま彼とやり取りしていても埒が明かない。かと言って、これ以上自分で考えていても、なんの解決にもならない。そう判断した私は彼とも連絡を取り続け、同時に各部署への応援も要請することにした。
海外とつながる部署は他にはないこともあり、普段なら、こんなことはしない。パソコンとにらめっこをしながら、部署に閉じこもって作業をしていることが多い私からの突然の応援要請に、しかも、海外案件と言うこともあり、驚いた人も多かっただろう。
頭の中の歯車は回り続け、発生した動力は電波を通して他部署の歯車を回す。その波がどんどん広がり一度私の手を離れていく。
その輪が広がり切ったころ、次は情報が電波に乗って私のところへ集約されていく。
あの部署に連絡してみるといいよ。
あの人にはメールしてみた?
こっちでも情報探ってみるね!
仲間の声がどんどんつながり、最後には、以前シンガポールの滞在許可に関する手続きをサポートしたことがある人が見つかった。
その人とつながってからは、トントン拍子に話が進み、何とか彼をサポートすることが出来た。
海外の手続きは日本ほど統率されていることは少なく、かなり煩雑なことが多い。担当者によって言うこともまちまちで、何度も役所へ通う羽目になることも少なくない。
今回も彼なりに説明しようと思って必死だったのだろうけれど、メールで伝えるのは確かに難しい案件だった。
彼も安堵の様子で、あとは自分で手続きを進められそうだと、お礼のメールが届いた。
そのつらつらと書かれた感謝の言葉に、涙しそうになる。
嬉しかった。
精一杯のサポートをして、良かった。
一通りの対応を終え、ついさっきまでイライラしていた自分が信じられない程、すっきりしていた。
会ったことも話したこともない、知らない相手の顔を、
笑顔を見る前と見た後の違い
こんなにも印象がガラッと変わることに驚いた。
メールの文面があまりに要領を得なかったこともあり、そのギャップがそうさせたのかもしれない。
でも、あの笑顔を見た時、勝手に想像してしまった。
あぁ、きっとこの笑顔は今、困り顔になっているんだろうな。
言葉が通じるほど、流暢に現地の言葉を話すことはできるのだろうか?
肩を落とすような経験を私がさせてはいけないな。
何とか……何とか助けなければ!
あの時、もしプロフィール画像を見ていなければ……
もちろん、笑顔を見ていなくても、仕事である以上、寄り添うつもりではあった。
でも、あの後も彼に質問を投げ続けていたとしたら? 本当に解決に至ったのだろうか。
この出来事にはいくつかのことを学んだ。
要領を得ない相手の場合、ほかの視点で解決策へと導くことも模索しなければならないこと。それに今までは他部署との連携が苦手だっただけに、動けばこんなに快くアドバイスをしてくれるのだということも。
仕事ができる人、コミュニケーションが得意な人はそんなことは当たり前なのかもしれない。でも普段、パソコンとにらめっこをしていればある程度評価される私にとって、今回の気づきは大きかった。
だけど、それ以上に彼から学んだことは、笑顔の力だった。
たった笑顔の写真1枚で、人の感情をこんなにも左右することが出来るとは思っていなかった。
仕事がひと段落した頃、改めて彼のブログに目を通してみた。
そこには日々の出来事が書かれているのだが、文章の最後には成功した事、今後の展望など、いつも前を向いた言葉で締めくくられている。それだけ努力をし、自信をつけたからこそ、相手を突き動かすだけの言葉、笑顔をブログに出せるのだろう。
自分は最近、自信を持って笑えているのだろうか?
その笑顔に突き動かされたからこそ気付いた。
いつも、しかめっ面を浮かべて、写真を避けて生きてきた自分に気付き、そして、少し悔やんだ。
子供の頃は満面の笑みを浮かべていた私も、いつしかカメラを向けられるとぎこちない笑顔しか出来なくなっていた。自分が写っている写真を見る度、ため息をつき、写真を撮られることすら避けるようになっていた。
今振り返ると、それは自信のなさの表れであり、私は努力を怠っていたということなのだろう。
学生の頃、トイレの鏡の前に居座っている人を毛嫌いしていた。けれど、そういう人に限って写真写りは抜群だった。若い頃からなんにでも全力、笑顔も勉強も、部活も全てに力を注ぎ、その結果による自信が笑顔に現れていたのだろう。
そんな人を小ばかにして生きてきた自分。
鏡に映る自分を改めて見てみる。
そこにはやつれた、自信のない笑顔を浮かべる自分がいた。
これからでも遅くはないだろうか……?
何をしても中途半端で、うまく成し遂げることなんて出来たためしがなかった。
いつかいつかと後回しにばかりしていた。
いつかはいつまで待っても向こうからはやって来ないことを、知りながらも避け続けていた。
もうそろそろ待つのはやめよう。動き出すのは今しかない。
笑顔の彼に、そう背中を押されている気がした。
仕事も勉強も、遊びも、もう一度全力でやってみよう。
彼の笑顔に感謝しつつ、そう鏡越しの自分に向かって言葉をぶつけた。
□ライターズプロフィール
本山 亮音(READING LIFE編集部ライターズ俱楽部)
京都生まれ京都育ち。趣味のフランス語を現地で試すため、ワーキングホリデーで1年間フランスに滞在。帰国後もフランス語を活かせる事務職に就き、現在に至る。
2020年10月開講のライティング・ゼミを受講。16回の課題提出の内、3回編集部セレクトに選出される。2021年3月よりライターズ倶楽部へ。人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
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