週刊READING LIFE vol.125

大学生のアルバイト警備員が経験した怖い話《週刊READING LIFE vol.125「本当にあった仰天エピソード」》


2021/04/26/公開
記事:佐藤謙介(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
今からお話しすることを信じるかどうかは、あなた次第だ。
これは今から20年前に私が大学生だった時に実際にあった恐怖体験だ。
 
(もし心霊体験などが苦手な方は、この後の内容を読まないことをお勧めする)
 
私は大学生の時に親が自己破産をしたため、突然学費と仕送りがなくなり、お金に困窮するようになった。東京の私立大学に通っていたので学費は年間に120万円。月々の生活費は一人暮らしとはいえ、どんなに切り詰めて12~14万円はないと厳しかった。
 
そのため生活費と翌年の学費を稼ぐために毎月手取りで20~25万円は稼がなければならず、大学に通いながらこれだけの金額を稼ぐのは簡単ではなかった。
 
今ならインターネットを使って自分でビジネスを行ったり、アフィリエイトで稼いだり、元手があれば株やデイトレで稼ぐということも出来るかもしれないが、当時の私はそんな悠長なことをしている暇はなく、とにかく日銭を稼がなければ生きていけなかったので、体力をお金に変える以外に手が無かった。
 
そのため、出来るだけ割りの良い仕事を探していると周囲に相談すると、ある先輩から「夜間のビル警備」の仕事を紹介してもらえることになった。
その仕事は大手生命保険会社の本社ビルの警備の仕事だった。
 
平日は夜19時30分から翌朝の8時30分まで働いて9,000円。土日祝日は朝8時30分から翌日の朝8時30分までの24時間勤務で16,000円もらうことが出来た。
これだけだと時間のわりに安いと感じるかもしれないが、この仕事の良いところは夜中ずっと起きている必要はなく、ビルで働いている人が全員退館したことを見届ければ、翌朝まで仮眠をとることが出来る点だった。
しかもシャワー室もついていたので、風呂代も浮かすことが出来た。
 
また土日も守衛室で社員の入退館を管理していればよく、もう一人の年配警備員と2時間ごとの交代制なので、休憩時間は何をしていても構わなかった。
そのため私は試験が近い時にはテスト勉強をし、それ以外の時は近くの古本屋で面白そうな本を物色し、一人で読みふけることが楽しみになっていた。
 
つまりこの仕事は、拘束時間の約半分は自由時間というおいしい仕事だったのである。
 
私はこれ以外にもいくつか掛け持ちでアルバイトをしていたが、この仕事が一番割が良いと感じていたので、この仕事を中心に他のアルバイトを調整していた。
 
ただ、私にとってこのおいしい仕事も1点だけ気になることがあった。
それが「このビルには幽霊が出る」という噂だった。
 
「霊感」という言葉があるが、私自身はそれが強いと感じたことはなかったし、そもそも「幽霊」が存在するかどうかと聞かれれば、正直分からないし、冷静に考えれば「思い込みでしょ?」と思っていた。
 
しかし、子供のころから暗いところは怖いのに「幽霊」もののテレビ番組を見るのは好きで、「心霊スポット巡り」や「超常現象」などの番組を怖い怖いとおもいながらも見続けていた。またお風呂で頭を洗っていると、なんか後ろに気配を感じて、急いで振り返るなんてこともあった。
 
つまり私は、幽霊の存在を頭ではいないと思いながらも、心のどこかでは恐れを感じているタイプの人間だったのだ。
 
そして、私がビル警備の仕事を始めて2か月くらいした時に、他の学生アルバイトの先輩から初めてこの噂を聞いてしまった。前日警備をしていた先輩と交代するときに、いつもは軽い挨拶くらいしかしないのに、たまたま長話しをしていた。
 
この仕事をしているくらいなので、お互い苦学生で共通する悩みも多く、話しは盛り上がった。そんな時に彼が突然「ところで佐藤君、このビルって夜中気持ち悪くない?」と切り出してきたのだ。
 
まあ、夜中のビルは控えめに言って気持ちのいいものではないと感じていたが、彼の話しは私の血の気をひかせるのに十分な内容だった。
 
実はこのビルには幽霊が出るという噂を歴代のアルバイト学生たちが話しているというのだ。そして実際彼も不思議な体験をしたことがあると教えてくれた。
 
このビルには本館と別館があり、1階と地下1階が廊下で繋がっていた。
私たち警備員の仮眠室は本館の地下一階にあり、そこで夜は仮眠をとっていた。しかし、夏の暑い日は仮眠室のエアコンの効きが悪いため、ドアを開けて寝ることがあった。
 
彼もその日は暑くてドアを開けっぱなしで寝ていたらしい。すると夜中の2時ごろに遠くの別館にあるエレベーターが突然開いて閉まる音が聞こえたというのだ。しかもそれが一回の開け閉めだけでなく、20分くらい何度も開閉の音がしたというのだ。
 
最初は夜間一緒に入っているもう一人の警備のおじさんが見回りをしているのだと思ったそうだ。ところが翌朝聞いてみると「いや、その時間は自分ももう寝ていたよ」とのことだった。つまり誰もいないはずなのにエレベーターが動いていたというのだ。
 
私は「本当ですか? それが本当ならマジで怖いですね」と答えたが、その話しを聞いてからというもの、私は「幽霊」を意識し始めてしまった。
 
この仕事は基本的に2名体制で行われ、1名は警備会社のベテラン社員、もう1名が学生アルバイトという体制で行っていた。
そして学生アルバイトが夜23時になると本館と別館の全館の見回りを行い、室内の消灯と扉の鍵を閉めて回ることになっていた。
だいたいはその時間まで残っている人はいつも同じなので、私は「最後出るとき消灯だけお願いします」と声をかけ、その人が退出したのを確認したら、部屋の鍵を閉めに行った。そして翌朝4時30分になったら、今度は全館の鍵を開けるというのが私たちの仕事だった。
 
つまりこのビルに夜間いるのは学生アルバイトともう一人の警備員の二人しかいないはずなのだ。ところがこのビルにはそれ以外の誰かがいる気配があるのだ。
 
警備のアルバイトを始めて半年ほどした時に、別館で残業をしている社員がいたので、そこだけ鍵を閉めずに私は守衛室に戻ってきた。私は「別館に1名だけで、それ以外は誰もいません」ということを、その日一緒に入った60代の警備員さんに伝えた。
 
その方はいつもとても優しくて「じゃあ最後は俺がやっておくから、佐藤君はもう休んで良いよ」と予定の時間よりも早く休ませてくれるのが常だった。
そして今日もそう言ってくれるものと思っていた。
 
ところがその日は「佐藤君ごめん。俺別館にあまり行きたくないんだわ。申し訳ないけど、最終退館者が帰った後の鍵閉めお願いできないかな?」と言ってきた。
私は「あ、もちろん大丈夫ですよ」と返答したが、そのあと彼が言った言葉が、また私の背筋を凍り付かせた。
 
「昔さ、別館の8階で首つりしている人を俺が見つけたんだよね。だからあんまり別館行きたくなくてさ」
 
私が「え?」と驚くと、彼は「他の学生さんから聞いてない? このビル出るって話し。俺もなんか別館は薄気味悪いんだよね」と言った。
 
私は数か月前に先輩が言っていたエレベーターの話しを思い出した。
「本当に出るのか?」
この話しは私の中で忘れかけていた「幽霊」の存在を改めて思い出させることとなった。
 
何となく薄気味悪さを感じながらも、私はこのおいしいアルバイトを辞めることが出来ず続けていた。しかし夜中と朝に全館回るときだけは、薄気味悪さを感じていた。
 
そしてある冬の寒い朝、私は防寒着を着て4時半に全館の鍵を開けに出発した。
鍵は上の階から順番に開けていくのがお決まりだ。
 
この建物は傾斜地に建てられているため、少し特殊な作りになっていた。
私たちが普段いる守衛室は言わば裏口で1階部分にあった。
ところがこのビルの正門玄関は2階部分にあり、そこに立派なエントランスが広がっていた。
そのエントランスには3階に続くらせん階段が備え付けられていて、私たちは上の階から鍵を開けるので、3階から2階に降りるときには、らせん階段を使うと便利だったので、皆そのルートを使っていた。
 
3階かららせん階段を下りてくると、正面玄関、エントランスホール、そして受付が順番に目に入るようになっていた。私はいつものように正面玄関の鍵を開けるためにらせん階段を降り始めた。
 
真冬のエントランスホールは空気が冷たく凍り付いていた。
正面玄関が見え、そしてエントランスホールが目に入った。
そして受付が目に入った瞬間、私は全身に鳥肌が立ち、一瞬で血の気が引くのを感じた。
 
「受付に誰かが座っている」
 
私は瞬間的に目を背けた。
早朝の5時に受付に誰かが座っている。
そんなことがあるはずがない。
 
昨夜全従業員の退館を確認し、全館の鍵を閉めたのは自分だ。
このビルの中には自分ともう一人の警備員の二人しかいない。
他にこのビルの中に人がいるはずがない。
 
しかし、私には確かに受付に人が座っている映像が見えた。
私はらせん階段の手すりにしがみつき、恐ろしさで振り向くことが出来なかった。
 
「もし振り向いて、受付に人が座っている姿が見えたら……」
 
そう思うと、身体が硬直したように動かすことが出来なかった。
しかし、ここに居続けるわけにはいかない。
 
私は意を決してもう一度後ろを振り返った。
ゆっくり受付を見ると、そこには人影はなく、いつもの誰もいないエントランスホールが広がっていた。外の外灯がエントランスホールを部分的に照らし、空気が一切動いていないように感じた。
 
私は手に持っていた懐中電灯で足元を照らし、正面玄関までたどり着き、扉の鍵を開けてホールの真ん中を歩いた。右手にある受付を見ないように不自然に顔だけ左に向け足早にビルの奥に入って行った。
 
時間にしておそらく数十秒の出来事だったはずだが、私はこれほどの恐怖を味わったことは今までになかった。そして全館の鍵開けが終わり、守衛室に戻るとそこにはもう一人の警備員が座っていた。
いつも朝一番に来る清掃員がまだ入館していないことは、受付簿を見ればすぐに分かった。つまりこのビルの中にはまだ私たち二人しかいないのだ。
 
「佐藤君、お疲れさま」
 
警備員のおじさんの声が聞こえたが、私は今見たことを話す気にはなれなかった。話したところで信じてもらえるわけもなく、また自分自身でも錯覚だったのではないかという気がしていたからだ。
 
それからも私は警備員の仕事は続けた。
しかしあれ以来、3階かららせん階段を使って2階のエントランスホールに降りるルートは使うことをやめた。遠回りにはなるが通常階段を使い、エントランスホールの電気を全部つけてからでないとホールに入ることが出来なくなった。
 
あれからもう20年以上の月日が流れた。
私がアルバイトしていた時の大手生命保険会社はその後経営破綻してしまったが、ビルはそのまま残り、今では東京都のある区の区役所として使われている。
 
おそらく何百人という人が毎日そこで仕事をしていることだろう。
私と一緒に働いていたベテラン警備員も全員定年退職しているはずだ。
 
誰もそのビルで昔、人が自殺したなんて話は知らないだろう。
しかし、もしかしたら今でも夜になると別館のエレベーターは勝手に動いているのかもしれない。そして私と同じようにビル警備している人が早朝のエントランスホールで何かを見ているのかもしれない。
 
最寄り駅を通るとき、私は学生の時のあの体験を今でもふと思い出してしまうのだった。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
佐藤謙介(天狼院ライターズ倶楽部 READING LIFE公認ライター)

静岡県生まれ。鎌倉市在住。
大手人材ビジネス会社でマネジメントの仕事に就いた後、独立起業。しかし大失敗し無一文に。その後友人から誘われた障害者支援の仕事をする中で、今の社会にある不平等さに疑問を持ち、自ら「日本の障害者雇用の成功モデルを作る」ために特例子会社に転職。350名以上の障害者の雇用を創出する中でマネジメント手法の開発やテクノロジーを使った仕事の創出を行う。現在は企業に対して障害者雇用のコンサルティングや講演を行いながらコーチとして個人の自己変革のためにコーチングを行っている。

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2021-04-26 | Posted in 週刊READING LIFE vol.125

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