冷やすのに麺は変えないの?《こな落語》
2021/06/21/公開
記事:山田将治(READING LIFE編集部公認ライター)
小難しい細菌の蔓延で、どっこも出歩け無ぇってぇと嘆ぇている内に、すっかり夏になっちまいました。東京の夏が堪(たま)んねぇくらい暑かったのは、江戸の昔から同じこってして。
こうなるてぇと、どうしたって食欲が落ちて仕舞ぇます。そうなるってぇと、何かこう、さっぱりした物が食べたくなるもんで。
そこで登場するのが、酸味が効いて胃にもたれない『冷やし中華』ってぇものでして。人気の店には、昼日中っから長蛇の列が出来たりします。
これじゃ、冷たい物を食べようってぇ前に身体か茹(うだ)っちめぇます。
そして今日もまた、大家さんとこにやって来たのは長屋に住んでいる八五郎さんで。何でも、隣町で人気の『冷やし中華』を食べに出掛けて来たそうで……
「こんちはー!」
「おぉ、八っつぁんじゃないか、暑い最中(さなか)になんだい。余計な大汗かいて」
「へぇ、冷やし中華を喰いに、隣町まで行って来やした」
「ったく、お前(めぇ)さんも暇だね。何だって、町内でも食える冷やし中華を喰いに、わざわざ隣町まで出掛けたりするんでぇ。この暑いのに」
「全く大家さんの仰る通りで。いやね、折角喰らうんなら少しでも評判が良いとこにしようかと思いやして」
「ほぅ、そいで、そのわざわざ出掛ける程の冷やし中華はどうだったんでぃ」
「へぇ、評判通りってぇか、これまで喰ったことが無ぇくれぇに美味しかったです」
「どんな風に美味しかったんだい?」
「どんな風にって、先ず、汁が甘過ぎず酸っぱ過ぎず良かったです」
「それから?」
「錦糸卵も美味しかったし、キュウリもよく冷えてやした。そんでもって、叉焼(チャーシュー)じゃなくて高級なハムなんてぇ物(もん)が乗ってやした」
「そうじゃなくて、肝心の麺はどうだったんだい? ここに来たからにゃ、そいつを聞きたかったんじゃ無ぇのかい」
「そうでした、そうでした。麺は、細麺で良く冷えてやした。水もよく切れてて、上品でした」
「ほぉ。そうかい。そいつぁ、わざわざ行った甲斐があったてぇもんだ」
「ただねぇ、いくら美味しいからって、一時(いっとき、約2時間)も並ぶってぇのは何とも間抜けな話で…… って、そんなことを話しに来たんじゃ無ぇんですよ」
「じゃ、話してぇのは何だい」
「いやね、大家さんに聞きたかったてぇのは、普通のラーメンの麺と冷やし中華の麺てぇのは、何か違いが有るんですかい?」
「そうだねぇ、八っつぁんが行った店てぇのは、夏場でも熱いラーメンも出しているのかい?」
「へい、この暑い最中に、大汗かきながらラーメンすすってる奴が居やした」
「そんでもって、そのラーメンも同じ細麺を使っているのかい?」
「へぇ、ラーメンも細麺でやした」
「そうなるってぇと、その店はラーメンも冷やし中華も同じ麺だな」
「そんなもんですかい? 中華の麺てぇのは、熱くしても冷やしても美味しく頂けるんですか?」
「ま、お前さんは玄人じゃないから簡単に言うと、プロの製麺屋は中華の麺をラーメンにも冷やし中華にもどちらでも使える様に拵(こしら)えるはなぁ。もっとも、冷やし中華が有る夏場と、無い冬場では、若干仕立てを変えるけどな」
「どう変えるんですかい?」
「うーん。なかなか簡単には言えないんだけど、夏場の麺は、少し噛み応えてぇ歯応えが出るように工夫するんだ。生地を延(の)す回数を増やしたりしてな」
「延す回数が増えると、歯応えが良くなるんで?」
「そうだよ。生地を重ねる回数も増えるからね。ただしな、回数を増やすってぇ言っても、限度が有ってな、そこいらの匙加減(さじかげん)が製麺屋の腕の見せ所なんだ」
「へぇー、なんだか凄いんですね」
「そんなことより、八っつぁんや、お前さんが食べた冷やし中華は、何かこう山型に盛ってあったりしたかい?」
「へぇ、こんもりしてやした」
「何故だか解かるかい?」
「いぇ、全く解りません」
「あれはな、富士山をなぞってるんだよ」
「いきなり、富士山ですかい」
「そうだよ。富士山てぇのは高(たけ)ぇだろ。高ェ山は涼しいだろが。暑い最中に、わざわざ御出(おい)で下すった御客様に少しでも涼しくなってぇもらおうってぇ、店側の配慮てぇもんだ」
「そうなんですかい。てぇしたもんですな」
「そうだろ。これからは、冷やし中華が山型に盛ってあったら、御店さんの御心遣いに感謝するんだぞ。しかも、美味しい物を喰わして頂いたんだから」
「解りやした。これからは、冷やし中華が山型に為ってたら、大家さんのことを思い出しやす」
「何ででぇ?」
「よく言うでしょ、大家は親も同然って。そいでもって、親の恩は山より高いって」
「ィよ、八っつぁん、たまには良いこと言うねぇ」
「へい、ウチのカカァに、少しは大家さんに世辞言って、今月の賃店(店賃、家賃の符丁)を待ってもらえって言われたもんで」
「全く、御前さんのとこのカミさんには敵(かな)わないねぇ」
≪お後が宜しいようで≫
*諸説有ります
【監修協力】
落語立川流真打 立川小談志
❏ライタープロフィール
山田将治( 山田 将治 (Shoji Thx Yamada))
1959年生まれ 東京生まれ東京育ち
天狼院ライターズ倶楽部湘南編集部所属 READING LIFE公認ライター
天狼院落語部見習い
家業が麺類製造工場だった為、麺及び小麦に関する知識が豊富で蘊蓄が面倒。
また、東京下町生まれの為、無類の落語好き。普段から、江戸弁で捲し立て喧しいところが最大の欠点。
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