【魂の生産者に訊く!Vol.7】本当に美味しいものを作りたい。確固たる信念が導いた先は、とんでもなく美味しいトウモロコシだった 綾瀬市園芸協会トウモロコシ部会部長 大石博さん 《天狼院書店 湘南ローカル企画》
2021/09/13/公開
記事:河瀬佳代子(READING LIFE編集部公認ライター)
1年前、この連載が始まってすぐにお伺いした、菜速あやせコーン。
生で食べても変わらない美味しさは、未だに忘れられない味となっている。
【魂の生産者に訊く! スピンオフ】 菜速あやせコーン 〜来年の夏に、またここで会おう。~
そこから1年経ち、収穫時期になった。
飛ぶように売れる菜速あやせコーンには、長く耐え忍ぶストーリーがある。
綾瀬トウモロコシ部会部長の大石博さんに、菜速あやせコーンへの情熱を途切れることなく語っていただいた。
菜速あやせコーン 綾瀬市役所HP
ポリシーは「ぎっしり実が詰まったトウモロコシしか作らない」
早いもので、今年も菜速あやせコーンの収穫時期になりました。
今年も品種はゴールドラッシュやワクワク88が中心です。
6月16日から収穫しています。収穫の終わりは7月20日前後です。例年だと梅雨のど真ん中ですね。
梅雨ってきつい時期なんですよ。このころは病気も出始めますし。今年は長雨が出始めた時に危ないかなと思ったんですけど、どうにか持ちそうです。
収穫の見極めは、絹糸(=とうもろこしの先端から出ている、ひげのような細い繊維のこと)が出てからの積算温度(=毎日の平均気温を合計したもの)が500度になる頃です。あとは自分の感覚や、目安になる温度を見ながら判断していきます。
自分の感覚としては、積算温度が400度を超えた時点で平均気温27度が3日続くと「そろそろ収穫時期かな」と思っています。
収穫時期は、6月中旬~7月中旬までの約1か月間です。
最初から「毎日どこに何本出荷する」というのがきっちり決まっているので、それを見越して植え付けの時から調整しています。
収穫までにあと1週間、3日、2日、1日……とカウントダウンしていくにつれて、このゾーンは収穫日にはこういう風な仕上がりになるだろうとイメージしていきます。成長度合いをきちんと予測して、クオリティが揃ったものをお客さんに出すようにする。そうじゃないと店頭には出せませんから。
店頭でトウモロコシを買う時に、先端の部分まで実が詰まっているかどうかはちゃんと見てほしいんです。時々先端がスカスカなトウモロコシってありませんか? 菜速あやせコーンはそういうことは絶対になく、ちゃんと実が詰まっています。
適当な大きさまで育って、単純に手で取って、もいで、緑のものを出すのなら誰だってできる。でも先端までぎっしり実が入るトウモロコシをうちは育てていますから。食べていただければわかると思いますが、そういう細かいところの情熱までもお客さんにきちんと伝わればいいなと思っています。
販促がないことさえも、チャンスに変えていく
今年もコロナの影響で、綾瀬市役所での菜速あやせコーンの販売は抽選になりました。
コロナ禍の前は例年もぎ取り体験をやっていましたが、それだとどうしても行列ができてしまいますので抽選販売にしています。
コロナ禍だからといって特に出荷する本数が減ることはなく、例年通り出荷しています。
販売経路ですが、この近郊のほかに北海道にも出しています。北海道でも菜速あやせコーンが評価されており、出荷しています。
この付近ですと、例えば綾瀬グリーンセンターに出しているものなどは開店して20分で売り切れてしまうくらい。すごい人気です。スーパーでももっと入荷してほしいと言われていますが、今の出荷量で限界ですね。とても嬉しいことですが。
通販も取り入れますか? と訊かれるんですが、基本「店頭に出す」スタイルの出荷です。通販はやらない方向で考えています。
最近は、「スーパーに行けない人」が増えていますよね。高齢化が進んで近くのスーパーにも行けない、そういうお客さんにも視線を向けていきたいです。少しでもお客さんが笑顔になれるように。自分たちがやりたいことだけやっていくのではなく、需要と供給を視野に入れながら販売方法を考えています。
今年もコロナ禍が続いて販促がないので、アピールポイントとして菜速あやせコーンのベストと帽子を作りました。
キャラクターの頭のところにライトがついているのがいいでしょう? ちゃんと深夜から作業していますっていうのがわかって。
お客さんと面と向かって話をする機会がなくなっているから、少しでもお客さんの目にとまるようにと考えました。パッと目についた方がいいじゃないですか。視覚に訴えるんです。ちょっと見てくれた人でも「いいじゃない?」って思ってもらえる。一目でわかるでしょ? それがきっかけになれればいいなって。メディアに出た時に認識してもらえるのも嬉しいし。イベントができにくい、対面で売りにくいだけに、知恵の出しどころですね。
心の底から美味しいトウモロコシが生まれる秘訣
新規就農の時、孤軍奮闘の末にようやく畑を借りることができて「何を作ろうか?」と考えた時に、この綾瀬という土地には何が合うんだろうというところから入りました。作物も、その土地に合ったものってあると思うんです。名産と言われるようなものですね。トウモロコシ、レタス、なす、にんじん、その辺りが作りやすい作物です。
その中でトウモロコシを作ろうと思った決め手は、味です。
僕は菜速あやせコーンに携わって3年目ですが、心の底から美味しいと思っています。
そして朝採りっていうのがいい。大変なんですよ、実際朝採りって。収穫時期は連日夜中の23:30とかに起床ですよ。そこから30分で支度して、午前1時前には畑に入るようにしてるんです。
そんなことも全て、味を維持するためにやっています。それが僕にとってのやりがいです。これがもし夕方収穫だとして、朝採りじゃなかったとしたら、自分はあんまり気合いが入らなかったと思うんです。 出荷して3時間後にはお店に届いて、お客さんの手に渡る。その日のうちにお客さんに新鮮なものを届けられるから、トウモロコシを作ることにしました。
僕は初めて菜速あやせコーンを食べた時に衝撃を受けました。
一体なんなんだろう? 何が違うんだろう? っていうくらい美味しいと思う。作ってみてわかることは、手のかけ方が違うんです。
「このくらいまで育ったから、今日は~本くらい取ろう」というように、その日その日で行き当たりばったりの収穫をしているとばらつきが出てしまいます。規格に満たないものが出てくるんですね。食べてみると甘さが基準に達していないということが起きる。
もしもあなたが偶然手に取って食べてみたトウモロコシが美味しくないとしたら、それはトウモロコシのせいじゃない。何故って、手間をかければ美味しいものができるからです。
では「手間をかけてトウモロコシを育てる」ってどういうことでしょうか。
例えばですけど、トウモロコシ畑の中をこうやって歩き回って、見てあげるだけでもいいんです。そしてトウモロコシに話しかけてあげるんです。
これって全然冗談ではなくて、よく言うでしょう。「花だって話しかけてあげるとよく咲きますよ」って。あれと同じです。そのくらい、トウモロコシのことを気にかけてあげてってことです。普段から毎日見て歩く。そうすると適期で収穫することができるんです。
新規就農者が畑を見つけるまでのすさまじい苦悩
前職はイタリアンレストランで店長をしていました。
飲食業から農業に移ったのは、店に納品してくる野菜が新鮮じゃないなと思っていたことがきっかけです。何故かというと、収穫してから時間が経った野菜が納品されてくるからです。トマトは特にそう感じていました。
トマトは、真っ赤に熟れる前の状態で収穫するんです。まだ緑色のうちに。しかも採ってから時間が経っている。だからそんなトマトを見せられても、お客さんに食べてもらうという感じがしない。
「本当に美味しいものをお客さんに届けられていないんじゃないだろうか」って思いながら働いていました。勉強のためにいろんなレストランに行って食べ歩きもしましたが、素材そのものを出すのではなく、塩をかけたりドレッシングをまぶしたりで味をごまかしている料理も多かったです。
だんだんこのことが僕の中で大きな問題になってきました。お店に食べに来てくださるお客さんたちと話をしていく中で 、「お客さんに嘘をつきたくない」気持ちが強くなりました。「味のないものに味をつけて、これは美味しいものだよ」ってお客さんに提供することに魅力を感じなくなってしまった。自分自身が、飲食店で働くことに魅力を感じなくなっちゃったんですよ。 そこから導き出した結論として、「美味しい素材をお客さんに届けること」が自分の一番やりたいことだとわかったんです。
飲食業から農業へ転換したいと思ってから、大変な日々が続きました。
まず新規で農業をしたいと思っていても、作るための畑を探すところからが早くも難関でした。
僕は出身が東京都町田市です。レストランの仕事を辞める半年くらい前から「農業をやりたいんですが」と市役所に行きましたが全然相手にしてくれない。「とりあえずどっかで農業の研修をしてからまた来て」ってそれだけ言われておしまい。「どこかに畑はないんですか?」と質問しても「ないですね」としか言われない。農業に縁故も何もなくて途方に暮れました。
どこからきっかけをつかもうかといろいろ調べていました。その頃町田の居酒屋でアルバイトをしていましたが、実家が農業をしている人が同僚にいました。それを思い出してその人に電話をして「自分は農業をやりたいんだけど」って言ったらその人が仲介をしてくれて、茨城に農業研修に行くことになりました。
そこから畑を探すんですが、これがまた大変な苦労でした。
農業には、2年間の研修の実績がないと畑が探せないという慣習があります。明文化はされてはいないけど暗黙の了解というやつです。そういう意味で、地元出身者だったとか農業に縁故がある人は強いですよね。親戚が農業やっていましたとか、どこかにコネクションがあれば「じゃあ畑貸すよ」って言ってもらえる。正直羨ましかったです。
僕は長男なので、出身地の町田市近郊で農業をしたいと思っていました。農業研修から2年経過して畑を探そうとなった時、あちこち回りました。神奈川県の津久井、藤沢、厚木、東京の青梅なども当たりました。新規就農者の話を聞いてくれる所にも行きましたが、どこでも「畑はないよ」って言われましたね。全然相手にしてもらえない。いろいろ話を聞きましたが、結局新規就農者で農業だけで食っていけている人があまりにも少ない。だから新規就農者は信用されないんです。休耕地がいっぱいあるのにも関わらず「ない」って言われてしまう。
仕方がないので茨城に戻り、「畑を探したんですが見つけられないので、もう少し置いていただけませんか」と頼んで、 2年間の農業研修を2年半に伸ばしてもらいました。
綾瀬にたどり着いたきっかけは、知り合いのつてをたどった人が神奈川県立かながわ農業アカデミーに入っていて、そこで「本気で農業やるやつはいないか」って探しているという話を聞いたことです。
本気で農業やりたい人を探しているということを聞いて、これは行くしかないと手を上げました。すぐ挨拶に行って何回も通いました。最初は全く信用されません。「どうやって食っていくの?」と言われました。何回か話をし「一生懸命頑張るんで」と粘ってようやく畑を借りることができました。それが今から4年前のことです。
新規就農のロールモデルから、次へバトンを渡しに行く
今年は綾瀬のトウモロコシ部会の部長をさせていただいています。
こうやって取材などを任せてもらっているけれども、それは作物を作ること以外のことも勉強してほしい、販売とか市場との関わりや、メディア対応や市役所との関係とか、そういう勉強をしてもらいたいという意味じゃないかと思っています。
もし僕がそういったことがわからない時でも、何かがあったら部会の皆で支えますという姿勢が本当にありがたくて。僕を支えて下さっている皆さんが大変だと思いますが、感謝しかないです。長い目で見た時に、自分もいずれは支える立場になるわけだから、心して勉強していかないとと思います。
部長をして思うのは、「部長の決断には部会の皆様の生活もかかっている」ということです。だから生半可な気持ちではできない。いい加減にやっていると、数字はとても正直に出て来ますから。とにかく結果が全てです。部会の皆さんが「僕に任せてみよう」ってことで部長にしてくださったのだから、去年より今年、今年より来年と、いい数字を出していきたい。
菜速あやせコーンがもっと評判が良くなって、畑を広げるようなことももちろん期待していますよ。今年は新規就農も1人増えましたしね。作付面積を拡大することにも取り組みたい。
もちろん将来的にはもっともっと新規就農者も増やしていきたいですよね。
新規就農の人が成功するポイントとしては、①畑がどういう形で手に入るか、②販売先をどう確保するか、です。僕は農協に入っているので、作物を出荷場に出せば農協の方でさばいてくれます。これは作る側としては大変ありがたいです。新規就農の方は、作物を売ってお金にすることがまず大変なので、その意味では農協はとても頼りになるんです。
僕が成功例というのはおこがましいですけど、「3年間菜速あやせコーンに携わってきた僕を見て新規就農したい」って思ってもらえるように取り組まなくてはと思っています。
農業ってあんまりいい印象がないでしょう。レストランで働いていた時に「農業をやりたい」と言ったら親にも反対されました。当時は店長をやっていたので「固定給がない農業じゃ食っていけないだろう?」って。
農業はある意味ギャンブルだから、作っても全部お金になるわけじゃない。僕が一番ショックだったのは、友達と飯を食いに行った時「本気で食べて行けるの?」って言われた時ですね。農業って世間的にはそういうイメージですよ。それでも僕は農業に進んでよかったと思っているし、こうして3年間作付けができてラッキーだった。
「本気で農業やりたいです」って入ってきても、結果が出なくて挫折する人だって山ほどいます。日本人って冷たくて、物事のいいところしか映さないんですよ。 「これ美味しいですね」っていう裏側に、その氷山の下にはどれだけの苦悩があるか、そこは知らせないから。だからこうして僕が苦労したことも伝えていただけるとありがたいです。いいところだけを編集して出した方が楽だし伝わりやすいんだけど、現実を知ってほしいからね。
時々「日本の中で、本当に美味しいものを食べている人ってどのくらいいるんだろう」と考えることがあります。それは意外と少ないんじゃないかなと思うんです。
少しでも良いものをお客さんに届けたい、コレが美味しい野菜なんだよって思ってもらいたい、そんな自分を見て「農業やりたい」と思ってもらえたら、僕は最高に幸せなんです。
昨年菜速あやせコーンを取材したときからとても気になっていた大石さんのストーリーを、ようやくお届けできる。
「この人は、他の人とは違う」、強い意志の光をそのまなざしに感じ、じっくりといきさつを伺いたいと思っていたことがようやく実現した。時折ユーモアも交えながらも語られるご苦労は、壮絶なものに違いない。だからこそ現れるハードルを飛び越えて、目標を実現させた大石さんの言葉の1つ1つが重みを帯びてくる。菜速あやせコーンに携わったこれまでのたくさんの人の想いを大石さんも受け継いで、これからも菜速あやせコーンの1粒1粒に込めていくのだろう。
(取材・文:河瀬佳代子、撮影:山中菜摘)
□ライターズプロフィール
河瀬佳代子(かわせ かよこ)(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
東京都豊島区出身。日本女子大学文学部卒。天狼院書店ライターズ倶楽部「READING LIFE編集部」公認ライター。「Web READING LIFE」にて、湘南地域を中心に神奈川県内の生産者を取材した「魂の生産者に訊く!」http://tenro-in.com/manufacturer_soul 、 「『横浜中華街の中の人』がこっそり通う、とっておきの店めぐり!」 https://tenro-in.com/category/yokohana-chuka/ 連載中。
□カメラマンプロフィール
山中菜摘(やまなか なつみ)
神奈川県横浜市生まれ。
天狼院書店 「湘南天狼院」店長。雑誌『READING LIFE』カメラマン。天狼院フォト部マネージャーとして様々なカメラマンに師事。天狼院書店スタッフとして働く傍ら、カメラマンとしても活動中。
この記事は、人生を変える天狼院「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」をご受講の方が書きました。 ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。
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