「あなたの仕事じゃないでしょう!」の真意《週刊READING LIFE Vol.145 きっと、また会える》
2021/11/01/公開
記事:深谷百合子(READING LIFE編集部公認ライター)
中国で仕事をするようになって半年位経った頃のことだ。
新しい工場を作る仕事は、最初のピークを迎えていた。設計に必要な資料を設計会社に提出し終え、工場に設置する設備の入札が次々と始まっていた。
そんなある日、生産部門にいる日本人の同僚から
「ちょっと変更しなければならないところがあるんですが、工場の設計にどのくらい影響があるか見てもらえませんか?」
と連絡が入った。
内容を確認すると、かなり大きな変更になりそうだった。もう入札資料もできているというのに、これからまた変更するとなると、設計会社も黙っていないだろう。
私は設計への影響ができるだけ少なくなる方法を考えた。複雑な仕組みにはなるけれど、うまくやりくりすれば、少しの変更で対応できそうな案があった。
設計会社にそれらの内容を伝えるために、変更箇所の整理と、「こうすれば影響を最小限にできる」という提案をまとめると、中国人の設計担当者に声をかけた。
「生産部門から連絡があって、設計変更が必要になりそうなんだけど」
「そうですか。実は今、入札資料を確認する会議が開かれていて、リーダーはそっちの会議に出てるんです」
「そうなの? じゃあ急がないといけないですね。あとでリーダーには私からも報告するけど、とりあえず変更内容を説明しますね」
私はその設計担当者に変更内容と自分の提案を説明した。
「何とか間に合うといいな」
そう思って自分の席に戻り、別の仕事にとりかかっていた時だった。
その設計会社のリーダーである女性が血相を変えて私の所へやってきたのだ。ひどく怒っている様子で、何やら激しくわめいている。
あわてて通訳さんが私の所へやって来た。でも彼女は通訳する隙を与えないほど、何かをまくし立てている。
何を言われているのかさっぱり分からない。
「こんな時になって、また変更だなんて、いい加減にしてくれ!」とでも言っているのかな? と思いながら、何が彼女の逆鱗に触れたのかが分からず、私はただ席から立って彼女と通訳さんとの顔を交互に見るしかなかった。
その時だ。彼女の放ったこの一言だけ、はっきりと聞き取れた。
「これはあなたの仕事じゃないでしょう!」
「何? 何のこと?」
私は通訳さんの顔を見る。
「さっき設計変更の話をしに行ったでしょう? あの件で怒っているみたいです」
「なんで?」
「私はそんな話、聞いていないって」
「だって会議中だったから仕方ないじゃないですか。後で報告するつもりだったのに」
彼女のあまりの剣幕に、同じ部屋にいた中国人の女性部長が話を聞きにきてくれた。
「深谷さんの言い分も聞いてあげましょう。何があったの?」
私は生産部門から工場の設計に影響がありそうな変更があるという情報を得たこと、それを受けて対応案を考えて設計担当者に連絡したこと、後でその内容を報告するつもりだったことを伝えた。
それでも彼女の怒りは収まらなかった。そして私にこう言ったのだ。
「あなたの仕事のやり方はおかしい」と。
「なんでそんなことを言われなければならないのだろう」
私は、怒られている理由が分からなかった。入札が始まった後で大きな変更があったら困るだろうと思って、私も生産部門の日本人技術者も気を利かせて情報入手をしたのだ。そして、設計会社が変更の情報を受け取った時に、何が変更になるのか、どう対応すれば最小限の変更で済むのかまで伝えてあげれば、彼らの負担も減るだろう。良かれと思ってやったことなのに、なぜこんな理不尽な文句の言われ方をしなければならないのだろう。
設計会社の女性はひとしきり文句を言った後、
「本当にもう!」と吐き捨てて部屋を出て行った。
割って入ってくれた中国人の女性部長は
「今度から先に私に相談してね」と言って、席に戻って行った。
通訳さんは
「これは、メンツの問題なんですよ。自分が知らなかったことを担当者が先に知っていた。だから怒ったんです。今度からは何かあったら先にリーダーに報告しましょう」
と、なぐさめるように声をかけてくれた。
「メンツの問題か……。そうだな」
そう思いながらも、私の心に突き刺さっていたのは、
「これはあなたの仕事じゃないでしょう! あなたの仕事のやり方はおかしい」
という言葉だった。
「なんで? 今まで一所懸命やってきたのに。彼らの負担が少しでも軽くなればと思って、毎晩夜遅くまで頑張っているのに。ただ情報を出すだけじゃなくて、ちゃんと提案もしたのに。それなのに……」
全てを否定されたようで、悔しくて涙が出た。
「仕事のやり方がおかしい」なんて、今まで誰からも一度も言われたことがなかったのに。
中国で仕事を始めて少し経った頃から、私は心にひとつ誓ったことがあった。それは、「積極的に提案すること」だった。
中国人責任者の所へ資料の説明に行った時に
「この部分で、ちょっとご相談があるのですが」と私が言うと、
「相談ではなくて提案をして下さい」と言われたからだ。
私はその時、「あぁ、言われる通りだ」と思ったのだ。
それまでは、何か問題が起きた時に日本側の責任にされることを恐れて、あまり積極的にこちらの考えを示すことはなく、「○○はどうしましょうか?」と相手にボールだけ投げていた。でも確かに言われる通り、こちらの考えを伝えたうえで相手に判断をしてもらう方が建設的だし、気持ちがいい。
日本の会社からは「そこまでしなくても」と言われても、私は「提案スタイル」にこだわった。だから、今回の件だって情報を横流しするのではなく、提案もしたのに。それなのに、なぜ「仕事のやり方がおかしい」なんて言われなければならないのだろう。
その日は悔しくて、悲しくて、ホテルに戻ってもなかなか寝付けなかった。
翌朝出社すると、私を激しく叱責した設計会社の女性と部屋の前でバッタリ出会った。私は顔を合わせるのが気まずかったが、彼女はケロッとした表情で笑いながら、「おはよう」と声をかけてきた。
私もぎこちない笑顔で「おはよう」と返したが、心のモヤモヤは晴れなかった。彼女ほどカラッと気持ちを切り替えることはできなかった。
中国人は激しく口喧嘩をしていたかと思うと、その後すぐ肩を組んで仲良く食堂に向かったりする。そういう場面をよく見ていたから、
「彼女も言いたいことを言ってスッキリしたのかな。昨日のことを根に持ったりしていないのかな」と思っていた。
それからしばらくして、彼女から連絡が入った。
「昨日の変更の件、生産部門から正式なルートで情報を提出してもらって下さい」
私はすぐに生産部門の担当者に連絡をした。そして、中国側が決めたルールに従って書類を作り、生産部門の担当者と一緒に設計会社を訪ね、今回の変更内容を彼女に説明した。
説明し終えると、彼女は
「わかった。大丈夫。何とかなる」
と言ってくれた。
私もそこで初めて素直な気持ちになれて
「昨日はごめんなさい。先に報告してなくて」
と謝った。
すると彼女は「気にしないで」と言うと、私の腕をとってこう言った。
「設計は私たちが責任を持ってやるから。あなたにやって欲しいのは、今回みたいに設計の変更が必要な時、生産部門に対して、その情報をできるだけ早く正式な形で出すように働きかけてもらいたいの。もちろん、本当にそんな変更が必要なのかって、生産部門に問いかけてくれたら嬉しいけどね」
私はその時初めて「これはあなたの仕事じゃないでしょう!」の意味が分かった。私は変更の内容を分かりやすく伝えるだけでよかったのだ。
つまり、「変更する内容を少しでも減らせないか?」を考えるのは、設計者がやることで、設計者ではない私が考えることではなかったのだ。
もしも設計者ではない私の案を採用して、その後何か問題が起きたとしたら、私に責任がとれるのか? とれるはずがない。
そう思うと、私は自分が恥ずかしくなった。彼女は設計の仕事に責任を持っているし、誇りを持っている。私はその彼女に対して、リスペクトが欠けていたんだなと思った。技術支援で来ているという立場で、どこか上から目線で、「どうせ分かってないだろう」みたいな気持ちがあったのだと思う。私は自分であれこれ人の領域まで背負い込んで、自分で勝手に忙しくしているのに、「こんなにやってるのに」と恨んでいたのだ。
「あなたの仕事じゃないでしょう!」は厳しくも、愛のある言葉だったのだ。
それ以降私は自分が本来やるべきことに集中できるようになった。「本分」をわきまえるようになって、楽になった。
それから3年後、新しいプロジェクトで再び彼女と一緒に仕事をする機会を得た。私はもう同じ過ちを繰り返すまいと思った。何より、設計者である彼女を信頼している自分がいた。前回のプロジェクトよりさらに改善したいと思う内容をまとめて、「こういう形にしたい」と言うと、実現する方法を一緒に考えてくれた。チームでの仕事って、こういう信頼関係の上に成り立つんだなと思った。
中国から帰国してもうすぐ2年になるが、私は今でも折に触れて彼女の言葉を思い出す。そして、ついつい手を出したくなるようなことがあった時、「それは私の仕事か?」と考える。それは「無責任」とか「逃れよう」とか「楽しよう」ということではない。相手への信頼とリスペクトをもって、いい意味で「やりすぎない」ように心がけている。
□ライターズプロフィール
深谷百合子(READING LIFE公認ライター)
愛知県出身。
国内及び海外電機メーカーで20年以上、技術者として勤務した後、2020年からフリーランスとして、活動中。会社を辞めたあと、自分は何をしたいのか? そんな自分探しの中、2019年8月開講のライティング・ゼミ日曜コースに参加。2019年12月からライターズ倶楽部参加。現在WEB READING LIFEで「環境カウンセラーと行く! ものづくりの歴史と現場を訪ねる旅」を連載中。天狼院メディアグランプリ42nd Season総合優勝。
書くことを通じて、自分の思い描く未来へ一歩を踏み出す人へ背中を見せる存在になることを目指している。
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