21.実は毎日使ってる!?〜証明〜《オトナのための中学数学〜世のためになっているのか調べてみた〜》
2021/11/15/公開
記事:吉田健介(READING LIFE編集部公認ライター)
高校2年の冬、僕はクラスメイトの女の子に告白をした。
「前から好きやったから付き合ってほしい」(一言一句そのまま)
クラスでもほとんど話をしたことのない仲。当時はスマホなどない。つまり家の電話を使って、向こうの家の電話に直接コールをする。誰が出るかは予測不能。実際は母親が出て「誰?」みたいな反応をされたのだが……
とにかく、高校2年の冬、僕はその子を急に電話で呼び出した。校門前。夜の8時。12月25日のクリスマス。
誰かに自分の思いや考えを伝えることは、人と関わっている以上日常茶飯事のことだろう。愛の告白以外にも、学校の先生が生徒に新しい公式を説明したり、自分が企画した内容を、社員の前でプレゼンしたり、突然「〇〇にはどう行けばいいですか?」と道を尋ねられて、即座に説明を迫られたり。とにかく、相手に対して何かを説明する機会は、無数にやってくる。よく会話はキャッチボールで例えられる。自分が良かれと思って投げたボールでも、相手が思うようにキャッチしてくれるとは限らない。「好きです。付き合ってください」と投げたボールでも、相手がパシッ! と気持ちのいいキャッチ音を響かせて取ってくれるとは限らない。相手にとっては、豪速球に見えることもあるだろう。時には、思いっきり曲がるカーブに見えることも。もしかしたら消える魔球に見えてキャッチできない、なんてことも。逆も考えられる。つまり自分がキャッチする側。両者が噛み合うと、とうまく伝わり合う。合わないと「この人何を言っているの?」となる。全くもって、誰かに何かを伝えることは一筋縄ではいかない。また、相手の言っていることをうまく理解するのも、簡単ではない。キャッチボールをするにしても、力加減や角度、タイミングなど、数学の公式のように決まった型は存在しない。
「論理的思考」という言葉は、今ではよく見聞きする言葉となった。ロジカルシンキング、と言い換えられているものもある。誰かに伝えたり、相手の内容を正しく受け取るには、この「論理的思考」をゲットするのが一番手っ取り早い。論理的に考えられた内容は、きちんと梱包された商品のように、相手に丁寧に中身を届けることができる。論理的に考えられた内容は、説明する側も、される側も、うまく納得し合って「なるほど!」を手に入れることができる。
辞書で調べてみた。論理的とは「前提とそれから導き出される結論との間に筋道が認められて、納得がいく様子」
うーむ…… 理解できるようなできないような…… 何となく直感的には知っている言葉でも、こうして説明されると、何だか息が詰まる思いがするのは気のせいか。永野数学塾の塾長である永野裕之氏は著書『オーケストラの指揮者をめざす女子高生に『論理力』がもたらした奇跡」(実務教育出版)で、論理力について以下のように書いてある。
論理力とは「他人の考えを理解し、他人を説得できる力」。
実はこの論理的な思考だが、ダイレクトに教科書に登場する単元がある。それは数学の「証明」。中学2年生だったあの頃、三角形の合同を証明するために、頑張って文章を書いた記憶はあるだろうか。
「数学なのに計算じゃないの?」という疑問は置いといて「とにかく覚えろ」と言う先生。「はい、分かりました! とにかく覚えます」と言う生徒。
実はあの「証明」は論理的な思考そのもの。論理的に考えるためのメソッドが凝縮されたテーマ。とは言え、三角形の合同を証明しながら、この先どう役立つかを丁寧に説明してくれた記憶は、少なくとも僕自身にはない……
ではどう凝縮されていたのか。仕組みは簡単だ。
根拠を挙げて、結論を言う。
「好きだから、付き合ってほしい」
「好き」という根拠と、「付き合って」という結論。
「好き」→「付き合って」
まあ、中学生だった当時、こうしたキュンキュンする言葉で三角形の合同が語られていたら、僕たちの証明に対する印象も今とは随分違っていたのかもしれないが……
例えるなら、階段だ。階段を造るためには、足場となるブロックを積み上げていく。このブロック1つ1つが根拠。積み上げたブロックを登りながら、目指す高さ、つまり結論まで上がっていく。
ここで重要なのは、根拠となるブロックがしっかりいること。もしブロックが脆かったり、虫に食われていたり、穴だらけだったら、体重を乗せた瞬間に階段は崩れてしまう。
「あれ? 自分は何が言いたいんだったっけ?」と迷子になる瞬間。
「あれ? ここおかしくない?」と論破される瞬間。
証明とは、きちんと根拠を積み重ねて、言いたいことをバシッ! と決めようぜ、というトレーニングだったのだ。そう考えると、あの頃に一生懸命書いていた証明は、それなりに意義があったのかもしれない。「何だか自分に必要かも……」と興味を持った人がいたなら、本屋のビジネスコーナーに関連書籍がたくさん並んでいるので、1冊手に取ってみるのもよいだろう。
この論理的思考だが、いつ頃から発明されたのか。その起源はけっこう古い。
「ちょっとみんな集合!」
ある晴れた日、集会所に大きな声が響き渡る。
「もういい加減、整理しよ! 僕は我慢の限界だ!!」
声を上げたのはユークリッド君。A型で几帳面な彼は、今までみんなで発見したあらゆる知識の記録を整理整頓しよう、と提案した。というのも、実は記録された知識たちは、まるで足の踏み場のない倉庫のように、あちらこちらに散らかりまくっていた。そして見て見ぬふりをするみんな。「そのうちお母さんがやってくれるだろう」的なノリで、ユークリッド君含め、手付かずの状態が続いていた。そんなこんなで、紀元前6世紀、ギリシャで『原論』が出版された。
妄想が多分に含まれているが、今から約2600年前、図形をテーマに扱った『原論』が登場した。
『原論』を書く上で必要だったのは「ここおかしいよ」と矛盾を突っ込まれないこと。むしろ「なるほど!」と言ってもらって、みんなに使ってもらうこと。つまり、きちんと説明をする必要があった。そこで編み出されたのが「論理的」という手法。
中身は一貫している。スタート地点があり、根拠を並べ、ゴールを目指す。
当時、あーだこーだと、本の構成に一悶着あったのか無かったのかは定かではないが、この流れが一番最適だと判断された。
実は19世紀末まで、ヨーロッパでは『原論』そのものが教科書としてバリバリに活躍していた。数学の達人を目指す教材ではない。むしろ論理的な思考術を手に入れる道具として使われていた。聖書に次ぐベストセラー本と言われている。要するに、超ハイパー激売れ鬼書籍ということ。
また、『原論』は図形を取り扱った内容となっているので、その中で登場するテーマが、今も数学の教科書に載っているものは多い。と言うか、この『原論』が元ネタとなっていると言っても過言ではない。中学生だったあの頃に頑張って書いていた証明も、元をたどるとなかなかにすごい話だということが分かる。いつも使っている説得とう技術を、学校の教科書で扱われている、ということだ。
「好きです。なぜかって言うと、君の身長が〇〇㎝で、声の大きさも平均〇〇ヘルツでキュンキュンするから。だから付き合ってください!」
根拠の部分については、なるべく数値化されているものを使う方が説得力がグンと上がる。にしても、このような告白は、場としては合わないかもしれない…… 時と場合によっていは、ストレートに結論を述べたほうが、相手に伝わることもあるだろう。
ちなみに高校2年生に、校門前で告白した結果…… 見事お付き合いすることができた。
「びっくりしたけど…… うれしい」(一言一句そのまま)
❏ライタープロフィール
吉田健介(天狼院ライターズ倶楽部READING LIFE 公認ライター)
現役の中学校教師。教師が一方的に話をするのではなく、生徒同士が話し合いながら課題を解決していく対話型の授業を行なっている。生徒が能動的に学習できるような授業づくりを目指している。
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