魂の生産者に訊く!

【魂の生産者に訊く!Vol.8-1】継続こそが、夢を叶える(前編)【湘南くん煙工房 Wunderbarhof ANDO】 ブンダーバーホーフ アンドウ 安藤眞道さん 《天狼院書店 湘南ローカル企画》


2021/12/06/公開
記事:河瀬佳代子(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
その店の前を通るたびに、吸い込まれるようにして入っていってしまう。
見事なまでの店内のラインナップに釘付けになり、気がついたらあれもこれもと買っていた……。
そんな店に出会ったことはないだろうか。
どうしたら長年、人を惹きつける魅力ある店づくりができるのだろうか。
湘南・藤沢の一角にたたずむ「ブンダーバーホーフ アンドウ」の吸引力に、大いに学んでみたい。
 
 

体力勝負の焼豚作りは、まだまだ続く


当店の「湘南名産 備長炭焼豚」は、2011年にふじさわ観光名産品に指定されました。
その日に完売するくらいの量を、毎日備長炭で焼いています。
 
容器の真ん中に炭を置いて、つるし焼きにしています。
火をつけて、最初は15分おきに肉の様子を見る。そこから5分おきに、そして最後は3分半おきに焼き具合を見に行きます。焼き上がりまでにかかる時間は全部で2時間半~3時間半くらいです。
 

 
この焼豚の窯ですが、年末には8台並びます。正月用に焼豚を求めにくるお客さんの需要に合わせています。
12月29日は深夜1時から、30日は0時から、31日は前日の23時から焼き始めないと間に合わないんです。この3日間でトータル8時間くらいしか寝ないかもしれませんね。
本当はもうちょっと手を抜きたい気持ちもあります。スモークハウス使ったら? とか、オーブンで焼いたらどうなの? なんてよく言われます。旧店舗から新店舗に代わるときに、焼豚を止めようかなと思ったことがあります。実は今でも思ってるんだけど、焼豚をやめるとお客さんががっかりしちゃう気がするので止められない。親父の代から来てくれているお客さんにとっては、味が変わらないことや慣れ親しんだ商品があることが大事なので、このスタイルは当分止められなさそうですね。
 
 

「焼豚を炭火で焼く」とはどういうことなのか


炭火焼きとガスで焼くとの違いは、温度ですね。ガスってすぐ火が付くでしょう? そして平均値の温度帯でずっと燃えるんです。
炭で焼くということは、炭の量と肉のバランスが毎回違うんです。炭は個性があるので、入れた時の火力がまずガスとは違う。炭の置き方1つでも、火風が違います。肉の隙間のところから風の流れが変わることもあります。火がよくつきやすいタイプの炭もあれば、なかなか言うこと聞いてくれない炭もある。
あと肉の重さですが、釜内の温度で変わることもあります。毎回焼くときのコンディションが異なりますから、その場で判断しなくてはいけません。
 

 
肉を焼いていると、肉汁が落ちて少しずつ炭に当たります。その炭から出る煙は、肉汁の照り返しの香ばしさがあります。よくバーベキューで「炭で焼くから美味しい」などと言われますが、雰囲気のせいもあるのでしょうけどそれだけではない。炭から出る煙自体が、一種の炭のスパイスのようになっているんですね。これが繰り返されることで、より一層香ばしくなる。
焼き鳥や鰻のように、炭で焼くものはみんなその美味しさがプラスされます。この照り返しの香りは、ガスの火では絶対に作れないものです。そこがガスで焼くのと炭火焼きとの差です。
 
炭で焼いたときの特徴としては、肉汁が落ちながら焼けるので、濃度が凝縮されていわゆる「肉々しい味」になりますね。これが煮豚だと、肉汁の中でしっとりと柔らかい仕上がりになる。炭火にもガス火にもそれぞれ特徴があって、肉の仕上がりもいろいろあって、それぞれいいところがあるんです。
 
個人的には、 例えばラーメンなら、相性を考えればスープで作ったチャーシューの方が合う気がします。逆に炭で焼いた焼豚ならそのまま食べるとか、 チャーハンに入れて焼くとか、液体と一緒にしない方が合っていると思う。その方が焼豚の香り自体も楽しめますし。
 

 
よく「焼豚のタレを売ってほしい」というお客さんがいらっしゃいますが、お断りしています。これは鰻と同じで、継ぎ足しながらタレを作るので、単に砂糖と醤油とコショウを入れればできるものではないからです。
大手企業やコンビニでも今はいろんなおいしいものができています。味の配合だけだったら真似できると思いますが、では僕が作っている焼豚を機械で再現してできるのか? と考えると、全く同じ表現はしにくいでしょうね。
 
うちは企業秘密なんてなんにもないんですよ。研修生とか弟弟子とかが来ていますけど、彼らには全部教えます。
僕のお師匠さんはそういうタイプじゃなかった。お師匠さんから教わったものに関しては、許可がなかったら教えませんが、焼豚に関しては僕がやっているものなので、本気で学びたい人たちには全部教えます。
 
「炭で毎日焼くこと」の継続って大事なんですよ。朝の5時とか5時半に起きて売り切る程度で作らないと、炭で焼く意味がない。でも毎朝早く起きるのって本当に面倒くさいんです。「このスタイルを真似して作りたければ作ればいい、でも大変だよ」と言っています。人に真似できないようなものを作るには新しい知識や技術も必要だけど、実は継続も大事なのです。
 
 

親子であっても切磋琢磨した関係


店は、3年前に亡くなった親父の代からです。
親父は、今でもコロッケが1日に3,000個くらい売れているという葉山の精肉店で修業しました。親父の代はまだ旧店舗で22坪でした。精肉と惣菜だけで、ソーセージはやっていませんでした。ラーメン屋さん、レストラン、保育園などへの配達業務が全体の7割くらいありました。
 

 
まだ僕が企業に勤めていたころ、親父が体調を崩すことが続きました。「親父にもしものことがあったら、この店はどうなってしまうんだろう」と思い、跡を継ごうと決意しました。
親父には引退してもらいたかったんですが、肉の処理の技術や、肉の目利きのようなことは場数をこなさないとできるようにはなりません 。経験値で1つ1つ親父の技術を上回らないと、安心して任せてもらえない。けれども目利きや技術というものは僕も親父も自分のスキルを向上させたいと思っていたからお互いに頑張ってしまうので、なかなか僕が親父を追い抜くことができなかったんです。
 
ではどこから親父を上回ることを始めたらいいのだろうと思っていたときに、親父が目の前で仕込んでいたのが焼豚でした。それを見て「ここから始めたらいいかもしれない」と思いました。一昔前のお肉屋さんはみんな食紅を使って、赤いチャーシューを作っていました。でもできれば僕は食紅を抜いた焼豚を作りたかった。親父は、焼豚には砂糖と醤油とコショウしか使いませんでした。僕は親父が使っていたこの3種類の調味料を変えずに、自分なりの焼豚を表現したかった。20種類以上の砂糖や醤油、コショウを組み合わせ、炭焼きに適した肉の部位もいろいろ考えて試作をしましたし、紀州の森林組合から紹介された窯元へ、炭の話を直に聞きにも行きました。様々に試行錯誤をして今の焼豚の形になり、地元の商工会議所や県といった皆様をはじめ、様々なご協力を得ながら徐々に広まっていきました。
 

 
僕はもう少し精肉に手をかけたかったんですが、たとえそれが生産者とタイアップした肉であったとしても、肉って見た目では同じような感じなので価値がわかりづらいでしょう? 「2代目さんの代になって肉の単価が上がった」とお客さんに思われると信頼が得られないので、まずはコロッケやメンチのような手づくりの味から力を入れました。惣菜がまあまあ売れるようになったので肉に移ろうと思い、地元の豚肉を取り扱いたいと模索していた時に、今のハム・ソーセージ作りにつながる出会いがありました。
 
 

憧れをこの手で実現したい。必死に食らいついた修業時代


焼豚がお中元・お歳暮のギフトで出るようになり、それに付随して御進物に入れる製品として味噌漬けや角煮を新規に作っていました。同時にハムやソーセージも御進物用に作りたいと思い、手作りのハム屋さんをいろいろ廻りました。
僕はPB(プライベートブランド)商品で自分の店舗を埋め尽くしたいと思っていましたが、当時の旧店舗の22坪の仕事場では製造機械を入れるだけの十分なスペースが確保できなかった。設備を整えるのに、費用も最低1千万円くらいかかります。
その問題に加えて、ハムやソーセージは製造免許取得の条件がとても厳しいです。現場で3年間修業をして、1か月半の講習に出て、最後に国家試験に合格する。これらを全部クリアしないといけません。手作りのハムやソーセージを自分で作るのは難しいから、どこかに委託して作ってもらうしかないかなと思っていました。
 

 
肉の業界紙を読んでいた時に地元の豚が出ていて気になっていたところへ、それを取り扱っているお肉屋さんがあるということで電話して行ったのが、のちのソーセージのお師匠さんです。
お師匠さんのところへは最初は豚肉の話で伺いました。その時に目についたのが、お師匠さんの店は25坪しかないのに、今のうちの店のようにショーケースに自家製ソーセージを並べて売っていたことなんです。25坪でもこんなにバリエーション豊かなソーセージが作れている。肉も銘柄豚を置いているし、牛も松坂牛や、チャンピオンになった牛などを扱っていました。もしもこんな店がうちの隣に来たら、うちは確実につぶされてしまう、と思う差を全ての面で感じました。それほどお師匠さんの店は、肉屋として高いクオリティのプライベートブランドに特化していました。
僕はそれまで焼豚がうまくいっていい気分だったし、百貨店にも出したりしてましたが、まだまだすごい店があるぞと危機感を覚えました。そして「この店でハムやソーセージができるんなら、うちでもできるんじゃないか」と思いました。
 
2回目に訪問したときに、「豚肉の話で行ったんですけど、本当はハムやソーセージを作りたいと思っていた。できればお店全体を、焼豚・惣菜、ハムやソーセージと、手づくりの商品で埋め尽くしたかった。でもハムは免許が難しいし、22坪の広さではできないと思って断念していましたが、あなたのお店を見てもしかしたらうちの広さでもできるんじゃないかと思ったんです。修業させていただけませんか」と言ったら、「俺は弟子は取らないんだ」と軽く断られました。
 
僕は当時乗っていた車を売って、3年間で1千万円貯まるように銀行に積み立てを始めました。3回目に行ったときにその話をして、資金が貯まるまで修業させてもらえないかとお願いしました。
「親父は何と言ってるんだ」と問われたので、その2日後に親父を連れていき、親父とも話してもらいました。その場で即答はもらえず、結局5回目の訪問で許可をいただきました。
 
人に教えるということは自分の歴史を人に与えることです。「なぜ軽々しく人に教えなきゃいけないんだ?」ってことですよね。今はひょうひょうと技術を動画で紹介する人もいらっしゃるけど、本来技術って宝物のはずなんですよ。それこそその人の人生そのものです。自ら積み上げ考えてきたものを他人に軽々しく教えるようなことは、お師匠さんは嫌だったから、簡単に弟子を取る気持ちにはなれなかったのでしょう。
 

 
そこから約4年間にわたって、ハム・ソーセージの修業をさせていただきました。
その頃は朝、自分の店で焼豚焼いて配達して、急いで昼の11時12時くらいまでに修業先の相模原に移動する。そこから夜の10時くらいまでいるような生活でした。
自分がいる間に他のお弟子さんを何人も紹介されましたが、3日持った人はいなかったですね。他のお弟子さんが来ると「ああ、俺が楽になるわ」と思うんだけど、次に行った時にはもうその人はいない。名前を覚えている暇すらありませんでした。
 
自分の店は水曜が休みで、修業先は木曜が休みだったから、水曜日はお中元・お歳暮の時期以外は全部修業先に行きました。よっぽどじゃない限り休む理由がつけられませんからね。修業に集中していなければ、自分だっていつ子弟関係を切られるかわからない。そんな緊張感があったから、今があると思っています。
 
一口に修業といっても、いろいろな動機の人がいます。単にハム・ソーセージの免許を取るだけが目的の人も多いし。
僕は添加物などを量るときは、0.1g単位で量っています。お師匠さんがそういうことまで細かい人だったからね。でも他店では「スプーン一杯・1/2カップで何グラム」という、大ざっぱな量り方をする人もいる。どの修業先を選ぶかによっても、自分自身が生み出すものに対するスタンスは全然違ってきます。結局、人との出会いがいろんなことを決めていっていると思っています。
 
 
 
地域の名産品にも指定されている焼豚を生み出しているご苦労は、単に消費者として購入しているだけでは絶対にわからない。体力、精神力、技術力の三拍子揃わないとできないことを淡々と365日継続させることの方がはるかに困難なのに、成し遂げてしまう原動力は、仕事への向き合い方から生じてくるのだろう。長きにわたる研鑽の結果はいきなり現れるものではなく、必死に食らいついていった先に手にしているものなのだ。
 
 
 
後編はこちら。
 
(取材・文:河瀬佳代子、撮影:山中菜摘)

安藤精肉店
【屋号/Wunderbarhof ANDO(ブンダーバーホーフアンドウ)】

https://andomeat.com/
住所/〒252-0802 神奈川県藤沢市高倉606-4
tel/0466-44-2911  fax/0466-44-7333
営業時間/10時~18時30分
定休日/毎週水曜日
※取材時の情報です。変更している可能性がありますのでご注意ください。

□ライターズプロフィール
河瀬佳代子(かわせ かよこ)(READING LIFE編集部公認ライター)

東京都豊島区出身。日本女子大学文学部卒。天狼院書店ライターズ倶楽部「READING LIFE編集部」公認ライター。「Web READING LIFE」にて、湘南地域を中心に神奈川県内の生産者を取材した「魂の生産者に訊く!」http://tenro-in.com/manufacturer_soul、 「『横浜中華街の中の人』がこっそり通う、とっておきの店めぐり!」 https://tenro-in.com/category/yokohana-chuka/ 連載中。

□カメラマンプロフィール
山中菜摘(やまなか なつみ)
神奈川県横浜市生まれ。
天狼院書店 「湘南天狼院」店長。雑誌『READING LIFE』カメラマン。天狼院フォト部マネージャーとして様々なカメラマンに師事。天狼院書店スタッフとして働く傍ら、カメラマンとしても活動中。

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2021-12-01 | Posted in 魂の生産者に訊く!

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