週刊READING LIFE vol.151

「迷いと決意とほろ苦さと」《週刊READING LIFE Vol.151 思い出のゲーム》


2021/12/14/公開
記事:青木文子(天狼院公認ライター)
 
 
「なんでうちはゲームを買っちゃだめなんだよ」
 
こらえきれずに上の子が叫ぶように言う。
 
「みんな持っているんだよ」
「僕もやりたいんだよ」
 
ゲーム絡みで繰り返される親子の話し合い。なぜゲームを買ってもらえないのかと子どもたちが私を問い詰め、私が、なぜ我が家ではゲームを買わないかという理由を何度も話す話し合い。いつも最後には子どもたちが諦める流れになっていたが、今回は上の子がなかなか諦めない。
 
頑として譲らない私をみて、最後に子どもが床に目を落としてポツリとつぶやいた。
 
「みんなとポケモンの話がしたいだけなのに」
 
つぶやきが胸に響いた。子どもたちの寂しさや気持ちがそのままに伝わってくるようだった。言葉を一瞬失った。その気持ちが私もわからないわけではなかったからだ。
 
小学校の頃、1日1時間しかテレビを見てはいけないという決まりの中で私は育った。みたいテレビはいくつもあった。学校に行くと友達たちがテレビの話で盛り上がっていた。友達が話している番組を観ていない私は話題についていけなかった。おなじ話で盛り上がれるように、テレビを観たいと思ったし、そう親に言ったこともあった。結局叶いはしなかったけれど。
 
上の子は小学校2年生。小学校に入って同じクラスの子のほとんどがゲームを持っていた。ちょうどポケモンの全盛期である。あちこちの公園で、子どもたちはしゃがみこんで頭を突き合わせている姿をよく見かけた。手にはそれぞれのゲーム機を持っている。ゲーム機の通信機能だろうか。
 
「みんな持っている」「みんなやっている」
 
みんなというのはどのみんな、なのかと思うけれども、実際に学校での子どもたちの話題も、ゲームやゲームのキャラクターの話が多かった。ある日のPTAの仕事で学校にいったのがちょうど学校の休み時間。校庭に出ていた子どもたちの側を通ると、子どもたちが口々にポケモンの名前を話していた。
 
そんな中、我が家の子供たちはゲームを持っていなかった。子供たちとしても寂しかったのであろう。どうしてうちはゲームを買ってもらえないのか。そんな話し合いが何度も繰り返されていた。
 
ゲームを買うか買わないかはそれぞれの家庭で決めればいいことだ。なにが正解かもわからない。それでもなぜ私がゲームを買わないと決めたか。それには私なりの理由があった。
 
子どもが小学校に上る前に出会った一冊の本がある。
『絶対学力』という本だ。この『絶対学力』の著者、糸山先生は塾を経営しながら、子どもたちの発達と学習について研究をされている方だった。この書籍の中では、子どもたちの脳の発達とゲームとの関係について語られていた。
 
子どもたちに必要なのは五感の体験であるということ。テレビゲームは反射的な脳の使い方になってしまうということ。12歳前までにゲームに時間を割いてしまうと、脳のネットワークが広がらないままになってしまうこということ。詳しい説明は省くけれども、納得することが多かった。私はすぐに著書の糸山さんにメールを出し、メールのやり取りと、同じ学びをしているお母さんたちのメーリングリストに入れてもらったのだ。
 
そして自分の線を引いた。
我が家にはゲームをおかない。そのかわり友達の家ではゲームをやっても良いと言う線を引いた。結果、我が家にはゲームは買わないことになった。子供たちはせっせと友達の家に行ってはゲームをやるようになった。
 
ある日、下の子の友達のお母さんと道端で出会って立ち話になった。
 
「お宅の〇〇くん(下の子)このないだ遊びにきたんですよね。だけどうちの子が他の子と遊びに行ってしまっていて。ごめんなさいね。そうしたら帰ってくるまで待ってる、って、〇〇くん、玄関の外でずっと待っていたんですよ」
 
その子の家で下の子は良くゲームをさせてもらっていた。下の子がずっとその子を待っていたのは、その子と遊びたかったのか、それともゲームをしたかったかはわからない。私の想像の中で、友達の家の玄関前で、その子を待っていたという下の子の様子が思い浮かんだ。胸がすこし痛んだ。
 
子育てとは線引きだ。
ここは絶対に許さないこと。ここは話し合いですること。なぜなら子育てとはそこに「子」という他者がいるからだ。その線引きは親がする。そしてどの線引きが正解かもわからないし、そもそも線引きをしないという選択肢もあるのだろう。
 
上の子が高校2年生になったときの話だ。
ZOOMで上の子と話をしていてゲームの話になった。
我が家は上の子も下の子も、中学校卒業後、中学英語しか話せないままオーストラリアの高校に留学をした。高校にもなれば自分のパソコンでネットゲームもやっているようだったが、もうそれに私がとやかくいうつもりはなかった。
 
ゲームを我が家で許可しなかったことに子どもたちがどんな思いを持っていたのだろうか。オーストラリアと日本をつないでのZOOM越しに、上の子はこんなことを言った。
 
「お母さんよく小学校や中学校の頃、僕らにゲームを渡さなかったね」
 
その声は非難するでもなく恨みを述べているわけでもなかった。
すこし驚いた。子どもたちがあの頃ゲームをしたかったのにという気持ちを持っているだろうと思っていたから。
 
黙って聞いていると上の子はこんな言葉を続けた。
 
「お母さんよく僕たちのゲームを阻止したと思うよ。ありがとうって思うもん」
 
ありがとうって思うの?
 
「うんだってさ、もしゲームがあったら僕あんなに本を読めなかったし他にやりたいことできなかったと思うんだよね」
 
「やっぱりゲームってさ、はまっちゃうと時間かかっちゃうし。だからお母さんよく阻止してくれたねって今は思うよ」
 
下の子はゲームについてまた違う気持ちを持っているだろう。
子育ての中で親が引いた線をすべて子どもが理解してくれるわけではない。一生子ども側が理解しないまま終わることもあるだろう。
 
未だに子育てとゲームのことを振り返ると、それで良かったのかどうかはわからない。
 
決めると言うことは線を引くことだ。
子育ては線引きの連続だ。しかも期限付きの線引きだ。線を引いて後悔することもあるだろうし、線を引いてよかったと思うこともあるだろう。ただ、ひとつ言えることは、ゲームのことを振り返るたびに、私の胸の中に様々な思いが交差するということだけだ。
 
迷いと決意とほろ苦さと。これからも私がゲームのことを考えるたびに何度も思い出す感情なのだろうと思う。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
青木文子(あおきあやこ)

愛知県生まれ、岐阜県在住。早稲田大学人間科学部卒業。大学時代は民俗学を専攻。民俗学の学びの中でフィールドワークの基礎を身に付ける。子どもを二人出産してから司法書士試験に挑戦。法学部出身でなく、下の子が0歳の時から4年の受験勉強を経て2008年司法書士試験合格。
人前で話すこと、伝えることが身上。「人が物語を語ること」の可能性を信じている。貫くテーマは「あなたの物語」。
天狼院書店ライティングゼミの受講をきっかけにライターになる。天狼院メディアグランプリ23rd season、28th season及び30th season総合優勝。雑誌『READING LIFE』公認ライター、天狼院公認ライター。

お問い合わせ


■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム

■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。


■天狼院書店「東京天狼院」

〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
TEL:03-6914-3618/FAX:03-6914-0168
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
*定休日:木曜日(イベント時臨時営業)


■天狼院書店「福岡天狼院」

〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00


■天狼院書店「京都天狼院」

〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜22:00


■天狼院書店「Esola池袋店 STYLE for Biz」

〒171-0021 東京都豊島区西池袋1-12-1 Esola池袋2F
営業時間:10:30〜21:30
TEL:03-6914-0167/FAX:03-6914-0168


■天狼院書店「プレイアトレ土浦店」

〒300-0035 茨城県土浦市有明町1-30 プレイアトレ土浦2F
営業時間:9:00~22:00
TEL:029-897-3325


■天狼院書店「シアターカフェ天狼院」

〒170-0013 東京都豊島区東池袋1丁目8-1 WACCA池袋 4F
営業時間:
平日 11:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
電話:03−6812−1984


2021-12-08 | Posted in 週刊READING LIFE vol.151

関連記事