魂の生産者に訊く!

【魂の生産者に訊く!Vol.8-2】「互いの顔が見える経営」で結果を出すマイスター(後編)【湘南くん煙工房 Wunderbarhof ANDO】 ブンダーバーホーフ アンドウ 安藤眞道さん 《天狼院書店 湘南ローカル企画》


2021/12/13/公開
記事:河瀬佳代子(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
前編はこちら。
 
 

金メダルがゴールではない、コンテストの話


ドイツのコンテストに複数回出品して、ありがたいことに賞も複数回いただきました。
コンテストに出す時は、製品を日本で作って、現地に持参して審査してもらいます。職人組合を中心としたマイスターを招集して、食肉学校(肉の専門学校)の人たちをその助手につけて審査していました。助手の人たちには、審査に携わりながら同時に勉強もしてもらおうという狙いです。
 

 
コンテストにもよりますが、展示場で1日に何回転もさせないと審査できないくらい出品が多いこともあります。基本的に審査は1つのテーブルに責任者が1名と、他に2名つきます。ひとつの製品を審査するごとに、公正を記すためにレモン水もしくはリンゴ水で口をすすいで、その後5分間、タイマーで正確に測ってからから次の審査に移ります。ゆっくりとした、厳正な審査の時間が流れていきます。審査結果発表会のあとに一緒にメッセ開催も兼ねているので、金メダル・銀メダルを受賞した製品はショーケースに並びます。最後に表彰式をして終了です。
 

 
これはSüffa(ズーファー:南ドイツ食肉食品コンテスト) というコンテストで、審査会場の写真です。普通は審査会場には入れないんですが、その時に全国食肉事業協同組合連合会(全肉連)の方がご一緒だったので、僕も入ることができました。この日の審査は1日で終了でしたが、担当者と話をしたところ「審査当日は、全ての出品物の採点や集計まで入れると、わずかしか睡眠時間が取れない」そうです。
 
この審査をするために、他国からもハム・ソーセージの技術者たちや権威を呼びます。自分たちが担当するテーブルの中で判断がつかない出品物があったら、その関係者に尋ねるためです。
例えば日本から「抹茶入りウインナー」を出品する人がいたとします。でもそれがいいものなのかどうかは、ドイツや他国のマイスターたちはわからない。そんな時は日本人の学識者を呼んで意見を伺います。
 
修業時代に、僕の師匠がコンテスト出品製作をしたことが一度ありました。「コンテストってこういうふうにやるものだ」って盗み見をしないといけないんですけど、その時の出品物には、普段僕も携わっていた製品であっても一切触らせてくれませんでした。コンテストの出品物の製作のために、作業場にはピリピリとした空気が漂います。何かを尋ねるにしても、作業場が落ち着いてから質問します。うっかり訊くタイミングを誤ると、出入り禁止です。こちらから質問しないと一切教えてくれない。そのくらい上下に厳しい世界です。
 
店のHPの受賞履歴は2007年当時のそのままにしていますが、2019年・2020年と、IFFA(食肉産業機械国際見本市)DLG(ドイツ農業協会)に参加しています。それ以前にもコンテストに参加するチャンスはありましたが、九州で豚コレラが流行ったため日本からコンテストに参加できない期間がありました。「国際基準の病気が出たときは、該当国の人はコンテストへの参加が不可」という規則があるからです。
 

 
ドイツのマイスターの人たちは、コンテストの金メダル・銀メダルを持っていても、実はあまり評価してくれないんです。メダルを数多く取った人にはトロフィーが贈られますが、このトロフィーを持っていて初めて、向こうのマイスターは「メダルの上の優秀な人」と認めてくれます。
 
以前、当店で他社のCMのロケがあった際、ドイツから親子のマイスターを呼んだことがあったんです。その時に彼らはこのトロフィーを見て「あ、ここで一緒に写真を撮ろう!」と言って記念撮影していましたね。もしもこのトロフィーがなくてメダルだけだったら、彼らはそんなに関心を示さなかったと思います。その時はちょっとだけ誇らしげになりました。
 
 

常に新しい発見をしよう、いい方法を取ろうと思っている


今はハム・ソーセージだけで40種類くらいあります。これが自分でコントロールできる最大限の品数です。自分で作ったハム・ソーセージの中で、何がいちばん思い入れがありますか? 何が好きですか? とよく訊かれます。どれも自分の子どもみたいなものなので全て好きですけど、どれか選んでということでしたらガーリックウインナーが好きかな。あとはカバノス。味が濃いタイプが好きです。
でももしかしたらフランクフルターのほうが好きかもしれない。チョリソーとフランクは僕の自家配合なんですよ。あとはみんなドイツの香辛料をブレンドしてます。ハーブウインナーも昔の修業時代のレシピに戻したので懐かしい味になったから、これも好きかもしれないな。
 

 
今作っているこれは「アイヤパステーテン」というソーセージです。ドイツ語で「玉子(アイヤ)を練り込む(パステーテン)」という意味です。ベーコンの板みたいな感じですね。
中に入れているのは、本当はニワトリの玉子なんですが、うちはウズラの玉子を使うんです。ウズラの玉子の方が味が濃いんですよ。あと切ったときにかわいらしいでしょう?
 

 
あと生ウインナーですが、これは「まちゼミ」というソーセージ教室で作ってみたものです。味見したうちのスタッフたちが「おいしいおいしい」って言ってくれまして、「これを店に出しましょう」ということになった商品です。加熱処理されているウインナーとは違い、生から焼いてもらうものなので、また別の味わいがありますね。
 
面白いもので、自分で作ったものを普段では食べたいと思わないのかもしれないですね。もちろんできあがったものを試食しますが、例えば家族に毎日料理を作っていると家族は「美味しい」と言ってくれるけど、作った本人は普通に作っているだけですからね。料理だって、他人が作ってくれた方が美味しいじゃない? それと同じ感覚でしょうか。
 
旧店舗のときは、昔からのお客さんのおじいちゃんおばあちゃんたちには、ソーセージの名前を覚えてもらえなかったんですよ。「なんだか横文字ばっかりでわかんないわ」って。
でも自分の好きなソーセージがわかってくると、最初は指を指すんです。「あれちょうだい」って。それでこちらが「ビアシンケンですね?」って何回か言うとだんだん「ビアシンケンください」と注文してくれるようになりました。種類が多いから、好みで覚えてもらえています。
 

 
あとは肉ですけど、去年牛肉の取扱をやめたんです。親父がいなくなって、それまで扱っていた全ての商品を1人でコントロールするのが難しくなり、何かをやめないと回らなかった。「売れる・売れない」の話じゃなくて、回しきれない。このままじゃ身体壊すなって年末に思ってました。ですので2020年の1月で牛肉をやめました。こういう時に肉屋さんを全てやめるソーセージ屋さんもいらっしゃるんだけど、いろいろなしがらみがあってそれは難しくて、一番やめやすかったのが牛肉でした。
 
牛肉をやめると決めましたが、うちは牛肉だけショーケースが別なんです。牛肉を引き上げて空のショーケースだけが置いてあるとお客さんに説明しないといけないので、ショーケースを業者さんに引き取ってもらいました。そうしたら、ショックを受けたお客さんが続出したんです。常連のお客さんたちが牛肉のショーケースがないのを見てのけぞる場面がいっぱいあって、文句も沢山言われましたが、「もう店を回し切れないから、ごめんなさい!」って言いました。
 

 
そのあとコロナ禍になって世の中が自粛ムードになり「お客さんが元気になるようなことは、何かないかな?」って考えまして、4月頃にやめたばかりの牛肉を少しだけ復活させて置いてみました。そうしたらお客さんがすごく喜んでくれましてね。コロナが終わるまでの期間限定で、少しですが牛肉を扱うことにしました。
 
同時並行で、豚肉を銘柄豚に切り替えようと動いていたんですよ。いろんな銘柄豚がありましたが、豚肉って面白いね。焼いたり煮たり、調理方法を変えるとまた違う部位がおいしいことを改めて発見しました。毎年「これってなぜ? どうして?」という目線で肉を見ていると必ず発見することが出てきます。面白いですよね。
 
 

自分の性分に合わないことは、しない


うちが開店したのは50年以上前なので、お客さんによってイメージが違うんですよ。牛肉のイメージが強い人、豚肉のイメージが強い人、焼豚のイメージが強い人、いろいろいらっしゃる。惣菜も毎日スタッフたちが一生懸命にやってくれているので、おかげさまで口コミで来店してくださる方も多い。でも今の規模だとこれ以上広げることはできないかな。僕の目が届く範囲でちゃんとしたものを作りたいですから。
 
僕はお師匠さんにも言われたし、自分でもわかっているけど、チェーン展開をするようなタイプではないです。あくまでも、自分ができる範疇でやる性分なんです。デパートの方からは「東京に出しませんか?」とか、レストランや生産者さんからも「コラボしませんか?」などと、ありがたいお言葉をいただくこともあります。でも自分の器に合わないからできないんですよね。
 
新たな素材や知識などに挑戦するなど、日々努力していく気持ちがあれば、営業をかけなくても遠くからでも来てもらえるものだとお客さんや先輩方から教えていただきました、お客さんって、そこでおいしいもの作って努力していれば、絶対に来てくれるんですよ。僕は父から受け継いだ「お互いの顔が見える」やり方で、これからも店をやっていきたいと思っています。
 

 
 
 
1つずつ商品が成功していくと、次に考えるのは経営の多角化ですが、決してその方面に行かないこともまた経営の正解なのかもしれない。目の前にあることを、足元にあるものを着実に、質を落とさず提供することは、ともすると簡略化されがちな時代だからこそ、逆に重要視する必要がある。お客様を裏切らない味を提供することこそが、土台となって積み上げられ、時を刻んでいくのだろう。
 
 
 
(取材・文:河瀬佳代子、撮影:山中菜摘)

安藤精肉店
【屋号/Wunderbarhof ANDO(ブンダーバーホーフ アンドウ)】

https://andomeat.com/
住所/〒252-0802 神奈川県藤沢市高倉606-4
tel/0466-44-2911  fax/0466-44-7333
営業時間/10時~18時30分
定休日/毎週水曜日
※取材時の情報です。変更している可能性がありますのでご注意ください。

□ライターズプロフィール
河瀬佳代子(かわせ かよこ)(READING LIFE編集部公認ライター)

東京都豊島区出身。日本女子大学文学部卒。天狼院書店ライターズ倶楽部「READING LIFE編集部」公認ライター。「Web READING LIFE」にて、湘南地域を中心に神奈川県内の生産者を取材した「魂の生産者に訊く!」 http://tenro-in.com/manufacturer_soul 、 「『横浜中華街の中の人』がこっそり通う、とっておきの店めぐり!」 https://tenro-in.com/category/yokohana-chuka/ 連載中。

□カメラマンプロフィール
山中菜摘(やまなか なつみ)

神奈川県横浜市生まれ。
天狼院書店 「湘南天狼院」店長。雑誌『READING LIFE』カメラマン。天狼院フォト部マネージャーとして様々なカメラマンに師事。天狼院書店スタッフとして働く傍ら、カメラマンとしても活動中。

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2021-12-08 | Posted in 魂の生産者に訊く!

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