週刊READING LIFE vol.151

しんどい仕事から抜け出す方法は、小学生の私が知っていた《週刊READING LIFE Vol.151 思い出のゲーム》


2021/12/14/公開
記事:藤井佑香(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
昨年の夏ごろだっただろうか。何かの用事の帰りにたまたま寄った代々木公園で、3歳くらいの子ども達が遊んでいるのをみかけた。だだっ広い芝生の上、親御さんから少し離れた場所で遊ぶ2人。完全に2人だけの世界に入り込んでいて、何かしらの “ごっこ” をしているように見えた。私が居た場所から微かに聞こえる2人の話し声と、身振り手振りから判断するに、恐らく魔法使いになりきっているようだ。そこには無いはずの杖を振り回している。何かしらの魔法が杖の先から出ているのが、彼らには見えているのだろう。何よりも、彼らはその遊びを心から楽しんでいるように見えて、とても愛らしかった。子どもの想像力は凄い、とはよく言うが、それを目の当たりにして改めて感心してしまった。何もないところから全てを生み出せる発想力とそれを楽しむ力。羨ましいようにも思えるが、自分も幼い頃は、その力を当たり前のように使えていたように思う。

 

 

 

 

小学生だった頃の通学路は、遊びの宝庫だった。例えば、バスの待ち時間。私は、校区外の学校に通っていたため、小学校へは、バスで通学していた。田舎だったため、バスの本数はあっても1時間に2本程度。しかも、家の近くのバス停から学校までの直通バスはなかったため、バスを乗り継いで通学する必要があった。田舎でバスを乗り継いで目的地にたどり着こうとすると、必ずある一定の待ち時間が発生する。東京に住む今では、公共交通機関の待ち時間が10分を超えてしまうと、すぐイラついてしまう。暇を潰すとしたら、すぐにスマホをいじる。しかし、当時の私にとっては、数十分の待ち時間は楽しい遊びの時間でしかなかった。バスの乗り換えの待ち時間には、友だちと一緒に、色々と遊びを思いついては試していた。手遊びをしたり、一緒に歌を作ったり(その中の歌は今でも鮮明に覚えている。よっぽどヘビロテで熱唱していたのだろう)。ランドセルをバス停のベンチに放置したまま、狭いバス停の空間を縦横無尽に動きまわって遊んだ。バスを降りてからも遊びが尽きることはない。唐突に、“〇〇色しか踏んではいけないゲーム”が始まるからである。通学路にある歩道は、3色のタイルの様になっていた。白と暗めの赤と薄めの紫。その3色の内、その日自分が担当する色を決め、ゴール地点にたどり着くまでに、その特定の色のタイルしか踏んではいけないというルール。バランスを保ちつつ、限られたスペースで前に進みながら、誰が1番早いかを競争するのである。
 
自分でゲームを作っては、1人で遊ぶのも好きだった。特に思い出に残っているのは、スーパーでの“1人かくれんぼ”である。親と買い物に行くと、必ずこれをやっていた。ルールは簡単。親が買い物を終える時間まで、誰にも見つからないこと。お店の入口で親と即座に別れると、人通りの少ない陳列棚に向かう。そこからゲームスタートである。お店の中を歩きまわらないといけないのだが、その間、誰にも見られてはいけないのである。1番難易度が低いのは、文房具やペットフードなど、端っこにある棚。調味料や乾物などが置いてあるエリアは人が通る可能性が高いので、難しい。こそこそと歩き回っては、時にはスパイの様に他の棚の通りの様子を伺い、人が居なくなったタイミングを見計らってさっと移る。時には、架空の仲間を想像しては、一緒にかくれんぼをしている妄想をしていたこともあった。その遊びをやっている時は、よっぽど楽しかったのか、時間が溶けていくようだったのを覚えている。遊びに夢中になっていると、どこからからか親が呼びに来て、そこでかくれんぼは終了となる(よくよく考えると、親は買い物を終えるとすぐに私を見つけていたので、居場所は普通にバレていたのかもしれない……)。
 
通学路での遊びも、スーパーでの“ひとりかくれんぼ”も、正直意味不明である。カラフルな歩道の色を1つだけ踏みながら歩くよりも、普通に歩いた方が多分早い。スーパーでのかくれんぼも、何かを生み出すわけではない。むしろ、親と一緒に買い物をしていた方が、好きなものを買ってもらえる確率は上がっていた可能性もある。しかし、子どもの頃の私には、そんなことどうでも良かった。その遊びの先に何も無かったとしても、全力で楽しめていた。今振り返ってみると、それらの遊びやゲームは、退屈な時間を楽しくするための子どもなりの工夫だったのだろう。大人になった今、嫌なことを楽しむ工夫がどれだけ出来ているだろうか。子どもの頃は当たりまえに出来ていたはずなのに。

 

 

 

 

大人になっても嫌なことを工夫で楽しむ力。これを思い出させてくれたのは、以前働いていた会社の先輩だった。新卒で入った人材系の会社。2年目を迎えたころ、私は営業部に配属された。最初は右も左も分からず、とにかく色々な社員について回り、クライアントとの打ち合わせに同席させてもらう日々。商談の仕方、普段のコミュニケーションの取り方。手取り足取り教えてもらった。少しずつ慣れてきて、いくつか客先を引き継がせてもらった。とはいえ、まだ何も出来ない。そんな中、私に新しい仕事が与えられた。
 
新規営業である。
 
新しく顧客になってくれそうな会社を発掘する仕事。興味を持ってくれそうな会社に、片っ端から電話をかける。上手くいく場合は、そのまま打ち合わせのアポイントを取ることが出来、将来的にお客様になって頂ける、ということもある。しかし、現実はそんなに甘くはない。まず、担当者に繋がれるまでが長い。一般的に外向けに公表されている電話番号は、代表電話であることが多いので、会社の受付の方などに繋がる。まず、その人達に事情を説明し、初めての電話なのだが担当者に繋いで貰えないかとお願いする。たいてい、ここで断られることが多い。運よく担当者に繋いで貰えたとしても、知らない人からの電話である。丁寧に対応してくれる人も居たが、だいたいは、面倒臭そうに断られ切られる。電話営業が得意な人であれば、もっとうまくやれるのだろうが、私の場合は100件かけてやっと1件打ち合わせが出来るかどうか、くらいの割合でしか成功しなかった。残り99件は、面倒くさそうな対応をされるか、断られるかのどちらかである。1日中電話をかけ続けても、否定的な反応しか返ってこない仕事。私はこの仕事が大嫌いだった。世の中には、この新規営業が得意な人もたくさんいるのだろうと思うが、私はどうも下手くそから抜け出せなかった。電話してもどうせ断られる、と思いながらかける電話。否定されるということが、プライドの高い私には余計受け入れられなかった部分もあると思うが、とにかく怖かった。仕事に行ったらまた電話をかけ続けなければならない。そう思うと、通勤の足も重くなった。仕事中、必要以上に休憩を取って、トイレに逃げ込んではこっそりさぼっていたこともある。とにかく毎日が憂鬱で、仕事が嫌になっていた。
 
そんな時、ある先輩が、声をかけてくれた。
 
「藤井ちゃん(筆者)、最近どうっ?」
 
とても陽気な人で、事あるごとに新人の私を気遣ってくれる人だった。自分に与えられている仕事の愚痴を言うのはあまり良くないと思っていたため、それまではあまり不満を言うことはなかった。しかし、いつもお世話になっている人だからこそ、その声掛けに、あふれてしまった。
 
「辛いです。新規営業が嫌過ぎて、本当に毎日憂鬱で……」
 
いつも笑顔だった先輩の顔が少し曇った。
 
「新規営業ね……俺も新人の頃やってたけど、本当嫌いだったわー。でもさ、嫌なことにひたすら時間使うのって苦痛でしかないから、俺はゲームだと思ってやってたよ」
 
「ゲーム……ですか?」
 
彼が説明してくれたゲームのルールはこうだ。まず、電話営業のプロセスをいくつかに分ける。そして、その段階ごとに得られるポイント数を決める。例えば、電話したら1点。担当者に繋がったら2点。興味を持ってくれたら3点。アポイントを取れたら4点、みたいな具合だ。電話掛けの仕事が終わったタイミングで、その日稼げたポイント数を計算する。毎日のポイント数を集計していれば、自分のパフォーマンスも長期的に分析も出来る……。
 
「とにかく、電話して断られても、いちいち考えちゃ駄目。ポイントを稼ぐためにゲームをやってると思えば、少しは楽になるよ」

 

 

 

 

先輩からのアドバイス、早速翌日から実践してみた。とにかく、ポイントを稼ぐために架電する。今までは、色々と考えてしまって、電話を掛けるまでの時間が長かった。しかし、今日からはゲームである。仮に担当者に繋がらなくても、電話を掛けるだけでポイントがもらえるというルールにした。今まで億劫に感じていた最初の一歩を踏み出すのが楽になり、電話をかけ始めるまでの時間がうんと短縮された。電話をかけることに成功し、担当者に繋いで貰えればそれだけでポイントがまた上乗せされる。そう思うと、担当者に繋いでもらうための話し方も少し変えることが出来た。新規営業をゲームと捉えたところで、嫌いな仕事がいきなり大好きな仕事になることはなかった。辛いことは辛い。しんどい仕事であることは変わらないのだが、先輩からのアドバイスを実践し始めて以降、気持ちが軽くなり、少しだけだが前向きに仕事に取り組めるようにもなったのだ。自分で決めたルールで遊ぶ新規営業ポイント争奪ゲームは、少しの工夫で自分を少し変えることが出来る思い出のゲームだった。

 

 

 

 

そこから数年たち、今や社会人7年目。当時と比べると、だいぶ仕事にも慣れてきた。それでも、嫌な仕事はどうしても存在する。そんな時よく思い出すのは、あの新規営業ポイント争奪ゲームである。嫌でもやらないといけない仕事をいかに少しでも楽しく出来るか。あの時先輩からもらったアドバイスは、今でも仕事に活きている。面倒な仕事に出会った時こそ楽しさを。楽しむ方法は様々で、ポイント制を導入することもあれば、時間制限を設けて、自分が決めた時間までにどれだけの仕事を終えることが出来るか、で自分と競うこともある。そして、上手く工夫して嫌なことを終えることが出来た時には自分を甘やかしてご褒美をあげる。普段は高くてショートサイズしか頼まないコーヒーも、その日はサイズアップでトールサイズを頼むとか。仕事中に食べるコンビニスイーツを少し豪華なモンブランにするとかである。
 
嫌な仕事を劇的に楽しいものにすることは出来ない。しかし、少しの工夫で苦痛から抜け出すことは出来るかもしれない。大人の楽しみは、お金や時間をかけるほど豊かになることもある。しかしながら、子どもの頃誰しもが持っていたであろう、何もないところから想像力で生み出す何かも、違う意味で豊かだ。実際、私が新卒2年目で苦しめられていた新規営業の仕事から救ってくれたのは、自分でルールを決めて作った自分流のゲームだった。やっていることは、小学生の私が編み出した、”1人かくれんぼ“と大して変わらない。しんどい時は幼い頃を思い出してみる。当時やっていた意味不明でも楽しんでいた遊びの中に、何かヒントになるものが隠れているかもしれない。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
藤井佑香(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

国際基督教大学卒。数年の人事経験を経て昨年より1年間イタリアの大学院にて企業広報を勉強。修士号取得予定。現在は、外資系企業にて採用ブランディングの仕事に従事。元々文章を書くことが好きで、天狼院書店のライティングゼミを受講。よりライティングの腕を磨いて、仕事にも活かしたいと修行中。

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2021-12-08 | Posted in 週刊READING LIFE vol.151

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