週刊READING LIFE vol.153

30年間趣味がなかった私がアイドル好きになったのは、日向坂46松田好花さんのせいだ《週刊READING LIFE Vol.153 虎視眈々》

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2021/12/27/公開
記事:nasuica(READING LIFE 編集部ライターズ俱楽部)
 
 
「趣味はなに?」
と聞かれ時に、何と答えればいいのか分からなかった。あなたには胸を張って、「これが趣味です!」と言えるものがあるだろうか? 少なくとも、数年前までは私にはなかった。夢中になって、こちらが聞きたいと思っているかもお構いなしに熱を持って語っている、そんな人が羨ましかった。
 
というか「趣味」っていう言葉が難しい。
例えば、本はそれなりの頻度で読んでいるから、他の人には読書は趣味じゃん、と言われることがある。確かに自発的に好奇心をエンジンとしている点は趣味っぽく見えるかもしれない。ただ、それはしっくりこない。本を読む目的は、「仕事」であって、娯楽的に読む本はほとんどない。趣味か仕事かどっちなんだ! と問い詰められたら、すいません私の中では仕事なんです……、と答えざるを得ない。
定期的に近くの河川敷をランニングするようにしているが、それは趣味と胸を張って言えるだろうか? そう自問してみると、またそれも自信がない。なんか肩が凝ったな、とか集中力が切れてるぞ、といったときにランニングをするようにしている。そう考えると、私にとってランニングはマイナスをゼロに戻すための作業であって、やっていて楽しいものではない。
そしてランニングはタダでできる、という点も気になるポイントだ。もっとこう、私が羨望する「趣味」とは、お金を払ってでもやりたい! と思える、そんなものなのだ。
台所に隠してあるチョコレートを、バレないように隠れて食べる、みたいな。罪悪感があるけれど、お金を払ってでもやらせて欲しい、そう思えるような行為が「趣味」なのだ。
ああ、なんて趣味って難しいんだ、と思うけれど、勝手に自分で難しく考えてしまっているのは間違いない。
 
あくまで私にとって、だけれども……。
読書やランニングに対する思いから考えるに「定期的にやっている」だけでは趣味とは言えなそうだ。目的そのものが自己満足であって、それを身銭を切ってまでやっている。そんな何かが、私が喉から手が出るほど欲しい「趣味」なのかもしれない、そう思った。

 

 

 

そんな私が嫉妬したのは、当時付き合っていた私の妻であった。
私の妻は、アイドルグループ「乃木坂46」の大ファンで、ライブはもちろん握手会に行くために、同じCDを10枚くらい買っていた。乃木坂46の中でも、既に卒業された白石麻衣さんの大ファンである彼女は、握手会で何を話せばいいかをひたすら相談してきた。そんなん知らんがなと思いつつ、これが私が憧れる、THE趣味ではないかと思った。
何年もファンで、その人のことを考えるだけでワクワクする、そして白石麻衣さんに関わるものであれば何でも買っちゃう。これを趣味と言わねば、何を趣味というのだ。そこまで没頭できる趣味がある彼女が、心底羨ましかった。そして、そんなにも彼女をハマらせてしまうアイドルに、興味を持つようになった。
 
乃木坂46の冠番組で、「乃木坂工事中」という番組がある。妻は毎週欠かさずその番組を見る。その習慣に感化されて、私も見るようになった。私にとっては、番組の司会がお笑い芸人のバナナマンさんであることも大きかった。お笑いは好きだ。ライブに行くほどではないけれども……。
乃木坂工事中を継続的に見るにつれ、メンバーの顔と名前の判別もつくようになってくる。積極的にというわけではないが、ライブにも付き合って何回か行った。確かに、ハマる魅力があるグループだと思った。けど、自分でチケットを買って行くかと言われると、自信はない。趣味と言えるか言えないかの、ハザマのラインだったのかもしれない。

 

 

 

妻は乃木坂46だけでなく、いろいろなアイドルが好きなアイドルオタクである。特に乃木坂と姉妹グループである欅坂46、けやき坂46(現在の日向坂46)の3つの「坂道」グループに熱狂していた。乃木坂工事中のあとの時間に、現在の日向坂46の冠番組ができるとなった時には、当然のように初回から録画をすることになった。
 
初回を観たときに、私も色めき立った。ずっとラジオを聞いていた、お笑い芸人のオードリーさんが司会を務めると分かったからだ。見ているうちに、乃木坂46と同じようにメンバーの顔と名前を覚えていった。
 
そんな中で、とても記憶に残っている場面がある。
オードリーさんが大ファンの「キン肉マン」について、日向坂のメンバーが知らなすぎるため、事前にキン肉マンの漫画を読んで勉強する。それに対して、キン肉マンクイズに答える、そんな回だった。日向坂のメンバーは世代ではないので、キン肉マンについて知るはずもない。(私も世代ではないので、全く分からない)そもそも、興味がない漫画を渡されて読んでも、頭に残らないだろう。
そんな中で始まった番組で、オードリーさんがノリノリで日向坂のメンバーはポカンとする、そんな流れは視聴者としてとても面白かった。
 
しかし一人だけ、明らかに知識量が段違いなメンバーがいた。それが松田好花さんだった。松田さんはそれまでの番組では前に出るようなタイプではなく、あまり印象に残っていなかった。自分が京都に住んでいたこともあり、京都弁ではんなりしている可愛らしい子だな、そんな印象しかなかった。
 
そんな印象だった子が、ほとんどのキン肉マンクイズをすらすら答えていた。明らかに世代ではない松田さんが、次々にオードリーさんのマニアックなキン肉マンクイズ答えていく。そのギャップに思わず爆笑していた。それと同時に、松田さんは真面目な方なのだろうな、と思った。番組に貢献するために、一所懸命に勉強した姿が見えるようだった。そんな真面目さに興味を持った。
 
そして、その「キン肉マン回」でファンに話題になった松田さんは、自信をつけたのか、番組でもどんどん前に出るようになり、活躍するようになっていった。
いつの間にか、日向坂の冠番組だけではなく、他の番組に出るメンバーを進んで見るようになった。そして音楽に興味がない自分が、日向坂の楽曲を聞くようになっていった。

 

 

 

そんな中で、松田さんが目の病気により休業するというニュースが出た。
有名な番組に日向坂が出始めて、本当にこれから、というタイミングだった。その時には私は、松田さんが出演する番組は見るようになっていた。心配するとともに、とても残念だった。
応援したい感情と、松田さんが復帰した時のライブを観たい、と考えてファンクラブ会員になった。まさか自分が、アイドルのファンクラブ会員になるとは……。少し前の自分では考えられなかった。
 
今時、アイドルのファンであると人前で言うのは普通なのかもしれない。特に、妻の場合は言いやすいだろう。女性が女性アイドルを好きというのは、何かすっと言いやすい気がする。私の場合はちょっと違う。それなりの年齢になって、初めてアイドルに興味を持つのは、心理的に抵抗があった。それでもファンクラブに入ろうという気持ちになったということに、正直驚いた。少し後ろめたい感情に勝って、応援したいという気持ちになった。
 
「これは胸を張って、趣味といえるな」
 
そう心の中で思った。30年くらい生きてきて初めて、趣味ができたな、そう思った。

 

 

 

日向坂46のファンは「おひさま」と呼ばれる。「おひさま」になる理由は人それぞれあると思うが、多くの人が挙げる魅力は、苦労を乗り越える団結力と、苦労を感じさせない底抜けの明るさだと思う。
 
日向坂のグループ自体が、欅坂46の「二軍」的な位置づけで結成されており、日の目を見るまでにかなりの時間を要している。そのストーリー自体がまずファンの涙を誘う。そして、そういった苦労をしているが故に、いろいろな方面への気遣いを感じる。
例えば、メンバーが休業するとなったら、他のメンバーが出演した番組で休業中のメンバーを象徴するポーズをしたりする。休業しているメンバーを、ファンが忘れないようにする、そして、メンバーに「いつでも帰ってきていいよ」というメッセージを込めて。
 
松田好花さんの休業中にも、音楽番組などで松田さんを気遣うパフォーマンスがあったり、メンバーからの励ましのコメントがあった。
 
松田さんは体調が徐々によくなり、表舞台には出られないが、ブログなどは更新していた。
松田さんはオードリーさんのラジオや、冠番組である「あちこちオードリー」の熱烈なファンと公言していた。そういった中で、「あちこちオードリー」のグッズ宣伝を番組公式より先に、率先して松田さんがブログで告知をしたことがファンの中で話題になった。
 
もちろん、本当に番組のファンだからこそ、応援する目的で告知をしたのだろう。
しかしその中に、日向坂イズムを継承している松田さんの気遣い、品のある戦略性を感じた。オードリーさんのグッズが欲しい、そして松田さんのファンの方で同じくオードリーさんのファンの方へお知らせしたいという気持ち。加えて、あわよくば何らかの形で、「あちこちオードリー」へ関われないかと考えたのではないか。
 
結果として、病気療養から復帰後に、あちこちオードリーへの出演が叶う。
単に出演したいと自分で言うのは、あからさまに見えてしまうものだと思う。自分が本気で応援したいと思っていて、相手のメリットも考えている。それが、虎視眈々と次の機会を狙いつつも、いやらしさがない発言に繋がっていると思った。

 

 

 

病気療養からの復帰後に、彼女の快進撃が始まる。
出演したあちこちオードリーで、3回も泣いたことが話題になった。病気療養中に受けたメンバーやオードリーさんからの気づかいを思い出し、涙腺が崩壊したのだ。その後も、出演する番組での号泣が話題となって、「泣きキャラ」が定着しつつある。
そのキャラクターとラジオ好きという面を見出され、松田さんがパーソナリティーのラジオ番組も始まった。これまで、松田さんがオードリーさんのラジオが好きということを発信してきた成果とも言えるかもしれない。
 
松田好花さんは、自己ブランディングの天才だなと思った。
もしかしたら、意識してやっているわけではないのかもしれない。しかし、好きなことや強みを突き詰めていって、チャンスを偶然から必然に変える努力をしているように見えたのだ。その努力を見ているのもワクワクするし、努力が結実した時に、こちらが成功したかのような気持ちにさせてくれる。

 

 

 

松田さんは私のような「趣味なし人間」を変えたのだから、もしかすると諸葛孔明並みの戦略家なのかもしれない。しかし、それでも許せるほどの人間性だと思ってしまう。
 
日向坂のファンになって、好きになったものは、こんなにも人に話したくなるものなのかと思った。虎視眈々と、(既に有名だろうが)松田さんのことを広めたいと思ってしまう。そう思って、記事を書いてみた。
 
もしかしたら、こうして記事を書きたいと思ってしまうのも、松田さんの手のひらの上なのかもしれない。
 
あなたがアイドルに興味がないのなら、あまり松田さんには注目しない方がいいのかもしれない。ハマってしまって、他の趣味がおろそかになってしまうかもしれないから。
 
 
 
 

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2021-12-22 | Posted in 週刊READING LIFE vol.153

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