週刊READING LIFE vol.162

とうろう流し《週刊READING LIFE Vol.162 誰にも言えない恋》


2022/03/21/公開
記事:篠田 龍太朗(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
※この記事はフィクションです。
 
 
いま、わたしは大きな河の前でたたずんでいます。
この命の終わりを前にして、これまで自分がしてきたことの罪の重さに、打ちひしがれているところです。
 
この水の中に飛び込んだとて、わたしがやってきたことの罪が償えるというわけではありません。そんなことは、わたしが一番よくわかっていることです。
 
でも、もうこれ以上、良心の呵責に耐えられません。
 
きっとわたしは命あるかぎり、同じ過ちをくり返してしまうに違いないのです。
 
だからわたしは飛び込みます。
 
……さようなら。

 

 

 

わたしはどこかの山奥の、深い森のなかで生まれました。
 
母も父も、知りません。会ったこともなければ、顔を見たことも名前も知りません。
それどころか、わたし自身、名前もわかりません。友人や知人みたいな存在も、とくにいません。
 
ただ、わたしは深い深い森のなかで、お腹がすけば欲求の赴くままに狩りをして、獲物をしとめました。誰におそわったわけでもないのに、自然と狩りはうまくできたものでした。そして空腹を満たし夜になると、自然に眠気がきて、身体をやすめました。
 
良く晴れた日の星空は、それはそれは美しかった。
 
わたしは頭上の景色を見ると、なんだかとても楽しくなって、無性に胸がときめくのでした。
 
そんなふうにして、わたしの少女時代は過ぎ去っていきました。

 

 

 

やがて、少しずつ大人の階段を登っていったわたしには、新しい感情がめばえていきました。
さっきの狩りと、おなじです。
誰にならったわけでも、おそわったわけでもないのに。
 
それは突然、わたし自身に天から降ってきたような——そんな感覚でした。

 

 

 

あるときわたしは、うまれてはじめて誰かをすきになりました。
いわゆる、「恋」というものなんだと思います。
 
そしてこの感情を知ったその日から、わたしは階段を転げ落ちるように、まっくらな闇の底へと落ちていきました……。

 

 

 

さっきもお話ししましたが、わたしは頭上に広がるきらきらとした星空の海をながめると、とっても胸がときめくのです。
 
でも、それは夜空に対してだけいだく気持ちだと思っていたのです。
 
わたしは、うつくしいと心から思えるものを、この世でほかに知りませんでした。
 
そしてその感情は、突然昼にやってきました。
星がきれいな夜ではなくて、なんと真昼のことでした。
 
あれはたしか、夏のおわりの暑い日のことでした。でもわたしは、暑い日もきらいではありません。よく晴れた日は、なぜだかたのしいことが起こるような気がするのです。だからわたしはいつもより、うきうきとしながら辺りを歩いていました。
 
そして、ふと。
 
わたしは木かげにたたずむ、男の子を見かけました。
 
わたしはなぜだか彼が気になって、そーっと視線をちかづけました。
はじめは、暑くてやすんでいるのかな、と思いました。
 
でも、彼のようすは何だかちょっと違いました。
やすんでいるというよりは、とても凛としていました。そして彼は、何やら深い思索にふけっているようでした。
 
真夏の炎天下だというのに、彼のまわりだけは、何だか別の温度が流れている。
彼は涼しそうな目をして、ただただ、そこにたたずんでいたのです。
 
そんな姿を見ていると、わたしは何だか胸がどきどきしてきました。胸が苦しくなって、急に身体がかあっと熱くなって。
 
夜空を見て、きれいだなあ、と思うときとは全然ちがう、あたらしい感情でした。
 
——だからわたしはいてもたってもいられなくなって、彼のもとに駆け寄ったのです!!

 

 

 

……それからのことは、なぜだかよく覚えていません。
 
なんとなく思い出せるのは、彼と目があって、どきどきしながら私はアイコンタクトをしたということでした。
 
その瞬間、彼のまわりのひやりとした空気が、なんだか急に熱を帯びたように思えました。
彼のクールな瞳に感情のゆらめきがあったのを、私が見逃すことはありませんでした。
 
そのあと何か言葉の交換があったのかどうか、それは覚えていません。
 
でもとにかく、わたしと彼は互いに一瞬で惹かれあった。お互いにそれがすぐにわかった。だから夏の森の中で、白昼堂々、抱きしめあいました。口づけをかわしました。
 
わたしは一回りちいさな彼の腕に抱かれながら、
——「これが……、恋なんだ!」
——「これが、いきてるってことなんだ!」
 
ただそんなことを、ぼうっと考えていました。いままでいきてきた中で、間違いなくいちばんしあわせな瞬間だったと思います。
 
このときが、おわってほしくない。
ずっと、こうしていたい。
 
夏の真昼なのに、わたしは星空のなかにたたずんで、宇宙とひとつに溶けあったかのような満たされた気持ちでいっぱいでした。

 

 

 

しばらくして、わたしは夢から目を覚ましました。
 
真夏の太陽は一日の勤めを終えて身体をかくし、あたりには一面の暗闇が広がっていました。
 
——ぞっとするほど、涼しい。
 
わたしは寒暖差の変化にとまどいながら、ひざをかかえて考えごとをはじめました。
 
いったい、どこまでが本当におきたことなのか。
どこからが、夢だったんだろうか。
 
すてきな目をした彼にであって、あっという間に恋に落ちて、狂ったように抱きしめあった。
あんなに幸せで、心地よいと感じた時間はなかった。
生まれてはじめて、星空の中に飛び込んだようだった……、真昼だというのに。
 
けれどもそこから先のことは、やっぱり思い出せませんでした。
 
激しい交わりのあとで、まだほてりと疲れがのこっていたわたしは、また横になりました。
明日、また彼にあいたいと思いながら。

 

 

 

翌朝、わたしはいつもと同じくらいの時間に目を覚ましました。
夏のおわりがちかいからか、蝉の声がすくなくなったと感じる朝でした。
 
わたしはいとも簡単に狩りをして、獲物をしとめてお腹を満たしました。そして彼のいた木陰に向かって、歩いていきました。
 
今日は、どんなおはなしをしようかな。
昨日のことはちゃんと思い出せないから、今日はもっと彼のことをしりたいな。
彼の瞳を見ていたら、きっとまた宇宙とつながりたくなってしまう気がするけれど、今日はもっとゆっくり、おはなしがしたいな。
 
でも、あんなに熱く抱きしめあったから、もしかしたら恥ずかしくて向こうに避けられてしまったりして。
 
それだけは、いやだなあ。
 
そんなことを考えながら、わたしは昨日の木のところにたどり着きました。

 

 

 

わたしは、割りと勘がするどいほうだとおもいます。
だから思い出の場所を目にした瞬間、何だかすごくいやな予感がしました。
 
それは、彼が恥ずかしがってもう会ってくれないんじゃないか、とかそういう甘酸っぱさは決して含まれていないものでした。
背すじがこおりつくような、とてもつめたい予感でした。
 
わたしは、いやに脈うつ胸を手でおさえながら、よろよろと木に近づいていきました。

 

 

 

——やっぱり。
 
思ったとおり、彼はそこにいませんでした。
昨日のことを最後に、その木陰は、彼の居場所ではなくなったようでした。
 
でも何だか、ただ単に彼がそこから去っただけではないような気持ちを、ぬぐい去ることはできませんでした。
 
しばらくして、わたしは木の上の方を見上げました。
 
そしてあるものを見つけた瞬間、わたしはすべてを悟りました。
わたしは真っ暗い闇の底に、落ちていくことになりました。

 

 

 

木の幹にはりついていたのは、クリーム色で丸みを帯びた、おおきなわたしと彼の愛の結晶でした。
 
そうか、やっぱり……。
 
——わたしは、すべてを思い出しました。

 

 

 

あのときわたしは彼と抱き合って、彼とひとつになりました。わたしは彼とふたりで、宇宙とつながったような気持ちになりました。
 
しばらくして、彼は持てるすべてをわたしにそそいでくれたあと、そっと静かになりました。
 
わたしはただただしあわせな気持ちになって、彼のあたまや身体をそっと撫でました。彼はやさしい顔をして、ねむっていました。わたしもやさしい気持ちでいっぱいでした。
 
ところがしばらくすると、わたしの心の奥底から、なんだかあたらしい衝動がこみ上げてくるようでした。
 
それはさっきの、彼をいとおしいと思う感覚とも、宇宙とつながった心地よさとも、彼をいたわるやさしい気持ちとも、全然違うものでした。
 
——わたしと彼の遺伝子を、この世にのこさなくてはいけない。
 
わたしはいてもたってもいられなくなりました。
身体じゅうから湧き上がってくるこの気持ちを、もう押さえきれない。
 
わたしは彼の身体を抱きかかえたまま、さっきの木にするするとのぼっていったのです。彼の体重も、ふしぎとまったく感じませんでした。
 
そして枝にとまり、そのときがくるのを待っていました。
でも、わたしは疲れきっている。
 
——それでも、やらなくちゃ。
 
恐ろしいほどに、なんのまよいもありませんでした。
わたしは彼の身体をまっぷたつに切り裂いて、ちいさくちいさく刻んで自分のお腹に詰め込んでいきました。
 
さっきの愛情もやさしさも、もう持ち合わせてはいませんでした。
 
彼は一瞬、おどろいた顔をうかべましたが、頭のいい彼です。
すぐに自分の運命を察して、わたしに一瞬ほほえみ返したあと、あっという間にうごかなくなってしまいました。
 
こうして彼はあっという間に、ちいさな肉の塊になりました。私はそれをたいらげると、意を決して、お腹に力をこめたのです……。

 

 

 

白い雲がながれてきて、さっきまでの強い日差しはやわらかいものにかわっていました。
 
すべてのことを思い出して、わたしはなんということをしてしまったんだと後悔の気持ちでいっぱいになりました。
 
あんなにすてきだった彼を、やさしい彼を——本能のおもむくままに抱きしめ、犯し、そして子孫をのこすために力をたくわえたいというだけの身勝手な理由で、真っ二つに切り刻んで、たいらげてしまったのです。
 
彼の身体を切り刻んだ私の鎌には、まだどことなく彼の血のにおいが残っている気がしました。
 
彼とつくった子どもたちは、きっとすくすく育ってくれることでしょう。
 
でも、わたしには彼しかいない。
 
彼は、ひとりしかいない。
 
わたしはのこりみじかいその夏を、暗澹たるおもいで過ごしました。

 

 

 

けれどもわたしのその本能は、止めることなどできませんでした。
しばらくときが経つと、すべてをわすれたように他の男に恋をして、抱き合って、宇宙と交信する。やがて子を産むためだけにその男を切り刻んで、すべてをたいらげてしまうのです。
 
わたしはこんなあやまちを、もう幾度繰り返したかしれません。
 
わたしがしたことは、誰にもゆるされるものでない。
そんなことは、わたしがいちばん分かっていることです。
 
だからわたしはいま、大きな河の前にたたずんでいるのです。

 

 

 

河のおだやかな流れを見つめているうちに、ふとこんなことを考えてしまいました。
 
——「わたしがやってきたことや、考えたことはすべて、ほんとうにわたしのものなのだろうか?」
 
思いをめぐらせてみると、どうにもわたしには、自分を自分でコントロールできないことが多すぎました。もうやめようと思っても、いつも本能や情動にまかせて大きな罪を犯して、それに打ちひしがれて。
 
でもしばらくすると、また同じあやまちを繰り返してしまう。
 
——わたしはほんとうに、いまこの河に飛び込んでこの生涯を終わらせるべきなのだろうか?
 
——わたしは、ほんとうは何かべつのものに操られているんじゃないだろうか!?
 
何だかふいにそんな気がして、わたしがほんとうは何者なのかますますわからなくなって、わたしはためらいました。なんだろう、いま飛び込むのはちがう!
 
もうすこし、わたしについてよくかんがえたい!
 
わたしはふるえながら、必死に河岸から遠ざかろうとしました。
はじめて、わたしは本能に逆らおうとしました。
 
必死に河の反対側へ、歩こうとするわたし。
 
でも突然、なにかがぷちんと切れた感覚がしました。
 
わたしの身体は思いどおりに動きませんでした。抗うこともできずにもういちど踵をかえすと、ためらうこともなく河に飛び込んでしまったのでした。
 
わたしはやわらかい秋の風にのって、ふわっと舞い上がりました。
 
わたしは、本当のわたしは、つばさを広げて運命にあらがおうとしました! でもそのつばさは、いつものようには動かせませんでした。
 
風にながされて、どんどん落ちていきました。つばさは動きません。水面はもうすぐそこに——。
 
その刹那、わたしははっきりと「何か」を感じました。
わたしの脳にとりついて、そしてわたしを意のままに操る。そんな「何か」を確信したのです!!
 
——やっぱり! わたしはわたしであって、でもわたしではなかった!!
 
わたしは河のうねりにあらがいながら、最期のときぐらいは自分で自分のために生きようと、できる限りもがきました。
 
本当の自分をとりもどしたわたしはこの大きな河の中で、せめてちいさな灯籠(とうろう)のように、最期の命の炎を燃やしながら流れていきました。最期の一瞬だけかもしれないけれど。でもようやく自分だけのために、命を燃やしている。いまのわたしは灯籠のようにかがやいている!

 

 

 

——そんなささやかなよろこびと、身勝手に命をうばった愛する人たちへの懺悔の思いをないまぜにしながら、わたしはゆっくりと、河のうねりに身をまかせていきました。

 

 

 

<参考文献>
カマキリの交尾後の共食い、卵の栄養に 視覚的に確認
https://www.afpbb.com/articles/-/3092179
泳げないカマキリを入水自殺させる「ハリガネムシ」の生態とは?
https://www.bookbang.jp/article/613635
蟷螂(とうろう)の色々な読み方とは?
https://furigana.info/w/%E8%9F%B7%E8%9E%82
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
篠田 龍太朗(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

鳥取の山中で生まれ育ち、関東での学生生活を経て安住の地・名古屋にたどり着いた人。幼少期から好きな「文章を書くこと」を突き詰めてやってみたくて、天狼院へ。ライティング・ゼミ平日コースを修了し、2021年10月からライターズ俱楽部に加入。
旅とグルメと温泉とサウナが好き。自分が面白いと思えることだけに囲まれて生きていきたい。

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2022-03-16 | Posted in 週刊READING LIFE vol.162

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