「そのままでいいよ」と彼は言ってくれたけど《週刊READING LIFE Vol.166 成功と失敗》
2022/04/25/公開
記事:川端彩香(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
自分に自信がなかった。
見た目も、中身も、本当に自信がなかった。
自信がないまま、28年生きてきた。
いつから自信がない自分になってしまったのだろう。
幼い頃は、祖母が「可愛い、可愛い」と言ってくれ、孫の中でもなぜか私を一番に可愛がってくれたおかげで、私は自分が可愛いと思っていたし、特別な存在だと思っていた。
小学校に入り、学年が上がり、中学生になる頃には、自分は特別でも何でもないことはわかりきっていたような気がする。
私よりも可愛い子はたくさんいて、私よりも頭がいい子もたくさんいて、私より歌が上手い子も、運動神経がいい子も、絵が上手い子もたくさんいた。性格だって、明るいわけでもないし、どっちかっていうと暗い。すべてにおいて私なんて大したことないし、特別でもなんでもない。
そんな思いを抱えながらも、大人になった。
大人になっても、自信のなさというか、劣等感のようなものはなかなか消えてくれずに、私の心の奥底にずっと溜まったままだった。大人になったので取り繕ったような笑顔や態度は身につけたが、自分に自信がないという事実は変わらぬままだった。
28歳の時、良い感じだった男性から告白された。
数回デートを重ねたあと「好きやから、付き合ってほしい」と言われた。
自信のない私は「私でいいの?」と聞いた。
彼は「君がいい」と言ってくれた。
よろしくお願いしますと返事をし、家まで送ってもらう車中で「本当に私でいいの? 私別に顔も可愛くないし、性格だって別に……」と自信のなさと、こんな素敵な彼の相手が自分でいいのかという不安からツラツラとネガティブな言葉が溢れ出ていた。今考えても、せっかく告白したのに、その直後に相手からこんなことをグダグダ言われてしまうとテンションも下がるだろうに、と思う。私なら、こんな女願い下げだ。
でも彼は言ってくれた。「そのままでいいよ。そのままを好きになったんやから」と。
なんて有り難い言葉なんだろう。なんて素敵な人なんだろう。
今までの自信のなかった数十年の人生も、別に悪くなかったんじゃないかと思えてきた。「そのままでいいよ」なんて、言われたことなかった。こんなに私が嫌いな私を肯定してくれる言葉を貰えるなんて。ああ、この人に出会えてよかった。
と感謝した数ヵ月後、あっけなく振られた。
一回上げられた感情を底辺まで落とされるのは、文字で書くよりもダメージはでかいもので、もはや底辺を突き破って「まだ下があったのか」と思うくらいに、私の自信は奈落の底なし沼へと落ちていった。
何がいけなかったんだ? どこでやらかした? 私、何かやっちゃいけないことやったっけ? それとも何か変なこと言った? 私の何がダメだったんだ?
決定的な別れの理由も告げられなかったので、しばらく「何がいけなかったんだ」ということが、頭から離れなかった。こんなことなら、あの告白に頷くんじゃなかった。そしたら、こんなつらくて惨めな思いをしなくて済んだのに。自信のない状態を、現状維持で済ませることができていたのに。こんなことなら、出会わなければ良かった。そしたら、彼が私を好きになることもなければ、私が彼を好きになることもなかったのに。
そして、彼と付き合う前の、自信のない私に元通りになってしまった。いや、元通りどころか、それ以上に自信を失ってしまった。
付き合っていた人に振られるというのは、自分をとんでもなく否定された気持ちになる。就職活動でお祈りメールを貰うときよりも、その破壊力は悪い意味で凄まじいものだと私は思う。就職活動で人間性は否定されることはないだろうが、交際関係にある人から告げられるお別れには、様々な理由があるだろうが、その多くは簡潔に言ってしまうと「好きじゃなくなった」ということにまとめられてしまうと思う。自分のすべてを全否定された気分で、自分は無価値だと言われているような気分になる。
「そのままでいいよ」って言ってくれたじゃないか。
一種の怒りのような感情さえ芽生えた。あなたが「そのままでいいよ」って言ってくれたから、私は変わらず「そのまま」で居続けたのに。何も変えようとしなかったのに。「好きじゃなくなった」ってことは「そのままじゃダメだった」ということじゃないか。言ってることが、違うじゃないか!
「そのままじゃダメ」ということがわかり、怒りの感情が芽生えた私は、いつ何時、私を振った彼と街中などで偶然再会してもいいように、「そのまま」から変わることにした。手っ取り早くわかりやすいのは見た目だ! ということで、ダイエットを開始した。
とりあえず10㎏という安易な目標を立て、1年少しかけて本当に10㎏痩せた。痩せていくうちに他のことも気になり始めた。髪型、メイク、服装も「もっとどうにかできるんじゃないか?」と思い始めた。イメコンを受け、その診断結果をもとに髪を切り、髪色も明るくし、服もほとんど一新し、コスメもほとんど買い替えた。面白いくらいに見た目が変わった。なんだかスッキリして、自分が明るくなったように思えた。
手っ取り早くてわかりやすいから外見のイメチェンを始めたが、肝心の中身に関しては放置していた。中身なんて、大人になって変えようと思って簡単に変えられるものではないと思っていたからだ。
でも、なぜか周りの評価がいつの間にか変わっていた。
「なんか最近、明るくなったよね」と言われることが多くなっていた。
なんでだ? 外見は確かに変わったけれど、中身は何も変えていないはずなのに。そう思いながらも、周りの反応は良いものに変わっていった。外見が変わっただけなのに。
人間というものは、思っているよりも単純にできているのかもしれない。
「明るくなったよね」と言われると「もしかして明るくなれたのか?」と思ってしまうようだ。自分で意識的に変えたつもりはなかったものの、あまりにも周りから言われる回数が多いと、まるで「それが自分だ」と刷り込まれているかのように、「自分は明るい人間になれたのかもしれない」と思い始めるようになった。
「私は明るくなれた(らしい)」と思い始めると、不思議と仕事も上手く回り出すようになって、大変な情勢だったにも関わらず、昇給もしたし賞与の額も上がった。通常通り仕事は頑張っていたが、それもあくまで通常通りだ。特別張り切ってやった案件もなかった。自分の手ごたえとは裏腹に、なぜか評価は上がった。
となれば、中身も頑張ったら多少なりともマシになるんじゃないか? と思った私は、中身の改造に着手した。性格をどうこう変えるのはやっぱり難しそうだから、とりあえず本をたくさん読むことから始めることにした。
もともと本は好きで、学生の頃から小説やビジネス書をまんべんなく読んでいた。しかし、今思い返すと「そのままでいいよ」と言った彼と付き合っていた期間と、振られてから今まで、私は本を読むことをやめていた。好きだった読書を、知らぬ間に、無意識に遠ざけてしまっていた。それがなぜだったのかはわからないが、今こそ再開するべきだと思った私は、本屋へ行き気になった本を片っ端から手に取り大人買いをした。まだ本を買っただけなのに、なんだか少し、自分を取り戻した気になった。
再び本をたくさん読むようになり、仕事はさらに上手くいくようになった。新しい出会いは未だ訪れていないが、変わったことが一つある。それは、今、私は自分に自信がある、ということだ。
見た目が変わり、それが影響して中身にも少し変化があり、周りの目や評価も良くなり、それが回りまわって自分の考えまでも変えてくれた。今の私は、お世辞にもめちゃくちゃ可愛いわけではないが、鏡を見るのが楽しいなと思うこともあるし、メイクをするのも楽しい。仕事は任せてもらえる案件も増え、上司や担当先から褒めてもらえることも多くなった。
私はきっと「そのままでいいよ」という言葉の意味を、都合よく解釈しすぎていたのだと思う。
時間は誰にでも平等に流れ、時代は否応なしに変わっていく。生きていれば歳を重ねるし、幼少期を経て思春期を迎え、そして大人になる。携帯電話も、発売当初は黒くて大きい四角い箱のような重いものだったのに、いつの間にか手のひらサイズになり、カラーディスプレイになり、メールができるようになり、赤外線で連絡先を交換することもできるようになり、カメラもつき、今では小さなパソコンのような役割をも果たしている。いろんなものが、時代に合わせて同じように進化をしている。その中で、私だけがそのままでいいわけないだろう。
私も、彼に少しは合わせるべきだった。
私は連絡を頻繁に取らなくても大丈夫だったが、連絡をマメに取りたいという彼に少しは合わせて、おはようとおやすみくらいは毎日メッセージを送れたかもしれない。
彼が夜遅くに車を運転しながら帰宅している最中、数分だけでも電話できたかもしれない。
「もっと頼ってほしい」と言う彼に、寂しいときは「会いたいな」と可愛く言えたかもしれない。
今さらそんなことを考えてもどうにもならないし、私も未練はないのでどうにかしたいとも思わない。けれど、時が移り行き、進化、劣化問わずすべてのものが変わりゆくこの世界で「そのままでいい」ということは、もしかしたらないのかもしれない。「現状維持」とは「劣化」することに等しく、時間が流れ続けるうちは、常に進化や改良を意識しなければいけないのかもしれない。
あまりにもそればかりを考えすぎるのもしんどくなってしまうが、「そのままでいい」ということは、それ以下になることはあっても、それ以上になることはきっとない。故に私たちは常に変化を続けなければならない。「そのまま」じゃダメなのだ。
彼に別れを告げられたことを失敗とするならば、私はその失敗からかなり多くのことを学んでる。時間はかかったし、辿り着くまで長くて苦しかったが、もしあのとき私が「そのまま」でいることを選んだならば、今の、自分に自信を持った私はここにはいないだろう。この「自分に自信を持った私」は失敗から学びを得た「成功」体験ではないだろうか。そういう意味では、当時の彼に感謝したい。とびきりの失敗をさせてくれて、どうもありがとう。
私は今の自分が、今までで一番好きだ。
私が「そのまま」で居続けない限り、私はその時の自分が一番好きだと、胸を張って言っているに違いない。
□ライターズプロフィール
川端彩香(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
兵庫県生まれ。大阪府在住。
自己肯定感を上げたいと思っている、自己肯定感低めのアラサー女。大阪府内のメーカーで営業職として働く。2021年10月、天狼院書店のライティング・ゼミに参加。2022年1月からライターズ倶楽部に参加。文章を書く楽しさを知り、懐事情と相談しながらあらゆる講座に申し込む。
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