週刊READING LIFE vol.170

ポトスの葉っぱからもらったもの《週刊READING LIFE Vol.170 まだまだ、いける!》


2022/05/23/公開
記事:丸山ゆり(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「ああ、いい子だね、今日も元気、元気!」
 
私は毎朝、そう言って洗面所に置いている観葉植物のポトスに声をかける。
確か、実家近くのこのマンションに引っ越して来た時、母がプレゼントしてくれたものだ。
今から15年以上も前のことになる。
ポトスという観葉植物は、とても手入れが簡単で、その割には元気に育つ品種らしい。
あまり、そういった観葉植物を育てることが得意でない私でも、大丈夫だということで持ってきてくれた。
確かに、わが家の洗面所は窓がなく、全く太陽の光が当たらない場所にある。
けれど、そんな暗い場所であるのに、このポトスはすくすくと育ってくれた。
ただ水をあげるだけなのに、こんなにも成長するものかと驚いたものだ。
 
ところが、いつの頃からだろう、勢いがあったその成長がだんだんと止まっていったのだ。
気づいたら、葉っぱ全体が下を向いてしまって、明らかに元気がなくなってしまっていた。
さすがにこれにはびっくりしてしまったのだが、そういえば、お水をやり忘れる日が多かった。
つい、日々を忙しく過ごしていると、洗面所で身支度を整えている時間も、その日の仕事のことや、その時、気になっていることが頭の中をいっぱいにしてしまう。
目の前に置いてある、小さなポトスの植木鉢に、目も、心も向かない日も多くなっていたのだ。
これまでは、少しばかりお水を忘れてしまって元気がなくても、気づいた時にお水をたっぷりとやると、すぐに復活してきたのだ。
ところが、ポトス自身が自分の葉っぱ全部を支えることすら、しんどいように見えた時には、いよいよダメなのかなとも思った。
 
そんなことに気づいてからは、私は毎朝、葉っぱについたホコリや歯磨きをしているときに飛ばしてしまった歯磨き粉を丁寧に拭きながら、このポトスに声をかけるようにした。
これまで、見ているようでしっかりとその様子を見てあげられなかったことをまずは謝って。
それでも、元気に育ってくれて、そこにいてくれることに感謝の気持ちを伝えた。
それから、しっかりとお水をあげて、受け皿の中にたまった水は最後に捨てて、根腐れしないように気を配った。
 
そんなポトスに対する私の行動が変わってから、どれくらい時間が経った頃だろうか、下を向いていた葉っぱが、だんだんと上向きになっていったのだ。
心なしか、葉っぱの色つやも生き生きとしてきた。
 
「元気、元気、頑張ってるね、おりこうさんだね」
 
と、まるでそのポトスが飼い犬か猫のように、私は毎日声をかけていたのだが、本当にその言葉が観葉植物のポトスが聞いていたのかと思うくらいの変化だった。
 
葉っぱの中には、そのきれいな曲線の先がすでに茶色く変わってしまっているものも1~2枚あった。
もう傷んでしまった葉っぱは、どうしようもないな。
間引いてしまったほうがいいかな、そんなことも思った。
でも、これまで、お水をやることを怠ったり、気持ちを寄せてあげられなかったりしたことが申し訳なくて、「茶色い葉っぱも頑張れ」と、より力を込めて応援をしていった。
 
同時に、他の部分は元気なのに、先だけが少し茶色に変色した葉っぱを見ていると、なんだかそこに自分の身体を投影していくようになったのだ。
一見、元気に見えるけれど、いたって健康ではあるけれど、少しずつ、あちらこちらに弱いところが出てきていることは否めない私。
でも、お水をやって、言葉をかけ続けているうちに、元気になった葉っぱの緑の部分が、先が茶色くなった葉っぱの部分までも、しっかりと支えてあげているように見えたのだ。
 
「そうか、私の身体も同じなんじゃないかな」
 
洗面所に置いてあるのに、毎日目にしているのに、時間が経つとその存在が薄れていったポトスだったけれど、意識して、気持ちをかけてあげることで、元気に復活してゆく姿がなぜか自分自身への励みともなっていったのだ。
 
まさか、植物が言葉を理解するとは思えない。
それでも、以前、農作物を育てているビニールハウスで、モーツァルトなどのクラシック音楽を聞かせると、良い作物が出来ると言われていたことを思い出した。
音楽というエネルギーを間違いなく作物は吸収しているように思える。
それと同じ作用なのかもしれないけれど、本当にそんな効果があることが嬉しかった。
そういえば、妊娠中にもクラシック音楽を聴くと、お腹の赤ちゃんへの胎教となると言われてもいた。
「ありがとう」という言葉を毎日かけてあげた植物は元気に育ち、反対にネガティブな言葉を浴びせかけた植物は枯れてゆくともいう。
ただ、お水をあげるだけではなく、さらに言葉というエネルギーに、育てている者の気持ちが乗って伝わってくれるのだろう。
 
私がかけた言葉で元気になってくれたポトスの葉。
最初は私が元気を与える側だったのに、いつしか葉っぱの生命力を目の当たりにすると、今度は私自身の身体が元気をもらう側になっていったのだ。
ポトスへの言葉がけ、水やりを始めてからどれくらい経ったころからか、今度は私の身体がそのポトスの葉っぱの茶色く傷んだ部分と重なり、ポトスの葉を通して、自分を応援しているようなカタチになっていった。
このポトスの葉は、先の部分は茶色くなったけれど、健気に成長しているのを見ていると、なんだか私の身体も同じように元気でいられるような、そんな気持ちになっていったのだ。
そんなことに気づいてから、私は自分の身体の調子が悪い部分は、責めるのではなく、気を掛けてやり、心の中で言葉もかけるようになっていった。
 
「今日もよく頑張ったよね、えらかったよね」
そうやって、その日一日の自分を労うようになったのだ。
そんな心配りは、ポトスの葉の茶色い部分と同じように、痛みや不調は縮小し、すぐに元気を取り戻してくれるような、そんな気もしている。
 
そんな自分の行動の変化に気づいたとき、小学校のとき、教科書に載っていた、オー・ヘンリーの『最後の一葉』という物語を思い出した。
 
売れない画家のスーの彼女で、同じく画家のジョアンナは重い肺炎を患い病院に入院していた。
ジョアンナは、日ごとに生きる気力を失ってゆくが、病室の窓の外に見える煉瓦の壁を這う、枯れかけたツタの葉を数え、「あの葉がすべて落ちたら、自分も死ぬ」とスーに言い出すようになった。
ある日の夜、激しい風雨が吹き荒れ、朝にはツタの葉は最後の一枚になっていた。
その次の夜にも激しい風雨が吹きつけるが、しかし翌朝になっても最後の一枚となった葉が壁にとどまっているのを見て、ジョアンナは自分の思いを改め、生きる気力を取り戻す。
その最後の一枚のツタの葉は、実は同じく売れない画家仲間に頼んで、壁に描いてもらったものだったのだが、ジョアンナはそのツタの葉を自分の生きる励みとして、本当に元気になっていった、いう話だった。
 
どうやら、この物語と同じように、何かに自分の思いを込め、自分を投影して、そのものから力をもらうという行動を、時に人はするのかもしれない。
そして、本当にそのものからエネルギーをもらいうけるということは、現実に起こると私も信じられるようになった。
 
わが家の洗面所で、元気がなくなっていったポトス。
毎日の声掛けと、私が気持ちをそこに寄せることで、オー・ヘンリーの『最後の一葉』とは逆に、植物の方が元気になっていってくれた。
そんなわが家のポトスをここ数カ月間見ていると、私の中にはこんな思いが生まれてきた。
 
傷んでかわいそうだったポトスの葉が、その茶色くなった部分はどうしようもなかったのだが、その周りの葉が元気になることで、心なしか茶色い部分が縮小していったようなのだ。
私自身、元気に仕事をさせてもらってはいるものの、年齢を重ねるごとに、当たり前だが20歳の頃とは明らかに変化していることは多々ある。
それでも、そんな自分自身の身体の変化を嘆いたり、諦めたりすることなく、励まし労わることで、その成果は大いに違っているように感じたのだ。
 
ポトスの葉に起こった変化は、私の身体や人生においても同じことが言えるように気づいたのだ。
そう思うと、だんだんと衰えること、出来なくなることがあったとしても、出来ていることを喜び、その努力を褒めることで、身体や仕事の成果は変えてゆけると思った
毎日なんとなく眺めていた洗面所の観葉植物のポトス。
もう元気がないと半ばあきらめかけていたが、出来ることを精一杯やって、日々励まし、声をかけて気にかけてやることで、びっくりするくらい元気になっていった。
そんな様子を見ていると、
 
「私、まだまだいける!」
 
そんなエネルギーをもらったように思う。
あんなにも小さな葉っぱなのに。
平凡な観葉植物の成長のひとコマなのに。
こんなにも、人を勇気づけてくれるなんて。
ああ、本当に嬉しい体験、オーバーではなく、オー・ヘンリーの『最後の一葉』の物語のジョアンナのように、生きる希望を与えてもらったように思う。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
丸山ゆり(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

関西初のやましたひでこ<公認>断捨離トレーナー。
カルチャーセンター10か所以上、延べ100回以上断捨離講座で講師を務める。
地元の公共団体での断捨離講座、国内外の企業の研修でセミナーを行う。
1963年兵庫県西宮市生まれ。短大卒業後、商社に勤務した後、結婚。ごく普通の主婦として家事に専念している時に、断捨離に出会う。自分とモノとの今の関係性を問う発想に感銘を受けて、断捨離を通して、身近な人から笑顔にしていくことを開始。片づけの苦手な人を片づけ好きにさせるレッスンに定評あり。部屋を片づけるだけでなく、心地よく暮らせて、機能的な収納術を提案している。モットーは、断捨離で「エレガントな女性に」。

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2022-05-18 | Posted in 週刊READING LIFE vol.170

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