【環境カウンセラーと行く! ものづくりの歴史と現場を訪ねる旅】第6回:刃物は命を守る道具――人、もの、歴史が繋がる空間(刃物のまち関) 後編 「フェザーミュージアム」
2022/07/25/公開
記事:深谷百合子(READING LIFE編集部公認ライター)
もしも刃物が無かったら、朝起きてから夜寝るまでの私たちの生活はどのようなものになっているだろう。包丁もハサミも爪切りもカミソリも無い。髪もひげも伸び放題だ。着ている服だって、ただ布を裂いただけのものかもしれない。スマホもテレビも車も、つくる過程で必ず「切る」工程がある。今住んでいる家だって、刃物無しには建てることはできなかったはずだ。刃物は私たちの生活に無くてはならない道具なのだ。
太平洋戦争中、当局から軍需転換の勧告を迫られるも、安全カミソリの替刃製造ラインを守り抜いた人がいる。フェザー安全剃刀株式会社(以下「フェザー」という)の前身である関安全剃刃製造合資会社の創業者だ。「ヒゲをそることは決しておしゃれやゼイタクにすることではない。保健上の問題でもあるし、気分転換や人間生活におちつきをもつために大変必要な身だしなみである(注1)」という信念から、工場を守り抜いた。
今年創業90周年を迎えるフェザーが運営する「フェザーミュージアム」は、古代から現代に至るまで、「切る」という行為が人間にとって「生きる」ことに繋がっていることを感じさせてくれる空間だ。
そこには、刃物を使う立場に徹底して寄り添うものづくりの伝統が受け継がれていた。
注1:実業之日本社編 『築き上げた人々 新しい仕事はどこにでもある』 実業之日本社、1956年、29頁
(写真右)土本和範さん
フェザー安全剃刀株式会社日ノ出本部総務部 部長
(写真左)西脇 靖さん
フェザーミュージアム事務局
毎日使うものだからこそいいものを
1932年7月、フェザーの前身である関安全剃刃製造合資会社が誕生し、国内で初めて安全カミソリの製造が始まりました。創業者は小阪利雄と遠藤斉治朗の二人です。小阪は関の出身で、16歳で大阪の刃物問屋に奉公に出た後、認められて奉公先の問屋の養子となります。そこで、刃物販売のノウハウを磨いていきます。一方、遠藤は関のポケットナイフ工場で修行を積んだ後、独立してナイフ製作所を営んでいました。
当時安全カミソリとその替刃は、欧米からの輸入品でしたが、大正時代末期の頃には、国内でも安全カミソリを使う人が増えてきていました。現場で時代の流れを察知することに長けていた小阪と、ナイフ製造の高度な技術を持っていた遠藤は、二人で手を携え、安全カミソリの国産化を目指します。
カミソリ刃の厚みは、0.08~0.15mm、普通のコピー用紙と同じ位の薄さです。この薄い金属を平らに焼くのが一番難しいのです。今でも、精密刃物を製造する工程の中で一番難しいのは、熱処理の工程です。金属の材料によっても条件が変わりますし、加熱・冷却の温度、時間によっても変わってしまいます。この工程が上手くいかないと、刃物にならないのです。高度な技術を持っていたとは言え、当時はこれをコントロールするのは大変なことだったと思います。
けれども、創業者の二人は「カミソリは毎日使うものだからこそ、国産化することで安価でいいものをつくりたい」 という思いを原動力に、国産化を成功させたのです。
進化の原動力は「作る現場」と「使う現場」の交流
フェザーはカミソリの製造から始まりましたが、貿易自由化の影響を受け、男性用カミソリにおいては、外資系メーカーにシェアを奪われていきました。生き残っていくためにはどうしたらよいか? その答えが「多角化」でした。
カミソリの製造で培った超精密刃物技術を生かして、フェザーは理美容業務用や医療用の刃物へと挑戦します。その頃、理美容店で使われていたカミソリや、医療現場で使われていたメスは、使うたびに刃を研いでいました。研ぐのには時間と労力がかかります。また、替えのカミソリやメスも何本か用意しておかなければなりません。そこで、フェザーは「替刃式」のカミソリやメスを開発しました。替刃式なら、研ぐ必要がなくなり、いつでも同じ切れ味を保てます。それに、刃だけを取替えればよいので、お客様にとってもコストダウンになりました。
意外かもしれませんが、医療用のメスも「スパッとよく切れればいい」というものでもないそうなのです。例えば、眼科用のメスで、手術の際に最初にチョンと突き刺すだけの槍状のメスがあるのですが、「今突き刺して、穴があいた」という感覚を医師の手に伝えるためには、多少の抵抗感が必要なのです。切れ味がシャープ過ぎると、力の加減ができないのだそうです。そのために、刃を少し粗めにします。かと言って、切れ味が悪いと、今度は余計な力が入ってしまいます。ですから、実際にメスを製作するときには、医師と何度も話をして試作を重ね、医師の手の感覚を数値化して加工していくのです。
このような、現場で実際に刃物を「使うプロ」と刃物を「作るプロ」との交流が、新たな製品開発の原動力となっています。
「切る」の物語を体感するミュージアム
「フェザーミュージアム」の原点は、1982年、創業50周年の時に工場内の一角につくった資料館です。それまでは、創業当時から製造していたカミソリの写真はあっても、現物がきちんと保管されていませんでした。でも、そうした古いカミソリに関する資料は後世に伝えていかなければと考え、それまでに収集していたカミソリにまつわるものも含めて、展示をすることにしたのです。当時は一般には公開しておらず、社員や来客に向けての展示でした。
その後、カミソリにまつわる歴史や文化を広く知って欲しいという思いから、2000年に「カミソリ文化・伝承館フェザーミュージアム」を開設し、一般公開を始めました。当時は、包丁など、フェザー製品以外の刃物もミュージアム内で販売していました。「ここに来れば、関の刃物が色々揃っていて、購入もできます」という役割を担っていました。
2016年に、カミソリだけでなく、カミソリ以外の精密刃物を展示する刃物の総合博物館としてリニューアルオープンしました。カミソリの歴史や文化だけでなく、精密刃物の現状を紹介する他、クイズや体験を通じて「切る」とは何かを楽しみながら学べる場にしました。
「切る」という行為は日常に溢れています。普段の生活を思い起こしてみて下さい。食事の支度では、包丁で野菜や肉を切ったり、果物の皮を剥いたりします。髪を切り、ひげを剃り、爪を切って身だしなみを整えています。家に置かれている家具は、木を切ってつくられたものですし、服や布製品は、布を切ってつくられています。おやつで食べるポテトチップスだって、工場でジャガイモを薄切りしたものです。
では、今のような刃物がなかった古代の人たちは、どのようにして「切る」ことをしていたと思いますか? 彼らは石を使って切っていました。つまり、石は人類が使った最も古い刃物のひとつです。こうした石を使った刃物を展示することで、人間らしい営みをするのに「切る」というのは古代から現代まで続いているということ、そして人類の進化は道具の進化とともにあったことを感じて頂ければと思います。
「切る」と一口に言っても、色々な切り方があります。包丁とはさみでは、使い方が違いますよね。包丁は「刃先で押して切る」、はさみは「2つの刃ではさんで切る」、包丁で野菜の皮を剥く時は「刃の角度でけずり切る」のように、それぞれ「切れる原理」が異なっています。
でもこれを言葉で説明するのはなかなか簡単ではありません。そこで、ものが切れるときの断面をイメージできる模型をつくりました。実際に模型のレバーを動かしながら、「押して切る」、「はさんで切る」、「けずり切る」を体感できるようにしています。来館したお子さんたちは、夢中になってレバーを動かしています。
体感コーナーの先には、医療器具の進化を説明するパネルとともに、医療現場で使われている精密刃物の展示をしています。病理・解剖用、外科用、眼科用、歯科用など、普段目にする機会のない刃物なので、興味津々の様子でご覧頂いている大人の方も多くいらっしゃいます。こうした医療器具によって、人の命が守られているということを伝えていきたいと考えています。
トレンディーよりタイムレス――時代を超えて期待にこたえる
ミュージアムには、市内の小学生が社会見学で来館しますが、積極的に質問してくるお子さんが多く、時にはこちらがビックリするような質問が飛び出ることがあります。
例えば、「どうしてカーボンのカミソリは少ないんですか?」と質問してきたお子さんがいました。小学4年生のお子さんの口から「カーボン」なんていう言葉が出たので面食らいましたが、カミソリの刃の材質には、カーボンとステンレスの2種類あることを、事前に調べてきたのでしょう。私が、「カーボンは錆びるからですよ。ステンレスは錆びにくいんですよ」と答えると、「え、そうなの!」と驚いていましたが、そうやって新しいことを覚えてもらえるのは嬉しいですね。
ところで、そのカーボンのカミソリですが、ステンレスより硬いので長持ちしますし、安価です。切れ味がよく、切断面が滑らかということもあって、意外な用途で使われています。影絵作家の藤城清治さんは、作品をつくる際、紙やフィルムを切るのにフェザーの片刃カミソリを使っていらっしゃるそうです。
この片刃カミソリを使うひげ剃り用ホルダーは、もう50年近く製造していませんが、刃は今でも月に7、8万枚つくっています。ほとんどがひげ剃り以外の用途で、ゴムを切ったり、紙を切ったりすることなどに使われています。ですから、お客様からは「この片刃カミソリは、なくならないようにして下さい」と言われています。
古くからある製品も、新しく開発する製品も、品質を第一に、長く愛用される製品をつくっていく、そういう企業でありたいと思います。
最後に
最近は、高校を卒業して入社してくる新入社員と話をすると、「小学生の時にここに来ました」とか、「子どもの頃両親に連れてきてもらったことがあります。ここに来るのは今日で二度目です」という社員もいます。そういう話を聞くと、このミュージアムが雇用に繋がり、地域のためにもなっているのかなと思います。
ここに見学に来たお子さんから次の世代へ、あるいは逆に、お子さんが自分の親をミュージアムに連れてくる、そういう広がりが生まれてくるといいなと思います。そして、刃物は昔から使われてきた道具であり、人の命を守ったり、暮らしを豊かにする道具であることを感じて頂ける場にしていきたい。そうすることで、「せきてらす」とともに、魅力ある「刃物のまち関」の一翼を担っていけたらと思います。
フェザーミュージアム
所 在 地:岐阜県関市日ノ出町1丁目17番地
開館時間:9:30~16:00
休 館 日:毎週火曜日 ※夏期休暇・年末年始の社休日その他、臨時休館する場合あり
入 館 料:無料
アクセス :長良川鉄道「せきてらす前」駅から徒歩5分
車の場合は東海北陸自動車道「関I.C.」より10分
駐 車 場:10台(バス2台有り)
ホームページ: https://www.feather-museum.com/
写真提供:フェザー安全剃刀株式会社
文:深谷百合子、写真:松下広美(名古屋天狼院店長)
□ライターズプロフィール
深谷百合子(READING LIFE編集部公認ライター)
愛知県生まれ。三重県鈴鹿市在住。環境省認定環境カウンセラー、エネルギー管理士、公害防止管理者などの国家資格を保有。
国内及び海外電機メーカーの工場で省エネルギーや環境保全業務に20年以上携わった他、勤務する工場のバックヤードや環境施設の「案内人」として、多くの見学者やマスメディアに工場の環境対策を紹介した。
「専門的な内容を分かりやすく伝える」をモットーに、工場の裏側や、ものづくりにかける想いを届け、私たちが普段目にしたり、手にする製品が生まれるまでの努力を伝えていきたいと考えている。
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