週刊READING LIFE vol.183

一日一日を大切なコレクションに《週刊READING LIFE Vol.183 マイ・コレクション》


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2022/08/29/公開
記事:北見綾乃(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「実は私、この5月から闘病中なんです。すい臓がんで肺に転移があるのでステージ4です」
 
昨年の9月、ランニングを通じて知り合った友人の一人から突然告白された。どんな人にだって病気になる可能性はある。もちろんそれは分かってはいるけれど、まさか、とまるで信じられなかった。私の知っている彼女はエネルギーにあふれ、美しく軽やかに走っているか、楽しげにそして豪快にお酒を飲んでいるか、どちらかのイメージしかなかったからだ。
 
いや、友人というと少しくすぐったい。私からすると憧れのお姉さん、という方がしっくりくる。たいていは“頼れるアネゴ”という感じだが、一方で、たまに妹気質でちょっぴり甘えんぼうなところをのぞかせることもある。そんな魅力的な女性だ。
 
そんな彼女だから周りから慕われ友人も多い。皆その言葉にショックを受けながらも、「またきっと元気になってみんなで乾杯しようね」と約束した。コロナ禍で近親者でもお見舞いが制限されている時期。直接会いには行けなかったが、きっと持ち前の体力で必ず克服できる。そう信じ、祈っていた。
 
しかし、今年の5月。彼女の一番親しい仲間から突然の連絡があった。
 
「亡くなりました。悲しいけど、無念だけど、痛みや苦しみから解放されたと思う」
 
頭が真っ白になった。まだ50代の若さでこの世を旅立ってしまったのか。
目を閉じれば元気な姿しか浮かばずに、全く心の整理ができなかった。彼女は同い年の子供を持つお母さん仲間でもあった。彼女の心残りやご家族のことを考えると心が張り裂けそうになる。
 
ご家族のご意向として多くの人に見送ってほしいということだったので、友人たちと共に私も通夜に参列させていただいた。
 
受付で参列の記録をつけていると、会場から聞こえてくるのはサザンオールスターズの曲。彼女が大好きだったアーティストだ。通夜でこのような曲を耳にするのは初めてだったため少し驚いたが、同時に彼女を送るのにピッタリだと納得した。
 
最後のお別れにと彼女と会わせていただけた。目を閉じて横たわっている彼女は美しく、ただ眠っているだけのよう。今にもパッと目を開けて笑いかけてくれそうだった。
以前とは違うごく短い髪は抗がん剤で戦った証だろう。薬がもっと効いてくれれば……と苦々しく思うが、残念ながら薬にはまだ限界があることも知っている。
彼女の苦しみは去った。しかし、もう現実で会うことが叶わないのだと思うと、とにかく涙と嗚咽が止まらなかった。
 
会場の出入り口の近くには、マラソン大会の完走メダルが数多く並べられ、ランニング用のTシャツなども飾られていた。そしてサザンの曲に合わせて思い出の写真がスライドショーとなって流されている。
 
ほとんどの写真で彼女は満面の笑みだ。
 
私も一緒に写った写真がある。それを見た瞬間にその日のことが生き生きとよみがえる。
一緒に皇居の駅伝でタスキをつないだこと。私よりずっと年上なのにさすが元陸上部。フォームも美しく速かった。
「いつもの美しい顔が、最後は鬼の形相に豹変してた!」
そんな風に周りからからかわれて笑っていたが、それだけ真剣に走る姿はお世辞でなくカッコよかった。
各地のフルマラソンやウルトラマラソンも一緒に走った。
 
次々に現れる彼女の写真。走り終えて大好きな金麦を飲む姿。自慢の息子さんとの仲睦まじい姿。
 
そこに集まった全員が人目をはばからず、泣き笑いをしていた。ここには彼女の「好き」がたくさんつまっていた。もちろんごく一部だが、間違いなく彼女の輝く人生の日々のコレクションだ。
 
サザンや金麦、彼女と走った思い出の場所。これらのものに触れるたび、これからもずっと彼女を思い出すだろう。
 
ご家族とも少しお話する機会があった。直前まで比較的元気だったが、突然容態が急変してしまったと聞いた。10歳以上年上のご主人は「私の方が先だと思っていたのですが……」とさみしげに笑った。息子さんはスライドショーを一生懸命作った話をしてくれた。
 
ここ1年の闘病生活のつらさを私は本当の意味では知らない。しかし、ご家族のいろいろなものを乗り越えてきた穏やかな表情をみてきっとつらいながらも、きっと彼女らしい良い最期だったのだろうと確信した。
私の心に残るノンフィクション作品のひとつ「エンド・オブ・ライフ」(佐々涼子・著)の中に「人は病気になってから変わるというのはなかなかありません。たいていは生きてきたように死ぬんですよ」という一文がある。
 
愛と悲しみに溢れた会場を見渡して、その一文を再びかみしめた。

 

 

 

帰宅してからもさみしさからか、ついつい彼女との思い出をさらに探した。
以前一緒に出た大会のことを書いた個人の記録などをひっぱりだして読んでみる。
 
そこにはそれを読むまですっかり忘れていたことも書かれていた。
途中で力尽きたのか、飽きてしまたのか、記録は唐突に終わっていて過去の自分のふがいなさにがっかりする。
 
今まで写真や記録、完走メダルなどの記念品など、きちんと残すのは少し面倒くさいと思っていた。記憶に刻まれていればそんなものは必要ないと。
 
確かに記憶のコレクションは脳の中にしっかり、大切に保管されているはずだ。しかし、脳のどこにしまったか忘れてしまうと、うまく取り出せなくなってしまう。何かのきっかけですっかり忘れていたはずの、さまざまなことを思い出すことがある。脳の中はきっとそんな記憶ばかりなのではないか。思い出の品、記録というのは、それを取りだす貴重なインデックスになる。
 
思い出したいときに、思い出せるきっかけ。大好きな人を失ったときのため、残された人のため。思い出を記録して残すということは大切な行為なのだと改めて思い知らされた。
 
これからは大好きな人やものをたくさん残していこう。日々のなにげない風景も。
写真を撮るのが下手すぎて強い苦手意識があったが、奮発してミラーレスカメラも買ってみた。さらにカメラの性能のいいスマホにも買い替えた。写真を撮る練習しながら、貴重な思い出のコレクションを増やしていきたい。
 
そして彼女をみならって、私も一日一日を、周りの人々を大切にしながらしっかり生ききろうと心に誓った。

 

 

 

さて、多くの人に愛されていた彼女。お清めの席でこんなアイディアも出た。10月にある思い出の大会をランニング仲間で走り、追悼ランニングをするというのだ。
 
以前2回ほど一緒に100kmのコースを走ったが、「いつかもう一つの60kmのコースの方も走ってみたいよね。走ろうね」と話していた大会だ。
ここ数年、長い距離を走っておらず、走力が衰えている私だが、そういうことなら即決だ。その場ですぐ申し込みを済ませた。この大会では、形見分けでいただいた彼女のTシャツを着て走ろう。今からトレーニングすればなんとか間に合うだろう。
 
そう。まだ彼女との思い出のコレクションは続いている。
 
心の中の彼女と一緒に最後まで走って、彼女の愛した金麦で乾杯したい。
その気持ちを支えに、衰えた体に鞭打って私は今日も走る。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
北見綾乃(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

東京都在住。外資系企業のプレイングマネージャーとして心と体を消耗しながら働く傍ら、2022年2月から天狼院での文章修行を始める。
心がじんわり温かくなり、“ちょっと一歩踏み出してみようかな”……そんなきっかけになってもらえるような文章を目指す。ランニングが趣味。

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2022-08-24 | Posted in 週刊READING LIFE vol.183

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