週刊READING LIFE vol.189

モヤモヤはまだ見ぬ自分に出会うための最上の素材である《週刊READING LIFE Vol.189 10年後、もし文章がいらなくなったとしたら》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2022/10/10/公開
記事:深谷百合子(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
文章を書かなくてもよくなったら、どんなに楽だろう?
 
今まで何度そう思ったかしれない。
 
何を書いたらいいかわからない時や、書いている途中で手が止まってしまう時、「なぜこんな思いをしてまで書いているんだろう?」と思う。
 
だけど、今もこうして書いている。そして、私はこれからも書き続けるだろう。
 
なぜなら私は、「自分のために」書いているからだ。書き続けることで、「まだ見ぬ自分」に出会える瞬間がある。だからやめられないのだ。それは特に、「モヤモヤ」していることに向き合う時に起こることが多い。
 
辛かったことや、後悔していること、他人から言われた一言など、日々暮らしていると心をざわつかせることは起こるものだ。やめときゃいいのに、他人から言われて傷ついた言葉を反芻してみたり、「あの時ああ言えばよかった」「なぜあの時やらなかったんだろう」などと、考えてもどうしようもないことを頭の中でグルグルと巡らせたりする。非生産的というか、無為な時間だ。
 
たいていは、「まぁいいか」で済ませるけれど、何かの拍子にふとよみがえってきて、始末が悪い。そんな時は、思いのたけを紙に書き出して、その後は紙をビリビリと破って捨ててみたりする。「こんな気持ち、書いちゃっていいのかな」とためらわれるほど、露骨な感情を言葉にして書き出して物理的に捨て去ると、何となくスッキリする。そういうのを何度も繰り返すうちに、「なんか、もういいや」と思える時がくる。心が軽やかになった気持ちがする。
 
だけど、なかなか手放せないものもある。何度書いて捨てても、時間が経つとよみがえってくる。「なんか、もういいや」と思っていたのに、やっぱりモヤモヤするのだ。何度も何度も同じモヤモヤに遭遇することもある。
 
でも、文章を書くようになってから気づいたのは、「モヤモヤは極上の素材である」ということだった。忙しい毎日で時間に追われていると、自分の心の動きをキャッチするのもなかなか簡単ではない。「嬉しい」「楽しい」という気持ちを感じることがあっても、瞬く間に鮮度が落ちていく。「なんで嬉しいと思ったんだろう?」と考えてみても、あまりいい答えは浮かんでこない。けれども、「悲しい」「悔しい」「腹立たしい」などといったモヤモヤした感情は、かなり長い間鮮度を保っている。それに、思い返すほど増幅したりする。その時の情景も含めて、意外と鮮明に覚えている。
 
「素材」として見てみたら、調理のしがいがありそうだった。
 
モヤモヤした感情があるというのは、裏を返せばそれだけ強い願望や自分の主張があるということだ。私はそれをちゃんと見にいこうと思った。ちゃんと見にいくことで、決着をつけたい。何度も繰り返しモヤモヤを感じることだったら、別の感じ方ができるようになっていたい。そうすれば、いちいちモヤモヤしなくてもすむ。
 
私は紙を取り出して、いつもとは違う「書き出しワーク」をやってみた。取り出した紙に、モヤモヤした時の出来事を書く。他人から言われた言葉だったら、そのセリフをそのまま書く。状況だったら、覚えている限り具体的にその時の状況を書く。単なる「素材」として、自分の感情とは切り離して出来事だけを書く。
 
その次に、どうしてモヤモヤしたのかを書く。その時に自分が何を感じたのかを、包み隠さずに書く。「どうして?」「他には?」と自分に問いかけながらどんどん書く。「それって本当?」「今だったら?」と問いかけてもみる。モヤモヤした時の出来事も、一旦冷静な気持ちで「起きたことだけ」を書いてみると、以前の自分とは違う解釈が出てきたりする。例えば、「あの時はあんなことを言われてカチンときたけれど、ひょっとしたら相手は自分に自信がなかったのかもしれないな」などと思えたりすることもある。
 
そうして書き出した自分の感情や解釈を抽象化していくのだ。「それで?」「つまり?」「言い方を変えると?」と自分に問いかけていく。最後に「で、どうしたい?」と聞く。すると、なにがしかの結論が出る。今まではモヤモヤを感じているだけだったのが、どうしたいのかを言葉にすることで、一歩先に踏み出すことができた。
 
例えば、私がよくモヤモヤしていたのは「そんなことくらい、自分でちょっと調べれば分かるのに」と思うことを聞かれたり、頼まれたりすることだった。こちらは仕事の手を止めて調べたり教えたりする。だけど、自分の時間を奪われたように感じてモヤモヤするのだ。
 
でもモヤモヤする原因を問いかけて掘り下げていくと、「何でもすぐ人に聞きたくなるのは、他の人の答えと同じだと確認したいのかな」「それってつまり、自分は間違っているという前提になっているのかな」など、色々な考えが浮かんできた。
 
自分自身についても、モヤモヤしてしまうのは「自分の労力を使わないと身につかない」という「私の解釈」を人に押しつけようとしているからかもしれないと思えたり、すぐに答えようとしてしまうのは、「私は正しい、合っている」という謎の自信があるのかもしれないと思えた。
 
それなら、「答えはこうだよ」と伝えるよりも、「私はこうやって調べたよ。あとでシェアし合おう」と伝えてみようかなと思えるようになった。実際そうすることで、モヤモヤしなくなったし、次に同じようなことが起きると、なぜかチャンスが来たかのように思えた。
 
こうしてモヤモヤした感情と向き合ったり、掘り下げたりすることは、料理にたとえるなら素材を切ったり、皮を剥いたり、煮たり焼いたり、「調理」をした段階である。
 
それを付け合わせと一緒に器に盛り付ける。それが私にとっては文章にするということなのだ。モヤモヤしたものを、食べて消化できるようにしたプロセス。それを、そのまま文章という形にする。文章という形にすれば、似たようなモヤモヤを抱えた人にひょっとしたら届くかもしれない。そうして文章を書き終えたとき、私は何かを乗り越えたような、新しい何かを手にしたような自分を感じている。
 
私にとって、文章を書くことは自分との対話なのである。自分の心の動きを観察して、言葉にしていくことで、「こんなことを感じる自分がいるのだ」と気づく。同じことに対しても、自分が変化すると見え方が変わる。
 
以前文章に書いたことでも、今の自分なら違うことを書くかもしれないと思うこともある。そう思えるのは「文章」という形になって残っているから分かるのだし、自分が自分の頭で考えて書くから分かるのだと思う。
 
もし自分で書かなかったら、私は自分の変化に気づけるだろうか?
例えば10年後、AIが発達して私の代わりに文章を書いてくれるとしたら、私は書くことから解放されているだろうか? 答えは否である。
 
賢いAIだったら、今まで私が書いたものを学習して、私が書きそうなテーマ、私が使いそうな言葉や言い回しを使って書いてくれるのだろう。「こんな問題ならこういうプロセスで結論を導く」というパターンをいくつも学習して、読みやすくまとめてくれるかもしれない。
 
でも、人は変化する。私だって、新しい出会いや経験を経て、変化し続けていくだろう。そういう思考や感情の変化はAIには予測できまい。AIは過去の膨大なデータに基づいてアウトプットするのは得意だ。見えたまま、聞こえたままの事実を書くのも得意だろう。けれども、私は自分の心に起きた変化を書きたい。
 
ものすごく応援したい人や物に出会ったとき、人に伝えたくてたまらないことがあったときはもちろん、モヤモヤしたことに決着をつけたときの自分自身の心の変化を書くことで、自分の知らなかった自分に出会いたいと思う。そういう自分の記録を残していくために、私はこれからも書き続けていく。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
深谷百合子(READING LIFE編集部公認ライター)

愛知県出身。
国内及び海外電機メーカーで20年以上、技術者として勤務した後、2020年からフリーランスとして、活動中。会社を辞めたあと、自分は何をしたいのか? そんな自分探しの中、2019年8月開講のライティング・ゼミ日曜コースに参加。2019年12月からはライターズ倶楽部に参加。現在WEB READING LIFEで「環境カウンセラーと行く! ものづくりの歴史と現場を訪ねる旅」を連載中。天狼院メディアグランプリ42nd Season、44th Season総合優勝。
書くことを通じて、自分の思い描く未来へ一歩を踏み出す人へ背中を見せ、新世界をつくる存在になることを目指している。

この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

お問い合わせ


■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム

■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。


■天狼院書店「東京天狼院」

〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
TEL:03-6914-3618/FAX:03-6914-0168
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
*定休日:木曜日(イベント時臨時営業)


■天狼院書店「福岡天狼院」

〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00


■天狼院書店「京都天狼院」

〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜22:00


■天狼院書店「Esola池袋店 STYLE for Biz」

〒171-0021 東京都豊島区西池袋1-12-1 Esola池袋2F
営業時間:10:30〜21:30
TEL:03-6914-0167/FAX:03-6914-0168


■天狼院書店「プレイアトレ土浦店」

〒300-0035 茨城県土浦市有明町1-30 プレイアトレ土浦2F
営業時間:9:00~22:00
TEL:029-897-3325



2022-10-05 | Posted in 週刊READING LIFE vol.189

関連記事