週刊READING LIFE vol.190

自己啓発本を読めば読むほど、自分がわからなくなっていくときの処方箋《週刊READING LIFE Vol.190 自分だけの本の読み方》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2022/10/24/公開
記事:小西 裕美(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
プシュッ、グビグビ。いつもより気合を入れたい日、つまりはちょっと心許ない日、私は黄色い液体を摂取する。どの成分にどういう効果があるかはわからないけれど、飲むとこれからはじまる一日を、なんとか乗り切れそうな気がしてくる。
 
以前、だれかがエナジードリンクのプロモーション戦略について、熱っぽく話していたのを思い出した。「ファイト一発!」というフレーズを聞けば、崖っぷちを一本の綱で登るケイン・コスギの姿を私は思い浮かべる。昭和世代にとって、元気が出るドリンクといえば、栄養ドリンクだ。
 
そこに参入してきたのが、レッドブル。レッドブルは、栄養ドリンクをマイナスからゼロにする飲み物だと定義し、レッドブルをゼロからプラスにする飲み物だと定義した。後者をエナジードリンクと呼び、新たな市場をつくり、いまの確固たる地位を築いたらしい。
 
この話を聞いたときに、頭がいいなぁ〜と、とても感心した。それが心に残っているのか、寝不足だったり、風邪気味だったりして、体調がすぐれないときは、栄養ドリンクを、今日は早く仕事を終わらせるぞ! 今日が山場だ! と意気込んでいるときは、エナジードリンクを飲むことが多い。
 
自分の体調やテンションに合わせてドリンクを選んでいるのだけれど、これは私の本の選び方にも共通するなぁと思った。
 
もともと、私は本を全く読まない。というか、読めなかった。本の初心者がはじめにぶつかるのが、本の選び方だと思う。本屋に行って、興味のあるテーマの棚の前に立ち、いろいろ本を物色してみるものの、同じようなテーマがずらっと並んでいれば、どれを手にとっていいかわからない。わからないからこそ、ベストセラーとか何万部突破とか書いている本を、ついつい選んでしまうのだけど、結構分厚い。本を読まない人にとって慣れ親しんでいる本は、国語の教科書だから、それと比べると、重みがずっしりあって、最後まで読めるかな? と不安になる。だったら、初心者向けと書いてある本を選べばいいのに、これだったら一冊で全部の内容が網羅できそうだから、コスパが良さそうという計算をしてしまい、わざわざ分厚めの本を選んでしまう。結果、むずかしすぎて、最後まで読めない……。
 
そんなこんなで、ずっと本を読まずにやってきたけれど、ついに本と向き合うタイミングがやってきた。

 

 

 

会社に入社すると、まずはこれを覚えてくださいね、といろんな業務を教えられる。その業務ができるようになると、少しの信頼を得ることができて、新しい業務を教えてもらえる。そうやって、できることがどんどん増えていくうちに、私は仕事ができる気になっていた。
 
店長試験を受けてみない? と言ってもらえたときは、認めてもらえたような気がして、とても嬉しかったけれど、いざ準備をはじめると、これまでの常識が通用しない。店長試験では、どんなことができるのか? ではなく、どんな店をつくりたいのか、と質問される。そして、そう思ったのはどうしてなのか? それを実現するには、どうしたらいいか? いまお店で実際にやっていることはあるのか? と深掘りされる。この答えは、もちろん誰にも教えてもらえない。自分で考えて見つけるしかない。
 
いざ、自分の頭で考えてみると、あれもできてないし、これもできてないと、自分の理想と現実のギャップに気づいて、軽くパニックになってしまい、何から手をつけていいかわからなくて、店長に助けを求める。すでにそうなることは予想していたのか、「ゆっくり考えてみたらわかるよ」とか「もう答えは知っていると思うよ」とか、笑顔とふんわりした答えが返ってくる。急に目の前の景色にモヤがかかってしまったような気がして、いままで積み上げてきたものが何の意味もなさないような気がして、私は途方に暮れてしまった。
 
そんなときにSNSを眺めていると、起業した友人に目が留まった。きっとバリバリと仕事をこなして、充実した毎日を送っているのだろう。写真からは、とても楽しそうな雰囲気が伝わってきた。大学時代は、しょうもないことで一緒に笑っていた仲間だったのに、とても差をつけられたような気がする。
 
その子が、一冊の本をおすすめしていた。私は、その子に影響を与えた本がどんな本なのか、とても興味が湧いた。その本を読めば、私にも突破口が見つかるかもしれない。
 
本のタイトルは「夢を叶えるゾウ」だった。ガネーシャというゾウの神様が、夢を叶えるために、いろいろな教えを与えてくれる本なのだが、その教えのひとつに「本を読め」というのがあった。その普通すぎる教えに、主人公はガネーシャに小言を言う。
 
「本を読んだくらいで何が解決するって言うんですか?」
するとガネーシャは、「本っちゅうのは、これまで地球で生きてきた何億、何十億ちゅう数の人間の悩みを解決するためにずっと昔から作られてきてんねんで。その『本』でも解決できへん悩みっちゅうのは何なん? 自分の悩みは地球初の、新種の悩みなん? 自分は悩みのガラパゴス諸島なん?」と言い返す。思わず吹き出してしまった。私の悩みは、きっとガラパゴス諸島ほど、多様性に溢れていない。世界を見渡せば、店長をしている人は何万人もいる訳で、きっとその誰かが私の悩みの答えを持っているはずだった。
 
そこから真剣に本を読むようになった。手に取るのは、自己啓発本やビジネス本が10割。まるで、栄養ドリンクで足りない栄養素を補うかのように、本を買い、読み進めた。いざ読んでみると、おもしろい。自分の悩みに対して答えがもらえることはもちろん、その考えや手段に至った背景や理由、そして具体的な行動までが書かれているから、どんどん実行することができた。物事が少しでも前に進むと、なんだかできそうな気持ちになってくる。
 
無事に店長試験に合格して、店長になることができた。店長になってからも、悩みは尽きず、本を読み続けた。特にマネジメントについての本は、たくさん読み漁った。ひとりひとりの状況や考え方が違うから、引き出しは多ければ多いほど、役に立った。助けを求めれば、みんなが力を貸してくれるような、とても恵まれた職場だったけれど、本当に大切な場面では、店長である私が決断しなければならないと思っていた。最後は誰にも寄りかかれないというプレッシャーから、引き出しの中に武器がたくさん入っていることで、安心できた。

 

 

 

店長として、少しの自信がついてきた頃、とても素敵な人が、うちのお店に異動してきてくれた。彼女は若いのに、まるで仏のような、おおらかな心を持っていた。ありのままを受け入れることができる懐の広さと、ダメなことはちゃんとダメと言える強さがある。
 
そんな人が部下になったら追い抜かれそうで、焦ってしまいそうだけど、私はすっかり彼女のファンになってしまい、きっと私よりもいい店長になるだろうと思った。踏み台になるのもわるくない。むしろ、同じ目線で仕事ができたらきっと楽しいだろうな、と想像した。
 
彼女は、これまでの経験で得たものなのか、一貫した信念のようなものを持っている。彼女は誰よりも褒め上手だった。私のこれまでの経験上、そういう人は、間違いを指摘するのが苦手だったりするが、彼女はそれも上手い。その信念が遺憾なく発揮される。
 
「いま、何か困ってる?」
「さっきのは、大丈夫だった?」
「これするの、むずかしくない?」
 
そう、彼女は一方的に自分の意見を言ったりしない。必ず先に、相手の気持ちを察するのだ。行動の奥にある、相手の思考を聞き出すのが、とても上手。そこにあった想いを汲み取ってから、次の行動を促すのだ。私はせっかちで、ついつい指示してしまうから、彼女のこの姿勢はとても勉強になった。
 
彼女はとても優秀で、マネージャーからも次の店長候補だから、しっかり育てて欲しいと言われていた。しかしどうも、私の方が育てられているような気がしてならない。彼女から学ぶことが多すぎた。それはきっと、どの本でも彼女のようなやり方を、見たことがなかったからだと思う。
 
私が本を読んで身に付けたものは、自分で培ったものじゃない。文字通り、理論武装をしているにすぎない。つまり、私自身が強い訳ではない。武器が強いのだ。本を読めば読むほど、その内容を忠実に実行すれば実行するほど、なんだか武器が大きくて、自分が小さくなっていくような気がする。そして、おそらく彼女は、武器をまとっておらず、彼女自身が強い。
 
なんだか、私はAIのマネごとのようだな、と思った。いろんなことをインプットしておいて、何かあったときに、その情報の中から最適なものをアウトプットする。これはこれで、誰かの役には立っているはずだから、いいことだけど、無性に彼女に憧れてしまう。誰かから教えてもらった答えじゃなくて、自分で導き出した答えを私も持っていたい。これが本当の意味での、自分の強さのような気がするから。しかし、真面目な私は、その答えをまた自己啓発本に求めてしまうのだった。

 

 

 

最近、コンビニで新しいエナジードリンクが発売されているのを見つけた。「CHILL OUT」という名前のドリンクだ。直訳すると、冷静になる、落ち着くという意味。これまでのエナジードリンクの打ち出し方とは違う印象を受けたため、気になってググってみると、商品ページには「休憩イノベーション リラクゼーションドリンク」と書かれていた。なんだか、すごそう……!
 
マイナスをゼロに戻すものでもなく、ゼロからプラスに羽ばたくものでもなく、とりあえず休憩しよう? みたいなコンセプトなのだろう。新しいアプローチだな、と思ったし、そのゆるい感じが気に入って、ついつい買ってしまった。
 
何かを得るためではなく、ただちょっとゆっくりしてみる時間。そんな時間の使い方はもったいない気がしてしまっていたけれど、そういえば、好きなアーティストの画集をパラパラめくったり、タイトルに惹かれてかった小説を読んでみたり、そういう時間を最近とっていないなぁと気づいた。久しぶりに小説を買ってみた。
 
手にとった本は、「おいしいごはんが食べられますように」。タイトルと表紙のかわいさと、きっと芥川賞を受賞したからおもしろいだろうという安心感から購入した。すごく読みやすくて、どんどん読み進めてしまうが、途中でちょっと待って、と思う。内容が全然かわいくない。本屋でつけてもらったブックカバーを外して帯をみてみると「最高に不穏な傑作職場小説」というキャッチコピーが書いてあった。まさに、そんなストーリーだ。
 
最後の一行を読み終わったあと、私から思わず出た言葉は「うわー……」だった。その言葉が一番しっくりくる。それ以外に、なんと言っていいのかわからない。しかし、この本から生まれた感情は、私の記憶にしっかりと刻まれており、日常生活のふとした瞬間に、あれってこういうことだったのかな? あの人が実は一番かわいそうかも? とか、いろいろ考えてしまう。
 
そういえば、かなり前に社内のえらい人から、こんなことを言われたことがある。
「いまからこの空間にいるみなさんで、手をあげたり下げたりして、ビックウェーブをつくりましょう! おそらく、なぜこんなことをしたのか、数年後にはもうその理由を忘れていると思います。でもきっと、みんなで会議中にビックウェーブをつくったことは忘れないでしょう。人は、自分の心が動いたものは、忘れません。だから、みなさんはお店で、こんな心に残る接客をしてください」
その言葉を聞いた瞬間、身体中に鳥肌が立ったのを今でもよく覚えている。そしてよく思い出しては、心に残る接客とは、どんな接客なのだろうと考えた。
 
そして、これは本の読み方にも共通する。栄養ドリンクやエナジードリンクのような足りないものを与えてくれる本は、即効性がある。前に進むきっかけを与えてくれる。仕事や人生において、たくさんの選択肢を与えてくれる。
 
一方で、いますぐに必要ではないけれど、なぜか心を動かされる本は、ずっと私の頭の中をぐるぐる回って、いろんな問いを投げかけてくる。この問いについて考えることが、自分の血肉になっているような気がする。問いについて考えれば、考えるほど、自分がもっと、自分らしくなっていくような気がするのだ。
 
自己啓発本やビジネス本は、とても便利で有益なものだけど、あくまで手段であり、目的ではない。もし私のように本の中に答えを見つけることが目的となってしまったときは、気になっている本を好きなように読んでみて欲しいなぁと思う。損得勘定なく本を読むことが、こんなに豊かな気持ちにさせてくれるなんて、私は知らなかった。ぜひ騙されたと思って、試してみて欲しい。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
小西 裕美(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

大阪府生まれ、兵庫県在住。
30代未経験でベンチャー企業に飛び込み、カスタマーサクセスから企画・広報・CRMと、いろんな経験を積ませてもらう中で、ライティングに興味を持つ。
元コーヒー屋さんの店長。

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2022-10-19 | Posted in 週刊READING LIFE vol.190

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