週刊READING LIFE vol.211

親が知っておくべき早期教育とは?《週刊READING LIFE Vol.211》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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2023/4/4/公開
記事:牧 奈穂 (READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
早期教育については、賛否両論あるが、実際に何をすればいいのだろう?
今は、小学校入学前に、我が子が困らないよう家庭や教室等で、「ひらがな」や「計算」を学ばせる親は多い。中には、幼稚園児が、小学校高学年の問題を解くようなことさえもある。きっと、親は、我が子が困らないですむと安心感を得たいのだろう。周りと競うつもりはなくても、早めに習得していることで不安感を拭いたいのではないだろうか。
また、逆に早期教育に熱い親を、冷ややかな目で見る親も存在する。何もしないことが一番だと疑わない。どちらがいい、悪い、決められないからこそ親は悩みが尽きない。
 
我が家も、息子が幼稚園に入った頃から、人並みに「ひらがな」や「計算」を教えていた。塾講師である私は、子供たちの弱点を把握し、どう導けば効果的かもそれなりに分かっているし、感情コントロールももちろん心得ている。だが、仕事で人の子を教えることができるのに、我が子だと同じようには冷静に教えられないジレンマに陥っていた。私は、母親である前に、先生であるから大丈夫だと思っていたが、実際には家庭で教えることは苦痛でさえある。息子ができないと、ものすごくイライラするからだ。
 
「なんで、これが分からないの?」
「もっとしっかり書かないと、学校ではダメだと言われちゃうよ」
「この前も間違ったよ」
 
授業で生徒に言ったら、保護者からお叱りが来るかもしれない。このような言葉掛けでは、子供の学ぶ意欲が奪われてしまう。それが分かるのに、我が子だとイライラしてしまうのだ。
また、息子の態度も、生徒たちとは違うものだった。素直に言うことを聞こうとしない。言われた通りにせずに、反抗的でさえある。だから、イライラがピークに達し、最後は怒鳴ってしまうこともあった。さらには、頭をバシッと叩いたこともある。感情コントロールもできない指導では、学びは苦痛にしかならない。やめてしまいたいが、どこかで我が子も人並みには勉強ができてほしい、と親の欲も出てしまう。
 
毎日の勉強を続けているある日、息子は熱を出した。
息子は一度熱を出すと、1週間くらいずっと熱を出し体調が悪い。
その日は、息子の熱は40度になりそうな勢いだった。
またか……と、ため息が出るような気分だ。
仕方なく、仕事の前に小児科に連れて行く。診察に行くと、高熱のせいかいつもよりもぐったりしている。その日は、よほどひどかったのだろう。息子は診察の帰り道で吐いてしまった。熱も高く、心配ではあったものの、高熱はいつものことだと重くは考えていなかった。スポーツドリンクなどを飲ませ、様子を見る。だが、熱はどんどん高くなる。熱が高いせいで、息子は水分も摂りたくなくなってきた。息子は耐えながら、働く私をじっと待っていたのかもしれない。
 
私はレッスンが終わるとすぐに、息子の部屋へと向かった。
「どうだった?」
母に聞くと、相変わらず熱が高い。
「まだ苦しそうよ。でも、今は少し眠れているみたい」
その寝ている姿を見つめながら母と話していると、息子があくびをする時のような、伸びをするポーズを取った。
すると突然、体が恐ろしいほど震え始めた。
「あっ、痙攣だわ。横を向かせて。時間を見て!」
薬剤師の母は、焦りながらも落ち着いていた。私はパニックになり、あたふたしてしまう。息子の痙攣は初めてだった。震えが止まり、名前を呼び続けたが全く反応がない。
「寝ているの? 意識がないの?」
母に聞いたが、よく分からない。
痙攣を起こした息子を見て、慌てて救急車を呼んだ。救急車が来ても、意識は回復しない。
 
病院で一時的に意識が回復した息子に、
「誰だかわかる?」
みんなが聞いた。
「パパ」「おばあちゃん」
しっかり答えている。最後に私の顔を見て、
「まいちゃん」
弱々しい笑顔で答える。それは、幼稚園で同じクラスにいる女の子の名前だった。私だけ誰だか分からない。私は、息子の心の中では、母親と認めてもらえていなかったのだろうか? 心当たりはもちろんある。毎日のように、イライラしては、これが息子のためだから……と我慢して勉強を教えていたからだ。
母親のカンで、母子関係が上手くいっていないことを、息子の痙攣を通して感じた。一人取り残されたようにショックで、とても心が痛くてたまらなかった。
病院で痙攣止めを打ってもらい、落ち着くのを待つ。だが、その後もっと大きな痙攣がやってきた。息子は、壊れた人形のように、ガタガタと震え出し、白目をむいて、泡をふいていた。我が子とは思えない、ホラー映画の中にいるような恐ろしい姿に言葉を失い、恐怖さえ感じる。私は息子と病室に泊まったが、ショックが重なり一睡もできなかった。
 
入院中は、息子に詫びるかのように、心を込めて看病をした。ロタウイルスによる脱水が原因で、痙攣させてしまった親の不手際もある。それ以上に、毎日鬼のような怖い母親でいたことを何よりも詫びたかった。
「ママが悪かったの。大変な思いをさせてごめんね……」
様々な意味を込め、息子に語りかけ心から詫びた。
 
息子が退院し、私は元夫に話をした。
「母子関係が悪くなるくらいなら、勉強なんていらない。もう無理をさせたくないから、勉強は全てやめようと思う」
「えぇ? 本当に全部やめてしまうの?」
私の心は分かっていないようだ。元夫は息子に感情的にならなかったから、父親が教え続けるという選択肢も残されていただろう。だが、まずは勉強ができることより、息子が息子らしくあることを選びたかった。家庭は、塾ではない。今ここでやり直さなければ、取り返しがつかなくなると、母親のカンが知らせてきた。子供らしく好きなことを思いっきりし、伸び伸びしてほしい。息子を思うあまり周りに流されてしまい、いちばん大切なものを見落としていることに気づいた。
 
その後、勉強を全てやめると、息子は「ひらがな」や「漢字」の読み書きは好きではなかったが、大人が見るような、遺跡や神話についてのテレビ番組が好きなことが分かった。息子が元夫と二人で話をしながらテレビを見ている姿を、私はそっと後ろから眺めていた。ひらがなの勉強よりも、息子にはそちらの方が合っていたのだ。私は、いちばん大切な「学びたい気持ち」を奪っていたのかもしれない。
 
情報がたくさんあり、早期教育が盛んな時代に子育てをしていると、つい流されてしまう。
私が子供の頃とは情報量も違い、教材もたくさん売られているし、楽器やスポーツなども習わせれば習わせただけ、我が子にチャンスがやってくることも事実でもある。
そのような理由から、今は早期教育をしていて当たり前、という空気さえあるし、上手に行えばプラス面もあるだろう。アプローチ一つで、我が子の可能性を最大限引き出せると思ったら、誰だって何かしらを与えたくなるはずだ。教育現場にいる私は、何度となく成功例も目にしてきたから、早期教育を否定する気もない。
 
だが、早期教育は、家を建てる時の「基礎工事」のようなものであるべきではないだろうか。「ひらがな」や「計算」は、壁紙や間取りといったパーツなのかもしれない。「壁紙」や「間取り」は、目で見ることができ美しさがよく分かる。だから、皆、素敵な壁紙や間取りを追い求め、理想の家を建てようとする。だがその前に、何よりも必要なものは、その家の土台を作る「基礎工事」だろう。きちんとした土台がなければ、いくら素敵な壁紙で飾っても、その家は弱いものとなってしまう。
「基礎工事」である早期教育とは、「ひらがな」や「計算」を学ぶことではなく、その子供の「忍耐力」や「学びたい気持ち」といった、目に見えない力を育てることではないだろうか。何かを学ぶ時、簡単に問題を解くことだけを伝えるのではなく、困難を乗り越えられる「忍耐力」を養うことが最も大切だと思える。
どんなに優れた教材を使っても、優れたアプローチをしても、学ぼうとする意欲、難しい課題を乗り越える忍耐力がなければ、伸ばすことは難しいからだ。その力をいちばん育てることができる人は、親のような気がしてならない。
塾にお願いしておけばいい。きっと親はそう思うだろう。だが現場の講師から見れば、親以上に影響力のある素晴らしい先生はいない。
 
近頃の子は、鉛筆を正しく持てない子も多い。ひらがなも分かっているが、正しい形で書けないこともあり、一度ついた癖は直すのがとても難しい。長い学習のスタート時に、すでに悪い癖がついてしまっている。子どもたちの手に触れ、優しく持ち方を教えることが可能なのは、小学校低学年ぐらいまでだろう。毎日、我が子の手に触れ、鉛筆の持ち方を伝え続ける。地味な作業には忍耐が必要だが、親が続ける姿を見せることこそが、早期教育の一歩とも言える。
 
よく見ていると、子供はSOSを出すことがある。
そのサインは、息子に限ったことではない。生徒でも分かるものだ。言葉で示すこともあるし、態度のこともある。いずれにせよ、心の中を表しているものだ。
教育に携わる者として、そのサインを一緒に見ていきながら、子供たちのために親に寄り添いたいと思っている。そして、心を寄せながら、「壁紙」や「間取り」を美しくすることだけでなく、「基礎工事」の大切さを伝え続けていきたい。
 
「基礎工事」は、地味な仕事かもしれない。だが、素敵な家を建てるためには、いちばん大切なことでもある。早期教育という世界の中で、親が子供たちに関わることは、とても大切なことだ。放っておいても子供は育つが、放任ではいけない。
子育ては毎日が忙しい。だからこそ、目の前にいるお父さん、お母さんに私自身の失敗談をたくさん語り、理解を示しながら親が関わることの大切さを伝えていきたい。
 
上手に人に頼り、適度に子に関わる。
これが、早期教育のコツかもしれない。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
牧 奈穂(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

茨城県出身。
大学でアメリカ文学を専攻する。卒業後、英会話スクール講師、大学受験予備校講師、塾講師をしながら、26年、英語教育に携わっている。一人息子の成長をブログに綴る中で、ライティングに興味を持ち始める。2021年12月開講のライティング・ゼミ、2022年4月開講のライティング・ゼミNEO、10月開講のライターズ倶楽部を受講。

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2023-03-29 | Posted in 週刊READING LIFE vol.211

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