38年越しにトラがアレのアレを達成した日《週刊READING LIFE Vol.240 私、実は〇〇なんです》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
2023/11/20/公開
記事:小田恵理香(READING LIFE編集部ライターズ俱楽部)
プロ野球チーム阪神タイガースが実に38年ぶりに日本一に輝いた。
私は熱血阪神ファンかと言われると怪しい所があるが、
「好きな野球チームある?」
と聞かれれば
「阪神」
と答えるだろう。
思い起こせば子供の頃、夕食時と言えば、子供がいる大体の家庭はアニメといった子供の好きな番組が流れることが多いかと思う。
だが我が家は違った。
祖父は阪神タイガースの試合があればチャンネルはそこだった。
孫たちが夕食を食べに来ても、流れているのは阪神タイガースの試合。
父が休みの日、家にいても同様だった。
なんなら父が帰ってきたらチャンネルの主導権はそのまま父にわたり、野球中継があれば問答無用で関西では熱烈な阪神タイガースの応援をしているサンテレビにチャンネルが切り替わる。
試合に勝っていればいい。
だが負けていたり、ここぞという時に点が取れなかったり、エラーが発生して相手に点を与えてしまうと
「なにしとんねん!」
「あー! 今日はもう見てられん!」
とやや怒りながらテレビに向かってヤジを飛ばす。
普段物静かで孫の私の前ではあまり声を荒げることのなかった祖父も同様だった。
心の中では
『そんなんいうなら見いへんかったらええのに』
と思っていた。
酷い時は
「もうほんまみてられん」
「明日からもう阪神みーへんからな」
なんていいつつ翌日試合があればしれっとテレビにかじりついているもんだから全くもって不思議な光景だった。
といっても私が幼い頃の阪神タイガースはとにかく弱かったようだ。
それもそのはず。
1985年に日本一を果たしたものの1987年から2001年までの15シーズン中14回が下位クラスと言われるBクラス。
ましてや14回の内10回はリーグ最下位という低迷期だったそうだ。
球団としても歴代のワースト記録。
道理で負ける試合が多いわけだ。
祖父も父もTVにむかってヤジを飛ばし、愛想をつかしたのかと思えば翌日にはけろりとしているから不思議だった。
野球をやろうという気持ちはさらさら起きなかったが、試合を見ているうちになんとなく野球のルールを覚えてしまっていた。
小学生の頃1度だけ家族で甲子園球場に行き、阪神の試合を直に観戦したことがある。
途中で弁当と球場にあるタイガースショップで阪神タイガースの野球帽とメガホン、ジェット風船を買ってもらった。
7回裏の阪神タイガースの攻撃が始まるときは“ラッキーセブン”と呼ばれジェット風船を飛ばすのが恒例となっているからだ。
それもあったが子供ながらに、なんだか遠足みたいで楽しかったんだ。
球場に入って席に着くと、選手たちが試合前の練習をしていた。
子供ながらにもプロ野球選手のオーラと言うか体格に圧倒されていたのを覚えている。
まだ空席が目立つ席は試合開始が近づくにつれて徐々に観客で埋まってきた。
応援団なのか、阪神タイガースの法被を着て、鉢巻を巻き、いかにもコテコテの阪神ファンと言うおじさんは
「これ六甲おろしの歌詞な」
と阪神タイガース応援ソングの歌詞カードを配り歩き始める。
いざ試合が始まると、優勢になれば応援席はとんでもなく盛り上がるし、失敗すればヤジが飛ぶ。
こんな中で野球をする選手たちは大変だなぁと子供ながらに思った。
そして優勢のまま迎えた7回裏。
阪神タイガースの攻撃が始まる。
7回表のあたりから徐々にジェット風船を膨らませ始める観客たち。
そして、“ラッキーセブン”が始まった。
会場に流れる音楽に合わせてジェット風船を一斉に飛ばす。
新型コロナウイルスの蔓延とともにこの行為は中止されることとなり、もう観れなくなってしまったが夜空に向かって色とりどりのジェット風船が飛び交う光景は未だに忘れられない光景だ。
試合は阪神タイガースの勝利に終わった。
止まない六甲おろしの大合唱は、帰りの道中でも電車の車内でも続いていた。
「これだから阪神ファンは……」
と言われてしまうのはこういうところもあるのかもしれないが。
この日観戦した試合は勝利したが、この年も最下位だったような気もしている。
ただ不思議なことにテレビで見れば甲子園球場はいつもファンで席は埋まっていたし、父も祖父も変わらず応援していた。
私もいつの間にか一緒になって試合を見ていた。
もうこれ以上点数を取らなくてもいいだろうというぐらいの差を相手につけて、勝つ時もあれば、1点をなかなか取ることが出来ず負けてしまうこともある。
あるいはせっかく勝っていたのに最後の最後で逆転されて負けてしまうこともある。
『ほんまあかんな。 こんな試合してたら』
なんて心の中で思いつつも応援を辞めるということは無かった。
何故なのだろう。
何故応援したくなるのだろう。
不思議だった。
ふとあることに気づいた。
誰かが“夢に向かって頑張っている姿”を見ていると応援したくなるんだ。
これは阪神タイガースに限らず、野球に限らず、あらゆることで言えることなのかもしれない。
何度負けても、ボロボロになっても、傷だらけになっても諦めずに強い相手に立ち向かう漫画やアニメ、映画の主人公達を応援したくなるように。
特に意図はしていなかったが、私は本拠地甲子園のある兵庫県西宮市に住むことになった。
街には所々に阪神ファンなんだとわかる店がごまんとあった。
引っ越してきた初日、夫と行ったお好み焼き屋の店主もそうだ。
関西の日刊スポーツ紙、阪神タイガースの報道をメインにした“デイリースポーツ”がたくさん置かれ、トイレにはひっそりとポスターを飾っている。
客と店主からの両方の見える位置にあるテレビは阪神タイガースの試合。
点を取れば、嬉しそうにガッツポーズする店主。
「さすが、西宮やな」
「めちゃくちゃ好きなんやろね」
夫と笑いながらお好み焼きを頬張った。
そして今年、18年ぶりに阪神タイガースはリーグ優勝を果たした。
優勝するかもしれないと言われていたこともあり、息子には申し訳ないがこの日ばかりは野球中継に切り替えていた。
そしていよいよ迎えた優勝の瞬間。
「やった! 優勝した!」
その瞬間何が起こったかわかっていない3歳の息子と優勝祝いの乾杯を交わした。
監督の優勝インタビューの中継やビールかけの中継をみて涙腺がうるっとしてしまったのはれっきとした阪神ファンなのだろう。
リーグ優勝は18年ぶり、そして日本一は38年達成していない。
アレのアレを見れるのだろうか。
10月終盤から始まった日本シリーズ。
どの野球解説者も五分五分でどちらが優勝してもおかしくない。
そんな予想を立てていた。
実際に試合はまさに手に汗握る、両者ともに譲らないという言葉がぴったりの試合展開だった。
一番印象に残っているのは第5戦目。
この日翌日の法要のため、前日の夜から実家に帰省することになっていた。
「じじ! きたよー」
「おー! おかえり!」
「ただいま」
「おじゃまします」
父が私たち一家を出迎えた。
「荷物置いといで。 ご飯は用意してるから」
「ありがとー」
ちらりと見るとTVは日本シリーズになっていた。
荷物を置いてリビングに行く。
「あ、負けてるやん」
「さっきエラーしてもうたんや。 これは完全にオリックス王手やな」
先に4勝した方が日本一となる日本シリーズ。
この日は2勝2敗で並んでいて、先に勝利した方が優勝へ向け王手をかけることになる。
試合をしているのは甲子園球場。
なんとなく負けてしまうんではないかとそんな雰囲気だった。
そして入浴していた母がやってきた。
「おかえりー。 あ!阪神負けてる」
「そうやねん」
一家で釘付けになっていたのだ。
夕食を食べ進めているうちに試合は8回裏。
もう終盤戦となったころ、反撃の狼煙が上がる。
同点、逆転につながるランナーが出塁したのだ。
現地にいる阪神ファンのボルテージは最高潮になったのだろう。
応援の声量が一気に上がる。
TVで見ていても、まるで誤ってリモコンを押してしまい音量を一気に上げてしまったんじゃないかというぐらいだった。
「これいけるんちゃう?」
髪の毛を乾かさずそこから動かなくなってしまった母。
「……」
じっと見守る父。
打者が放ったヒットで逆転した。
「っしゃぁぁぁ!」
と父は喜び、
「凄い!」
と喜ぶ母。
私と夫も思わず声を上げる。
息子はきょとんとしていたが、球場はさらに盛り上がっていた。
この回は打者が1巡し、一挙6点を奪ったのだ。
なんてすごい試合何だろうか。
この日阪神タイガースはアレのアレに王手をかけたのだ。
迎えた11月5日。
評論家の予想通り、最終戦までもつれこんだ試合。
試合が気になって仕方ない。
この日は野球中継に切り替えていた。
阪神タイガースもオリックスバッファローズも互いに譲らない試合を展開していた。
まさに最終決戦にふさわしい試合展開。
4回に阪神タイガースが先制。
さらに続く5回も得点を重ね、6点に。
これ、いけるんじゃないか。
アレのアレを達成できてしまうんではないか。
お風呂に中にスマホを持ち込もうかとも思ったが早々と息子と入浴を済ませ、その瞬間を待つ。
迎えた9回。
番組の右上には“日本一まであとアウト3つ”と表示されていた。
祈るような思いでその瞬間を待つ。
そして、迎えたその瞬間。
阪神タイガースは38年ぶりにアレのアレ、日本一を達成した。
関西では視聴率50%を叩き出したその瞬間は、画面越しからでも鳥肌が立つぐらいだった。そしてアレを達成した時と同じく、息子と乾杯を交わした。
両親も。
夫の両親も。
亡き祖父も。
お好み焼き屋の店主も。
いろんな形でアレのアレを喜んでいるんだろうな。
“勝っても負けても虎命”
という言葉がある。
“勝つから”
“負けるから”
応援するのではない。
自らが阪神タイガースの一部であり、だから応援し共に戦うのだという強烈だと言われる阪神タイガースファンを表現している。
発祥は不明だが暗黒時代に誕生したと言われるこの言葉。
アレのアレを達成した日。
岡田監督の言葉にまた涙し、家族が寝静まってからも日本一の美酒に浸るビールかけ中継まで見届けてしまう私は、どっぷり熱血な阪神タイガースファンなんだ。
そんなことを感じた夜だった。
□ライターズプロフィール
小田恵理香(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
大阪生まれ大阪育ち。
2022年4月人生を変えるライティングゼミ受講。
2022年10月よりREADING LIFE編集部ライターズ倶楽部に加入。
病院で臨床検査技師として働く傍ら、CBLコーチングスクールでコーチングを学び、コーチとして独立。日々クライアントに寄り添っている。
CBLコーチングスクール認定コーチ。
7つの習慣セルフコーチング認定コーチ。
スノーボードとB‘zをこよなく愛する一児の母でもある。
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