青春は塗り変えられる
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事:藤井 あづみ (京都・通信 26年4月開講/2週間集中コース】
17年前の4月の夜、私はリビングで娘を抱いて泣いていた。娘は生後4か月。ふんぎゃーふんぎゃー! と娘も長い間泣き続けている。オムツもミルクも抱っこも試した。部屋を暗くして、「お願いだから早く寝て、私も体がくたくたなのよ……」と言いながら、涙が止まらなかった。
子育ては厳しい。特に一人目は勝手もわからず余裕もないので、泣かせておくという事もできず、子供の欲求を満たしてあげられない自分を責めたり、あれこれ試して動きまわって、心身ともに消耗するのだ。娘は8カ月頃まで、長くても続けて4時間しか寝てくれなかった。「お母さんの不安な気持ちが赤ちゃんに伝わる」とか、「もっと余裕をもって」とか義母や母にも言われたけれど、それが出来ない自分に腹が立ち、余計に辛くなっていたのだと思う。
主人は当時売れっ子のインテリアデザイナーだった。駅前のホテル開発の波に乗って、仕事は右肩上がりに増え、出張も毎週だった。それでも土日の休みは死守してくれて、子煩悩で活動的、料理も作れる、今ではもう死語となった「育メン」そのものだった。私は主人が帰ってくる金曜日の夜を待ち望み、もうすぐ金曜日だ、大丈夫、何とかなる。と自分に言い聞かせながら週を乗り切った。
そんなある日、私は母の家に行く途中で、自転車に乗った近所のママさんを見かけた。彼女も同じくらいの子供がおり、私と同じ専業主婦だった。たしかに私と同じはずなのに、きれいにお化粧をして、お洒落なワンピースを着てどこかに出かけて行く。その後も意識していると、そんなキラキラママさんを、私が住む五条界隈ではたくさん目にすることがあった。
「なんでだよぅ……」私は心の中で突っ込む。なんでみんなそんなに元気なんだよぅ。しばらく劣等感でやさぐれていた私の心は、ある時限界値を突破した。
夜遅く帰ってきた主人に、「毎日遅すぎる!」と突然交戦し、しばらく主人を困らせた。
その後も私の前をたくさんのキラキラママさんが通り過ぎ私の劣等感を刺激して行ったが、ある日一人のママさんが背中にピンクの楽器ケースを背負い、子供を前籠と後ろ席にも乗せて、颯爽とどこかに向かっている。その時私は「これだ!!」と思った。私に足りていなかったものが分かった気がして、すぐに帰って娘そっちのけでパソコン検索をかけた。「吹奏楽 ママ」そこにはたくさんの検索結果と、「ママさんブラス」「託児あり」という文字で溢れていた。
私には青春がなかった。同級生は皆バスケやバレー、演劇など勉強以外の何かに打ち込み仲間と過ごす、いわゆる「青春」を持っている様に思う。私は万年帰宅部だった。でも、中1の部活選択の時に、中庭で堂々と演奏する吹奏楽部のお姉さんたちに感銘を受け、一度は吹奏楽部に入ったが、憧れのドラムセットを触ることが出来るのは5年先である。という事が分かった時、自暴自棄になり、退部している。それから外のミュージックスクールでドラムを1年程習ったが、特に仲間もできず、上手くもならなかった。
そう。私は気づいたのである。この暗黒のアイデンティティクライシスから、私を救ってくれるのは、あの時培えなかった「仲間」であり、「青春」なのだと。
私はそこから速攻でママさんブラスの門を叩いた。あの憧れだったキラキラママ達の様に、新しい服を着て化粧をし、頭がツルツルの娘には可愛いらしい帽子をかぶせて。始めて二人で知らない場所に行くのは不安だったが、なぜか勢いの方が勝っていた。
結果から言う。産まれて初めて遂行された母子二人初めての単独外交は、成功に終わった。
娘を抱いた私が練習室に入った瞬間、楽団のメンバーが声をかけてくれた。「可愛いね。何か月?」
そこからすぐに娘を抱っこしてくれたその人は、そのまま娘と私を託児室に連れて行った。私は娘を預けたことが無かったので面食らっていたが、なぜか信用できてしまうそのメンバーの圧倒的な包容力に圧倒され、いつの間にか一人で練習室に戻っていた。
娘は一言も発せず、泣くこともなく、託児室に吸い込まれて行ったのだ。
その日から私は、19年間この楽団でドラムセットの演奏をしている。
あの日託児室に吸い込まれていった娘は、今年晴れて大学生となった。
あの時の最初の一歩は、自分でも人生で一番の「ナイス行動力」だったと思う。人は何かを始める時、過去の失敗や現在の状況を言い訳にして、なかなか踏み出せないものだ。私はすぐに辞めてしまった部活の事が、ずっと心のどこかに引っかかっていたのだと思う。
もう取り戻すことの出来ない、あの大切な青春の時間をどこかで意識していたに違いない。それゆえ、皆が持っているものが私には無く、自信を持つ事が出来ずにいたのだ。
今なら分かる。あの日私と娘を間髪入れず、託児室に連れて行ってくれたメンバーも、私と同じ様に悩み、自分の心の奥にある意識に気づいて、ママさんブラスの門を叩いたのだ。
置いてきた青春を取り戻すために。
もし今、私と同じように何かを学生時代に置いてきてしまったと思う人がいれば伝えたい。
青春は塗り替えられるんだと。
≪終わり≫
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