メディアグランプリ

絵本法廷、開廷


 

 

 

 

*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

記事:よもぎもちもち ライティングゼミ 2026年5月コース

「判決。ヒコクニンはダンボールゆきをめいずる」

判決と同時に、裁判官は被告人を段ボールの中に放り込んだ。

本日22件目の判決だ。

誠に残念なことに、我が弁護士陣営はまだ1人も被告人を救うことができていない。

痛恨の極みである。

これまで22件もの被告をさばいてきた、この卑劣な裁判。

始まったきっかけは、今年の4月に当法廷の裁判長である我が娘が小学4年に、その兄が中学1年にめでたくご成長されたことである。

大変喜ばしい一方で、嘆かわしくも当法廷はいわゆるウナギの寝床と称されるほど手狭で、居住者の収容に著しく支障をきたす状況であった。

そこで当法廷は思い切って、大胆なリニューアル——

もといリフォームを行うことになったのであった。

この知らせを聞いて、裁判長とその兄はたいそうお喜びになった。

自分の部屋ができることをこんなに二人喜ぶとは思っていなかったので、私はその顔を見て決断して良かったと思った。

しかし、そこで問題となったのが、我が家に住み着いている大量の被告人——もとい、たくさんの『本』たちである。かくして、2026年5月、当法廷は開廷される運びとなったのだ。

「開廷します」

裁判長の幼くも可愛い声が響き渡る

「被告人、名前は?」

被告人「……」

私「裁判長! 被告人は口をきくことができません。そのため、弁護人である私が代弁を務めることをお許しください。」

裁判長「許す。名前は?」

私「被告人23番、りんごかもしれない、著・ヨシタケシンスケ」

裁判長「本籍は?」

私「我が家の寝室の本棚、3段目」

裁判長「起訴状朗読。被告人は、もう誰にも読まれることはなくなったにもかかわらず、不当に本棚を占拠している疑いがある。よって、段ボール行きがいいとかんがえられる。」

私「異議あり! 裁判長。被告人のことを忘れたとは言わせません。幼稚園時代、あなたと私は毎晩毎晩彼を読み倒し、気がつけば、私は彼を暗唱できるほどになっておりました。

とりわけ16ページ目——りんごには兄弟がいるかもしれない。

その名も『ランゴ』『リンゴ』『ルンゴ』『レンゴ』『ロンゴ』。

ここを読むたびに、あなたは抱腹絶倒だったではありませんか。そんな彼に対して、処分など断じて許されるはずはありません!」

裁判長「いらない。もう笑えないから。」

私「……飽きてしまわれたのでございますか」

「次のひこくにん、つれてこい!」

私「被告人24番、みかんちゃん、著・きむらゆういち」

裁判長「きそじょう朗読。被告人は、一部のページがなくなっており、本としての役目を果たすことが著しく困難と考えられる。よっていらない」

私「裁判長、なぜ被告人がこんなにも痛々しい姿になっているか、覚えていないのですか? かつて私がこの本を開くたびに、当法廷は大いに沸いておりました。私は渾身の変な声でこう叫んだのです——みかんちゃん、みかんちゃん! するとあなたがたは腹を抱えて笑い、3人でじゃれ合いながら読んだものでございます。そのたびに彼は身体へダメージを蓄積してしまったのであります。裁判長、どうか情状酌量を」

裁判長「読めないからいらない」

私「異議あり、まだあの声は出せます!」

裁判長「却下! 次」

裁判長「次のひこくにんを連れてこい」

私「被告人25番、乗り物図鑑デラックス」

私「裁判長、少々よろしいでしょうか。この被告人は、兄君が幼少期に本屋で号泣しながら所望した品でございます。つまり被告人の所有権は兄君にあり、裁判長といえども勝手に処分されることは法律違反に当たると考えられます」

裁判長「……」

裁判長「…いる。お兄ちゃんの本棚に移動させなさい」

勝訴!勝訴!勝訴!

私は握ったこぶしを天高く掲げた。

弁護人生活25戦目で初の1勝である。多少汚い手を使ったが、勝利は勝利だ。

しかし。しかしであった。

なんとまあ、絶妙なタイミングで兄君が部活から帰宅したため、裁判長が本人に最終確認を求めたのだった。

兄「即日結審。いらない。」

私「………」

当方の全面敗訴が確定した瞬間であった。

子どもたちは段ボールには目もくれず、足取り軽くリビングへ走っていった。

私は独り、薄暗い子ども部屋に取り残された。

段ボールの中に手を伸ばし、1冊ずつ絵本を取り出して眺めてみる。

どの絵本も思い出が満タンに詰め込まれている。

一冊一冊見るたびに、息子と娘と私のシーンがよみがえってくる。

みかんちゃんを手に取り、渾身の変な声を出してみた(小声で)。

みかんちゃん、みかんちゃん。

変な声が部屋に響いた。

りんごかもしれないを取り出し、唱えてみた。

ランゴ、リンゴ、ルンゴ、レンゴ、ロンゴ。

誰も笑わなかった。

子どもにとって、この本の思い出はなんだったのだろう。

あんなに一緒に読んだ意味はあったのだろうか。

子どもと私の思い出は、この本ともに片づけられてしまうのだろうか。

みかんちゃんの表紙は破けたままだった。

私は、泣いていたかもしれない。

しばらくすると、家事を終えた妻が部屋に入ってきた。

私よりもずっと多く読み聞かせをしてきた妻。

この本たちへの想いは、私以上のはず。

私は、たくさんの本入り段ボールを指差した。

妻は段ボールをひと目見て、そして私を見て、静かに言った。

「二人とも成長したんだね。」

それから、夕飯までの少し間、私達は思い出の絵本たちを懐かしみ、そして悲しみながら眺めた。

しばらくたつと、そんな私たちを気遣ってくれたのか、はたまた、ただの気まぐれか、我が愛しの娘が子ども部屋に戻ってきて言った。

「やっぱり、みかんちゃんとりんごかもしれないはとっておこうかな」

「!!」

かくして、被告人2名に関して、私たちは逆転勝訴を勝ち得たのであった。

娘の心のどこかにまだ少しだけ幼い時間が残っていたのかもしれない。

ラブ愛しのマイ娘。ハート。

『よし、あとは今日の夜中にでも、乗り物図鑑デラックスを兄君の本棚に不法入国させよう。』

私は密かにそう誓ったのであった。

〈終わり〉

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