松本家一の誇り高き戦士《週刊READING LIFE Vol.358「誇り高き戦士」》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
松本萌(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
「今でも、英語で赤点取ってヒヤヒヤする夢をみるのよ。それだけ高校生のときの私にとって、英語は苦手な科目だったのよね」何度も母から聞かされた話だ。
どの教科が好きと問われれば「英語」と答えていた私には想像し難かった。といっても、私も高校のときに化学で赤点を取ったことがある。小学生のころから理科が苦手で、それでも中学まではなんとか授業についていっていた。高校生になり、1年目の理科は化学だった。教師の言っていることも教科書に書かれていることも全く理解できず、苦手ながらもテスト勉強を頑張ったが、2学期のテストで赤点を取ってしまった。「次回のテストでは挽回せねば……」とどの科目よりも必死に頑張ったが、それでも50点だった。高校1年にして「理科は諦めよう。大学は文系の私立にいこう」と決めた。
「これからは英語ができないと駄目よ」と、小学生の頃から英語の塾に通わされていたが、てっきり母は英語が好きなのだと思っていたが、どうやら違ったようだ。自分のように、我が子を英語嫌いにさせてはいけないという思いからだった。
そんなにも嫌いなのであれば、勉強をしなくてもいい年齢になったら、普通の人であればこれ幸いとやらなくなるだろう。私なら絶対そうだ。
ただ母は違った。
私が大学生の頃だったと記憶している。「もう一度英語を勉強してみようと思う」と言い出したのだ。そして毎週、早稲田大学の教育機関である早稲田大学エクステンションセンターが主催する英語教室に通い始めた。何年か通い、当時の講師がエクステンションセンターを辞めるとなった際は、受講生仲間と「これからも先生の授業を受けたい」と頼み込んで、個別で英語教室が開催されるよう働き掛けをしたほどだった。
「今さら勉強してどうするの?」というあきれ顔の私達家族には目もくれず、夜になってリビングの光の下では暗いときには「受講生仲間に『オススメ』って教えてもらったの」と、登山で使うヘッドライトを装着してテキストに向かう姿は、寝食を忘れ昼夜新発見に挑む研究者のような風体で、シュール感が漂っていて、誰も何も言えなかった。
当時の私は、何がそこまで母を駆り立てるのか、理解できなかった。今なら分かるような気がする。
祖父が教育熱心だったため母の最終学歴は大学卒だが、当時の女性の大学進学率は1割くらいと言われているので、世間的には高学歴になるだろう。ただ、当時は大卒よりも高卒の方が就職には有利で、「お母さんはコネ入社なのよ」と笑いながら言っていた。父との結婚を機に退職し、子供が生まれた後は家事育児に追われ、常に家族を優先する人生だった。
子育ての目処がつき、自分自身の人生を振り返ったとき、やり残していることに気がついたのではないだろうか。今までの人生を後悔しないために、これからの人生を悔いなく過ごすために、若かりし頃の強敵であった「英語」に立ち向かおうとしたのではないか。
そんな母の姿を見て思う。母こそ、我が家一の誇り高き戦士なのではないだろか。
そうは言っても母から「戦士」らしさは、およそ想像できないだろう。母のことを知る人からは、「いつも上品」「優しい顔立ちをしている」と言われたり、何度か「美智子さまに似ている」と言われたこともある。
父の半歩後ろを歩く人で、気分屋の父を「困った人だわ」と言っても、「お父さんは毎日お仕事を頑張ってくれているのよ」と、夫の悪口を子供の前で言うことはしなかった。
若い頃は165センチ程身長があったが、同じく165センチの父を気遣って「164センチっていうことにしている」と言っていた。両親の結婚式でドレス姿の母の写真を見たとき、「和装にしなかったの?」と聞いたら、「角隠しを被るとお父さんより大きくなっちゃうからドレスだけにしたの」とコッソリと教えてくれた。
結婚を機に退職して専業主婦になってからは、常に家族を優先する人生だった。家族の健康は食事にかかっているという思いが強く、レパートリー豊富な料理を毎食準備してくれて、子供のころに外食することは滅多になかった。幼稚園のときにお呼ばれした誕生日会の場所がマクドナルドで、その時はじめてハンバーガーやマックシェイクを口にしたものの、どうやってハンバーガーを食べればいいのか分からず、そしてマックシェイクの甘さにビックリしたことを、今でも覚えている。
「我が家は資産家じゃないから、あなた達に残せる財産はないの。その代わり、あなた達が将来一人で生きていける力を身につけられるよう、最大限の環境を準備することが、お父さんとお母さんがあなた達にできることなの」と言い、子供達にとって「これは」と思うことには時間もお金も惜しまずに与えてくれた。
その中でも、私に対して「英語教育を受けさせる」ことは、母の中でかなりのウェイトを占めていたように思う。というのも、姉よりも私に対して、早くから英語を学ぶ環境を作っていたからだ。中学生になってから英語を学ぶ時代だったが、小学校5年生から英語塾に通わされていた。高校生のときには、母の勧めで2週間オーストラリアに語学研修に行った。
なぜそこまで母が私に英語推しをするのかが分からず聞いたことがある。そうしたら、子供の時のエピソードを教えてくれた。母自身が本好きだったこともあり、毎夜姉と私に本の読み聞かせをしてくれていた中で、姉は本のエピソードに興味を示すのに対し、私は言葉に興味を示すことが多かったそうだ。手に取る本を見ていると、絵本よりも言葉遊びの本を選ぶことが多く、「この子は言葉自体が好きなんだ」と感じ取った母は、早いうちから英語を学ばせようと決めたらしい。
母の思惑通り、私は英語が好きになった。「筆記体ってキレイなのよ。書けるように練習してみたら」と言われ、筆記体を書いてみると美しかった。
高校生のときに語学研修に行った時は、自分の英語がネイティブの人に通じることが嬉しかった。話せる言語が日本語だけではコミュニケーションを取ることができない人達でも、英語であれば会話が成立することに興奮した。
大学生になってからは、夏休みの度に語学研修やボランティア、スタディーツアーで海外に行くようになった。その頃のことだ。母が「もう一度英語を勉強してみようと思う」と言い出したのは。
決めたことをやり抜く粘り強さを内に秘めている母は、毎週英語のクラスに通うようになった。自分の親ながら「すごい」と思うところは、毎日コツコツ勉強を欠かさないことだ。私は「期日までに最低限できていればOK」というタイプなので、直前になって猛然と宿題をするのだが、母は空いた時間があればテキストを開き、夜遅くまで課題に取り組む。出掛けるときもテキストを鞄に忍ばせ、暇さえあれば勉強をする。
同じ頃、祖父母の介護が立て続けに始まった。父はまだ働いており、姉は就職して間もなく、私も大学があるため、母が一手に介護を引き受けることになった。住んでいる千葉から祖父母のいる兵庫に、定期的に通う日々が続いた。最初は1、2週間経つと千葉に戻ってきて、数週間後に兵庫に行く日々だったが、時には数ヶ月兵庫に行ったきりのときもあった。
体力的にも精神的にも疲れていたはずだが、家に戻ってきた母はいつも笑顔だった。「介護をしているとね、改めて家族の有り難みを感じるの。私には帰る家があると思うとね、ホッとするの。お父さんとあなた達がいて、本当に良かったわ」仕事や学校を理由に母に任せっきりの私達なのに、その私達の存在が心強いと微笑む母に、人としての強さを感じた。そして実家や病院でも、隙あらば英語のテキストを開く母の真面目さというか執念に「勝てない」と思った。
そんな母も祖父母を見送り、子育てからも介護からも開放された今は「自分のやりたいことに全集中」となればよいのだが、英語の勉強を始めたときのような体力も気力もなく、のんびりと過ごしている。私より高かった背がいつのまにか縮み、小柄になった。実家に行くと「仕事は大変? 何時くらいに帰ってるの? ちゃんとご飯食べないとだめよ」と言われ、「分かってる」と答えるも、数分後にまた同じ質問をされる。
母がヘッドライトをつけて勉強をする姿を見ることはもうないだろうけれど、英語の勉強を必死にする母の姿は今でも私の脳裏に焼き付いており、苦手なことを克服しようと果敢に挑む母は、紛れもなく我が家一の誇り高き戦士だ。
もう一つ、母の誇り高きエピソードがある。
日中に大学時代の友人と3人でご飯をしてきた母が、おもむろに話し始めた。「みんなね、『夫が~』とか、『子供が~』って、家族の話ばかりでね、自分の話をしないの。でもね、私は自分のことを話したいって思うのよ。だから友達と会った時に、家族の話はしないの」
結婚してからは夫のため、子供が生まれたら子供のため、そして介護が始まれば義理の親含め親達のために多くの時間を費やしてきた母が、友人達を前に話すことは母自身のことと決めている。我が家一、人への尽力を惜しまない母ではあるけれど、妻でも母でもなく、一人の人として在ろうとする姿は、やはり誇り高き戦士そのものだ。
❏ライタープロフィール
松本萌(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
兵庫県生まれ。東京都在住。
2023年6月より天狼院書店のライティング講座を受講中。
「行きたいところに行く・会いたい人に会いに行く・食べたいものを食べる」がモットー。趣味は通算20年以上続けている弓道。弓道と同じくらい、ライティングも長く続けたいと思い、奮闘中。
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