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読書は「自傷行為」だと思っていた私が、読書術の本に呪いを解かれた話


 

 

 

 

*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

記事:國分厚彦 (ライティング・ゼミ、2026年5月開講・渋谷、4ヶ月コース)

25歳の9月。和歌山、山梨、滋賀、富山、石川を制覇し、47都道府県踏破の旅をあと2県にまで残した私は、北海道へ帰る飛行機までの時間を潰すため、羽田空港地下の書店に立ち寄った。
本棚をなんとなく物色していたとき、ふと目に留まったのが『理科系の読書術』(鎌田浩毅、中公新書)。
この一冊が、私の読書観、そして人生観をガラリと塗り替えることになった。

もともと、私にとって読書や勉強は苦痛でしかなかった。
幼い頃から、教育熱心で読書家な両親の下で育てられた。両親は無教養や不勉強に対して厳しく、どんなことに対しても両親の管理下に置こうとした。その影響で、20代前半の私は明確な理由なく自分が「自分一人で何も成し遂げられない」「教養がない」「頭の悪いやつ」と思っていた。
そんな自分が嫌で、取り憑かれたようにビジネス書や自分の専門書を読み漁っていた。

しかし、読書の間、私の中の「内なる声」が次から次へと私を脅してきた。

「これくらい理解できるだろ」
「なんで理解できないの?」
「すべて吸収できていなければ意味がない」
「頭から順に読んで、読破できない奴は意思薄弱なクズだ」
「他の奴らはみんな当たり前にやっている」
「お前は出来が悪くて人より劣っているんだから、せめて勉強くらいしろ」

その声をかき消したくて背伸びをした本を開くが、難しくて全く理解できず、途中で投げ出しては「だからお前はダメなんだ」と自分を責め立て、自己肯定感を削り取っていく。
当時の私にとって読書とは、ただ自分の「頭の悪さ」「出来の悪さ」を再確認し、自分を傷つけるだけの「自傷行為」に過ぎなかった。


そんな泥沼の中で、「自分の力、自分の意思だけで何かを成し遂げた」という証が欲しくなり、私は47都道府県を一人で制覇しようと思い立った。就職活動の時期でもあったため、旅も兼ねて全国の有名な研修病院を見学して回ることにした。結果的に地元の病院に進んだが、見学を通じて全国に優秀な友人たちができて、刺激的な時間だった。

しかし、彼らとの出会いは私の中の声をさらに肥大化させた。
「同じ学年ならこれくらいできて普通なんだよ」
と、焦燥感が私を支配した。
研修医になってからも自己否定の悪癖は治らず、症例でわからないことに直面するたび、関連する専門書を狂ったように買い漁っては読み耽った。解決できないことがあると再び自己否定の引き金が引かれ、どん底まで落ちる。私はその不毛なループの中にいた。

旅は、そんな息苦しい日常から一時的に逃れられる唯一の避難所だった。リュックに本と最低限の着替えを詰め込み、新千歳空港から飛び立つ。未知の県を踏破するたび、未踏の地が減っていった。
その根底にあったのもやはり、「自分は人より劣っているから、他の誰も成し遂げていないことをやってやるんだ」という一種の「呪い」だった。

目標達成まで残り2県となったとき、楽しい非日常が終わり、日常の足音が近づくにつれて、「勉強ができない」「本が読めない」という呪いの声が再びボリュームを上げて近づいてきた。

そんな時に立ち寄ったのが、羽田空港の書店だった。新書の棚で見つけた『理科系の読書術』。読書へのコンプレックスが少しでも解消されればいいな、という軽い気持ちで手に取った。

立ち読みでパラパラとページをめくった瞬間、私の中で固まっていた価値観が根底からひっくり返った。

  • 本を読破しても偉くない
  • 読書は印をつけたりして、汚く読んで良い
  • 読書は、すでに知っている9割を確認する作業
  • 3つ情報を取れていればそれでいい
  • モチベーションや動機のない読書は苦痛
  • 読んでいて難解なのは著者が悪い
  • どうしても合わない著者もいる
  • 解ける問題と解かない問題がある

すべて、私がこれまで正しいと信じ、自分を縛り付けていたルールの真逆だった。「目から鱗が落ちる」とは、まさにこのことだった。

帰りの飛行機の中、私は貪るようにその本を読んだ。フライトの1時間半があっという間に感じられたのは人生で初めてだった。3日ほどで完全に読み終え、理解を深めるためにまとめノートまで作った。

その日を境に、読書が純粋に楽しくなった。
読みたいところだけを「つまみ食い」して良くなったおかげで、最初から最後まで読む必要がなくなった。
すべての問題を解き明かす必要がなくなったため、わからない部分で悩み続けることもなくなった。
気が乗らないときは本を閉じてもいい。
理解できない本は、自分の頭が悪いわけではなくて、著者が悪い。

気がつけば勉強、読書そのものが楽しくなり、本屋に寄っては貪るように読書し、積読本が増えていく毎日になった。

さらに本の教えは、私の仕事観や人間関係にまで良い影響を及ぼし始めた。本の中で紹介されていた「不完全法」というテクニックがある。わからない部分は一旦先に飛ばし、不完全な理解のままテンポを重視して読み進める手法だ。

研修医の仕事の一つに、受け持ち患者の問題点を洗い出し初期治療計画を立てる「アセスメント」というものがある。

いくら調べても原因がわからないことや、時間が足りないことも多い。かつての私はすべて自分の力で調べ尽くさなければならないと思い込んでいた。しかし、この「不完全法」を応用し、「今すぐに動くべきこと」だけに焦点を絞り、よくわからない問題はあえて後回しにする勇気を持てるようになってから、驚くほど仕事が楽になった。

人間関係でも、他人から理不尽に怒られたときに「自分が悪かったんだ」と勝手に自己嫌悪に陥っていたが、「世の中にはどうしても合わない人がいる」「相手と自分では価値観が違うだけだ」と割り切れるようになり、過剰に傷つくことがなくなった。

そういえば、私の趣味である「旅」だってそうだった。47都道府県を巡るとき、北から順番通りに律儀に踏破したわけではない。その時行きたいと思った場所から自由に巡ってきた。現に、最後まで残ったのは群馬県と山形県の二つで、比較的北海道から近い場所だった。
25歳の12月、私はその残り2県を踏破して目標を達成した。その時、カバンの中には当然のように『理科系の読書術』を忍ばせていた。

こうして本の知識を生き方にスライドさせていくことで、いつしか私の中にあった「劣等感」や「自己否定の声」は、少しずつ、だけど確実に小さくなっていった。もっとも、あの声が完全に消え去ったわけではない。これからも本を読みながら、自分を縛る声を一つずつ消していく作業は続くだろう。だから私はこれからも本屋へと足を運び、自分の「呪い」を解呪してくれる最高の一冊を探し続けたい。

もしも、かつての私のように「自己否定」という名の呪いに囚われ、息苦しさを感じている人がいるのなら。一度、街の本屋に立ち寄ってみませんか? もしかしたら、そこにある一冊が、あなたの人生の呪いをそっと解いてくれる、運命の出会いになるかもしれません。

《終わり》

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