メディアグランプリ

飛び散る黒い悪魔


 

 

 

 

*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

記事:奥津光佳(ライティングゼミ・2026年5月開講/通信・4ヶ月コース)

ゴホン…、ゴホン…。

6月の梅雨の時期になると毎年喉の調子が悪くなる。初めの頃は季節の変わり目だからかと思っていた。でも、毎年この時期になると咳き込み始める。梅雨に流行るカゼもないし、花粉でもない。何だろうかとわからないまま過ごしていた。

 その原因にとうとう気づく時がやってきた。気づいてしまった。

ついこの間のこと、部屋がくさいのだ。何かが腐ってるわけでもないのだが、ほんのりとくさい。生ごみの処理が甘かったのだろうか、いや違う。冷蔵庫の中身が何か傷んでいるのだろうか、いや違う。これも違う…、あれも違う…。と、匂いの元を探していくと、とうとう辿りついた。エアコンだ。エアコンから、ほんのりとなんとも言えない嫌な香りが漂っている。

そういえばフィルターの掃除をした頃っていつだっけか? と考えながら、エアコンの蓋を開けて見てみると、そんなに汚れていない。あれ? 結構きれいだな、でも明らかにくさいんだけど…と、エアコンの風が出る部分、吹き出し口から中を覗いてみる。

 中にはクルクルと回って風を送り出すファンがある。通常は筒状の形で、扇風機のように風を送り出すように、水車のようなパーツが横並びに並んでいる。暗がりではっきりとは見えなのだが、なぜかそのファンの部分がボコボコしているように見える。はて、何だろうあれは? とわからないまま、いそいそとスマートフォンを持ってきて、ライトを当ててみる。

 思わず、ヒッ…っと声が出る。最近、ここまで背筋が凍る場面に出会ったことはなかった。世にもおぞましい光景が目の前に広がっている。それはそうだ、こんなことになっていれば喉の調子も悪くなる。思えば熱もよく出していた。こんなものを吸っていたら、体調を崩さない方がおかしいとすら言える。どうしてこんな単純なことに今まで気が付かなかったのだろう、と寒気を感じながら自分に落胆する。

吹き出し口からライトを当てたその先には、大きなカビの森が広がっていた。

ファンがボコボコしたように見えたのは、全てカビの塊であったのだ。

 

 こんなエアコンが部屋にあることに耐えられるはずもない。

 そこからいかにしてこのエアコンを綺麗にしてやろうかと猛烈に調べ始めた。どうやらこの手の掃除はハウスクリーニングの業者が請け負っているらしい。これはいいと早速、近隣の業者に電話をかけて回る。

「あいにくもう予約が埋まっていまして、9月ぐらいだったらいいと思うですけど…」との返答が続く。くそう、みんな考えることは同じか。だが、あいにくこっちはそんなに待ってはいられない。

カビだらけの空気で夏を越すのか、それともエアコン無しでこの夏を過ごすのか、想像もしていなかった2択を急に迫られる。どうする…、どうする…とAIを叩きながら調べ続け、ヒットしたのが「自分でもできるエアコン掃除!」の動画。見てみると、自分でエアコンを分解して、高圧洗浄機で中の汚れやパーツの汚れを落としていくものらしい。これだ…、もはやこれしかない…。すぐに高圧洗浄機をネットで注文する。あらゆる汚れを吹き飛ばしてくれそうな強烈なやつを…。

 さて、戦いの始まりだ。仕事から家に帰ると高圧洗浄機がすでに届いていた。時刻はすでに21時前。クタクタのカラダにムチを打ち作業を始める。エアコンのモコモコを残したまま眠ることなんてできない。

 まずは、フレームを慎重に外していく。ガタゴトとやってもうまく外れない。自分はいつもこういう時に力ませに外そうとして、壊してしまう。慎重に力を入れながら外そうとすると、バキッ! と音がしてフレームが無事に外れる。ふーっと息を吐く。

 ようやく中のパーツが見えてきた。フィルターパーツの下に例のカビに埋もれたファンがある。フィルターの部分は完全には取り外せないので、片方だけを取り外し、隙間の部分からファンを引き抜く。

ファンを触るとざらもさっとした感触が指に伝わる。ぞぞーっと鳥肌が腕を伝うがやらないわけにはいかない。今すぐ手を離したい気持ちを抑えて、えいやっとファンを引き抜く。

 もうライトを当てなくてもはっきりわかる。風を効率よく送るために作られたファンの羽の部分の一枚一枚に、黒やら薄く黄色かかったカビが顔を覗かせている。こんなものから送られていた風を長年吸っていたのかと思うと目眩がしてくる。

メインターゲットを取り出したところで、急いでお風呂場へと向かっていく。ようやくこいつらとお別れの時間だ。意気揚々と高圧洗浄機を組み立て、ポンプに水を汲み構える。いくぞ! と意気込んで水を噴射する。凄まじい勢いだ。これならファンに住み着いたカビたちも駆逐できるはず。

そして、恐ろしいことが起きる。あまりの水の勢いから黒い悪魔たちが飛び散っていくのだ。ぎゃぁあぁぁ、もう出るわ出るわの黒いカビ。レーザーのように噴射される水にあたり、ファンの上から、下から、横から黒い塊が飛び出し、流れ出していく。なんて恐ろしい光景なのだろうと、震えながら水を当て続ける…。

たっぷり30分ほど経っただろうか。ファンを見てみると、元の機能的な姿を取り戻していた。そこに巣食っていた黒いモコモコたちはもういない。ふぅー、ざっとこんなもんでしょ、とお風呂の壁を見てみると、あちこちに黒い塊が張り付いている。

ちくしょう、第2回戦だ! と心の中で毒づきながら、壁にレーザーを当て始める…。

 清々しい風が、部屋の中を流れる。異臭もしない、喉も痛くならない、涼しくさっぱりとした部屋の中で本を読む。なんて気分がいいんだろうと本を横に置いてうとうとする。

 あの時、0時まで続いた戦い(掃除)は、無事に幕を閉じた。一日パーツを乾かして、組み立て直し、果たして無事に動くのだろうかとドキドキしながら、スイッチをつけたエアコンの下で、ゴロゴロと過ごす。

 定期的に掃除をしよう。もう2度とあんな鳥肌が立つような光景は見るものかと、硬く心に誓った休日であった。

≪終わり≫

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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