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Fortune Teller 〜月丘の「恋人たち」〜《週刊READING LIFE Vol.364「不透明」》


 

 

 

 

*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

記事:歩楽三(2026年5月開講 新・ライターズ倶楽部)

※この記事はフィクションです。

 

 

その日の夕方。

半地下にあるCafé Fortune Tellerは、店じまいの時間を迎えていた。

 

スタッフの天野 雛(あまの ひな)が「OPEN」の札を「CLOSED」にひっくり返し、最後のテーブルを片づけ終えると、店内には、焼き残った菓子の甘い匂いと、穏やかな静けさだけが残った。

雛がエプロンの裾で手を拭いていると、カウンターでカップを拭いていたマスターの朱雀 尊(すざく たける)が、ふいに、タロットの束を出してきた。

 

「ヒナ。一段落したなら、一枚引いてみろ」

「え? タロットですか?」

最近「タロットを勉強したい」と言う雛のために、尊が時々こうして練習をさせている。

雛は、嬉しそうに束を受け取った。

「なにを占えば?」

「——そろそろ、冴栄が厄介事を持ってくる頃合いだ。月に一度のな。次に来る相談者がどんな奴か。当ててみろ」

「ええっ、そんなの、当たるわけ……」

「占いなんて、確率の遊びだ。気楽に引けばいいさ」

 

雛は、半信半疑でカードを切り、扇のように広げた。二十二枚の大アルカナ。

迷ってから、えいっ、と一枚を抜き、ひっくり返した。

 

描かれていたのは——一組の男女と、その上で翼を広げる天使だった。

「恋人たち」のカード。

 

「わー、恋人たち! なんだろう、恋のお悩みですかね? それとも、結婚を迷ってる人とか!」雛は、無邪気にはしゃいだ。

「……さあな」

尊は、気のない返事をしながら、内心で(冴栄の案件だからな。まさかドロドロした色恋沙汰じゃないといいが……)と、少し不安を覚えた。

 

「明日の仕込みの材料を取ってくる。戸締まりはまだするなよ」

そう言い置いて、尊は地下二階へ降りていった。

 

 

しばらくすると、入口の階段を、オーナーの草薙 冴栄(くさなぎ さえ)が、いつになく急いた足どりで降りてきた。

 

「タケル、いる?——ちょっと、助けてほしいんだけど」

 

ヒールの音より先に、声のほうが切迫していた。

冴栄が「助けて」と言うのはめずらしい。

その後ろから、若い男女が二人、うつむき加減でついて降りてくる。

 

雛は、タロットを手にしたまま、思わず息を呑んだ。

 

(——あれって……ルナログの、二人?)

 

顔出しで配信している男女コンビ。ゲームも雑談も心霊スポットも食レポもやる。ここ半年で再生数を伸ばし、雛も寝る前によく観ていた。

「ルナログ」——正式には、たしか——「Luna Log」。

 

だが、画面の中の二人とは、雰囲気が別人だった。

女性「なぎ」の方は、目の下のクマを化粧で隠しきれていない。男性「ゆう」の方は、椅子に座っても落ち着かず、組んだ指をしきりに動かしている。あの、息のぴったり合った華やかな二人組は、どこにもいなかった。

 

ほどなく、尊がエプロンの紐を直しながらフロアへ現れた。

メガネの奥で、目を細めた。

(——「恋人たち」、か。へえ、当たってる)

それから、もう一段、目を細める。

(——ん? 影が、二人とも、おかしい)

 

本人は否定しているが、尊はいわゆる「視える人」だ。

今視えているのは、いつものどぎつい「影」とは少し違う。なぎの首から背にかけて、何か言いかけては引っ込めるように揺れる「影」。ゆうの胸の前で、出口を探してぐるぐるとうろつく「影」。どちらも、日に日に濃くなった生き霊——という体のものだった。

(本人たちの、行き場をなくした感情の像だろう)と、尊はいつものように脳内で言い換えた。自分の無意識の観察眼が、周囲から読み取った情報を映像化している——そう整理している。

 

「——で」尊は冴栄に向き直った。「助けてくれ、というのは?」

 

「この子たち、うちの広告クライアントの事務所の、看板コンビなのよ」冴栄は、めずらしく前のめりだった。「それでね、今すごく大事な話が来てるの。大手の飲料メーカーが、一年間の専属アンバサダーに指名したいって。初の単独イベント付き。決まれば、格が変わる案件よ」

 

「結構な話じゃないか」

「そう。結構すぎる話なの」冴栄は、声を落とした。「契約の中身がね、この二人の『カップルの空気感』ありきなのよ。あの売り方を、向こう一年、続けてもらう約束で。——返事の締め切りが、三日後」

 

冴栄は、ちらりと二人を見やった。

 

「ところが、肝心の二人が、ここ最近、まるで使いものにならないの。笑ってるのに、笑ってない。会話がどこか噛み合わない。この前なんか、提供つきの生配信で、五秒も間が空いて、空気が凍ったわ……」

「そういえばネットでも、『倦怠期?』『解散フラグ?』ってコメントが……」と雛が口を挟みかけ、ハッと二人を見て「ごめんなさい……」と奥へ下がっていった。

「数字も、落ちはじめてるの」冴栄が引き取る。「このまま空中分解されたら、案件は飛んじゃうわ。私がクライアントにつなげた話なのよ。私の顔も、丸つぶれ」——と、普段は見せない本当に困った顔をした。

 

「私たちも、分からないんです」と、なぎが、絞り出すように言った。「喧嘩してるわけじゃない。仲が悪くなったとも思わない。なのに……どうしても、うまく回らなくて。笑顔を作ろうとするほど、顔がひきつっていく感じで」

「契約すれば、もっと売れるって、分かってるんですけど……」と、ゆうが机に目を落とした。「契約書の前で、手が動かないんですよ。なんでか」

 

尊は、内心息を吐いた。

(——本人たちですら、何に詰まっているのか分かってない。なのに、期限という刃物が首に当たっているというわけか)

尊にとっては知ったことではない——が、これは冴栄案件だ。

断って拗ねられると、後々面倒なのだ。

(ふう……、仕方ない、か)

 

「では」尊は、メガネの位置を直した。

「少し、深く観させていただきましょう。場所を変えます」

 

 

地下二階の「特別室」。

コンクリート打ちっぱなしの、ひんやりした部屋だ。普段は材料置き場の開かずの間だが、月に一度ほど、こうした厄介事のために使われる。

 

机をはさんで二人を並んで座らせ、尊は向かいに腰を下ろす。雛は、いつものように壁際に控えた。

「それでは集中します。妙なことを言っても、気にしないでください」

尊は、二人に両手を机に置かせた。

四つの手のひら。そのどれにも、小指の付け根から辿ってずっと下——手首に近いところのふくらみが、見事に発達している。

 

——月丘。

想像、空想、創造の才。そして——表に出ない、潜在意識の領域。

(配信者には、おあつらえ向きの丘だな。だが、月丘が強い人間ほど、肝心の本心を、自分の水面下へ沈めてしまう)

 

尊の精神は、二人の手相の中へ、ダイブした。

 

——

 

——月が、出ていた。

 

ダイブした先は、夜の浜辺だった。銀色の月が、低く、大きく輝いている。波は静かで、濡れた砂が、月明かりを鏡のように照り返していた。

 

浜辺の真ん中に、明るく照らされた一段高い舞台があり、そこで二人が踊っていた。

 

笑顔のなぎと、笑顔のゆう。肩を寄せ、声を合わせ、息のぴったり合った「仲良しカップル」。だが——その足もとの床が、もう、あちこち軋んで、ひび割れている。二人が笑顔を作るたび、板がぎし、ぎし、と悲鳴を上げた。踊れば踊るほど、舞台そのものが、壊れていく。

 

そして、浜辺の沖から、巨大な影が近づいていた。

豪華な、もう一段大きな舞台だ。それが、波に乗って、ゆっくりと寄せてくる。乗り移れば、二人は今より遥か高いところへ行ける。だがその新しい舞台にも、でかでかと「恋人たち」と書かれていた。——乗れば、この役を、もう降りられなくなる。

 

(——三日後に、こいつに乗るかどうか、か)

 

だが、これだけ見せているのに、肝心のものが見えてこない。笑顔は本物だ。仲の良さも嘘ではない。なのにその奥が——月を映した水面のようだった。表面はくっきり明るいのに、底を覗き込んでも、足のつく深さなのか、底なしなのか、分からない。

 

(——不透明だ)

 

尊は、これまでの経験から、隠している人間より、こういう「全部見せている人間」のほうが、よほど厄介だと知っていた。

 

尊は、まず——舞台の裏手へ回った。

眩しい照明のすぐ裏、光の届かない場所に、もう二人分の影が立っていた。舞台の上で踊る二人の、本当の姿だ。

 

 

先に目に入ったのは、ゆうの方だった。

舞台裏のゆうは、笑っていなかった。彼は舞台の袖から、踊るなぎの横顔を、眩しいものを見るように、じっと見つめていた。

その視線が、何を意味しているのか、尊には一目で分かった。

 

(——好きなのか。相方を)

 

ゆうの足もとから、生命線をたどる。流年で読めば、二人の出会いは、ずいぶん昔だった。教室、同じ制服。最初は、くだらない話で笑い合えるだけの、同級生。

 

それが、いつからか「カップル」になっていた。

だが——舞台の上での関係は、二人が望んでなったものではなかった。

「絶対付き合ってる」「お似合い」「結婚しろ」——浜辺の向こうから寄せる、悪意のない、楽しげな声。その波が、気心の知れた二人組を、いつのまにか「恋人たち」というラベルへ押し固めていった。二人は、その期待に乗る形で、本物のカップルのように振る舞うようになっていた。

 

ゆうにとって、それは——救いだった。

 

尊は、ゆうの右の手相に目を凝らす。

実は、ゆうの心は、とっくにこの舞台から降りたがっていた。月丘のもっと先、誰も行ったことのない暗い海の向こうに、彼が一人で作りたい、まったく別の景色があった。今のジャンルではない、自分だけの表現。その方角へ、細い細い道が、水面からうっすらと隆起しかけている。

だが、ゆうは、その道へ踏み出せずにいた。

 

なぜなら——舞台を降りれば、なぎの隣にいられなくなるから。

 

「カップル」という名目だけが、彼となぎを、同じ場所に縛りつけていた。それは彼にとって、たった一本の命綱だった。沖の新しい舞台に乗れば、命綱はもう一年、太く頑丈になる。その代わり、自分の道へ伸びかけた細い線は、踏み出す前に断たれてしまう。

そして、好きだと言えば、今の関係が壊れる。だから言わない。仕事という名目に逃げ込んで、相方の隣にいられる今を、手放せずにいる。

好きな気持ちも、本当に行きたい場所も——二重に、伏せたまま。

(——契約書の前で手が動かない、か。そりゃ、動かないだろうな)

 

読みながら、尊は、ふと、わけもなく落ち着かなくなった。本心を隠す足元のさざ波に、どこかで触れたことのある気がする。だが、どこで、とは思い出せない。妙に近い場所だったような……。

尊は、その正体のわからないさざ波を、いつもの癖で脳のノイズとして片づけ、確かめないまま、先に進んだ。

 

 

尊は、舞台裏を、今度はなぎの方へ歩いた。

 

なぎの本当の姿は、ゆうとは、まるで逆を向いて立っていた。

彼女は、舞台の照明の外——遠い砂浜の先を、見つめている。その視線の先に、別の男の影がぼんやりと立っていた。なぎの足もとから伸びる感情線が、その影のほうへ、まっすぐに流れている。

 

(——外に、本当の相手がいるのか)

 

舞台の上の「恋人たち」とは何の関係もない、配信の外側でなぎが選んだ、本当の恋人。

なぎにとって、舞台の上の「カップル」は——降りたくて仕方のない、嘘の関係だった。ゆうには命綱だったその枠が、なぎにはいわば牢獄だった。

だから、沖から寄せてくるあの新しい舞台が、なぎには、迫りくる牢獄の増築にしか見えていなかったのだ。

 

だが、なぎは、それを言い出せずにいた。

 

尊が、なぎの手のひらの線を読もうとした、その瞬間。舞台の上で踊るなぎの笑顔が、ほんの一拍、崩れた。彼女は、隣で笑うゆうの顔を、まっすぐには見られなかった。

 

(——裏切りの線、というわけではないな)

その線にあったのは、人を欺く者の濁りではなかった。言い出せないまま抱え込んだ者の、後ろめたさの翳りだった。

なぎは、ただ恋人ができたのではない。それを相方に黙ったまま、世間に「カップル」を売り続けていることに、ずっと胸を痛めている。笑顔を作るほど、顔がひきつっていく——そう言った彼女の言葉は、そっくりそのまま本当だった。

 

そして——尊は、もう一つに気づいた。

なぎの翳りは、外の恋人によるものだけではなかった。彼女は薄々、ゆうが自分に向けている視線の意味に、気づいていた。だからこそ、よけいに言えなかったのだ。「本当の恋人がいる」と打ち明けることは、ゆうへの失恋宣告になる。それが分かるから、なぎは口をつぐんだ。

 

二人の沈黙は、怠慢ではなかった。互いを思って黙り込んだ二人が、軋む舞台の上で、何ひとつ言えないまま、完璧な笑顔で踊り続けている。そして沖からは、降りられない舞台が、刻一刻と迫っている。

 

(——よく出来た、切ない悲劇だ)

 

そのすれ違いのまま、三日後には、契約という形で固められてしまう。

(——どこまで光を当てるかが、難しいな)

 

全部を透明にすればいい、というものではなかった。なぎの恋人を暴けばゆうが砕け、ゆうの好意を暴けばなぎの逃げ場がなくなる。真実を全部つきつけて、結論を出してやるのは簡単だ。だが、それはこの二人の救いにはならない。

(——選ぶのは、この二人自身だ)

尊は、光を当てる場所を見定めようとした。

 

——

 

気がつくと、尊は特別室の椅子で、雛の手を握りしめている。

ダイブ直後の鉛のような疲れが、もう引いていた。雛がそっと手を離すと、肩に絡んでいた重さが、嘘のように軽くなった。

 

「お待たせしました」

尊は、二人に向き直った。

冴栄が差し出した水を一口飲み、少し落ち着いてから続ける。

 

「結論から言うと——その契約に、いますぐ返事をしない方がいい。少なくとも、いまのお二人のままでは」

冴栄が、ぎょっとした。「ちょっと、タケル」

「最後まで聞け」尊は、軽く手で制した。

「お二人とも、手相に、よく似た翳りがある。言いたいことを、相手を思って、飲み込んでいる。その我慢の翳りが、そっくり同じ場所に出ています。仲が良すぎる証拠だ」

 

二人が、はっと顔を上げた。

 

「あなたがたの月丘——想像力を司る場所が、大変よく発達している。人を楽しませる、本物の才能だ。ただ、月丘は、潜在意識……表に出さない、心の水面下も司る。この丘が強い人ほど、いちばん大事な本心を、自分でも気づかないくらい深くまで沈めてしまう。いまのお二人は、その沈めた本心に、足を引っぱられているようです」

 

尊は、まず、ゆうのほうを見た。

「ゆうさん。あなたの右手には、新しい線が一本、出かけています」

手首に近い月丘から、薬指の付け根——太陽丘へ向かって伸びる細い線を、尊はそっとなぞった。

「まだ薄い。けれど、確かにある。あなたは、無意識のうちに、別の方角へ、もう歩き出しかけている。あなただけの、新しい何かを作りたい。——心当たりはありませんか?」

 

「……あります」絞り出すような声だった。「でも、それを言ったら、自分たちが終わってしまう気がして」

 

「終わるのは、舞台の上の役だけです」尊は、静かに言った。「あなた自身が、終わるわけじゃない」

ゆうの中で、何かが静かに決まっていくのが、尊には分かった。

 

「——なぎさん」

今度は、なぎの方を見た。

「あなたが抱えているものを口にすれば、何かを壊すと思っているでしょう。だが、想像しているほど大きくは壊れません。むしろ、黙ったまま物事を進めると——そのときこそ、取り返しがつかなくなる」

 

なぎの目が、揺れた。

「……いつ、言えばいいんでしょう」

「それは、私が決めることじゃない」尊は、わずかに口元を緩めた。「ただ——あなたが、相手を傷つけたくなくて言えずにいるのと、同じくらい。相手のほうも、言葉にできないものを抱えている。多分、ずっと前から。お互い様なんですよ、案外」

 

なぎが、息を呑んだ。隣のゆうを、ちらりと見る。ゆうは、まっすぐ前を見たまま、なぎを見なかった。だが、その横顔は、もう、舞台の上の笑顔とは違っていた。

 

「答えは、二人で出してください」尊は、両手を机の上で組んだ。「私は、手のひらに出ているものを読んだだけだ。どう選ぶかは、こちらの仕事じゃない。——ただ、三日後にこだわる必要はない。間違った未来を、慌てて選ぶよりはね」

 

しばらくの沈黙のあと、先に口を開いたのは、ゆうだった。

 

「……俺さ」と、なぎのほうを向いて。「前から、一人でやってみたいことがあったんだ。今のチャンネルとは、全然ちがうやつ。ずっと、言えなかったけど」

 

なぎが、目を見開いた。それから——ふっと肩の力が抜けたように、笑った。

「……知ってた。なんとなく」

「マジで?」

「相方だもん。それくらい、分かるよ」

 

なぎは、少しだけ、声を落とした。

「あのさ。私も……話さなきゃいけないこと、あるんだ。今日じゃなくて、ちゃんと、ふたりのときに」

「……おう」

ゆうは、それ以上聞かなかった。聞かなくても、何となく分かっていたのだろう。

長いこと黙っていた二人が、ようやく本当の声を交わした——ほっとしたような、けれど少しだけ寂しい空気が、流れた。

 

「俺たち、あの契約、断ろう」ゆうが、天井を見上げて言った。「『カップル』のままもう一年は……たぶん、二人とも、もう無理だ」

「うん」なぎが頷いた。「いったん、ちゃんとバラバラになろう。仲が悪くなったわけじゃないんだから。——元の、ただの同級生に、戻ればいい」

「それ、いいな」ゆうが笑った。「腐れ縁が、いちばん長持ちするって言うしな」

 

ゆうは、笑っていた。けれど、その笑顔の奥に残る小さな痛みを、尊は見ていた。失恋と引き換えに、自分の本当の夢へ踏み出す——ほろ苦い解放だった。

(——それでいい。君は、いい選択をした)とは、口には出さなかったが。

 

冴栄だけが、頭を抱えていた。

「ちょっと……案件は? クライアントにどう説明すればいいのよ」

「コンビ解消、円満卒業——むしろ、いい話題になるんじゃないか?」

尊は、しれっと言った。

「二人別々で売り込めば、案件も二本だ。商売上手のサエさんなら、お手のものだろう」

「もー、他人事だと思って……」冴栄は、まだ釈然としない顔でいたが、それでも早々に次の算段をつけたようで、「ちょっと先に帰るから、後はよろしくっ」と風のように去っていった。

 

尊と雛は店の階段を上ったところまで二人を見送りに出た。

「ありがとうございました。なんか、すっきりしました」ゆうが、晴々とした顔で礼を言う。

「べつに、何も解決していませんよ。契約は流れたんだ」と尊。

「いや」ゆうが振り返って笑った。「自分たちの将来に向き合えただけでも、十分ですよ」

二人は何度も頭を下げて、来たときよりもずっと軽い足どりで、仲良く帰っていった。

 

 

二人を見送ると、雛が感心したように言った。

「すごいですね。あんな、自分たちでもよく分からなかった話を……」

「俺はたいしたことはしてない。結局、本人たちが勝手に解いただけだ」

「またそういうこと言う」雛は、唇を尖らせた。

「ほんとは、ちゃんと、二人の気持ち、分かってたくせに」

「さあ……気のせいだ」

 

店に戻ると、尊はカップを拭きながら、ふと、ダイブの中で覚えた、あの正体のわからないさざ波を思い出した。何かに蓋をして覆い隠すような感覚。だが、結局それが何だったのかは、わからずじまいだった。——考えてもしようがない、と尊は片づけた。

 

窓の外は、すっかり暮れていた。

半地下の店内には、焼き残った菓子の、甘い匂いが、まだうっすらと漂っていた。

 

《終わり》

 

 

ライターズプロフィール

歩楽三(ぶらぞう)(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

2026年1月ライティング・ゼミに参加。5月よりライターズ倶楽部参加。

東京都在住。気ままに、エッセイ、SF、などの漫画や文章を創作しています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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