夏が来る。未来に向かって今を、どう生きるか
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事: 藤原 宏輝 (ライティング・ゼミ 名古屋会場 )
梅雨の晴れ間の青空は、少しだけ夏の匂いがする。
窓を開け放ち走らせる車の中、弾むようなベースラインと、少ししゃがれた爽快なボーカルが響いていた。
「やっぱり、サザンは最高だなあ。夏はこれに限るよねえ」
佐伯さんは、少年のように嬉しそうに口ずさみながら笑った。
「先輩、まだ6月ですよ」
後輩経営者が助手席から戯けて突っ込むと、
「僕にとってサザンは青春そのもの! 青春って年齢じゃなくて、自分の中にどれだけ夏があるかなんだよ」
と、嬉しそうに声を弾ませた。
こうして佐伯さんの車に同乗させてもらえるのは、私たちにとって特別な時間だ。
「毎朝6時に起きてベッドの上で30分のストレッチ。気づいたら、もう40年近く続けているんだよ。地味だけどね、そのルーティンが身体の声を聴く。大切な時間なんだ」
「40年、ですか……」
私たちは、返す言葉がなかった。
「自分の身体は、自分が守らないとね。健康は日々の丁寧な選択の積み重ねだよ。食べる物を選び、睡眠は惜しまない。美しいものに感動する心と身体も錆びつかせない」
と続けた。
佐伯さんはバツイチ独身のシングルファーザーで、男手ひとつで子供を育てあげ、今ではお孫さんが2人いる。
清潔感に溢れ、大切に使っている上質な革の腕時計もオシャレでカッコいいし、背筋はピンと伸びてシャキッとしている。
後輩経営者から人気があり、とにかく女性にもモテる。
少年のようにキラキラと輝く瞳と肌の艶やかさは、彼の若さを証明していた。
65歳まで地元大企業の関連会社の社長を務め、さらに必要とされ続け、今も役員として携わり、日々新しい発見や出会いを大切にしている。
未来に向かって「次は、何をしようか」と常に考えている人だ。
分からないことは、すぐに素直に質問する。
「これ、便利だよね」AIのチャッピーと会話する姿はなんだか瑞々しい。
歳を重ねるという事は、より洗練され豊かになっていくプロセスなのだ。
と、心から思わせてくれる憧れの先輩。
今日は‘古希祝いゴルフコンペ’
「さあ、着いたよ。ゴルフを今日も楽しもう」
まぶしい太陽の光が、彼の白いシャツに反射していた。
しかし、人生は人それぞれだ。
クラブハウスでは、少し低く重い声が響いた。
「おいおい、なんだこの暑さは。まだ6月だろ? ったく、地球温暖化かなんか知らんが、やってられんわ。このコースはグリーンの手入れも悪いしさぁ」
声の主は、コンペのもう一人の主役。
一代で会社を築いた経営者の権藤(ごんどう)さんだ。
「おはようございます」と声をかけると、「おっ、お疲れ」と片手を気だるそうに挙げた。
彼の周りには、どこかどんよりとした空気が漂っていた。
ポロシャツの襟はヨレ、お腹のあたりがせり出し猫背気味で、足元を引きずるようにして歩く。
超アナログ派を自称する彼の口癖は、
「時代は変わった。昭和は良かった」だ。
伝統を重んじているというよりは、新しいことを学ぶ努力を放棄しているように周りには映っていた。何より、口から出るのは天気や景気や政治、若者への文句ばかり。
「今の若い奴らは、パソコンだの、AIだの中身がない。俺等の若い頃は、汗水垂らして足で稼いだもんだ」
そんな彼の会社は、若者が続かず常に人手不足らしい。
どこかズルさが見え隠れし「ゴルフボールを少し動かした」という噂も絶えない。
ビジネスでも約束を「忘れていた」と煙に巻いたり、手柄は自分のもの、失敗は部下のせいにしたりしていた。
「ま、要領よく生きるのが、会社を生き残らせるコツだ」そう笑う彼の目は鋭く、少しも笑っていない。私は思わずゾッとした。
レストランで流れていたBGMを聴くや否や、顔をしかめ、
「なんだ、この歌は。昭和の時代は良かったなあ」
と権藤さん。自分の知っている狭い世界だけが正しく、知らない世界はすべて「価値がない、間違っている」と言って排除してしまう。
一方、佐伯さんは「なるほど、あの時代の曲は情緒があったね」と丁寧に受け止め、どちらの良さも面白そうに語ると、権藤さんはフンと鼻で笑い、
「佐伯はおめでたいねえ。そんな綺麗事じゃ、世の中渡っていけないよ」
と冷ややかに返した。
サザンの桑田佳祐さんをはじめ、第一線で輝き続ける同世代のスターたち。
人生の古希という節目を迎え、同じように長年会社の経営に携わってきた先輩お2人。
なのに、なぜ?
これほどまでに、放つ輝き、あるいは放つ翳(かげ)りが違うのだろうか?
午後になり、一段と気温が上がり湿気も加わった。
「さあて、後半も行きますか。しかし、この暑いのはどうにかならんのかね」
権藤さんは、またブツブツ言っていた。
立っているだけで、汗がジワーッと出てくる。
体力が奪われるような過酷な暑さの中、権藤さんは顔を真っ赤にして、冷たい缶ビールをずっと煽っていた。
「おい、まだか。前の組が遅すぎるんだよ」とイライラしている権藤さんに対して、佐伯さんは
「暑いから無理せずに、少しでも目眩がしたら、すぐに日陰に入りなさい」と周りに声をかけていた。
12番ロングホール。
権藤さんがティーグラウンドに立った。
すでに、顔は土気色に変わり、呼吸も荒くなっていた。
ドライバーを振り抜こうとしたその瞬間! 事件は起きた。
「うっ!」
と短い呻き声とともにその場に崩れ、クラブが芝生の上に鈍い音を立てて転がった。
「権藤さん!」
私が叫ぶのとほぼ同時に、目の前を驚くべき俊敏さで駆け抜け、
「大丈夫か、権藤さん。もうすぐ救急車が来るからね。ゆっくり息をして」
綺麗事だと切り捨てた相手に対して、佐伯さんは一瞬の躊躇もなかった。
「身体が苦しいってサインを出していても、無視してしまう。自分を大切にできない人は、結局、他人のことも大切にできなくなってしまうんだよ」
と佐伯さんが言った。
権藤さんの診断は重度の熱中症。極度の脱水症状と日頃の不摂生、自分の身体の変調を無視して「まだ若い」「これくらい大丈夫だ」と過信し、誰の言葉にも耳を傾けなかった結果だった。
倒れた原因が自分にあるとは全く気付かずに、誰かや何かのせいにする事で、自分のプライドを守っているのかもしれない。
70歳、古希。
人生120年という時代、半分を少し過ぎただけ。
これまでの生き方の‘答え合わせ’が始まるのだと感じた。
権藤さんの生き方は、私に‘強い警告’をくれた。
自分の世界をどんどん狭くし、心を乾かせ、身体を蝕んでいく。
‘学び成長すること’をやめてしまった瞬間から、本当の意味で老人になってしまうのだろうか。
佐伯さんの生き方は、私に‘無限の希望’をくれた。
自分の健康に対して、責任を持つこと。古いものも愛しながら、新しい変化を面白がり、学び続けること。そして、周囲への感謝と敬意を持ち続けること。
雲の切れ間から、力強い太陽の光が降り注ぐ日。
「もうすぐ、夏が来るね」
佐伯さんの嬉しそうに「もうすぐ、夏が来る」と言って、これからも子供のようにはしゃぎ、素直に微笑んでいるだろう。
憂鬱な雨の季節は、もう終わる。
ふと、潮風のようなサザンのメロディが聞こえた気がした。
私は70歳になった時。
「今の世界は、なんて面白いんだろう」と言える人間でありたい。
その為に、今の生き方が常に問われている。
私は丁寧に生きて、佐伯さんのように心にいつも、夏を持っていよう。と思った。
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