メディアグランプリ

失敗から始まる会話


 

 

 

 

*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

記事: 福乃 玲 (ライティング・ゼミ 名古屋会場 )

 

「今日、どうだった?」

 

息子に物心がついた頃から、保育園や小学校へ迎えに行った帰り道、車に乗ると必ず最初にそう聞いていた。

 

保育園の頃の息子は、おしゃべりが止まらなかった。

 

「今日は○○くんと鬼ごっこしたよ。」

 

「給食がおいしくて、5回おかわりした!」

 

「先生にね、こんなこと褒められた」

 

ときには友達とけんかをして納得がいかなかった話をしたり、転んで泣いてしまったことを教えてくれたりもした。

 

その日の出来事を一つひとつ思い出しながら話す息子の表情はくるくると変わり、その日の園での様子が目に浮かぶようだった。

 

私はその時間が好きだった。

 

今日という一日を、親子で一緒に振り返る大切な時間だったからだ。

 

だから、小学校へ入ってからも、何も疑うことなく同じ質問を続けていた。

 

ところが、しばらくすると返ってくる言葉は決まって、

 

「楽しかったー」

 

それだけになった。

 

しかも、どこか棒読みである。

 

「何が楽しかったの?」

 

と聞いても、

 

「いろいろ」

 

「休み時間」

 

そんな短い返事しか返ってこない。

 

保育園の頃はあれほど話してくれていたのに。

 

少し寂しかった。

 

もちろん、小学生になれば親に何でも話す年齢ではなくなる。

学校という子どもだけの世界も広がっていく。

 

それが成長の証だということは、

頭では分かっていた。

 

それでも私は、息子が今日どんな一日を過ごしたのか知りたかった。

 

嬉しかったことも、悔しかったことも、誰かに優しくしてもらったことも。

 

話したいときだけでいいから聞かせてほしい。

 

そんな思いで、毎日同じ質問を繰り返していた。

 

私の中では、「今日どうだった?」という言葉には、

 

「あなたのことを大切に思っているよ」

「今日も無事に帰ってきてくれてうれしいよ」

 

そんな気持ちを込めていた。

 

そんなある日、息子から言われた一言に驚いた。

 

「ママ、おんなじ質問ばっかりやめて! しつこい」

 

 

確かにその通りだ。

毎日同じ質問をされたら、大人だってうんざりする。

息子は、毎日同じことを聞かれることに飽きてしまったのだろう。

 

でも、じゃあ何を聞けばいいのだろう。

 

私は少しもやもやしていた。

 

そんなある日、子育てに関する記事を読んでいて、一文が目に飛び込んできた。

 

「子どもには『今日、何失敗した?』と聞くといい」

 

その瞬間、

 

「これだ!」

 

と思った。

 

失敗したことなら、その日に一つくらいあるかもしれない。

 

しかも、「失敗」という切り口なら、楽しかった日でも、そうでない日でも答えられる。

 

その日の夜、さっそく試してみた。

 

その日、私たちは家族で遊園地へ出掛けていた。

 

息子が一番楽しみにしていたのは、本格的なサーキットで走れるゴーカートだった。

 

ヘルメットをかぶり、少し緊張した面持ちで運転席に座る息子。

 

係員の説明を真剣な表情で聞いている姿を見て、「ずいぶんお兄ちゃんになったな」と思った。

 

いよいよスタート。

 

息子は慎重にハンドルを握り、ゆっくりと走り始めた。

 

ところが、その数秒後、

 

「あっ!」

 

気付いたときには、息子のカートがコースを逆向きに走っていた。

 

周りにいた大人たちは一瞬驚き、係員も慌てて息子を誘導する。

 

当の本人は何が起きたのか分からず、真剣な顔のままである。

 

私は心配するより先に、その光景がおかしくて笑ってしまった。

 

もちろん、安全な状況だったからこそ笑えたのだが、その一生懸命さが何とも息子らしかった。

 

帰宅し、お風呂を済ませ、布団に入った。

 

部屋の明かりを消し、静かになったところで、私は昼間読んだ記事を思い出した。

 

「今日、何失敗した?」

 

息子は一瞬きょとんとした。

 

「えっ?」

 

そう言ったあと、数秒考えて、突然吹き出した。

 

「逆走しちゃった!」

 

昼間の出来事がよみがえったのだろう。

 

私は笑いながら言った。

 

「見てたおじちゃん、『俺も逆走してみたいわ』って言ってたよ」

 

「早くゴールしたいって気持ちが先走っちゃった」

そう言って、息子はお腹を抱えて笑い出した。

 

そして、隣で聞いていた夫が

「公道じゃなくて良かったじゃん!」

と一言。

 

私は、

「ほんとだね。遊園地だから笑い話になったね。」

と返した。

 

家族三人で布団の中、大笑いした。

 

昼間は少し恥ずかしかった出来事が、その夜には家族の思い出になっていた。

 

私は、その時間がとても温かく感じられた。

 

「失敗」を話題にすると、こんなにも笑顔になれるのか。

 

翌日、その答えが返ってきた。

 

学校から帰ってきた息子が、ランドセルを下ろすなり言った。

 

「ねえ、ママ」

 

「今日、ママ何失敗した?」

 

私は驚いた。

聞かれる立場になるとは思ってもみなかったからだ。

 

「えー、何だろう」

 

私は本気で考えた。

 

朝からの出来事を思い返し、一つ見つけた。

 

「お弁当の鮭、少し焦がしちゃったことかな」

 

そう答えると、

 

「それ失敗だね」

と息子は嬉しそうに笑った。

 

そして、自分から学校であった失敗を話し始めた。

私は、その姿を見て気付いた。

 

息子は質問が嫌だったわけではない。

 

毎日同じ質問をされることに飽きていただけだったのだ。

 

それに、子どもは自分の話ばかりではなく、大人の話も聞きたいのだ。

 

親がどんな一日を過ごし、どんな失敗をしたのか。

 

そんな何気ない話を聞くことで、「大人も失敗するんだ」と安心するのかもしれない。

 

親になると、つい子どもには失敗しないようにと教えたくなる。

 

転ばないように。

間違えないように。

迷惑をかけないように。

 

でも、本当に伝えたいのは、そこではない。

 

失敗しても大丈夫。

 

挑戦したからこその失敗なら、むしろ誇らしい。

失敗したあと、どう次につなげるか。

その方が、ずっと大切なのだと思う。

 

考えてみれば、「今日、どうだった?」という質問には、

「今日は楽しい一日であってほしい」という、私自身の願いが少し含まれていたのかもしれない。

その願いを、息子はどこかで感じ取り、「楽しかった」と答えようとしていたのではないだろうか。

 

一方で、「今日、何失敗した?」という問い掛けには、

「失敗しても大丈夫」

そんな言葉を口にしなくても、この質問そのものが伝えてくれている気がする。

 

最近では、息子だけでなく、私も夫も、その日の失敗を話すようになった。

 

「コーヒーを机にこぼした」

 

「書類を家に忘れた」

 

「昼ご飯の時間が遅くて、夜ご飯があまり食べられなかった」

 

どれも小さな失敗ばかりだ。

 

でも、それを笑って話せる時間は、一日の終わりに心をほぐしてくれる。

 

失敗は、隠すものではなく、家族の会話を生む種にもなる。

 

今日も寝る前になったら、私は息子に尋ねるだろう。

 

「今日、何失敗した?」

 

そして、息子の話を聞いたあとには、私も自分の失敗を話そうと思う。

 

一日の最後に交わす、たった一つの質問。

 

その時間が、失敗を笑って話せる関係を、少しずつ育ててくれる気がする。

 

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