いつから梅仕事はお洒落になったんだろう
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事: みちよ (ライティング・ゼミ 名古屋会場 )
6月。
スーパーに並ぶ青梅を見て、心ときめく。
立派で大きな青梅。
ホワイトリカーを買って、梅酒を漬けよう。
いや、今年はブランデーで漬けようか。
氷砂糖じゃなく、黒砂糖を使うのもいい。
しかしここ数年、その気持ちにかかるブレーキがある。
#「梅仕事」#「季節の手仕事」#「丁寧な暮らし」
透明な瓶に青梅と氷砂糖。琥珀色の液体に自然光。
木のテーブルに白いリネン。ホーロー容器。
子どもと一緒に梅のヘタ取り、なんて言われてしまっては、もう。
ああ。
わたしには、そんなにお洒落にやり遂げる自信はありません……
勘弁してください……
「ときめき」は、たちまち「気おくれ」に変わり、
自分にはそんな資格はないのだと、山積みされた青梅に背を向けて逃げ出したくなるのである。
けれど。
頭をぶんぶん振って考える。
もともと、梅にまつわる作業はそんな洒落た仕事ではなかったはずである。
あの赤い蓋の大きな保存瓶に乱雑に漬けられ、台所の隅でほこりをかぶっている。
そんな瓶が、何年か前のものからいくつか並んでいる。
漬けた本人だけが、「何年の梅はできがよかった」などと悦に入り、
家族からは、「いったいいくつ瓶並べるのよ」と邪魔者扱いされる、そんなものではなかったか。
いや、もっと元をたどれば、そもそも梅は保存食である。
「梅がなるから漬ける」「保存するために漬ける」、そんな、生活の知恵だったのである。
むしろ面倒くさい地味な作業で、だけど、「やらねばならないからやる」「そういうもんだからやる」みたいなものだったはずだ。
梅に関することで、思い出すのは大学生のとき。
わたしは、学生寮に住んでいた。
4年生は卒業を控え、引っ越しの準備に慌ただしかった。
人一倍荷物が多い、とある先輩は、明日から新一年生が入ってくるというのに、
最後の日までまだ段ボールに詰め込む作業に追われていた。
「先輩、間に合いますか? 今日中ですよ」なんて、みんな心配とも冷やかしともつかない声をかける。
午前中、先輩の作業を手伝ったが、どれだけやっても、迷いの出始める終盤にすら至らず、
とにかく手あたり次第詰めていく序盤の域を出なかった。
いつ果てるともないその作業から、午後用事があったわたしは、離脱した。
そうして夕方帰宅したとき、先輩の部屋をのぞいたら、見事に空になっていた。
午前のあの光景から、見事なビフォーアフター。
物事には終わりがあるのだと、感慨深く思った。
そうして自分の部屋に戻った時、その入り口を見て、絶句した。
そこには―――
大小も様々、蓋の色も赤や緑と色とりどりの、漬けられた梅酒の瓶の数々が、
まるで捨て猫のようにこっちを見ていたのである。
瓶には、無造作に黒の油性ペンで「1990 焼酎」「1995 黒糖」「1998 ブランデー」など、
殴り書きされてた。
すぐに、先輩の「遺産」だと悟った。
引っ越し準備で最後の最後まで持て余したもの―――それが、この梅酒たちだ。
わたしは、せっせとその瓶たちを自分の部屋の中に招き入れた。
そうして、足場のなさに困惑し、ため息をつきながらベッドの上で、保護した瓶の中で一番古そうな「1990 焼酎」を飲んだ。
そう、先輩は梅酒を漬けるのが趣味だった。
時々、「今年の梅酒は美味しくできたから」と、お裾分けにあずかった。
先輩がくれるその梅酒は「おーい お茶」と書いた黄緑色のラベルが貼ってあるままのペットボトルに無造作に入れられていた。
そして、必ず美味しかった。
それを思い出して、今、あらためて考える。
先輩は、梅酒の瓶の写真なんか、一度も撮ったことはなかっただろう。
それは、誰かに何かを示すための作業ではなかった。
先輩の梅酒には、ハッシュタグはついていなかった。
ただ、やる。
そういうもんだから、やる。
梅が売られているから、やる。
梅酒が好きだから、やる。
そこに立ち返ると、何かが自分の中で吹っ切れた。
インスタで、映える青梅たちは、青梅たちでいい。
ただの「普段の暮らし」だったものが、「ライフスタイル」に格上げされた。
これが「#梅仕事」なのだ。
しかしそれだって、
写真に写らない場所がどうなっているか、
そして写真撮影後の瓶の扱いがどうなっているかなど、分からないではないか。
案外と、先輩の梅酒瓶たちと変わらない境遇なのではないか。
都会暮らしの台所に、誰だってそんなに際限なくお洒落な余白があろうはずは、ない。
そう思うと、数々のお洒落なハッシュタグが、頭の中から一掃されていった。
今年は、梅酒を漬けよう。
安売りの不揃いな梅で。
洗った梅を、新聞紙の上でころころ乾かして。
つまようじで適当にヘタをとって。
らっきょうの瓶がもうすぐ空くから、あれを使って。
焼酎? ブランデー?
いや、ジンで漬けてみるってどう?
やったことないけど、面白いかもしれないな、なんて思いながら。
失敗したって誰に文句を言われることはない。
わたしだけが楽しむ、わたしの梅酒なんだから。
今の季節しか、楽しめないことなんだから。
もちろん、写真は撮らないよ。
地に足をつけ、あらためてスーパーに向かったのであった。
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