不思議な5丁目
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事:美濃部 康代(2026年8月開講 ライティング・ゼミ福岡)
「ねえ、また救急車が来たよ」
新しく越してきた部屋の窓から見える景色でもうすぐ2年になるが、彼はあまり気に留めないタイプなので気がついてはいないのだろうと思いながら話しはじめる。
このセリフを私は幾度となく繰り返し転居への同意を求めているのだが毎回、「ほんとだ」と窓から外界を眺める。救急車のサイレンが聞こえ始めると「救急車の音が鳴っているよ」と私が喜ぶかのように隣の部屋からご丁寧に報告にやってくる。そういえば、ここには救急車だけでなく巡回ではないパトカーもよく見かける。私の不安予期センサーが高鳴り始まりまた、好奇心も追い打ちをかけるようにスマホでのリアルタイム速報の確認も忘れない。
警察といえば越してくる前の痛い記憶が蘇ってきた。
午前中、所用を済ませ自家用車で戻った矢先に知らない車が駐車スペースに留まっていた。ここは住宅街にある広い駐車場で見通しも良く専用区画も明確に数番で記載され分かれている。外部の人が入り込んで停車できるほど管理はずさんではない駐車場だ。
どうしようという焦りと同時にどうやって見ず知らずの車の運転者を見つけたらよいのかと思い巡らせて閃いた110番。ところが最寄りの交番の電話番号というものはスマホで探しても見つからず、県警の連絡先に一元化されている。
「火事ですか? 救急ですか?」いや、どっちでもない……。
「違法駐車です!」と言い放ったあと、少しの間を感じたものの「警察から110番するように言われて……」と答えた。「警察からですか? わかりました、その場でお待ちください、今、向かっていますから」と住所と目印を伝えて胸を撫でおろすような心持で電話を切った。ところが、なかなか警察官はやってこない。交番って駅前、ここから徒歩5分のところにあるから、そう待たずに解決できるものだと思っていた矢先、同じく駅前5分にある駐車場の管理会社の方が私の連絡を受けて、確認に来てくれた。
駐車番号の隣の契約者に確認の連絡を入れてくれたようだった。暫くしてバイクを押しながらやっと辿り着いたかのような年配のおまわりさん。「ここ、住所の番地が変わっていてぐるぐる探して廻っていたが見つからず」とへとへとの姿を目の当たりにしてすっかり意気消沈して怒りも収まりかけた時に犯人が出現。隣の契約が会社で駐車番号を間違えて停めたパートの従業員だった。「すみません」の一言でなんだかすっきりしないが、仕方がない警察やエマージェンシーコールまでを巻き込む事態を引き起こしたのは私だからと気を取り直した。心狭きそんな自分を恥ずかしく情けない忘れたい出来事でもあった。
本当はそこで夫婦で生涯を過ごすはずだった住まい。その為に古い浴槽も換え壁紙も換え畳も張り替える計画だった。ある日、不動産会社からポストに投函された1通の知らせが思いがけず立ち退きの決定事項でガス管が破れ危険な為と書いてある。期限は半年以内に転居先を見つけなければならず、30世帯の住人は一斉に引っ越し先を求め始めることになった。最年長は90歳、障がいの方もいるし、外国の人も住んでいる。私は仕事の傍ら物件探しを始めて驚いた。同等の家賃で検索するが殆ど見つからず、なんと市内は家賃が高騰しているではないか。今より3,4万円は高い住まいに引っ越すはめになり引っ越し代と家賃1か月分は立ち退き料と相殺というカタチになるというが、そもそも2か月前にお風呂の改装と湯沸かし器の取り付けをオーナーに頂き工事を完了させたばかり。快適な新婚生活をスタートさせたばかりだった。立ち退きならその時に分かっていたのではないかと疑いたくなる。浴槽代を含め費用は50万円程かかったが、設備会社へ新品同様安価で引きとってもらえないかとお願いするもガス湯沸かし器型の特殊な口径なので利用価値が低いとのことで答えはノーだった。不動産会社に買い取りを要請するが、オーナーが許可したのか不明だと一旦は苦言を示されたが、結局オーナーの許可が判明したことで宅建法上、引き取りには応じてもらえたが、要求できる金額を正しく調べずに浴槽と湯沸かし機を併せて10万円という安価な提示金額に応じてしまったことが悔やまれる。何より早く物件を見廻って引っ越しを済ませなきゃという焦りの気持ちが勝ってしまい失敗した。
結局、縁もゆかりもない遠くの地域に間取りが似ていて駅チカの4階建て物件、エレベーター無へ引っ越し先を決めた。家賃はやはり3万円は上がることになったが、区画整理のなき狭き所に、早いもの勝ちのように建てられたマンションの数々。窮屈さが滲み出る感じの一角で四方八方が塞がれ、でこぼこの物件から垣間見える空が唯一の息継ぎの要になっている。通勤を考えればやむをえない。次の引っ越し先が決まるまでは我慢だと飲み込むが越してきて直ぐに目の前の戸建てに救急車が留まり、心肺停止の男性の全裸が運ばれる光景を見た。次は隣のマンションで……。次は戸建て挟んで真向かい。そして斜め前とやたらと救急車のサイレンが響く。不可解で某、事故物件サイトを検索してみるとなんと、私が住んでいる建物も過去に事故物件の印があった。恐るべし5丁目から早く引っ越したいと願う毎日である。ナンマイダ……ナンマイダ。
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