ゼミ

「私は、中身が大事」と言いながら、婚活で人に値札をつけていた。《週刊READING LIFE Vol.373「効率化の先にあるもの」》


 

 

 

 

 

*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

 

 

松原大修(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

 

第一章 値段で価値を測る人たち。

あの日の夜、カウンターの上には、大きな梅干しの瓶が置かれていた。

まさか、その瓶一つで、あれほど店の空気が変わるとは思わなかった。

 

 私は、週1の頻度で京都のとある酒場へ通っている。

そのお店は、路地裏にあり、初めてではわからないような場所にある。一見さんお断りの店である。誰でも入れるわけではなく、女将さんの目利きで判断される。

来店時の対応、礼儀、立ち振る舞いなど。

そのお店に、メニュー表は存在しない。値札表も存在しない。あるのは、日替おつまみの一覧表だけ。合計金額は、会計時までわからない。

 私は、この酒場に通い出してから、まもなく1年が経つ。常連さんは皆礼儀正しく、人間として奥行きのある方ばかりだ。年齢も職業も違うけれど、お互いに楽しく会話しながら酒を飲む。常連さんたちは、みんなで持ち寄ったものを食べるのが好きだ。

ある時には、そば職人さんがそばを振舞ってくれたり、釣りが趣味の方が、その日釣った魚を捌いてアテにしてくれたりする。私は、そんな雰囲気が好きだった。

 

 ただ、その日の夜。

いつもと変わらないはずのカウンターで、一本の梅干しの瓶から妙な話が始まった。

カウンターの上にとある瓶が置かれていた。大きさは、大体4Lほどだろうか。キャップは赤く、梅酒の時期になると、スーパーでよく見かけるような容器だった。中には、青々とした梅干しがぎっしり詰まっていた。

私は、女将さんに、「この梅干し、どこかで買ったんですか?」と聞いた。

女将さんは、「あ、それ、貰いものなんだよね。私が昔から付き合いのある農家さんからもらったんだ」と言っていた。

 

そしたら、2個隣に座っていた女性が口を開いた。

「女将さん、この梅干し買うと高いでしょ」

「どうなんだろう。私、あまり物の値段が購入の決め手になったことないから」

女将さんはその女性の目を見てゆっくりとうなずく。

けれど、その女性は、「私、高い梅干ししか食べないんですよね。自宅でも1パック5000円する福井県産の梅干ししか食べていない」と。続けて、「スーパーで売っている1パック数百円の市販品なんて、不味くて食べられない。食べている人の気が知れない」と言った。

女将さんは、黙ってしまった。

 

その直後、私の右隣に座っていた若夫婦も口を開いた。

「私たちも、愛知県出身なんですけど、自宅のみりんは三河みりん1択です」

それから、「岡崎以北の料理は不味くて食べられたもんじゃない。名古屋飯が好きだという人は狂っていると思います」と言った。

先ほどの高級梅干ししか食べないと言った人も「そうですよね。わかる〜」と言っていた。

場の空気が一気に凍りつくのを感じた。さっきまで笑顔だった女将さんも、どんどん顔がこわばっていく。

 

随分と嫌な言い方をする人だなと思った。

私は、毎日必ず食べるくらいに梅干しが大好きだ。毎年、新梅が出回る時期になると、和歌山県のスーパーを回って安い梅を大量に買っている。

だから、1パック5000円の梅干しがどんな味なのか、少し興味はあった。きっと美味しいのだろう。

でも、数百円の梅干しを食べる人まで否定する必要があるのだろうか。

 

私も、女将さんも愛知県の尾張出身。おそらく彼らはこのことを知らないと思う。

出身地の食事を悪く言われたのも腹が立つ。どこの出身の人がいるかもわからない飲みの場で、特定の地区の悪口を言える神経も疑ってしまう。

言い返そうか迷った。

「女将さんと私が、尾張出身なことわかってそれ言ってます?」と

喉まで出かかってやめた。言い返さなかったのではなく、言い返せなかった。

 

値段の高い梅干しには価値があり、数百円の梅干しを食べる人間は理解できない。

三河のみりんには価値があり、それ以外の地域の料理を好む人間は狂っている。

 

自分が周りに自慢できると思うものに、価値を見出す。でも、周りに自慢できない条件なら、そのものには価値がない。

――少なくとも、私にはそう聞こえた。

 

私は、そんなふうに人や物の価値を決めたりしない。そう思った。

けれど、私は、ほんとうにこの人たちと違うのだろうか。

その夜、店を出た。

路地を抜けながら、何気なくスマートフォンを開いた。

婚活アプリには、何人ものプロフィールが並んでいた。

年齢。

年収。

学歴。

職業。

身長。

私は、それを一つずつ見ていた。

写真を開く。年齢を見る。年収を見る。勤務先を見る。学歴を見る。

希望する条件から外れていたら、次の人へ。会ってみる必要すらない。

 

その人がどんな声をしているのか。どんな話し方をするのか。店員さんに「ありがとう」を言う人なのか。誰かが失敗した時、笑う人なのか、手を差し伸べる人なのか。

「条件の合わない人と会ったって、時間の無駄だな」

私はそう思って、指1本でその人を候補から外し、次の人を見ていた。

 

画面には、また別の人が表示された。私は、その人の年収を見た。そして、指を動かした。

私は、人間につけられた値札を見ていた。

 

第二章 その値札は、誰のためにありますか?

 婚活のプロフィールには、いくつもの値札が並んでいる。

値札さえあれば、会わなくても話さなくても、その人がどんな人なのかわかったような気になれる。

年齢。年収。学歴。職業。勤務先。身長。

画面を少し眺めるだけで、その人が自分の希望する「条件」に合っているかどうかがわかる。

条件が外れていれば、次の人を見ればいい。とても効率的だった。

もちろん、条件を見ること自体が悪いとは思わない。結婚は生活だ。それも今後何十年と続く。

収入は、暮らしに関わるし、年齢や仕事、住んでいる場所によって、描ける未来も変わる。条件を何一つ考えずに結婚相手を選べという方が、よっぽど無責任だと思う。

 私が気になるのはその先だ。

いつから私たちは、「この相手と幸せになりたいか」ではなく、「いかに条件のいい人間なのか」で人を見定めるようになったのだろう。

 私が、25歳の頃、結婚を前提に交際していた芽衣奈さん(仮名)もそうだった。

彼女とは3年間遠距離で付き合っていた。私は名古屋、彼女は大阪。頻繁に会えるわけではなかったけれど、たまに会えた時は、一緒にお気に入りの喫茶店へ行った。

そこで、彼女は家から持ってきた雑誌を開き、私は、文庫本を読む。

会話はない。でも、不思議と気まずくなかった。同じテーブルでそれぞれ違う本を読んでいる時間が心地よかった。店を出た後は、梅田や中崎町を歩いた。

この人と結婚したら、きっとこんな風に続いていくのだろう。彼女との時間、私は好きだった。

 やがて結婚の話が出て、私は彼女の両親へ挨拶することになった。

彼女の実家は、四国の山奥にあった。仕事を休み、名古屋から飛行機で向かった。

開口一番、彼女の母親からこう聞かれた。

「あなたは、どこの大学ご出身で、どこの会社に勤めているのかしら?」

私は正直に、出身大学と勤めている会社を伝えた。

「あら、そうなんですね」

それから、私の両親の学歴まで聞かれた。

家族構成や両親の話を一通りした後、彼女の母親は言った。

「その程度の学校しか出られていないなら、そういう教育しかされてこなかったんでしょうね」

一瞬、耳を疑った。3年間、遠距離で付き合ってきた。

これまでお互いのことや、学歴、収入のことも話し合い、それでも一緒に居たいと話していた。だから、この先も彼女と一緒に居れるものだと信じていた。

けれど、私が知っているのは、どうやら同じテーブルで静かに雑誌を読む彼女だけだったかもしれない。

彼女の実家を出た後、彼女はこう言った。

「私と結婚したかったら、私の母に土下座でもなんでもして、許しを乞うたら?」

あの時、自分に、学歴や勤務先で値札を貼られ、条件だけで人としての価値を判断されたと感じた。

 

 これは、かなり極端な例だと思う。

「そんな人たちと一緒にしないでほしい」と思った人もいるかもしれない。

私も、読者の立場ならそう思う。

結婚相手の家族に学歴を理由に見下され、彼女からも土下座を求められるなんて、そう何度もあることではない。

 もっと身近なところにも同じようなことはある。

年収600万円と年収400万円。

誰もが知っている大企業と、名前も知らない会社。大卒と高卒。

初婚と離婚歴のある人。二人のプロフィールが並んでいた時、私たちは本当に、同じ一人の人間として見ることができるだろうか。

片方を見て、「こっちの人の方がちゃんとしていそう」「こっちの人の方が安心できそう」「友

達や親に紹介するなら、こっちかな」そんなことを一度も思わないだろうか。

もちろん、結婚後の生活を考えれば、条件を見る必要はある。だからこそ、私は気になる。

生活に必要な条件を確認することと、その条件で人間そのものの価値まで想像すること。そ

の境目は、いったいどこにあるのだろうか。

 

ある女性から、結婚生活について聞いたことがある。

彼女は、しばらく黙ってから話し始めた。

「私ね、昔から結婚するなら、ちゃんとした人がいいなと思っていたんだよね」

彼女にとって、それはわかりやすかった。

「彼、テレビ局に勤めていたの。年収も 800 万以上あるし、大学も東京の有名なところ」

誰もが知る会社。高い収入。有名大学。

もちろん肩書きだけに惹かれたわけではなかったという。

彼は、デートの時はいつでも奢ってくれた。

「髪切った?」

美容院へ行ったらすぐ気づいてくれた。

ネイルを変えた時も、「前のも好きだったけど、今回の色も似合うじゃん」

誰よりも早く気づいてくれる。

記念日にはブランドバッグもくれる。

「優しい人だったんだよ」

彼女はそう言った。

「ただね、時々引っかかることがあった」

ある日二人でレストランへ行った時だった。彼が店員を呼び止めた。

「水持ってきて」

友人でも知り合いでもない。でも彼は、当たり前のようにタメ口で話していた。少し気にな

った。

 

旅行で新幹線に乗った時は、駅に着くと、倒していたリクライニングをそのままにして降りようとした。

「次、その席に座る人いるんだし、戻そうよ」

言おうとしたが、言えなかった。別にそれくらいのこと……

誰にだってある。

 

店員さんだって気にしていないのかもしれない。リクライニングだって、誰かが戻すのか

もしれない。そう思うことにした。

ある日、友人たちと食事をした。

「こいつさ、こういうこと全然できないんだよ」

みんなの前で、彼は笑いながら、彼女の失敗をみんなに話した。

周りも笑った。彼女も笑った。

ほんとうは、嫌だった。でも、場の空気を壊したくなかった。

それに……、

「きっとあの時、この人を逃したくないって思っていたんだと思う」

彼女はそう言った。

その違和感を抱えたまま彼女は結婚した。

 

傍から見れば、理想的な結婚だったのかもしれない。けれど、一緒に暮らし始めると、

それまで「小さなこと」だと思っていたものが、毎日の生活の中に現れるようになった。

何かをしてもらっても、感謝しない。

人を見下す。

そして、自分の価値観が正しいと信じ、相手にもそれを求める。

恋人だった頃なら、一日飲み込めば良かった。

結婚すると、その一日が毎日になった。

やがて2人は離婚した。

 

「私、あの人と結婚したかったんじゃなかったのかもしれない」

彼女はそう言った。

「じゃあ、何が欲しかったの?」

彼女は少し黙った。

「……あの人に選ばれた私、かな」

誰もが羨むような人に選ばれることで、自分自身の価値まで証明できるような気がしてい

たという。

「私は、こんな人から選ばれる人間なんですよ」と

自分自身の価値まで証明できるような気がしていたという。

だから、嫌なことがあっても飲み込んだ。違うと思っても合わせた。

自分の価値観より、相手の価値観を優先した。

世間に自慢できる人を手に入れるために、自分自身を押し殺した。

そして、結婚が終わった時。

今度は、自分に「離婚歴」という消えない値札がついたことを気にするようになった。

でも、それもおかしな話だ。

結婚相手を年収、学歴、勤務先で評価していた時と同じように、今度は自分自身を(「離婚歴」という条件で評価している。

 

相手につけていたはずの値札は、いつの間にか、自分の首からぶら下がっていた。

年収や職業は、生活の安定をある程度予想することはできる。

でも、それだけで、幸せになれるかなんてわからない。

病気になった時に、そばにいてくれるか。失敗した時に、一緒に考えてくれるのか。自分よ

り立場の弱い人に、どんな言葉をかけるのか。

「ありがとう」「ごめんなさい」を言える人なのか。

そんなことは、プロフィールのどこにも書かれていない。

 

では、スペックではなく、相手のどこを見ればいいのだろう。

婚活をしていると、その答えとしてよく使われる言葉がある。

「誠実な人がいい」

確かに、その通りだと思う。私もそう思っていた。でも、誠実な人ってどんな人のことを言うのだろうか。

《終》

 

 

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