メディアグランプリ

死にたいと思ったことはありますか

thumbnail


 

 

 

 

*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

記事:天野将明(26 年 9 月ライティングゼミ withAI)

 

 

「救急車来ます。ODの方です」

 救急外来に看護師さんの声が響く。患者さんの容態が悪化しないことを祈りつつ受け入れの準備に入る。

 ODとはオーバードーズのこと、つまり薬を大量に飲むことである。年間で1万人前後の方が救急車で運ばれており、その多くが10代から20代であるそうだ。肝臓や腎臓などの臓器が悪くなるだけでなく、薬の種類や量によっては意識が悪くなったり呼吸が止まったりする可能性があり、非常に危険である。

 口から太いチューブを入れて錠剤を引いてきたり、活性炭と呼ばれるドロドロした炭を入れて体内にこれ以上錠剤が吸収されないようにしたりといった治療をすることが多いので、正直に言えばなかなか大変である。

 

 初めてODの患者さんが運ばれてくるのを経験したのは、医師として働き始めて2か月ほどが経った頃だった。

 当時勤めていた病院では、月に4回ほど夜の救急外来当番に当たっていた。いわゆる当直である。先輩医師のサポートのもと救急対応にあたるので、緊張感が漂う中で勉強しつつ経験を積んでいた。

 この時運ばれてきた方は、幸い命を落とすほど薬を飲んでおらず、血圧も心電図も大きな問題はなかったと記憶している。

 ただ面食らったのは最初に患者さんに対応した先輩医師の質問だった。

「今も死にたいと思っていますか?」

 えっ、そんな言葉を選ばずに直球で聞いていいのか? むしろ余計に死にたいと思わせてしまわないか?

 そばで聞いていた私は思わず動揺した。しかし周囲の看護師さん等は特に諌めることなく平然としている。ということは間違っていないのか、とその場の空気を読んでなんとなく察したことを覚えている。

 実のところこのような質問は非常に重要であり、遠回しに聞くのではなく「死にたいと思ったことはあるか」とストレートに聞くことが推奨されている。もし今でも死にたい気持ちが少しでもあるのならば、精神科に繋ぐなどその先の方針に大きく関わってくるからだ。またストレートに聞くことで余計に自殺したいと思わせるといった懸念より、むしろ安心して素直に気持ちを話してくれることが多いといった研究報告すらある。

 ただそれでも、仕事とはいえ未だに「死にたいと思いますか」と、運ばれてきて間もない患者さんに問いかけるのには抵抗があるのが本音だ。

 

 かくいう私も、実際に行動に起こした事こそないが死にたくなったことはある。

 高校2年生の頃、ひょんなことから生徒会の選挙に出ることになった。

 それも生徒会長。当時私たちの代は何人か候補が出る流れになっていたのだが、蓋を開いてみれば成績優秀かつリーダーシップがあり誰もが適任と思っていた同級生と、特に秀でたものはなく周りから無理やり祭り上げられて立候補する羽目になった私との一騎打ちとなった。

 選挙運動期間がおよそ2週間あったのだが、毎朝7時半頃に学校に行き校門の近くに立って自分の名前の書かれた旗を掲げながら投票を呼びかけ、昼休みには毎回ひとつの学年の教室を巡回し演説をする、そんな日々が続いていた。

 ただ、明らかに自分がいわば噛ませ犬のような立場である状況で、投票お願いしますと声を枯らして言い続けるのは非常に酷だった。例えば極悪女王のようにとことんヒールに徹して盛り上げられたら良かったのかも知れないが、当時の私にはそんな余裕はなく毎日のようにメンタルがすり減っていった。さらには「○○がお前のことこんな風に言ってたよ」「○○先生が授業で批判してたぞ」といった悪口が耳に入るようにもなったことで、信じたい人ですら疑心暗鬼になって心の底からは信じることができなくなり、さらに精神的に追い詰められていった。

 それでも一応は同じ時刻に起き続け、普段よりずっと早い電車に乗って向かうのだが、目に映る景色から色が少しずつ薄れてモノクロに変化していくような感覚に陥った。頭もぼんやりとして冷静な判断ができなくなり、駅のホームのギリギリに立ちこのまま身を投じれば楽になるだろうか――と邪念がよぎり、それでも直前になってイヤイヤ良くないと冷静さを取り戻す、という瞬間が何度かあったように思う。

 幸い選挙には終わりが来るもので、案の定大敗して選挙期間は幕を閉じ、元の日常に戻っていった。

 それでもトラウマというものは永久に刻まれるものなのだろうか、この出来事を機に人間不信が強まり対人関係が非常に苦手になってしまった。今でも仕事やプライベートで新たに人間関係を作らなければならない場合、心の壁を何枚も何枚も張って頑丈なバリアの中に自らの身を閉じ込めてしまう。

 

 そんな経験を経ての現在なので、もしあの時の自分が誰かに「今死にたいと思ってんの?」と聞かれたらどう振る舞っていただろうかと考えてしまうのだ。

 だが救急の現場で働く医師として、時には心を鬼にして聞きづらいことも単刀直入にぶつけなければならない。それは悪役レスラーが、普段の性格とは別にリング上ではその役割を全うするのと似ているかも知れない。

 いつか自分も敢えてヒールのような立ち回りができるようになる、真の意味でのプロフェッショナルになれる日が来るだろうか。

 

 

 

 

お問い合わせ


■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム

■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。


■天狼院カフェSHIBUYA

〒150-0001 東京都渋谷区神宮前6丁目20番10号
MIYASHITA PARK South 3階 30000
TEL:03-6450-6261/FAX:03-6450-6262
営業時間:11:00〜21:00



■天狼院書店「京都天狼院」

〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜22:00


■天狼院書店「名古屋天狼院」

〒460-0002 愛知県名古屋市中区丸の内3-5-14先
Hisaya-odori Park ZONE1
TEL:052-211-9791
営業時間:10:00〜20:00


■天狼院書店「福岡天狼院」

〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00



関連記事