メディアグランプリ

いつも……。今、この瞬間を生きる


 

 

 

 

*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

記事:藤原 宏輝(ライティング・ゼミ with AI 9月コース)

 

「ぜひ一度、新しいウェディングフォトのスポットとして見に来てください」

そんなオファーを受け、私は晩秋の北海道へ飛んだ。目的地は、幻想的なガラスの美を湛える小樽と、静謐な水面を抱く洞爺湖だ。何度も足を運んだ土地のはずなのに、今回はまったく違う眼差しでその場所を訪れることになった。

 

新千歳空港に降り立った瞬間、凛と澄み渡る冷気が全身を駆け抜けた。呼吸を深々と吸い込むたびに、胸の奥底にあった余計な雑念が洗い流され、背筋がすっと伸びていく。

新しいことを始めようとするとき、私は心地よい緊張感を覚える。また、こうして自分の中に新しい視点や芽生えが宿るとき、見慣れていたはずの日常は一変し、世界の解像度がぐっと上がっていく。

それにいつも、ワクワクする。

ブライダル・プロデューサーとして、これまで2,000組以上のご新郎・ご新婦様に出会い、人生の門出に寄り添ってきた。人生の大きな節目を彩る「最高のロケーション」を探し続けることが、私の生き方そのものでもある。

 

レンタカーを走らせ、夜の高速道路を北へ向かう。漆黒の闇の中、札幌の街の明かりがキラキラと角度を変えて流れていく。さらに、山あいを進み坂道を下りきると、やがてガス灯と赤レンガ倉庫が幻想的に浮かび上がる小樽の街が現れた。静まりかえった夜の小樽運河は、まるで時が止まっているかのように美しかった。

 

翌朝、仕事の前にどうしても訪れたい場所があった。それは小樽芸術村の似鳥美術館。

そこは数年前、かつて付き合っていた彼と手を繋いで歩いた思い出の場所だった。

「また、仕事かッ。仕事、仕事って休みも取れないのか?」

とよく拗ねて怒っていた彼。そして、スレ違いの果てに別れを選び、当時は傷つき涙したはずなのに、重厚な空間で絵画やステンドグラスを眺めていると、胸の奥から溢れてきたのは驚くほど「美しい思い出」ばかりだった。共に笑い合った暖かさ、心が通じ合った歓び。人間の記憶は不思議なもので、時が過ぎて残ったのは、濾過された純粋で綺麗な記憶だけだったのだ。

近くのカフェで淹れたてのコーヒーを味わいながら陽だまりに包まれ、

「なんだか、懐かしいな。って、私は大好きな小樽にいる、しかも仕事で一人」と笑えてきた。

ふと、気づいた。そこもまた、彼と二人で訪れた場所だった。

過去の恋していた自分と、今のプロフェッショナルとして自分の足で立つ自分が、同じ光の中で重なり合う。時間の流れは残酷で、同時にこれほどまでに、この瞬間が愛おしい。

 

運河沿いのノスタルジックな風景に立った瞬間。

「ここなら、おふたりの未来の1ページを最高の形で彩ることができる」

と胸の中で確信が弾けた。過去の思い出を愛おしむ自分と、未来の新郎新婦の幸せを思い描く自分が、小樽の風の中でひとつに溶け合っていった。

 

夕方近くから向かった洞爺湖。

その道中では、雲ひとつない夕空にそびえ立つ羊蹄山が、突然眼前に広がった。蝦夷富士とも言われる完璧なシルエットに出会った。

「この瞬間に間に合った!」と少し急いで車を走らせた私は、なんだか一人で浮かれた。車を停めて写真を撮りたい衝動に駆られながらも、安全のためにハンドルを握りしめ、ただ刻一刻と表情を変えるその姿を目に焼き付けた。

 

夜、サミットの舞台となった洞爺湖のホテル。そのレストランで、眼下の湖上に打ち上がる花火を眺めた。上から見下ろす花火の贅沢さに息をのむと同時に、かつて母と二人で露天風呂から見上げた花火の記憶が蘇る。

小樽では昔の恋人、洞爺湖では大好きな母。旅は新しい景色を見せるだけでなく、自分が重ねてきた時間や様々な愛の形を瞬時に再確認させてくれる。

 

3日目、すべての視察を終え、慌てて帰りの飛行機に乗り込み、

「相変わらず、私ってバタバタだなあ」と思いシートにゆっくり身体を沈めた。

分厚い雲の層を突き抜けると、そこには言葉を失うほどの絶景が広がっていた。眼下に広がる純白の雲海。その彼方、漆黒へ向かう空の青と雲の絨毯の境界線上に、一筋だけまっすぐに輝くオレンジの光り輝く一筋のライン。

この一瞬の光景が、私は昔から大好きだ。二つの世界が交わるわずかな隙間にだけ現れるその光は、この旅を精一杯頑張った私への、空からの最高のご褒美のように思えた。

 

今回の旅で、私は改めて知った。

「キレイな瞬間」は、いつも表情を変える。同じ場所、同じ時間であっても、光の角度や季節、そして見つめる自分の心のありようによって、立ち現れる景色はまったく違う。同じ景色は二度とないのだ。二度とないからこそ、景色はこれほどまでに美しく、尊い。

そしてそれは、私たちの人生もまったく同じなのだと思う。

過去に戻ることはできない。過ぎ去った時間は美しく濾過され、記憶の底で優しく光り続ける。けれど、私たちが生きられるのは、いつだって「今、この瞬間」だけだ。二度と戻らない時間を一生懸命に生きるからこそ、人は輝くことができる。

過去の美しい思い出を胸に抱きしめながら、私はまだ見ぬ新しい景色を求めて、またこれからも一歩を踏み出していく。

見慣れた街の明かりが近づいてくる。立ち止まっている暇はない。私は今日も、この一瞬一瞬を全力で生きる。

 

 

【終わり】

 

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