竜馬とゆく―45年間、僕を支え続けた人―
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事:まつ☆ひで(26年9月ライティングゼミ with AI )
僕には、45年間ずっと心の支えにしてきた人がいる。
その人には、今でも毎年欠かさず会いに行っている。
ただし、会話をしたことは一度もない。
しかも、その人は僕が生まれるずっと前に亡くなっている。
その人の名は、坂本龍馬。
僕は毎年、京都の東山にある彼の墓を訪ねている。
なぜ、そこまでするのか。
話は、僕が中学1年生だった頃にさかのぼる。
僕は幼い頃から体が弱く、学校ではよくいじめられ、泣いてばかりいた。
人付き合いも苦手で、一緒に遊ぶ友達もあまりいなかった。
一人でいることが多かった僕は、いつも本ばかり読んでいた。
本の世界に入り込んでいる間は、嫌なことを忘れられた。
ある日、そんな僕に国語の先生が一冊の本を勧めてくれた。
「司馬遼太郎の『竜馬がゆく』。めちゃくちゃ面白いから、絶対読んだほうがいいよ。図書室にあるはずだから、借りて読んでみなよ」
先生に言われるまま図書室へ行くと、その本は歴史小説の棚にあった。
「なんだ、歴史小説か。しかも全5巻もあるじゃないか」
その頃、僕が好んで読んでいたのは推理小説ばかり。歴史小説には興味がなく、あまり気が進まなかった。
でも、せっかく先生が勧めてくれた本だ。
面白くなかったら、途中でやめればいいや。
そんな軽い気持ちで第1巻の立志篇を借り、家に帰って本を開いた。
物語の序盤に登場する龍馬は、泣き虫で、勉強もできない鼻垂れ小僧だった。
なんだ。僕と同じじゃないか。
その泣き虫だった龍馬が、剣術を学び始めると別人のようにたくましくなり、やがて一流の剣士へと成長していく。
あっという間に第1巻を読み終えた僕は、続きが気になって仕方がなかった。
翌日、図書室で残りの4巻をまとめて借りてきて、さっそく読み始めた。
読んでいるうちに龍馬の波乱万丈の物語に引き込まれ、ページをめくる手が止まらなくなった。
身分や藩のしがらみにとらわれず、自分の信じた道を突き進む龍馬に僕はすっかり心を奪われていた。
弱虫だった龍馬が変われたのなら、僕だって変われるかもしれない。
読み進めるほどに、そんな龍馬への憧れが強くなっていった。
ところが、物語の終盤、龍馬は京都の近江屋で刺客に襲われ、命を落としてしまう。
まだ33歳。これからというときだったのに……。
本を閉じた後も、しばらく涙が止まらなかった。
まるで大切な人を失ったようだった。
それからも、龍馬のことがずっと頭から離れなかった。
もっと龍馬のことを知りたくて、彼に関する本を次々と読みあさった。
そして、中学3年生の秋。
僕は初めて、京都の東山にある龍馬の墓を訪ねた。
その日、墓の前に立ったときのことを今でも鮮明に覚えている。
『坂本龍馬紀直柔之墓』
墓石にはそう刻まれていた。
隣には、ともに暗殺された中岡慎太郎と藤吉の墓もあった。
あの龍馬が、ここに眠っている。
そこへ来たのだと思うと、墓の前に立つだけで胸がいっぱいになった。
何か言葉をかけたかったのかもしれない。
でも、何を言えばいいのかわからなかった。
ただ墓石を見つめたまま、動けずにいた。
「次の方が並んでおられるので、代わっていただけませんか」
近くにいた係の方の声で、はっと我に返った。
「すみません……」
頭を下げてその場を離れたものの、すぐには立ち去れなかった。
少し離れたところから、もう一度、墓をじっと見つめた。
来年も、必ず来よう。
龍馬の墓を見つめながらそう思った。
その日から僕は少しずつ変わっていった。
以前は、いじめっ子の姿を見るだけで怖かった。
それが、いつしか以前ほど怖くなくなり、堂々としていられるようになった。
気がつけば、いじめられることもなくなっていた。
勉強にも一生懸命取り組むようになった。
以前なら尻込みしていたことにも、積極的に挑戦するようになった。
たった一人の男の物語が、僕をそこまで連れてきてくれた。
それから43年。
僕は今も、毎年欠かさず龍馬の墓を訪ねている。
いつしか、それは僕にとって一年の中で欠かせない時間になっていた。
龍馬の墓の前に立つと、不思議と元気が出る。
つらいことがあっても、また頑張ろうという気持ちになれる。
中学1年生で『竜馬がゆく』に出会ってから45年。僕も58歳になった。
龍馬のような人間になれたのかと聞かれれば、とてもそうは言えない。
それでも、僕にとって龍馬は、今も変わらず憧れの人だ。
だから、これからも僕は新しいことにどんどん挑戦していくつもりだ。
きっと今年の秋も、龍馬の墓を訪ねるだろう。
来年も、次の年も、その先も。
中学3年生のあの日と同じように……。
僕はこれからも人生をともに、竜馬とゆく。
《終わり》
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