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死後の反抗期と気まぐれの缶ビール


 

 

 

 

*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

記事:秋田梨沙(26年9月ライティングゼミ withAI)

 

「ねぇ、こんなこと言っちゃいけないと思うんだけどさ……」

昼からずっと思っていたことがあった。私の後ろで、新しいお線香に火をつけた妹に向かって、私は告白した。

「その顔、ちょっと腹立たん?」

白い布団の上で眠る父の死に顔が、とにかく良すぎるのである。

入院中、点滴だけで頑張っていたとは思えないほど穏やかな顔で、残された娘二人を前に、いいご身分である。

 

父は誤嚥性肺炎がきっかけで、10か月ほど前から入院していた。以前患った脳出血の影響から、長年、半身不随だったこともあり、うまく食べ物を飲み込めなくなった父は、点滴だけで命を繋ぐことになった。病院の先生からは「点滴だけの栄養では、正直長くはありません」と告げられた。胃に直接栄養を流せるように手術の提案もされたのだけれど、父はそれを拒否した。

お医者さんも家族も、これ以上、自宅での生活は不可能だと判断して、父は医療的なケアもしてもらえる、ナーシングホームへと転院したところだった。

 

覚悟はしていたけれど、意外にも容体は落ち着いていて、このまま穏やかな日々が続くのかもしれないと気を抜き始めたある日の夜、ふっと息を引き取った。あんなに毎日、けたたましく私のスマホを鳴らしていた電話の主は、最期だけは黙って、この世からいなくなってしまった。


そこからは、怒涛の1日だった。

初めての葬儀の準備に、右も左もわからず、夫と妹と3人で首を捻りながら、いろいろなことを決めた。

 

父から「俺が死んだら、これを遺影にしてくれ」と冗談半分に頼まれていた写真があったのだけれど、一瞬の審議の結果、謹んで却下させていただいた。なにしろそれは、ディズニーランドでティガーと撮ったツーショット写真なのである。怪しげなサングラスをかけた男が、目の覚めるようなオレンジ色のティガーの横で大はしゃぎしている写真を祭壇のど真ん中に飾れというのだろうか。参列者がどんな顔をして焼香すればいいのか教えて欲しい。すぐ隣で眠っている父の顔は、うっすら笑みすら浮かべているようで、今にもムクっと起き上がってきそうだ。文句があるなら受けて立つぞ。

 

夜は、葬儀会館の控室に、祖母と一緒に泊まった。

 

しん、と静まり返った深夜、突然の声に目が覚めた。何事かと見れば、暗闇の中で団扇を扇ぎながら、祖母が歌っていた。それも、なかなかの声量で。

 

おいおい、何時だと思ってるんだよ……。

 

どうやら目が覚めてしまったらしかったが、早朝からの疲れで、こちらは眠くて仕方がない。どうしたものかと息を潜めていると、祖母の歌声はぷつりと途切れ、

「何で……何で、私より先に死ぬんや……」

歌声は、激しい咽び泣きに変わった。

「置いていかんといてぇ……」

 

90歳を超えてまで味わってしまった、先に逝く息子を想う嗚咽。暗闇に響くその声に、私は必死で寝たふりをした。声をかけることなんかできない。ただ布団の中で目を閉じながら、胸の奥が引っ張り出されるような、どうしようもなく、たまらない気持ちになっていた。

 

迎えた、寝不足のお通夜当日。

昼頃には納棺師の方がやってきて、父は綺麗にお化粧をしてもらった。血色が良くなり、なんだか「にへ」っと笑ったような顔になっている。その出来栄えたるや、早めに駆けつけてくださった方々が、「いいお顔ですねぇ……。本当に生きているみたいなのに」と涙を流すほどだった。

 

昨日の夜、私がどんな思いで寝たふりをしていたか知りもせず、棺の中の父は笑っている。もうすぐ母に会えるから、ウキウキしているのかもしれない。

「……やっぱり、腹立つな!」

たぶん、ここはひとり親になっても懸命に娘二人を育ててくれた父へ、感謝の涙を流すところなのだろうと思ったが、顔を見たら全くそんな気にはならない。にやにやしてんじゃないよ!

 

それからしばらくして、我が家の仏壇には、若かりし頃の母と父のツーショット写真を飾った。選んでおきながら、これがまた、いい写真すぎて腹が立つ。二人してそんな幸せそうな顔しちゃってさ。こっちはあれから、大変だったんですよ。

 

仏壇の前を通るたび、いい笑顔の二人にチラリと視線をやっては、ぷいっと横を向いてしまう。素直に手を合わせることなんて、とてもじゃないけれどできなかった。

 

高校3年生の春に母がいなくなってからずっと「しっかりしなきゃ」「今までどおりでいなきゃ」と肩に力を入れて生きてきた。父が倒れてからも、勝手にいろんなものを背負い込んで走ってきた。だからこれは、ようやく私に訪れた、遅過ぎる「反抗期」なのだ。

 

そっちで楽しくやってくれていいから。

もう、私のことは放っておいてよね。

 

夫は毎日、当たり前のようにその仏壇の前で静かに手を合わせてくれる。けれど、娘の私には、どうしてもそれができなかった。

 

冬から、季節がぐるっと回って秋になった頃、父の誕生日がやってきた。私は買い物袋から、缶ビールを1本取り出して、仏壇の前に供えた。手も合わせなかったし、お鈴を鳴らす代わりに、プシュっと缶を開けただけだ。

 

それを見た夫は、なんだかとても嬉しそうな顔をしていたけれど、私は何も言わず、すぐキッチンへと戻っていった。

 

こんなのは、ただの気まぐれ。別に感謝なんかしてないよ。

 

≪終わり≫

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