ゼミ

普通の人間のお作法を学ぶ日本舞踊


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

記事:NINA(ライティング・ゼミwith AI 9月開講4か月コース)

 

「日本舞踊習ってるの?」

「そうだよ」

「お稽古ってどんなことするの?」

「う~ん。普通の人間のお作法を学んでる」

「え???」

 

私は人間だ。AIでもロボットでもない。

趣味は三味線と日本舞踊。時代を間違えて生まれてきたな、とたまに言われるが、平成に生まれ令和に生きる普通の現代人だ。生まれてこのかた人間として生きてきた。

しかし、日本舞踊のお師匠さんからはいつも「普通の人間はそんなことしない。不自然だ」と言われる。ずっと言われ続けすぎて、日本舞踊のお稽古は普通の人間のお作法を学ぶ場だと認識するようになった。

 

例えば、悲しい気持ちの時、体のどこがどう反応するか。

うれしい気持ちの時は体のどこが反応してどう動くのか。

今何を考えているのか、どんな感情が芽生え、誰を思い、どこにいるのか、何を見ているのか。

体よりも先に心が動く。その心に体を委ねて与えられた役の動きを表現する。

 

日本舞踊はゆっくり動くから楽そうだと思われがちだ。しかし、一つの動きにたくさんの考えなければならないことが詰め込まれている。たった3秒の目線の動きだけでも、ただ右から左に体の向きを変えるだけの動きでも、お稽古ではそれぞれ5~10分程の時間をかけて説明される。

1時間もお稽古をすると情報量が多すぎて頭がパンクしそうになる。

 

振り付けの手順を覚えるだけでは踊りとは言えない。

すべてに意味があり、すべてに命が宿っている。

一瞬一瞬で登場人物がころころ変わる曲もある。

性別も変われば年齢も変わる。役職も身分も変わる。

人間だけでなく、動物になったり、花や雪の精になったり、化け物にもなる。

それらをすべて自分の体で表現するのだ。

指先の動き、膝の曲げ具合、足の動き、ひじの張り具合、姿勢の伸ばし具合、目線や表情、顔の角度といった様々な要素が絡み合い、観客に舞台上の登場人物を想像をさせる。踊り手は精密な計算の上で演技をして感情を引き出し、観客に預ける。

 

稽古してきた、できることはすべてやったと思っても、独りよがりな自己満足では成立しない難しさや楽しさがある。

 

普通の人間とは何だろう。感情はどこに作用して今私たちは体を動かしているのだろう。心が動いたとき、目線はどこに向かうのか。

お稽古場で教わることだけではなく、普段の自分の動きを観察する、人を観察すると見えてくるものがあるかもしれない。あるはずなのだ、が、、、

私はいつも「普通の人間はそんなことはしない!」と言われるので、まだまだ普通の人間にもなれていない。目指すは普通の人間の普通の動き。普通とは何だろうという疑問を持つと泥沼にはまりそうだ。その問いはひとまず置いておく。まずは自分の感情と体の連動を見ていきたいと思う。

 

舞台上では時間がゆがむという面白い体験をしたことがある。

以前、ファッションショーから、EDMに合わせて日本舞踊を踊ってほしいと依頼された。曲はタイタニック。観客は日本舞踊をまったく知らない人たちだ。日本舞踊はつまらないと思ってほしくない。そんな思いで、2年連続で出演した。

1年目は多少ミスもあったが「楽しかった」「少し早く動きすぎた」で終わった。

2年目も稽古を重ねて本番を迎え、細部にまで意識を向けて丁寧に踊った。ところが本番が終わると、あの時もっと間(ま)があった、あの間はもっとこう動けた、動きがゆっくり過ぎて客席は飽きてしまったかもしれない、と一人反省会をすることになった。

しかし、後日、動画を見ると予想外に早い動きをしていた。考えてみれば当然のことだ。曲はデータファイルだから通常通りのテンポで進む。本番だからといって遅くはならない。自分の体の時間感覚がずれたのだ。

私はこのステージ上で生きていた。普通の人間にもなれていない未熟者だが、確かに生きていた感覚がある。この体験はとても貴重な財産になった。またこの感覚で舞台に立ちたい。見ている人を楽しませるつもりが、自分が一番楽しんでいた。

 

この集中力を日常生活に向けてみたらどうなるだろう。すべてに全力では疲れてしまうが、一日のうち少しの時間だけでも、自分の心と体のつながりに耳を澄ませてみる。そうすれば、いつもと同じ日常も、あの舞台の上のように密度の濃いものに感じられるかもしれない。普通の人間のお作法は、お稽古場の外にも転がっているはずだ。

 

「お稽古ってどんなことするの?」と次に聞かれても、私はやはり「普通の人間のお作法を学んでる」と答えるだろう。心が動き、体がそれに応える。その当たり前のつながりを、私はまだ探している途中だ。

 

≪終わり≫

 

 

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