すべてを失った日に届いた贈り物―今も忘れられないあの日のこと―
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事:まつ☆ひで(26年9月ライティングゼミ with AI )
「えっ?」
呆然と立ち尽くしていた僕の前に、見覚えのある顔があった。
小学校時代の友人だった。
別々の高校に進んで以来、何年も会っていなかった。
「こんなときに、どうしてあいつが?」
驚く僕に、彼は黙って袋を差し出した。
その日の未明、僕は家を失った。
午前3時頃。焦げ臭いにおいで目が覚めた。
においのする方へ向かうと、階段の下から真っ黒な煙が上がってきた。
「火事だ!」
外から誰かの叫び声が聞こえた。
あわてて両親を起こし、3人でタオルを口に当てた。
煙が充満する階段を、ほとんど目をつぶったまま降り、1階の壁付近から出ている炎を避けながら、なんとか玄関から外へ逃げ出した。
外へ出ると、隣家から真っ赤な炎が噴き上がり、僕の家の壁にも燃え移っていた。
火は瞬く間に広がり、消防車が到着した頃には、家全体が炎と煙に包まれていた。
僕はただ、燃え上がる我が家を見つめるしかなかった。
昨日まで当たり前だった暮らしも、身の回りのものも、思い出の品々も、すべて失った。
そのとき僕は19歳。
これからどうすればいいのか。
僕は途方に暮れていた。
そんな僕の前に現れたのが、彼だった。
彼とは、小学生の頃によく遊んだ。
ちょっとぽっちゃりしていて、おとなしくて気の優しい少年だった。
漫画やおもちゃを、いつも気前よく貸してくれた。
ただ、僕たちには厄介な共通点があった。
2人とも、同じ3人組のいじめっ子に目をつけられていたのだ。
標的になるのは、いつも僕か彼のどちらかだった。
彼がいじめられているのを見るのは、つらかった。
けれど、助ける勇気はなかった。
しかも、情けないことに、「今日は自分じゃなくてよかった」と、少しほっとしている自分さえいた。
2人が一緒にいるところを見つかれば、まとめて標的にされる。
だから学校ではわざと別々に過ごし、放課後になるとお互いの家を行き来して遊んだ。
妙な友人関係だったが、僕にとって彼は気の合う友人で、一緒にいて心から安心できる相手だった。
中学まではそんなふうに遊んでいたが、別々の高校へ進み、自然と顔を合わせることもなくなっていた。
なぜ、あの日、彼は来てくれたのか。
後から聞いた話だが、彼は何台もの消防車のサイレンの音で目を覚まし、自宅マンションの窓から、僕の家のあたりに炎が上がっているのを見つけたらしい。
もしかして、あいつの家じゃないか。
そう思った彼は、すぐに外へ飛び出し、確かめに来てくれたそうだ。
昔の友人の家かもしれないと心配になって見に来る、それだけでも十分ありがたい。
ところが、彼はそこで終わらなかった。
燃えていたのが僕の家だと知ると、彼はすぐに自宅へ引き返し、家にあったものを袋に詰め込んで、僕のところへ走って戻ってきてくれたのだ。
手渡された袋には、思いもよらないものが入っていた。
石鹸、シャンプー、タオル、洗面用具一式。
どれも、普段はあって当たり前のものばかりだ。
けれど、家が燃えてしまえば、そんな日用品さえ一瞬で失ってしまう。
今、何が一番必要なのか。
彼は、そこまで想像してくれていた。
僕ならどうしただろう。
友人の家が火事になったと知って、真っ先に石鹸やシャンプーを持って駆けつけるだろうか。
いや、そんな発想すら浮かばなかったはずだ。
でも、彼は違った。
ああ、やっぱりあいつらしいな。
そう思うと、涙がこぼれた。
何年も会っていなかったけれど、漫画やおもちゃを気前よく貸してくれた、あの優しい少年のままだった。
少し生活が落ち着いた頃、僕は彼の家を訪ね、あの日のお礼を伝えた。
「とっさに思いついたのが、あれだったんだ。今思えば、もっと気の利いたものを持っていけばよかったかな。でも、命が助かって本当に良かったよ」
彼は、少し照れたような表情を浮かべながらそう言った。
そのあと、彼とお茶を飲みながら、懐かしい話に花を咲かせた。
それ以来、彼とは会っていない。
あれから39年。僕は58歳になった。
今でも、ときどき考える。
もし逆の立場だったら、僕は彼と同じことができただろうか。
おそらく、何年も会っていない友人の家が火事になっても、確かめに行くことさえしなかっただろう。
あとから風の噂で聞いて、「ああ、大変だったんだろうなあ」と思う。
せいぜい、それくらいだ。
小学生の頃、いじめられている彼を助ける勇気さえなかった僕。
そんな僕のために、彼は迷わず石鹸とシャンプーを持って駆けつけてくれた。
39年もたてば、あの日の混乱や記憶の多くは薄れてしまった。
けれど、あいつが手渡してくれたあの袋の温もりだけは、今もはっきり覚えている。
彼は今、どうしているだろうか。
元気にしているだろうか。
なんだか、無性に会いたくなった。
《終わり》
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