「来週までにゼクシィ買ってきて」私からのプロポーズ
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事:森岡 瑞穂(26 年 9 月ライティングゼミ withAI)
「プロポーズの言葉はなんでしたか?」
そう聞かれると困る。
特に夫からはなかった。
うーん、強いて言えば私からかな?
私には結婚願望がなかった。
適齢期と呼ばれる頃にお付き合いしていた人はいるが、結婚の話が出てもそれとなくはぐらかしていた。自分が結婚するイメージが持てなかったのだ。
「両親が不仲だった」とか「父親の愛人が家に乗り込んできた」とかそういったことはない。
女性は結婚すると、家事育児に親戚づきあいと負担が大きすぎると感じていた。
友人の結婚式でブーケトスに参加したときも、私の願いはただ一つだった。
「どうか、こっちに投げないでくれ」
そして何より、私は一人でいることが寂しくなかった。
むしろ得意だし、このままずっと独身でいるつもりだった。
それなのにどうしてだろう。
30歳を過ぎた頃、急に結婚したい波がきたのだ。
友人の結婚ラッシュは27歳の時で、そのときはビクともしなかったのに。
結婚生活を経験していないのに、結婚を否定するのは食わず嫌いだ。全く説得力がない。
(一体誰を説得しようとしているんだい)
人生で一回くらい結婚してみてもいいんじゃん?
こういう家庭を築きたい、とか子どもは何人で、とかそういうビジョンは全くなかったけれど、私の気持ちは急速に結婚に傾いた。
真剣に婚活している人には飛び蹴りされそうな動機だ。
でも決してふざけているわけではなく、その頃の正直な気持ちだった。
もしかしたらすごく結婚っていいものかもしれない。
大変なことも多そうだけれど、それでも日々たくさんの夫婦が誕生しているのだから。
その頃付き合っていた男性に結婚願望がないことは知っていた。
彼には離婚歴がある。結婚には消極的だった。
どう切り出そうか。
(なんか急に結婚というものをしてみたくなったので、別れてください。
いや待て、まずは彼に打診すべきでしょう!)
それでやっぱりその気がないのであれば、別れて他の人を探せば良い。
一人脳内会議は終わった。
週末彼と会う約束があったので、早速私は切り出した。
私「結婚したいなあと最近思うようになったんだけど…私と結婚する気あります?」
彼「あるある」
(なぜに即答?絶っっ対、嘘やん)
私「本当に?本気で言ってる?本気なら来週までにゼクシィ買ってきて。もし結婚する気がないのであれば……別れようと思っています」
彼「うん、わかったよ」
ゼクシィ首都圏版は当時かなりの分厚さで定評があった。
6、7センチはあったと思う。
たぶん殴られたら気絶するレベル。
そんな重たいものを買ってくるのであれば、本気だ。
覚悟とは、重さである。
少なくとも私はそう思っていた。
結婚する気がないのであれば本当に別れるつもりでいた。
脅しとか気持ちを試すとかじゃない。そんなまどろっこしいことはしない。
私はいつだって本気の女だ。
逆プロポーズをしたものの、内心半分は買ってこないだろうと思っていた。
彼は仕事が忙しく、平日はほとんど連絡を取りあわない。当然ゼクシィの話もそれきりしていなかった。
そもそも結婚に消極的だった人だ。
「あるある」なんて返事をどこまで信用していいのかわからない。
人事は尽くしていないが、天命を待つことにした。
翌週、少しドキドキしながら彼の家に向かった。
彼ははじめて私から好きになってお付き合いするに至った人である。
めちゃくちゃ頑張って振り向いてもらったのに、今度はこちらから別れを告げることになるかもしれない。
人生うまくいかねえな。
家に入ると、リビングのテーブルの上にビニール袋に包まれた分厚い物体が見えた。
ゼクシィだったー。
「本当に買ってくると思わなかった」
そう言うと、彼は笑っていた。
なんだかわからんけど結婚することになっちまったぜ!!!
でもちゃんとうれしかった。
週刊ジャンプ買ってきて、とは訳が違う。
それなりの気持ちがあってゼクシィを買ってきてくれたのだ。
それまで結婚情報誌なんて興味もなかったのに、いざ手元にあると妙にテンションが上がった。
キラキラとした会場やドレスの写真に、不覚にも心がときめいてしまった。
それからはトントン拍子で話が進み、翌年結婚した。
言葉は結局なかったが、あの分厚いゼクシィこそが夫からのプロポーズとなった。
だが、今となってはどこにあるのかわからない。
少なくとも、夫婦喧嘩で投げつけた記憶はない。
≪終わり≫
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