悠々として急げ-熟成したワインが教えてくれることー 《あなたの上手な酔わせ方~TOKYO ALCOHOL COLLECTION~》
記事:松尾英理子(READING LIFE 公認ライター)
「え、昨日解禁したばっかりなのに置いてないんですか? ボジョレー・ヌーヴォー」
生前、作家・開高健が足繁く通っていた、私の大好きなバーKokage。
先週末、会社帰りにこのバーに寄ってヌーヴォーを頼んだら、まだ入荷してないと言われてしまいました。
ボジョレー・ヌーヴォーは解禁後1週間が販売のチャンスなはずなのに。
がっかりする私に、女性バーテンダーは、こう説明してくれました。
「開高は、ボジョレー・ヌーヴォー解禁後すぐには飲まなかったんですよ。1ヶ月くらいたってから飲んだほうが美味しい、と思っていたのかもしれません。あえて12月に「ボジョレー・ヌーヴォーの会」を開いて、仲間達にも振舞っていたみたいです。だから、うちは今でも、解禁日にはあけないことにしているんです。来月は、開高の29回忌がありますからね。その日に開けるので飲みに来てくださいね」
開高健って、とてもアグレッシブで前のめりなイメージなのに、待つべき時はしっかり待てる方だったのですね。
開高健が生前よく使っていた、「悠々として、急げ」という言葉にも通じるエピソードでした。
ボジョレー・ヌーヴォーは、毎年9月頃にフランスのボジョレー地方で収穫されたブドウを使って、わずか2ヶ月でフレッシュに仕上げた赤ワインですが、もともと、本国フランスで注目されるようになったのは、同い年のブドウの出来栄えを知ることができる、いい指標になったからだといわれています。
今年は、フランス全土が天候に恵まれ、歴史的ヴィンテージになるといわれているらしく。先週の解禁日に飲んだ今年のヌーヴォーが例年よりも濃く、果実感たっぷりで美味しいと思えたのは、気のせいじゃないみたいです。
「きっと今年はいつも以上に、1ヶ月たったくらいのほうが落ち着いて美味しいはずだよ」
という開高健のアドバイスが聞こえてきたので、12月に入ったらまた飲んでみようと思っています。
といいながら、私は元来、「待てない」女でした。
若い時の話にさかのぼると、中高生の頃の私は、毎日10時くらいからおなかが空いてきてお昼まで待てず、教室の死角に隠れて早弁していた、ダメな女子高生でした。また、見たい! と思う映画を見つけると、公開日まで待ちきれず、初日か翌日に見ないと、我慢ができませんでした。
お酒が飲めるようになってからは、飲み会のたびに、最初の一杯目にありつくまで、待たなきゃいけないことが多く、その度ごとに無駄にイライラしてました。目の前に、最初の一杯目のビールが置かれてしまったら、まずは一口飲みたくて仕方がない衝動にかられていたからです。
たくさんの人数であればあるほど厄介です。全員にビールが行き渡るまで待たなきゃいけないからです。グラスからどんどん泡が消えていくのを見ているだけで悲しくなり、お願いだから一口だけ先に飲ませてくれ~と心の中で叫びつつ、修行僧のようにじっと我慢。やっと全員に行き渡って、さあ飲もう! と思ったら、先輩や上司の乾杯の挨拶が長すぎて、なかなか一口めにありつけない。もう、のっけからモチベーション下がりまくりでした。
そして、若い頃は恋愛に対しても、同様に「待てない」女でした。
何回も会っているのに付き合うのか付き合わないのか、はっきりしない煮えきらない男子には、
「私達ってさ、付き合ってるってことでいいんだよね?」などと自分から答えを迫り、確認する女でした。
もう少し待てばうまくいってたかもしれない。そんなことも何度かありました。
そして、いざ付き合うと、次は「結婚」がちらついてしまうわけです。
「もうこれ以上、待てないから」
20代前半で付き合っていた彼にも、そう言って別れてしまった気がします。
自分は優柔不断なくせに、相手に対しては何事も結論を急いでしまった私。就職してわずか5年で2回も転職をしたのも、それが理由だったのかもしれません。
でも、30代になってワインをちゃんと知ってから、少しだけ変わりました。
それは、ワインに「待つこと」を教えてもらい、少しだけ「待てる女」になれたからかもしれません。
例えば、お店でワインを頼みます。
ビールなら、「とりあえずビール!」と言えば、あっという間に飲むことができます。
でも、ワインはそうはいきません。頼んでから飲むまでに結構時間がかかります。
まず、メニューやワインリストを見て、ワインを選ぶことから始まります。
選んだワインをお店の人に伝えると、ワインが運ばれてきます。
そして、ワインをあけ、グラスに注ぎます。
まずは香りを嗅いで、その後、やっと口に含みます。
頼んでから飲むまで、最低でも5分以上はかかるわけです。
20代の頃、待てない女だった私は、ワインに対しても、まずは時間優先で目に付いたものを頼んでいた時期がありました。でも、ワインを知れば知るほど、この「選んで、待つ」時間も、ワインの楽しみの一つなんだと思えるようになってきたし、上手に酔うためには、「最初に勢いよく飲めない」時間が結構大事で、この時間のおかげで悪酔いもしにくくなった気がします。
また、ワインは栓を開けた後にも、変化をしていくお酒です。空気に触れることで、閉じていたワインが広がり、どんどん香りと味わいが変化していきます。繊細なワインであればあるほど、その変化は、まるで音楽を聴いているかのごとく変わっていくのです。最初の一杯は印象がよくなかったのに、1時間後に変化して素晴らしい一杯に変化するなんてこともあります。
ワインに限らず、ただただ、待つのが大事な時もあるのですよね。
そんなことを人生のいろいろな節目で感じられるようになったのも、ワインのおかげなのかもしれません。
そして。ワインは熟成するお酒です。
ワインは樽熟成だけでなく、瓶詰めした後も熟成を続けます。
ここに、ただひたすらに「待つ」だけではない、ワインの魅力があります。
ワインの熟成には2段階あります。
まずは醸造した後、樽やタンクで熟成させます。できたてのワインは、香り、甘み、酸、渋みなどのバランスが整っていないので、まろやかな味わいに変化させるために、樽やタンクで熟成させるのです。例えば樽熟成の場合だと、樽からタンニンや香りがワインに移り、ワインの味わいに深みを与えてくれます。さらに瓶詰めした後も、瓶の中で静かに、ゆっくりと熟成を続けます。そして、時を経るごとにワインはカドが取れて丸くなり、香りは複雑に、味わいは繊細になり、飲んだあとの余韻はぐっと長くなっていくのです。
でも、年をとれば取るほど美味しくなるかというと、そうではなくて。一本一本に「ピーク」があって、この「ピーク」を過ぎてしまうと味が悪くなってしまうこともあります。このピークを読み取ることが本当に難しいし、いくらプロのソムリエでも、コルクをあけるまで、そのピークを完全に読み取ることはとても難しいのです。でも、必死に読み取ろうと努力をし、精度を上げていく。それがソムリエの仕事の醍醐味でもあります。
待ちながらも、ここぞという狙いを定めて飲む。
まさに、「悠々として急げ」なのです。
もちろん、コンビニやスーパーで売っている値ごろ感のあるワインは、ちょうど飲み頃のものがメーカーから出荷されているので、熟成状態を気にする必要はありません。好きなタイミングで飲むのがベストです。でも、美味しく飲むためには買ってから1年くらいで飲むのがよいかもしれません。
今月から、東京天狼院と福岡天狼院では、しっかり樽に寝かせて熟成して仕上げた、まさに飲み頃のワイン(フランスNo.1のボルドーワイン、バロン ド レスタック)がグラスで楽しむことができるようになりました。今年もあと1ヶ月ちょっと。忙しくなる時期ではありますが、じっくりと時を重ねたワインを飲みなが本を読む。そんなゆったりとした時間も持ちたいものですね。
❏ライタープロフィール
松尾英理子(Eriko Matsuo)
1969年東京都生まれ。早稲田大学第一文学部社会学専攻卒業、法政大学経営大学院マーケティングコース修士課程修了。大手百貨店新宿店の和洋酒ワイン売場を経て、飲料酒類メーカーに転職し20年、現在はワイン事業部門担当。仕事のかたわら、バーテンダースクールやワイン&チーズスクールに通い詰め、ソムリエ、チーズプロフェッショナル資格を取得。2006年、営業時代に担当していた得意先のフリーペーパー「月刊COMMUNITY」で“エリンポリン”のペンネームで始めた酒コラム「トレビアンなお酒たち」が好評となる。日本だけでなく世界各国100地域を越えるお酒やチーズ産地を渡り歩いてきた経験を活かしたエッセイで、3年間約30作品を連載。2017年10月から受講をはじめた天狼院書店ライティング・ゼミをきっかけに、プロのライターとして書き続けたいという思いが募る。ライフワークとして掲げるテーマは、お酒を通じて人の可能性を引き出すこと。READING LIFE公認ライター。
この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。
http://tenro-in.com/zemi/62637
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