週刊READING LIFE Vol.40

楽しい会話《 週刊READING LIFE Vol.40「本当のコミュニケーション能力とは?」》


記事:中野ヤスイチ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 

「僕の強みは、コミュニケーション力です」
 
就活中に面接官に聞かれた時に、答えている就活生は多かった。
正直な所、何を言っているのか、わかなかった。
 
受けている職種が営業だったので、コミュニケーション力がベースになかったら、
まず受からないと思っていた。
 
それを「強みです」と真面目な顔をして、面接官に言っていた姿を見て、当たり前にもっていないといけないモノを強みと言ったら落ちるなと思ってしまった……。
 
そんな事を思う僕が、「コミュニケーション力はあるのか」って聞かれたら、当たり前のようにありますよって言うかもしれない。内心びくびくしながら。
 
正直な所、真面目に答えている就活生より無いと思う。
学生時代の後半は、ずっと研究室にこもって実験だけをしていたから。
 
そんな僕が営業職を受けた理由は、仲の良い友達から「お前なら受かるよ」と言われた一言がきっかけだった……。
 
コミュニケーション力が高かったのかなと思った事があるのは、遠い昔の記憶だけである。
 
幼稚園の時に「おしゃべり大賞」をもらって、家の中でのすべての出来事を次の日には、
話をしてしまうからだった。
 
何も怖いモノがない小さい頃は、誰もが思った事、感じた事を相手に素直に言えて、皆が話を聞いてくれて、笑顔になってくれる。
 
「これが、本当のコミュニケーション力」
 
この本当のコミュニケーション力は成長と共に失われた……。
 
失われる瞬間は、雷が落ちるように突然現れた。
 
小学生の時に、何気なくテレビを見ていて、クイズ番組がやっていた。
昔は本当によくクイズ番組がやっていた。
 
それを見ていて、答えもわからないのに、自信満々に答えは……です。
 
と答え瞬間に、目の前に座っていた父親の鬼のような形相が目に入ってきた。
 
あまりの恐怖に、体は小人みたいに小さくなり、縮こまってしまった。
 
「なんだ、その答えは、いい加減な事を発言するな」
と父親の目は血走って、今にも殴られるのではないかと思うぐらい怖かった。
 
最悪な事に、このクイズ番組が終わった後がいつもご飯のタイミングだった。
食事は一切喉を通らずに、一生懸命食べているふりをした。
 
それを見かねた母親がやさしい言葉で、
「大丈夫!? お父さんがさっきあんな事を言ったからでしょ」
と父親に言ってくれた。
 
その言葉を聞いても、僕は何も喉は通らなかった。
むしろ、何も言わないでくれ、それが一番の特効薬だから。
 
案の定、父親の怒りは収まらず、今度は僕の食べ方を注意してきた。
 
「音を食べて、食事をするな、みっともない」
 
涙をこらえるだけで、必死になり、下を向いたまま上を向く事ができずに食べた。
楽しみのはずのご飯がどんなに一生懸命食べても何も味はしない、本当に最悪な気分だった。
 
僕はご飯を残して、静かに子供部屋に戻って、ベットに横になった。
目から流れる熱い涙を感じながら、心の中で、「何が悪い、今までなら笑ってくれていたじゃないか」と呟いた。
 
気づいたら、眠っていて、家族全員がご飯を食べ終わって、何もなかったようにゆっくりしていた。
僕は、静かにテレビを観る事もなく、お風呂に入って、静かにベットに入って寝た……。
 
それから何日か経った後に、夕食の後に父親から質問をされた時に、適当に返したら、あの鬼の形相で怒りが現れていた。
 
心の中で、「なんで、聞くんだよ、怒るぐらいなら、聞くなよ」と何度も呟いた。
そして、ベットに入って、現実を忘れるように寝た。
 
これを繰り返した結果、僕は父親の前では食事が食べられない人間になり、「おしゃべり大賞」をもらった自慢のコミュニケーション力は封印された。
 
そんな僕は、父親が喜ぶような学生になり、ごく普通の学生生活を過ごした……。
 
そして、就活をして、無事に内定をもらい営業マンになった。
親から自立して、一人前になれたととても喜んでいた。
 
現実はそんなに甘くなかった……。
 
営業マンの一番の評価である営業成績は初めの半年間は全く上がらなかった。
 
自分は内定をもらったのだから、最低レベルはもっていると思っていたスペックである
「コミュニケーション力」が完全に欠如していた。なぜ内定がもらえたのか、わからない。
 
得意先の相手に話すら聞いてもらえなかった。
名刺を受けってもらい、面会してもらえるのに、何もリアクションもないまま面会終了。
 
「営業って、こんなにつらい仕事なの!? 誰か初めから教えてよ」と心の中で呟きながら、
静かに家に帰える日々を送っていた。
 
そんな日々を過ごしている時に、女性の先輩と得意先に同行する機会が訪れた。
 
その女性の先輩は得意先で楽しそうに、相手の話を聞いていた。最後に少しだけ、自社の製品の話をして、相手も楽しそうに面会が終わっていくのである。
 
「え、何で、女性だから!?」とブラックな感情が湧き上がってきた。
 
その時だった、女性の先輩から「先ほどのT様は、高校性の娘が話を聞いてくれなくて、困っているだって」と話してくれたのである。
 
「どうやったら、そんな話になるんですか」とついつい言葉が出ていた。
 
「う~ん、おそらく、相手に自分の事を知ってもらった後は、ずっと相手の話を聞いているからかな」と笑顔で教えてくれた。
 
「え、それだけですか」と生意気な僕は間髪入れずに、言葉を発していた。
 
その瞬間に、先までの笑顔だった女性の先輩の顔が無表情になった。
「中野君、あなたはできると思っているかもしれないけど、出来ている!?」
僕は何も言えずに黙ったままだった。
 
「一方的に話をして、満足して帰っているだけじゃないの!?」
もう無言の半泣き状態である。何も言い返す言葉もなかった。
 
「はい、いつも製品の話ばかりをして帰ってました」
と何とか返す事ができた。
 
「人の話を聞く事が一番大事、ただ相手を知らないと人は話をしてくれない、だから初めは少し自己開示をする必要があるの、製品の話は正確な情報をコンパクトに伝えるだけ」
とやさしい言葉で教えてくれた。
 
女性の先輩と同行が終わり、僕の気持ちのように暗い道を家に向かって、帰っている時に、営業について、なにもわかっていないんだなとしみじみ思った。
 
おもむろに、家近くの本屋さんに入って営業に関する本を見つけたて、買って読む事にした。
「かばんはハンカチの上に置きなさい:トップ営業がやっている小さなルール」(川田 修 ダイヤモンド社)にその時に出会った。
 
この本を家に帰って、夕食を食べながら読んだ。
同行中に女性の先輩が言っていた事と非常にリンクしていた。
 
次の日から少しずつ本に書いてある内容を取り入れていく事にした。
 
驚いた事に得意先と少しずつだが話が弾むようになり、話ができるのと同じスピードで営業成績も上がっていき、営業の仕事が楽しくなってきた。女性の先輩のアドバイスと本のお陰である。
 
営業成績が上がってくると、今度は会議での発言が求められるようになってきた。
 
「なぜ、営業成績が良いのかね!?」と上司から聞かれた。
「会社の戦略通りに製品の特長を伝えているからです」と自然に答えていた。
 
本当は全く違うのに、得意先と話ができるようになっただけだと、うまく説明できなかった。
気づいたら、会社が求めている答えを話していた……。
 
素直な自分はどこに行ってしまったのだろうか、いつの間にか社畜になっていた。
 
次第に現場での仕事は楽しいのに、会社での会議が嫌いになった。
会議での発言は忖度の応酬ばかりで、顧客志向とはあまりにもかけ離れていた。
 
それを参加しているメンバーの多くが分かっているのに、黙っていて伝えようとしてしない。むしろ、会社の戦略があっていると合唱しているようにすら聞こえてきてしまった。もちろん、僕も合唱していた。
 
これで本当に良いのか、顧客の声ではなく、会社の上が喜ぶ答えを報告するべきなのか、自分を抑える日々が続いた……。
 
元気が出なくなってしまっていた。何もやる気がでない。
顔も暗くなっていき、自然と覇気が失われて、営業成績も思うように上がらなくなっていた。
 
もう話をする事が嫌いになり、報告はメールで済ませるようになり、会議では発言をなるべくしないように、自然と時間が経つのを待つ事が増えていた。
 
そんなある日、金曜日ロードショーで映画「心が叫びたがってるんだ。」(A-1 Pictures制作)が放送され、録画されていた。絵のタッチがあまり好きではなく、観るのを辞めようと思ったら、 妻から絵より中身は良いから、観なよと勧められたのである。
 
いつも、妻から勧められた映画はよっぽど合わない内容では無い限り、観るようにしている。
今の自分に誰かが観た方が良いと言っている気がするから……。
 
観ているうちに、主人公の女の子に感情移入してしまう、あっという間にすべてを観終わっていた。
 
どんなに技術が進歩して、メールやLineでコミュニケーションが取れるようになっても、人と人が顔を合わせて、目を合わせて話をすることに以上に伝わる方法はない。
 
発せられた言葉は人を傷つける事もあるが、人に勇気を与える事もある。
 
自分が発した言葉の影響で、良くない事が起きる事があるかもしれない、
そんな時には、話を聞いてくれる周りの仲間に助けを求めたら良い。
 
この映画を観てから、今まで学んだコミュニケーションは忘れずに、より「自分の本当のコミュニケーション」をする事を心がけて、素直に思った事を伝えている。
 
本当のコミュニケーション力とは、相手を思い、相手の話を聞いて、自分が感じた事を思っている事を何も隠さずに、素直に伝えてあげて、すべてを受け止める事で、小さい頃に感じていた楽しい会話が戻ってくる。
 
 
 
 
「かばんはハンカチの上に置きなさい:トップ営業がやっている小さなルール」(川田 修 ダイヤモンド社)
映画「心が叫びたがってるんだ。」(A-1 Pictures制作 監督:長井龍雪)

 
 

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2019-07-08 | Posted in 週刊READING LIFE Vol.40

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