環境カウンセラーと行く! ものづくりの歴史と現場を訪ねる旅

【環境カウンセラーと行く! ものづくりの歴史と現場を訪ねる旅】第4回:無いなら創れ! 時代を変えたモノたちと出会う旅(ブラザーミュージアム)


2022/04/25/公開
記事:深谷百合子(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
子供の頃、部屋の片隅に置かれたミシンは好奇心を駆り立てる存在だった。普段は何の変哲もない「台」なのに、上の天板を広げると横になって格納されたミシンが現れるのだ。横になっていたミシンを起こしてセットし、電源を入れただけでは動かない。糸をかけ、布を持ってきて自分の手と足を使って初めて動かせる。それはテレビやステレオなどの他の家電製品と一番違うところだった。ミシンは自分の力で動かせる一番身近な機械であり、自分でモノをつくる喜びを与えてくれる道具だった。
 
ブラザーミュージアムには、そんな「つくる喜び」を与えてくれるモノたちが集まっている。そのひとつひとつを見ていくと、私たちの生活はモノとともにあり、モノとともに変化してきたことが分かる。時代の変化で新しく生まれたモノもあれば消えていったモノもある。そうした時代の変化の中で、ブラザー工業は創業110年を超えた今もなお、成長し続けている。そこには、「お客様に求められるものをつくる」という変わらぬ志があった。
 

(写真左)小原 啓寿さん
ブラザーミュージアム 館長

(写真右)出原 遠宏さん
ブラザー工業株式会社CSR&コミュニケーション部 部長
 
 

輸入産業から輸出産業へ! 不可能への挑戦



 
ブラザー工業のルーツは1908年にスタートした輸入ミシンの修理業です。ブラザー工業創業者兄弟(安井正義氏・安井実一氏)の父である安井兼吉が設立しました。兼吉は病弱だったために、長男である正義は、子どもの頃から父を助けてミシンの修理に励んでいましたが、ある疑問を抱くようになりました。それは、「なぜ、国産のミシンが無いのか」という疑問です。当時日本国内の大部分のミシンは、アメリカのシンガー社製のものでした。その圧倒的な力を前に、正義は「シンガーを超えるミシンをつくりたい。そして、それを輸出することによって、日本の産業を発展させたい」と大志を抱いたのです。正義が17歳の頃のことでした。
 
しかし、それを実現するのは簡単なことではありませんでした。特にミシンの心臓部である「シャトルフック」の製造は、1930年代当時の日本の技術レベルでは不可能と言われていました。シャトルフックというのは、ミシンの下にあって、高速回転しながら糸を繰り出し、上糸と下糸を絡めていく金属部品です。このシャトルフックはえぐれた形をしており、削り出すためには高度な切削技術が必要でした。そのうえ、シャトルフックは絶えず糸と触れ合うので、表面を硬くしないと金属がすり減ってしまうのです。表面を硬くするために焼入れを行うのですが、下手に焼入れすると変形してしまいます。当時、金属の表面だけを焼入れする方法は英語の文献に頼るしかありませんでした。そこで、小学校しか出ていない創業者たちは、色々な人のところに相談に行き、試行錯誤を重ねました。さらに、製造するための機械設備も自分たちでつくらなければなりませんでした。こうした悪戦苦闘の末、1932年、日本で初めてシャトルフックの量産化に成功したのです。そして同年、念願であった家庭用ミシンが完成しました。
 
ミシンを構成する部品の製作から組立までの全てを自社で行うことができれば、いいものをお値打ちな値段でお客様に提供できる。それが、当時不可能と言われた技術に挑戦する原動力だったのではないかと思います。その後、1947年に200台のミシンを上海に輸出したのを皮切りに、本場アメリカへの輸出も始まり、「輸入産業から輸出産業へ」という創業者兄弟の大志は実現されたのです。
 

<右手に持っているのがシャトルフック。左手にあるのはシャトルフックの回転を支える釜>


 
 

ミシンは時代をつくった製品



 
このミュージアムは愛知万博が開催された2005年に開館しました。その3年後の2008年に、創業100周年を記念して「ミシンゾーン」を増築しました。現在ミュージアムには「ミシンゾーン」、「ヒストリーゾーン」、「プロダクトゾーン」の3つのゾーンがあります。
 
「ミシンゾーン」では、世界最初のミシン(レプリカ)や1800年代につくられた海外のアンティークミシン、ブラザー工業の代表的なミシンなど50種類以上のミシンを展示しています。展示にあたっては、歴史的価値のあるミシンをリストアップし、イギリスなど世界各国から調達しました。また、ミシンだけでなく時代背景の説明も加え、生活や文化の変遷を感じて頂けるようにしました。既製服産業の発展など、ミシンは生活を変え、社会を変えたアイテムだったからです。
 
展示をより楽しんで頂けるように、ミシンの開発部門や製造部門に依頼して整備をし、一部のアンティークミシンは動かせるようにしています。今では150年前のミシンが動く様子も動画でご覧頂けます。
 
ところで、なぜミシンで縫えるのかご存知ですか? 実はその仕組みを知っている人は、ブラザー工業の社員でもミシン担当以外になると、ほとんどいないのです。そこで、もともとは社員向けにつくった「縫い目のできる仕組み」を動画や模型を使ってご紹介しています。
 
今の子どもたちは実物のミシンを見る機会が減っています。けれども、ミシンは私たちの生活に密接に関わっています。服だけでなく、カーテンや寝具などのファブリック、靴やカバンなど、どれもミシンを使ってつくられています。手縫いの時代から現代に至るまでの変化を通じて、ミシンは時代をつくった製品だということを感じて頂ければと思います。
 
 

失敗はチャンス! 進化するモノ創り



 
「ヒストリーゾーン」では、ブラザー工業のモノ創りの歴史を紹介しています。
 
ミシンの量産化に成功した後、ブラザー工業はミシンで培った技術を生かして、編機や家電製品の生産に乗り出しました。ちょうどその頃、アメリカの販社から「需要が高まっているからつくってほしい」と要請を受けていたものがありました。それが欧文タイプライターです。
 
タイプライターの製造には、ミシンや編機製造で培ったプレス加工技術が生かせます。しかし、それだけでは製造できません。超えなければならないハードルがありました。それは、くっきりキレイな印字を実現するための活字の開発です。例えばA、E、L、Mなど曲がっている部分がありますが、鋭角の部分はキリっとした鋭角に、直角の部分は直角に角張っている活字に仕上げるにはどうしたらよいか? という課題がありました。
 
そのヒントになったのが、名古屋地域で桃の節句の時につくられるお菓子「ひなもち(※おこしもんとも言う)」です。「ひなもち」は、水で練った米粉を鯛や梅などをかたどった木型に押し込んで成型します。この木型に米粉を押し込む時、ちょっとしたコツがあるのです。ただ上から押し込んだだけでは型の隅々まで米粉が行き渡らず、鯛の背びれや尾ひれもくっきりとした形が出ないのです。ところが、手のひらでもみながら押し込むと、先端まで米粉が行き渡り、型から抜くと角がくっきりとした「ひなもち」ができます。開発者は、「この原理を活字の製法に応用すればいいのではないか」とひらめきました。これをきっかけに、角(かど)が鮮明な活字を開発することができたのです。
 
完成したタイプライターは、アメリカ製と同等の性能を持ちながら安価であったため、短期間で高いシェアを獲得しました。その後も、自社で培った技術に新しい技術を取り入れ、FAXやプリンターなどを開発し、成長を続けてきました。
 
けれども、時代は変化します。タイプライターはワープロにとって代わられ、そのワープロもコンピュータにとって代わられました。プリンターだって、これからはできるだけ紙の使用量を減らしていこうという時代です。いつまでも成長できるとは言えません。そうした時代の変化をいち早く察知し、生き残っていくために大事なことは、新しいことに挑戦することです。
 
ただ、挑戦には失敗もつきものです。「ヒストリーゾーン」では、過去に開発したものの、事業としては成功しなかったものも展示しています。例えば、1980年代半ばに開発したパソコンソフトの自動販売機です。パソコンソフトの自動販売と言えば、今で言うところの、アプリのダウンロードサイトのようなものです。しかし、当時はまだインターネットなどない時代。電話回線でソフトをダウンロードするので、速度は遅く、通信コストは高い。結局、このパソコンソフトの自動販売機事業は失敗しました。しかし、この時に培った通信ネットワークのノウハウはその後の通信カラオケ事業に生かされています。
 
成長し続けるためには、失敗を恐れず挑戦し、たとえ失敗しても「そこから何を学び、次にどうつなげるか」を考えることが大事だということを、展示を通して伝えていきたいと思います。
 
 

手足を使って機械を動かす楽しさを感じて欲しい



 
ミュージアムでは、実際に触ったり動かしたりできる展示が各ゾーンにあります。現代はほとんどの機械が電動となり、自分の手足を使って機械を動かすという体験はなかなかできません。だからこそ、子どもにはそういう感覚を味わってほしくて、足踏みミシンと手動タイプライターを実際に動かす体験をして頂けるようにしています。
 
足踏みミシンは「ミシンゾーン」で体験できます。年配の方には懐かしいものですが、今の子どもの多くは足踏みミシンを見たことがありません。そこで、実際に足踏みミシンを動かして、ミシン縫いのスピードをどれだけ一定に保てるかをゲーム形式で体験できるようにしました。足踏みミシンは慣れていないとなかなか上手に動かせないものです。回転が遅すぎると「早くしてみよう!」、逆回転すると「逆回転だよ!」という表示が、足踏みミシンの前に置かれたモニターに表示されるので、子供たちはキャーキャー言いながら楽しんでくれています。
 
「ヒストリーゾーン」では、手動タイプライターを打つ体験ができます。今のパソコンはキーボードを軽く触るだけで文字が打てますが、タイプライターは親の仇をとるくらいの勢いで打たないと印字されません。ですから実際にタイプライターを打ってみると、思いのほかキーが重たくて驚かれる方が多いですね。小指でシフトキーを押し下げるのにも、小指の力が必要です。タイプライターでまともに文章を打つのは簡単ではないと感じられる方が多いです。
 
また、今の機械は中身が見えません。例えばプリンターも、紙を入れたら印字されて出てきますが、中で何がどうなっているのか見ることはできません。ところが、昔のタイプライターを見ると、「こうやって字が打たれているのか」というのが目の前で見えます。シフトキーを押すと、活字が本当に上下にシフトする様子を見ることができるので、「だから、シフトキーと言うんだね」という話をします。また、2枚の紙の間にカーボン紙を挟んでタイプライターで字を打ち、2枚同時に印刷できる様子を見せ、「電子メールのC.C.って、このカーボンコピーのことなんですよ」というようなことも伝えています。このように、来館された皆様に興味を持って頂けるよう、伝え方を工夫しています。
 
 

いつも“At your side.”でいること



 
1908年にミシンの修理業として創業してから現在に至るまで、ブラザー工業の事業活動の根底にあるものが、“At your side.”の精神です。つまり、お客様の課題や声を聞いて、そのために何ができるのかを考え、形にしてきました。
 
「今無いなら、自分たちでつくる」
 
お客様がどういうものを欲しがっているかを知り、そこに創業以来培ってきた技術と、新しい知恵を結集して商品化するというブラザー工業のモノ創りのDNAを、このミュージアムで感じて頂けたら嬉しいです。
 
 

ブラザーミュージアム
所 在 地:愛知県名古屋市瑞穂区塩入町5-15
開館時間:10:00~17:00(予約制)
休 館 日:土曜・日曜・祝日・ゴールデンウィーク・夏季連休・年末年始
入 館 料:無料
アクセス :名鉄名古屋本線「堀田駅」より徒歩2分、
または地下鉄名城線「堀田駅」1番出口より徒歩3分
車の場合は
(北から)名古屋高速大高線「堀田IC」より1分
(南から)名古屋高速大高線「呼続IC」より3分
駐 車 場:普通車11台・大型バス3台
ホームページ: https://global.brother/ja/corporate/museum/

 
 
写真提供:ブラザー工業株式会社
文:深谷百合子、写真:松下広美(名古屋天狼院店長)

□ライターズプロフィール
深谷百合子(READING LIFE編集部公認ライター)

愛知県生まれ。三重県鈴鹿市在住。環境省認定環境カウンセラー、エネルギー管理士、公害防止管理者などの国家資格を保有。
国内及び海外電機メーカーの工場で省エネルギーや環境保全業務に20年以上携わった他、勤務する工場のバックヤードや環境施設の「案内人」として、多くの見学者やマスメディアに工場の環境対策を紹介した。
「専門的な内容を分かりやすく伝える」をモットーに、工場の裏側や、ものづくりにかける想いを届け、私たちが普段目にしたり、手にする製品が生まれるまでの努力を伝えていきたいと考えている。

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