環境カウンセラーと行く! ものづくりの歴史と現場を訪ねる旅

【環境カウンセラーと行く! ものづくりの歴史と現場を訪ねる旅】第6回:生きる力を育みたい――人、もの、歴史が繋がる空間(刃物のまち関) 前編 「せきてらす」


2022/07/18/公開
記事:深谷百合子(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
建物の入口を入ってすぐ、一瞬後ずさりしそうになった。入口の床がガラス張りになっているのだ。中をのぞき込むと、むき出しの土の塊が見える。それは室町時代の炉跡だった。ここで鍛冶作業が行われていたことを示すものが数多く出土したという。
 
「関は室町時代には刀鍛冶で繁栄していたと言われていましたが、この遺跡によってそれが裏付けられました。実はこの古町遺跡は、「せきてらす」の整備のため敷地を試掘調査した結果、発見されました。そのため、ここを訪れた方にこの遺跡を見て頂けるよう、急遽建物の設計を変更しました」と関市産業経済部観光課の庄司さんは当時の様子を語ってくれた。
 
「せきてらす」の地下には、室町時代、ここで鍛冶作業を行っていた先人たちの汗と熱が眠っている。そして地上では、刃物を含めた関の魅力を発信する人々が集まり、新たな賑わいをみせていた。ここ「せきてらす」は、垂直にも水平にも「人」と「もの」がつながる空間だった。

(写真右)伊藤佳代子さん
一般社団法人関市観光協会 せきてらすオペレーションディレクター

(写真左)庄司知史さん
関市産業経済部観光課係長

 
 

時代の変化に乗ることで守られた伝統



 
関の刃物の歴史は800年にも及びます。鎌倉時代に刀匠「元重」が関に移住してきて、ここで刀を打ち始めたのが発端と言われています。室町時代には多くの鍛冶職人が集まり、関は刀の一大産地として栄えました。しかし、時代は変わっていきます。江戸時代になり戦がなくなると、刀の需要は減っていきました。その後、明治時代には廃刀令が施行されました。こうした時代の変遷に対して、関の刀匠たちはカメレオンのように業態を変えてきたのです。江戸時代には、刀からカミソリや小刀などの生活用刃物にシフトし、日本全国に流通しました。海外に販路を拡大していったのも関が国内で最初だったと言われています。こうした点が、他の刃物産地とは異なる関の特徴です。関の刀匠たちは、ひとつのものに固執せず、時代の流れに乗る先見の明があったのでしょう。
 
日本刀の五大流派、いわゆる五箇伝(山城伝・大和伝・相州伝・備前伝・美濃伝)の中で、岐阜の美濃伝は一番新しい流派でした。他の流派と比べて、「常識を覆していく」という気質が感じられます。美濃伝の刀は「折れず、 曲がらず、よく切れる」という特徴がありますが、実用性が重視されていました。切れ味だけを追求した「すごく切れる刀」というのは、一度切ると刃こぼれしてすぐ切れなくなってしまうのです。刀を戦で使っていた戦国時代、そのような刀では役に立ちません。関の刀匠たちは、名より実をとり、実用性に優れた刀を量産しました。この地域は、織田信長などの有力な武将が数多くいた場所でもあります。ひょっとすると、彼ら武将たちのニーズを受けて改良を重ねてきたのかもしれません。
 
関(Seki)は、イギリスのシェフィールド(Sheffield)、ドイツのゾーリンゲン(Solingen)と並び、「3S」と呼ばれる世界三大刃物産地に数えられています。関の刃物は、国内全体の刃物輸出額の約50%を占めるシェアを誇り、世界各地に輸出されています。また包丁類の国内シェアも50%を超えています。皆さんのご家庭の包丁も、もしかしたら関でつくられたものかもしれませんね。
 
関で作られる包丁は、もちろんプロの方向けのものもありますが、「家庭で使いやすくて、よく切れるもの」に力を入れています。その意味では、名よりも実をとった刀づくりと共通するかもしれません。
 
 

つくりたかったのは「にぎわい発生装置」



 
地場産業のテーマパーク構想は、30年前からありましたが、本格的に計画を策定して事業化したのは2013年度からになります。関市内には、関鍛冶の歴史や各種刃物を展示する「関鍛冶伝承館」、関鍛冶の守護神を祀る「春日神社」、レストランや物産ショップのある「濃州関所茶屋」、刃物の展示販売をする「岐阜関刃物会館」、フェザー安全剃刀株式会社が運営する世界初の刃物総合博物館である「フェザーミュージアム」が、互いに徒歩で行ける圏内に点在していました。ただ、それぞれの施設をつなぐ「接点」がありませんでした。
 
そこで、点と点を結んで「刃物のまち」という「面」にし、そこに集った人たちが、関の歴史や文化、ものづくりをまるっと体感できる空間をつくろうというのが、「せきてらす」のコンセプトです。「せきてらす」はその拠点として、「そこに行けば分かる」という「関の顔」の役割を担う場として整備されました。
 
この「せきてらす」を、「人」、「もの」、「情報」が集まる「にぎわい発生装置」にしようというコンセプトのもと、施設には「刃物工房」、「観光案内所」、「多目的ホール」の3つの機能を持たせました。人と人との関わり合いが新しいものを生み出す「人が主役の場所」、それが「せきてらす」です。
 
「せきてらす」は2021年3月に開館しました。コロナ禍にもかかわらず2021年度の来館者数は5万5千人で、当初目標としていた年間来館者数3万人を大きく超えました。まずは、地元や周辺市町村の方に知って頂くことが目標でしたが、今後は県外からも多くの方に来館して頂きたいと思っています。
 
 

ぴったりの1本を見つけてほしい



 
刃物は私たちの生活に無くてはならない道具ですが、刃物によるケガや事件の影響を受けて、刃物に触れる機会は減ってきています。包丁を買うときも、実際に手に取って見ることが難しい世の中です。
 
「せきてらす」に隣接する「岐阜関刃物会館」では、「あなたにぴったりの刃物に出会える場所」というコンセプトを打ち出し、包丁約370点をすべて箱から出し、中身を並べて展示するようにしています。こうすると、お客様にとってそれぞれの包丁が見やすいですし、比べやすいからです。
 
さらに、施設をオープンした後、「包丁握り体験コーナー」を追加で設置しました。包丁を購入する前に、お客様に実際に包丁を握って、握り心地や重さを確認して頂きたいと思ったからです。そこで、お客様の安全を考慮して、刃のついていない包丁を設置しようと考えました。刃物メーカーに協力をお願いし、刃のついていない包丁を提供して頂きました。今ではこの「包丁握り体験コーナー」でお客様に自由に包丁を握って頂くことができます。
 
その他、館内では包丁研ぎの体験をすることもできます。このように、実際に見て、触れて、感じて頂くことで、ぴったりの1本を見つけて頂きたいと思います。そして、それが「刃物への愛着」に繋がっていくことを願っています。
 
 

日頃体験できないことを子どもたちに



 
子どもにとっても、刃物を使う機会は減ってきています。「危ないから」と子どもから刃物を遠ざけてしまいがちですが、小さなケガを経験することで人の痛みが分かったり、社会的な責任も生まれてくるのではないかと考えています。私も子どもがいるので、刃物でケガをしてほしくないという親御さんの心情も分かります。そこで、「せきてらす」ではイベントを通じて、刃物を使う機会を子どもたちに提供しています。
 
例えば、刃物メーカーと連携して、子どもにも安全に使えるナイフを使い、カトラリーづくりをしました。また、秋には収穫祭のイベントで、たき火のワークショップを行いました。ナイフで木を割ったり削ったり、フェザースティックをつくって火をつける体験をしてもらいました。
 
参加した子どもたちは、日頃できないことをやらせてもらえるからでしょうか。「こんなのできたよ!」と、自分のつくったものを嬉しそうに見せに来てくれます。親御さんも温かく見守ってくれる方が多いです。幸いなことに今までケガをした子どもはいません。指導する事業者の方が、刃物の正しい使い方を子どもに教えてくれているおかげだと思います。イベントを続けていくと、何度も参加して下さる親子もいらっしゃるので、刃物を使うことの大切さを感じて頂けているのかなと思います。
 
実際に子ども向けのイベントを企画するときには、「日頃できないこと」をテーマにすることが多いですが、事業者の方たちと頭を悩ませながらアイディアを出し合っています。そういう時に話題に出るのが自分たちの子ども時代の話です。
 
「私たちの子どもの頃、そのへんの草を食べてみたり、川に入って石ころをどけて虫を捕ったりしたけれど、そういうのって今でも覚えているよね。ナイフの使い方も先輩から教えてもらったりしたよね」
というような思い出話です。
 
でも今の子どもたちは、大人が「転ばぬ先の杖」で危ないことを排除してしまうため、なかなかそういう経験ができません。そうした雑談から、事業者の方それぞれが思いを持ち、子どもに寄り添った内容のイベントを考えてくれています。
 
事前に安全には十分配慮しているとはいえ、やはりイベントの時には「何も起こりませんように」とハラハラします。はじめのころは、「無理無理」と思っていましたが、それでは何もできないと思い、
「どうしたら危なくないようにできるか」と考え方を切り替えるようにしてきました。実際に、たき火のワークショップを企画した時も、「火を使うなんて本当にできるのかな」と思っていたのですが、消防署に聞きに行くと意外と「できない」とは言われない。「できないと思っていたのは、実は自分だけだった」ということがよくあります。何に注意をすれば良いかを教えてもらえますし、事業者の方も助けて下さいます。
 
そうして開催したイベントで、「この方、1日中いらっしゃる!」という参加者を見かけたり、「面白いイベントを企画してくれてありがとう」と声をかけて頂いたこともあります。そういう時、「やってよかった」と思います。
 
私自身も自分の子どもを時々イベントに参加させますが、生きていくうえで知っておいてもらいたいと思うことがたくさんあります。災害が起きた時、刃物の使い方や火のつけ方など、知っているか知っていないかの差は大きいと思います。生きる力を育む機会を提供できればと思います。
 
 

最後に


これからはもっと広く発信をしていきたいと考えています。海外の方も含めて、文化体験を提供できる場もつくっていきたいです。また子どもたちには、ものづくりの魅力を感じて「将来は関で働きたい」と思ってもらえるといいなと思います。関には刃物以外にもユニークなものづくりをしている面白い方が沢山いらっしゃいます。そういう方たちのファンができるきっかけをつくる存在になれたらと考えています。ぜひ関の魅力を感じにいらして下さい。
 
 

せきてらす
所 在 地:岐阜県関市平和通4丁目12番地1
開館時間:9:00~17:00
休 館 日:火曜日・祝日の翌日(いずれも休日を除く)、年末・年始(1月2日を除く)
入 館 料:無料
アクセス :長良川鉄道「せきてらす前」駅から徒歩5分
車の場合は東海北陸自動車道「関I.C.」より15分
駐 車 場:約100台


ホームページ: https://sekikanko.jp/sekiterrace

写真提供:一般社団法人関市観光協会
文:深谷百合子、写真:松下広美(名古屋天狼院店長)

□ライターズプロフィール
深谷百合子(READING LIFE編集部公認ライター)

愛知県生まれ。三重県鈴鹿市在住。環境省認定環境カウンセラー、エネルギー管理士、公害防止管理者などの国家資格を保有。
国内及び海外電機メーカーの工場で省エネルギーや環境保全業務に20年以上携わった他、勤務する工場のバックヤードや環境施設の「案内人」として、多くの見学者やマスメディアに工場の環境対策を紹介した。
「専門的な内容を分かりやすく伝える」をモットーに、工場の裏側や、ものづくりにかける想いを届け、私たちが普段目にしたり、手にする製品が生まれるまでの努力を伝えていきたいと考えている。

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