【環境カウンセラーと行く! ものづくりの歴史と現場を訪ねる旅】第8回:互いに支え合って美しい文様を作る――次の世代に繫いでいきたい組子の魅力(指勘建具工芸)
2022/12/05/公開
記事:深谷百合子(READING LIFE編集部公認ライター)
まるで雪の結晶のような木製の鍋敷きやコースターが机の上に並んでいた。「麻の葉」「桜亀甲」「弁天亀甲」……。どれも縁起の良い文様だという。その中から自分の作りたい文様を選ぶと、9本の棒状の木片と、六角形の枠の中に組み込む小さな木片が配られた――。
日本の伝統工芸である「組子」をご存知だろうか。
「組子」とは、釘を使わずに小さな木片を組み付けて様々な文様を作る技術である。伝統的な日本家屋の障子、襖や欄間(らんま)などに用いられる。その「組子」の技術を体験するワークショップでは、鍋敷きやコースターを作ることができる。
目をこらして見ないと分からないほどの小さな切り込みに合わせて、木片をはめていく。正しく組み合わせると、「パチン」と音がしてピタッとはまるのが気持ちいい。
「組子の材料となる木片は同じサイズに揃える必要があり、切り込みの角度も正確でなければなりません。0.1mmでも寸法がずれると外れてしまったり、はまらなくなってしまったりします。しかも、木材は天気によって伸びたり縮んだりします。ですから、いかに高い精度で加工するかが一番難しいところであり、腕が試されるところです」
そう話すのは、「指勘(さしかん)建具工芸」三代目の黒田裕次さんである。
建具の需要が減り、業界全体が衰退していく中、三代目を受け継いだ裕次さんは「もう続けられないかもしれない」と何度も心が折れかけたという。その裕次さんが生き残りをかける中で出した答えが「組子」だった。そこには、「祖父の代から受け継がれてきた技術力を生かして組子の魅力を伝え、次の世代にバトンを繫いでいきたい」という熱い思いがあった。
(写真左)黒田 裕次さん
指勘建具工芸 三代目 一級技能士
(写真右)黒田 知佳子さん
指勘建具工芸
「神様が作ったんやない。人間のやることなんだから誰にだってできる」
「指勘建具工芸」は、私の祖父である初代黒田勘兵衛が、昭和7年に創業しました。今年で91年目になります。
釘などを使わずに、「穴」と「ほぞ(木材を接合するための突起)」によって板を指し合わせて組み立てた建具や家具などを「指物(さしもの)」といいますが、そうした「指物」を作る職人は「指物屋」と呼ばれていました。「指勘」という屋号は「指物屋の勘兵衛」を略してつけたものです。
勘兵衛が指物屋を始めた頃は、新しいものを作るよりも、ご近所の建具を修理する仕事の方が多かったそうです。勘兵衛は木を削る腕が良かったようです。
その後、私の父である黒田之男が二代目として後を継ぎました。之男は建具組合に加入し、三重県や全国の建具作品展示会にも出品するようになりました。全国の展示会で、之男は数々の素晴らしい作品を見て感嘆し、「世の中にはすごい職人がいるものだ」と勘兵衛に話したそうです。
すると、勘兵衛は「神様が作ったんやない。人間のやることなんだから誰にだってできる」と言ったそうです。之男はそれを真に受けて、「それならやってみようか」と自分の技術を高めていきました。
指勘建具工芸 二代目 一級技能士 黒田 之男さん
全国大会で「これはすごい」と印象に残った組子を見ても、作り方を教えてもらえるわけではありません。そこで、之男はその組子の写真を撮り、撮った写真を上から見たり斜めから見たりと、色々な角度から見て、どう組まれているかを探り、試行錯誤して同じものを作り上げました。もともとその組子を作った職人からは、「よく写真だけで見抜けましたね」と言われたようです。
この時の話を之男から聞いたのは、私がこの仕事を始めて5年目くらいの時でしたが、「こういう風に組んでいったんや」と言われても、何のことかさっぱり分かりませんでした。10年ほど経ってようやく、「このことを言っていたのかな」と分かるようになり、自分でも加工してみようかなと思えるようになりました。
その後、それと同じ組子を入れた建具を之男と一緒に作る機会があり、私は父から実践で技術を学ぶことができました。同時に、「誰かにできることは自分にもできる」と自分を信じることを学んだと思います。
窮地に陥って気づいたのは「常識を変えないと生き残れない」ということ
時代の変化とともに、伝統的な日本家屋が減り、従来の建具需要は減る一方です。先行きは明るくなく、「もうやめるしかないか」と追い込まれた時期がありました。でもその当時の商工会の方に「やれることをやってみよう。今やめたら後悔するよ」と言われ、生き残る道を模索し続けました。
15~16年ほど前、全国大会で賞を取るような職人が次々と辞めていくのを見て、「時代は変わっているのだから、このまま同じことを続けていたらまずいのではないか」と気づきました。そこから自分たちができることを探りました。今までのように工務店などから仕事の依頼が入るのを待っているのではなく、どうしたらお客様と直接接点を持てるかを考えるようになりました。
お客様との接点を持てるようになったきっかけのひとつが「まちかど博物館」という事業への参加でした。「まちかど博物館」は、仕事場や自宅などを公開し、コレクションや伝統の技などを見て頂く取組みです。
でも、工場を見せることについて、父の之男は嫌がりました。誰が見に来るか分からないからです。自分たちの技が盗まれることを恐れたのです。でも、技術を盗まれる前にこの仕事が衰退してしまったらどうしようもありません。そのことを之男に話すと、最後は「分かった」と納得してくれました。
自分の技を頑なに守ろうとするのではなく、「ここまでは見せようか」と私が提案すると、「そやな」と言ってくれた父の懐の深さには感謝しています。あの決断は大きかったと思います。
実際、お客様と直接話をするようになって、お客様の要望を知ることができるようになりましたし、組子に興味を持って下さる方が多いことにも気づきました。
今では、「こういう模様で作ってほしい」と図案を描いて持ってこられるお客様もいらっしゃいます。「それなら、こうしましょう、ああしましょう」とお互いにニコニコしながら話ができるのが嬉しいですね。そして、お客様自身が描いた通りの組子ができると、とても喜んで頂けます。それなりの金額がするのでプレッシャーを感じますが、お客様の笑顔を見られるのが何よりの喜びです。
これまでは下請けで仕事をすることが多く、仕事を頂くためには、かかった手間賃を抑えて、できるだけ安い価格を提示するのが当たり前でした。お客様と直接商談をするようになっても、「高い」と言われるのが怖くて、手間賃を含めた価格を自信を持って提示することができませんでした。
でも、工場で制作過程を実際に見たお客様から「こんなに手間がかかっているのだから、これ位の金額になって当たり前じゃないですか」と言って頂けたり、異業種の方から「値段はちゃんとつけないと。この技術を残す気はあるんですか」と問われたりして、考えが変わりました。
これまでの「常識」を疑い、変わっていくことが、伝統を守っていくことに繋がると思っています。
わざわざ現場に足を運んで頂くのは、そこでしか得られないことがあるから
今は「まちかど博物館」として毎月第3土曜日に工場と自宅ギャラリーを開放して、お客様に組子の作業工程や作品を見て頂いたり、鍋敷きやコースターを実際に作るワークショップを行っています。その他、全国各地のイベントに出展したりしています。
最初は「伝える」ということに苦労しました。「ほぞ」とか「尺」など、職人言葉で説明していたので、お客様はきっと「何を言っているんだろう」という状態だったと思います。でも、私にはお客様は何が分かっていないのかが分かりません。その点、外から来てくれた妻の知佳子の視点に助けられました。知佳子は、何をどう伝えたらお客様が理解しやすいのか、お客様の視点に立ってアドバイスしてくれました。おかげで、分かりやすく説明できるように、スケッチブックに写真を貼って見せたり、動画を使って説明したりと工夫をするようになりましたし、お客様に合わせて言葉を選ぶように気を付けるようになりました。
今年の夏にはタイから10名ほどの観光客がツアーで見学とワークショップの体験に来てくれました。ワークショップが始まると、私が説明しようとして通訳に声をかけても、タイ人の通訳は「OK」と言うだけで、組子細工に夢中でなかなか通訳してくれないんです。それくらい熱中できるほど喜んでもらえたのかと思うと嬉しかったですね。
お客様にわざわざ現場へ足を運んで頂く仕組みを作ることがとても大切なことだと私は考えています。なぜなら、加工する前の木材の大きさ、木の香りなど、現場でなければ分からないことが沢山あるからです。
建具の材料となる木材は年輪の細かいものを使用するので、樹齢70~80年、時には200年を超えるものもあります。山師たちが大切に育てた木です。そして、1/100mmの精度で加工する木工機械があってこそ、組子は存在できるのです。でも、今は木材の用途が減り、木を育てる山師が減っています。その結果、山は荒れてきています。木工機械についていえば、「こういう刃物を作ってほしい」という期待に応えてくれる職人が減っています。また、私たちの使っている機械の中には、丈夫で壊れないゆえに、買い換えや修理の需要が無くて倒産してしまったメーカーの機械もあります。こういうメーカーこそ残ってほしいと思いますが、そうではない現状が歯がゆいですね。
私たちは組子を通して、お客様に近いところにいるので、こうした現状を少しでも伝えていけたらと思っています。自分たちだけ残っても意味がありません。組子の木片が互いに支え合って美しい文様を作り出すのと同じように、山師、道具を作る職人、組子職人が互いに支え合うことで、「木っていいよね」と思ってくれる人がひとりでも増えてくれたらと思います。
二代、三代と続いていくものを次の世代に繫いでいきたい
苦しい時期もありましたが、90年続けてくることができたのは、支えて下さった皆様のおかげであることはもちろん、初代、二代目の「お客様の想像を超えてきた仕事ぶり」も大きかったと思います。
初代勘兵衛が削ってはめた建具が近くの家にあり、テレビで紹介されたことがありました。テレビ越しで見ても、「こんなにきれいに削ったんだ」と思うくらい、板が輝いていました。
初代勘兵衛や二代目之男の「これじゃだめだ、もっと」の一念が、90年続いてきたのだろうと思います。之男は寝ても覚めても「どうしたらよくなるか」を考えていたそうです。勘兵衛は私が小学生の頃に亡くなりましたが、「建具一筋、命をかける」と色紙に書いていました。
以前は「命をかけるって……」と思いましたが、今はその気持ちも少し分かるようになってきました。近所の方で、祖父の代から仕事をさせて頂いているお宅に新たな仕事の依頼で伺うと、「これ、お宅のおじいさんにつくってもらったんやわ」と言われることがあります。その建具をまじまじと見ていると初代勘兵衛と会話ができているように感じます。
今ではテレビなどで組子の意匠を見かけると、「どうやったら組めるかな」と考えている自分がいます。最近は外に出る機会が多く、新作建具の制作にじっくり取り組む時間が少なくなっていますが、外に出た経験を作品に落とし込んで自分なりの作品を探っていきたいと思います。
自分が変化しようとしていると、変化して残ろうとする方と繫がれるようになりました。面白いことに取り組んでいる方たちと交わると、自分の人生も楽しいものになっていきます。そうやって大人が楽しくしていれば、子どもも興味を持ってくれると思います。
これからも、二代、三代と受け継がれて育った木を使い、二代、三代と受け継がれていく建具をつくっていきたいです。そして、こういう技術を学びたいという若い人たちが将来に目標を持てるよう、道筋をつくっていければと考えています。
指勘建具工芸 まちかど博物館
所 在 地:三重県三重郡菰野町小島4806-3
開館時間:毎月第三土曜日9時30分~と13時30分~の2回
体 験 料:コースター 2,000円、鍋敷き 3,000円
アクセス :JR関西本線「四日市駅」または近鉄名古屋線「四日市駅」より
三交バス「福王山」行き
「小島」下車徒歩15分
車の場合は
東海環状自動車道「東員I.C.」より約10分
駐 車 場:10台
ホームページ: https://www.sashikan.com/jp/
写真提供:指勘建具工芸
文:深谷百合子、写真:松下広美(名古屋天狼院店長)
□ライターズプロフィール
深谷百合子(READING LIFE編集部公認ライター)
愛知県生まれ。三重県鈴鹿市在住。環境省認定環境カウンセラー、エネルギー管理士、公害防止管理者などの国家資格を保有。
国内及び海外電機メーカーの工場で省エネルギーや環境保全業務に20年以上携わった他、勤務する工場のバックヤードや環境施設の「案内人」として、多くの見学者やマスメディアに工場の環境対策を紹介した。
「専門的な内容を分かりやすく伝える」をモットーに、工場の裏側や、ものづくりにかける想いを届け、私たちが普段目にしたり、手にする製品が生まれるまでの努力を伝えていきたいと考えている。
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